第105話「再会」





「プレイヤーって言った? レアちゃんこいつもプレイヤーだよ! 領主って嘘だったんだ!」


「おっと、そちらのお連れもプレイヤーだったか。でもひとつ訂正しておくと、私が領主だというのは嘘ではないよ」


 それより問題なのは、なぜこれだけのことでレアがプレイヤーだと見抜くことができたのかということだ。

 今の発言からすると、領主がプレイヤーだと看破したのはレアのみである。ブランについては気付いていなかった。

 外見や行動からそれを判別するのがおそらく不可能だろうということは、未だにウェインたちをはじめとするあの時のレイドパーティメンバーの誰も気づいていないらしいことから明らかだ。


 SNSに書き込みをした、あのユスティースとかいうプレイヤーと何か繋がりがあるのだろうか。仮定した通り、ユスティースがすでに領主との繋がりを得ていたとしたらありえない話ではない。

 いや、この領主がプレイヤーであるなら、この領主こそがユスティースだという可能性もある。

 しかしだとすれば、自分ひとりだけでSNSにあのような書き込みをした意味がわからない。あれだけで災厄を釣れると考えていたとはとても思えない。

 何より先ほどまで、この領主自身も災厄をイベントボスだと考えていたはずだ。


「どうして私がプレイヤーだってことに気付いたのかって顔をしているね。

 レアちゃん、というのか。なるほど、ひねりのない名前だけど、人のことは言えないな」


 ひねりのない名前。

 一体誰の名前と比べてそう考えたのか。


 心臓を鷲掴みにされたような気分になる。


 ──こいつは、まさか。


「じゃあ教えてあげようか。これが答えだよ」


 領主──目の前のプレイヤーは頭部を覆う兜をゆっくりと脱ぎ去り、床に放った。


「……えっ。えっ? えっ!?」


 ブランが混乱したようにレアと領主を見比べている。


 そこにはレアとまったく同じ造形の、レアの髪と瞳を黒くしただけのような顔があった。


「プレイヤーだとわかった理由は簡単だ。何かすごく白くなってるけど、あと多少、ゲームのシステムの効果で美化されちゃっているみたいだけど、私が、えーとレアちゃんだったかな? の顔を見間違えるなんてありえないからね」


「えっ? ふ、ふたご?」


「おっと嬉しいことを言ってくれるじゃないかお友達のきみ。でも残念ながら私の方がいくらか年上だよ」


 なぜこんな所に、なぜこんな罠を、プレイヤーなのに領主とはどういうことなのか、いやそもそもこのゲームをやっていたのか、今どこに住んでいるんだ。

 聞きたいことはたくさんあるが、聞くべきことなのかどうかがわからない。レアは混乱している。


「聞きたいことはたくさんあるけどどこから聞けばいいのかわからないって顔をしているね」


「え? そうなの?」


「……ちがう」


「違うんじゃん!」


「いやたぶん違わないよ。まぁいいや。時間もあるし、戦闘の続きって雰囲気でもないし。どのみち今日のところは明らかに私の負けだしね。なんでも答えようじゃないか」


 負け。

 明らかに、というほどには勝敗は決定的にはなっていなかったと思うが、ここは譲られたとみるべきだろう。ともすれば、負けるよりも悔しい気持も湧いてくるが、必死に心を殺し、平静を装う。この顔を前にそれをするのは慣れている。


 それよりまずは、聞いておかなければならないことがある。それがわからなければスムーズに会話も出来ない。


「……名前は?」


「おっとそうだった。私はライラという。見ての通り、人類アバターでプレイしているプレイヤーだ。普段はこの街の領主をしている。ええと、そっちの君は?」


「……なんかめっちゃどっかで聞いたような名乗りだ。えーと、わたしはブランって言います。スケ……おっと、えーと、吸血鬼です」


「……ライラ、は、何の目的でこんなことを?」


 いろいろと聞きたいことはある。しかし、まずはゲームだ。ブランもいる。ゲームに関することを聞くべきだ。


「それだけじゃどれのことを指しているのかわからないな。でもまあいいよ。答えてあげよう。

 こんなこと、というのは、レアちゃんをおびき出してここに閉じ込めたってことでいいかな?」


 レアは頷いた。


「その目的は、イベントボス「舞い降りる死」を『使役』してやりたかったからだよ」


 初耳の固有名詞がある。

 もしかしてそれはレアのことを言っているのか。だとしたら恥ずかしすぎる。


「その顔。いやごめん、今のはその顔が見たかっただけでね。一部のプレイヤーが勝手にそう呼んでいるだけで、別に正式名称じゃないから安心しておくれよ」


「……ライラは『使役』が使えるの?」


「その言い方、驚かないということはレアちゃんも使えるんだね。まあ当然か。じゃなかったらアリやアンデッドをけしかけて街を滅ぼすなんてできるわけないからね。さすがは──」


「そういうのいいから。ちなみに、どうやって取ったの?」


「……まだ混乱してるのかな?

 迂闊な質問だ。それは『使役』の習得に複数の手段があるということを私に教えているようなものだよ」


 レアは唇をかんだ。


「やめなさい、唇が荒れるよ。

 まあ聞かなかったことにしておこう。

 私が『使役』を取得できたのはヒューマンから上位種族へ転生したからだよ。私の今の種族は「ノーブル・ヒューマン」という。いわゆる貴族階級だね」


「そのノーブルになったから領主になれたってことですか?」


「ブラン……だったね。まあ、それも要因のひとつではある。それについては後でまた解説してあげよう。レアちゃんと仲良くしてくれているお礼だ。今は先に、レアちゃんの質問に答えておこうか」


 領主になった経緯も非常に興味深いところだ。しかし自分で勝手に話すときには脱線しまくるが、他人にそれを誘導されるのをこの女は好まない。

 ああ言ったからには確実に解説はするのだろうが、ひとつひとつを終わらせてからだろう。


「ついでに種族に関する一般知識の共有もしておこうか。レアちゃんは災厄とか呼ばれちゃってるくらいだし、どうせ普通の街のNPCの話なんて聞いたことないでしょう?」


「……そんなことはない。今日もたくさんお話したから」


「嘘だよ! あれはお話って言わないよ!」


「ああ、その件なら知っている。だからこそ今夜現れるだろうとここで待っていられたわけだしね。

 じゃあ聞いたことはないかもしれないから教えておくよ。

 ヒューマンの貴族階級はノーブル・ヒューマン。私のことだね。

 エルフの貴族階級はハイ・エルフだ。

 そしてドワーフの貴族階級はエルダー・ドワーフ。

 獣人の貴族階級はNPCの間では存在しないことになっている。ただNPCの獣人の中にはプレイヤーが初期に選ぶ事の出来ない動物をモチーフにした者もいるから、それらがそうなのではないかと言われているけど」


 獣人についての見解はレアと同じだ。

 エルフの上位種族についてはレアが誰より知っている。

 ドワーフの転生先は初耳だ。つまりドワーフはエルダー・ドワーフ、精霊、精霊王と階段を昇っていくのが正規のルートということだろう。

 ダーク・エルフについてはライラは何も言わない。知らないのか隠しているのか不明だが、口を開けばまたそこから情報を拾われてしまうだろう。

 それにドワーフにも他にあるはずだ。エルフの転生先にダーク・エルフが存在しており、その果てに魔王がいる以上、ドワーフにも同様の何かがあってもおかしくない。


「これがNPCの共通認識だと思ってくれていい。他にも何かあるのかも知れないが、NPCたちはそれは知らないようだし、SNSをチェックする限りではプレイヤーでも知っているものはいない。

 そしてこれらの上位種族、ノーブル・ヒューマン、ハイ・エルフ、エルダー・ドワーフなどには種族スキルとして『使役』が開放される。

 ……そうだな、この『使役』には制約があるんだが、それは聞かれてから答えるとしよう」


 随分気を持たせる言い方だ。

 しかし質問にはきちんと答えてはいる。こちらの情報を話すべきか迷った。

 借りは作りたくないが、この程度の情報への見返りにこちらの情報を開示してしまうというのは。


「とりあえず、私が質問に答えたり、いろいろ教えたりしているのは先ほど負けたからだよ。余計な事は考えなくてもいいよ」


 口を開かなくても読まれていた。


「私が『使役』を得た経緯と、その種族についてはこれでいいかな。

 目的は言った通り「第七災厄」を手中に収めることだ。

 次の質問は想像がつくけど、その前にブランの質問に答えようか?」


 ばさり。


「お、何か気に入らないことでもあったかな」


「……いや特には」


「それならいいけど。

 私が領主になった経緯だったね。

 最初から説明するとけっこう長い話になるけど、いったん休憩する?」


「大丈夫。他にも聞きたいことはあるし、続けて」


「それじゃ続けよう。ふむ、とは言ってもどこから話したものかな。まあ時系列順に行こうか。まずは最初のクローズドαテストに私が受かったところからだけど」


「そこから!? 最初すぎない!?」


「……待って、本当にそこが最初なの? クローズドαテストのキャラクターデータは、次のテストには引き継がれないはず……」


「そうだよ。そこが最初だ。

 ……ていうか本当に長くなるから、ちょっと休むってほどでもないけど、椅子とか飲み物とかを用意させてもいいかな?

 警戒しないでいいよ。今さら騙し討ちなどしようとは思わないから。

 それと悪いんだけれど、これ脱いでいいかな」





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