第104話「こいつがヤバいのは元から」
バルコニーの窓は空いており、外から見る限りでは室内には誰もいないようだった。
これは『魔眼』で確認しても人らしき反応は見えないため間違いない。
そっと、音もなくバルコニーに降り立つ。
『識翼結界』を発動して詳しく調べたいところだが、せっかく隠密行動をしているというのにあの純白の羽吹雪は目立ちすぎる。バルコニーから漏れ出る明かりに照らされて、地表からでも何かが起きているらしいことは丸わかりになるだろう。
戦闘能力という意味では大きく向上の助けにるのだが、あくまで戦闘する前提の時にしか使えない。
今後はもっと隠密行動に適したスキルも考えた方がよいかもしれない。
レアには『魔眼』があるし、ブランは夜目が利くようなことを言っていた。
ならばこのまま『闇の帳』を発動した状態で行動したほうがいいだろう。
本来薄暗くなる程度の効果しかないが、こうして2人分の効果を重ねれば中心部はかなり暗くすることができるようだ。
バルコニーの窓をそっと押してみる。鍵はかかっていない。
普通に考えてこの高さの窓まで昇ってくる賊など想定していないのだろう。
部屋の中に入ってみると、甲冑の置物というか、西洋をイメージした屋敷などで見かける全身鎧が壁際にいくつも置かれている。
全身鎧は全ての壁に等間隔に並べられており、今入ってきた窓の脇にさえ置いてある。
常識的に考えて、執務室をこのような殺伐としたインテリアにするとは思えない。この部屋は執務室ではなかったようだ。
しかしだとしたら、なぜこの時間に明かりがついていたのか。
「っ! 窓が──」
ブランの声に振り返ると、ちょうどバルコニーの窓が閉まるところだった。
しかも最初にあったガラス窓ではなく、鉄でできたものだ。本来は窓の外側の、板戸として使うものだろう。
窓を閉めているのは、壁際に立っていた全身鎧だ。しかもご丁寧になんらかの生産系スキルで鉄の戸を溶接している。
『魔眼』には今も何の反応もない。この視界を信じるならば、何の魔力も持たない全身鎧がひとりでに動いて窓を溶接しているということになる。
「やっぱり罠……」
ブランの読み通りだったというわけだ。
一体誰が何のために、そして誰をターゲットにして仕掛けた罠なのかは不明だが、仮にここにある甲冑すべてが敵だったとしても、レアを止めるにはまったく足りない戦力だ。
予定通り、踏み潰して領主からそのあたりのことも含めて聞けばよい。
「──たしか、災厄とは会話が可能だという話だったかな?」
部屋の扉近くの、ひときわ立派な甲冑が喋り出した。
といっても別にリビングメイルが声を出したというわけではない。普通に中に人が入っているのだろう。
そして立派と言っても装飾や作りの緻密さのことで、大きさは大したことはない。
身長で言えばレアより少し高い程度である。
声からしても、おそらく中身は女性だ。
「ええと、君が災厄で合っ『ている』んだよね?
いささか、こちらへ来るのが早すぎる気もするが、話が早いのはいいことだね。
『こん』ばんは。災厄くん」
《抵抗に成功しました》
《抵抗に成功しました》
「ふむ。会話には応じるつもりはないのかな。それとも災厄ではないのか。
タイミング的には早すぎるが、襲撃してくるとしたら災厄だと考えていたんだが……」
元々ここへは領主に質問するために来ている。会話をするのはやぶさかでない。ないのだが。
「私はこの街の領主をし『ている』ものだ。『こん』な夜中に私の城に何の御用かな?」
《抵抗に成功しました》
《抵抗に成功しました》
先ほどから、何らかの攻撃を受けている。
抵抗しているということは、『精神魔法』か何かだろう。
目の前の自称領主がやっているのか、周りの甲冑のどれかがやっているのかはわからない。
それ以前に、まずこの甲冑たちが何者なのかもわからない。なにせ、魔力が感じられない。
さらに問題なのは、この自称領主がレアを迷わず「災厄」と呼んだことだ。
今日、ここに「災厄」が訪れることをわかっていたということになる。
レアがここへ来たのはSNSのあの書き込みを見たからだが、災厄がSNSをチェックしているなど、領主にわかるはずがない。今の会話から考えても、この領主は災厄をプレイヤーだと思っているわけではない。
この迎撃態勢から言って、災厄がここに来ることをわかっていたというよりは、災厄をここへ誘導したと考えるのが妥当だ。
プレイヤーによる、たった1つのあのSNSの書き込みのみでそんな事をしたということだろうか。
普通に考えて、イベントボスである災厄がそんなものを見るはずがない。この領主がどういうつもりだったのかさっぱりわからない。
少なくとも、レアがここへ来たのはSNSを見たからということもあるが、ほぼ気まぐれだ。
さすがにあれだけでおびき出せると考えるのはギャンブルにすぎる。
「……ううん。まったく通らないな。これは無理だな。しょうがない」
領主のその言葉を合図にしてか、甲冑たちが一斉に襲い掛かってきた。
ここまで来たら隠密も何もない。
『識翼結界』を発動し、襲い来る甲冑たちを『フェザーガトリング』で押し返す。
しかしこれで倒せるとは考えていない。
本来なら『魔眼』で照準をつけて魔法で止めを刺すところだが、甲冑に魔力がないためか直接照準をつけることができない。座標指定をするなら甲冑ではなく場所を指定する必要がある。
「『サンダーボルト』!」
しかしそれより前にブランの魔法が飛んだ。
室内での誤爆を恐れてか単発の魔法だ。出が早い『雷魔法』は、確実にダメージを与えるにはいい選択と言える。それに全身金属鎧の彼らにはさぞ通りがいいだろう。
「あれ?」
ところが魔法を受けた甲冑にはまったく効いている様子がない。
ダメージをこらえて立ち上がる様子を見せているが、それは魔法を受けていない他の甲冑たちと同様だ。つまりレアのガトリングのダメージしか通っていないように見える。
「『フレアアロー』! 『アイスバレット』! 『エアカッター』!」
ブランは続けざまに狙った一人に魔法を連射したが、そのどれもが効いているようには見えない。それどころか、『雷魔法』や『風魔法』ではわかりにくかったが、炎や氷などは甲冑に接触した瞬間に何かにかき消されるように消滅している。
どうやら魔法全般に対して高い耐性を持っているようだ。
『魔眼』で魔力が感じられないのもこのせいかもしれない。
「『フェザーバレット』」
ヒルス王都でこのスキルの有用性を体感したレアはDEXにも経験値を振っていた。
DEXをあげることで全体の威力も向上したが、それ以上に恩恵の大きかったのは命中率と精密性だ。
ガトリングではそうはいかないが、単発である『フェザーバレット』なら隙を見て甲冑の繋ぎ目に羽を撃ちこむことも不可能ではない。
ガトリングで体勢を崩し、バレットでクリティカルを狙う。
うまく直撃した甲冑は崩れ落ち、二度と動かない。
これで倒せるということは、ただの甲冑が動いているわけではなく、やはり特殊な甲冑を着込んだ騎士なのだということだ。
うずくまるなど、体勢的に狙うのが難しい者はガトリングを斉射し続けてLPを削りきった。これを受けた甲冑は原型を留めていない。
魔法で攻撃してもよかったのだが、この甲冑の魔法耐性がどのレベルのものなのかわからない。まさかレアが全力で放つ魔法を打ち消せるほどの効果があるとは思えないが、もし消されてしまったら大問題だ。
あるいは消されなかったとしても問題だ。室内でそんな強力な魔法を放てばレアはともかく領主やブランも死にかねない。
甲冑たちがやられている間、領主は動こうとしなかった。こちらを観察しているようにも見える。レアの目的は領主からの情報収集である。余計なことをせずおとなしくしているのであればどうでもいい。
もう、レアたちと領主以外に生きているものはいない。
ただし見ただけではただの置物なのかそうでないのか不明なため、領主と思われる全身鎧を除き室内のすべての甲冑を鉄クズに変えた。もっとも実際に鉄かどうかはわからない。普通の鉄は魔法をはじいたりしないからだ。
この倒れた甲冑たちが領主の騎士だったとして、どこかで復活し、再びここへやってくるまで1時間の猶予ができたと見ていいだろう。
「──なるほど。ヒルスでは傭兵たちが一旦は退けたということだったし、『恐怖』なども通じたということだったからいけると思っていたが。これは無理なやつだな。失敗した」
すでに領主を守るものはいない。着ているあの全身鎧が多少他のものたちより頑丈だったとしても、レアの前では誤差でしかない。
だというのにこの余裕はなんなのか。
ブランではないが、何ともいいようのない、モヤモヤするような嫌な予感がする。
「仕方ない。自分でやるか」
言うが早いか、領主は凄まじいスピードで突っ込んできた。その左手には剣を構えている。いつの間に抜いたのか。
全身に甲冑を着込んでいるとは思えない速さだ。『魔眼』で行動の出足を捉えることができないというのは痛い。
「下がって!」
ブランを後ろに押しやり、ぎりぎりで右足を引き、身を捻って躱す。
「ふっ」
こちらが初手の突きを躱したと見るや、領主はすれ違いざまに空いていた右手をレアの胸に伸ばす。
超至近距離からの抜き手だ。あるいは掴みかもしれないが、いずれにしても距離が近すぎる。現実であれば大したダメージにはならないし、この相対速度ではうまく掴めるとは思えない。しかしこの領主のSTRとAGIならそれも可能なのだろう。さすがにこれは躱せない。
「『翼撃』」
「──ぅぐはっ!」
以前のレアならこれを受けていたかもしれない。
しかし近距離で戦う事態も想定し──ていたわけではないが、今は近距離用の攻撃手段も持っている。
相手の手がこちらに触れる直前、翼を振り抜いて弾き飛ばした。
「『フェザーガトリング』」
追い打ちをかけるように羽根を飛ばし、衝撃でさらに遠くへ押し返す。先ほどの騎士のようにそのまま殺しきれればと考えたが、どうやら領主の鎧は騎士のものより性能がいいようだ。立派なのは見た目だけではない。
しかし距離を開けることはできた。
戦闘スタイルから言って、領主は接近戦が得意とみえる。
距離をとっておけばそうそう不覚はとらないだろう。
「『フェザーバレット』」
甲冑の隙間を狙い、羽根を放つ。
だがこれは躱されてしまう。この速度を避けられるとは思っていなかった。相当なAGIの高さだ。
貴族というものは構造的に経験値を貯めやすい。
それを騎士に分配し、自分の代わりに戦わせるのが一般的な貴族なのだろう。ヒルス王都で始末した貴族たちは、得ていたであろう経験値と比べると明らかに弱かった。しかし、代わりに彼らの騎士は他のプレイヤーたちと比べても遜色ないほどの強さを持っていた。
ここで始末した騎士はあの王都の騎士と比べてどうだっただろうか。
鎧が妙な性能だったため、そこまで気にしていなかった。もしかしたらこの領主は、経験値を自分の騎士ではなく、自分自身に投資しているのかもしれない。
「『目潰し』」
反撃のつもりか、領主が何かスキルを発動したようだ。
知らないスキルだが、名前からして視界を奪うものだろう。目を閉じているレアには無意味だ。
『闇の帳』は惰性で発動したままだったが、こちらの顔が見えていないようだし、効果はあったらしい。
だが予想に反して、領主の姿が消えた。
と、思ったら目の前に移動してきた。
見覚えがある。この動きは『縮地』だ。
スキルの起動キーワードを変更していたということだ。
──そんなアップデートもあったなそういえば! でもNPCにも可能なことなのか!?
領主は今度は右手に剣を持っている。それを低い位置から突いてきた。
先ほどとっさに右足から躱したレアのクセを見ていたためだろう。右でも左でも同レベルで剣が使えるというのは見事だが、両利きなのは領主だけではない。あれは訓練でいくらでも矯正が可能だし、VR技術で脳の訓練のみ集中して行える現代、かつてよりも利き腕、利き足の矯正は難易度が低い。
もっとも今どきは利き手にそれほどこだわるものもいないため、そのような矯正を行なう家庭などよほどの旧家に限られるが。
左足を跳ね上げ、つま先で領主の手元を蹴り上げる。剣が領主の手を離れて飛んでいく。
しかしそれは想定内だったようで、そのままレアの足の下に肩を潜り込ませ、抱き込むように捕まえられた。膝に違和感を覚える。折る気だろう。
身体を回転させ、かけられている力の向きと関節の向きを合わせることで技を外す。
常識的に考えればまず間に合わないが、この世界なら能力値の差によって不可能なことでも可能になる。どうやらレアのほうが敵よりAGIが高いようだ。ギリギリで間に合った。
領主に完全に背中を向けてしまった状態になっているが、どうせレアが見ているのは『魔眼』の視界であり、真後ろであっても見えないことはない。逆に領主からはレアの翼が邪魔で見えていないだろう。
「『翼撃』」
その翼を振って領主の首を狙う。しかし領主は抱えていたままのレアの足を勢いよく持ち上げることでレアの体勢を崩し、翼の軌道から逃れた。
攻撃は外してしまったが、かわりに抱えられていた足を引き抜くことができた。
「『フェザーバレット』」
牽制に羽根を放った。躱される事はわかっている。
領主が躱した隙を狙って蹴りをお見舞いする。硬い。
いったいこの鎧は何で出来ているのか。
ダメージは与えられなかった、というよりむしろレアの足の方にダメージが入った感覚があったが、蹴りの反動で領主を再び引き離すことに成功した。
仕切り直しだ。
「……接近戦もやるようだけど、魔法のほうが威力が高い。そう聞いていたんだが、どういうことなんだ。
まず魔法なんてまったく使わないじゃないか。それに接近戦にしても、多少やるとかいうレベルではないな。ステータスに頼った力まかせの戦い方でもない。まさか本当に人違いなのか」
領主も仕切り直しのつもりのようだ。
負ける、というほどの危機感はないが、少なくとも今まで戦った敵の中では飛び抜けて強い。
この領主なら、ウェインが集めたレイドパーティに単騎で勝てるかも知れない。あの時弱体化していたレアよりは強いだろう。
それはつまり、もしこの領主があの時のアーティファクトを使用してきたとしたら、おそらく勝てないという事だ。
ここは王都というわけではないし、その心配はないだろうが。
領主は接近戦において驚くべき戦闘力を有している。
しかも、装備の性能だと思われるが魔法を受け付けない。魔法使いの天敵のような存在だ。
そしてあの鎧の強みは魔法耐性だけではない。おそらくレアが装備している、大森林産の毛皮を使って作ったブーツよりも遥かに高い防御性能を持っている。
レアの蹴りでレアの足の方がダメージを受けたのがその証拠だ。そのような仕様は今初めて知ったが、レアのVITと革ブーツの防御性能の合計値より相手の防御性能の方が高いため、こちらにダメージがきたのだと思われる。
今後素手で戦闘を行なうなら、VITも上げていかなければ相手の防御を抜けなくなる恐れがあるということだ。しかし領主を殴り飛ばした翼にはダメージの反射はなかったので、翼は素手とは違う防御力を参照しているのだろう。翼に生えている羽根が硬いのかもしれない。飛ばせば鎧もへこませられるくらいだし。
この羽根を毟って防具を造ることは可能なのだろうか。そして毟った羽根は『回復魔法』で戻るのだろうか。もしそれができるなら優れた装備を造ることができるが、もし毟った羽根が戻らなかったらと考えると恐ろしくて試せない。今考えるべきことではないが。
もうこちらの手札は割れているし、『闇の帳』を展開したままでいるメリットは薄い。こうしている間にもじわじわとMPが減っている。
積極的に戦闘でMPを使う行動を取っていないため、今のところは問題ないが、いざ使いたい時にMPが足りないなどといった状況は避けたい。あの鎧がどれだけの魔法をはじくのかはわからないが、まさかレアの手札のすべてを無効にできるとまでは思わない。最悪の場合は魔法の出力でゴリ押しすることになるだろう。
レアは魔法を解除し、目を開いた。部屋の隅まで退避していたブランも同じく魔法を解除した。
あれだけ暴れたというのに部屋の明かりはついたままだ。松明などではなく、なんらかの魔法のアイテムによる明かりのようだ。この甲冑やこの明かりは何とかして持ち帰り、洞窟で活用したい。
明かりに照らされた領主の全身鎧は、マナを通して間接的に見ていた姿よりもかなり上等に見える。
結構攻撃していたはずだが、ほとんど傷もついていない。
「──ははは」
突然、領主が笑い出した。
「はは、あははははは! あーっはっはっは!」
「ええ……。レアちゃん何かどっかヤバいとこ殴っちゃったんじゃ……」
「……殴ったり蹴ったりはしたけど、ほとんどダメージは通っていないはずだよ。こいつがヤバいとしたら、最初からのはずだ。わたしの責任じゃない」
ひとしきり笑い、落ち着いたと見える領主は油断なく構えていた姿勢を崩し、だらりと楽な姿勢を取りながらこちらを見た。
「ははは……。いやあ。タイミング的に運営が用意したNPCだと思っていたんだけれど。
まさかイベントのボスがプレイヤーだったとはね。想定外だった!」
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