第103話「夜まで休むかい?」





 2人はそれからさらに数名の協力者から話を聞いた。

 全員が、というわけではなさそうだが、やはりこの街のかなりの割合のNPCがヒルス滅亡の事実を知っているようだ。

 その割合というか、知っている者のバラつきを見る限りでは、お触れが出されたというよりも口コミなどで広がったような印象を受ける。


「誰かが噂をばらまこうとしていたのなら、よほどの人数のNPCをサクラとして使ったということかな」


「うーん、それもあるかもだけど、この都市って辺境ってわけじゃないじゃない? 城壁もないし。街の外には何かの、あれ大麦かな? 畑が広がってるし、商人みたいな恰好の人とか馬車も多いし、たぶん農業とか商業で栄えてる街なんじゃないかな。

 だったらさ、その経済の流れをよく知ってる人なら、最小限の手配で最大限の拡散を狙ったりもできるんじゃないかなって」


 ブランにそう言われ、改めて街を見渡してみる。

 攫いやすそうなキャラクターにしか目を向けていなかったため気にもしていなかったが、確かにブランの言うとおり、そういう傾向にある都市のようだ。


「……すごい。すごいなブラン! 頭よくないって嘘でしょう! 着眼点もそうだし、知識もすごい! 大麦なんて実物が生えてるの初めて見るし、言われなかったらわからなかったよ!」


「いやー7割受け売りっていうか、うちの子たち賢いからさー。いろいろ教えてくれるんだよ。大麦はたまたま、つい最近見たばっかりだったしね」


「眷属のあのモルモンたちかい? 彼女たち、デキそうだったからね、雰囲気が。眷属の能力も主君の力のうちだよ」


「そう? そうかな。いやーでへへ」


「しかし、だとすれば近隣の他の街などにもすでに情報が流れていたとしてもおかしくはないな」


 かつてレアを倒す算段をしていた、ウェインが立てたスレッドのどこかに書いてあったのだが、王国宰相は眷属のリスポーンのシステムを利用して驚くべき通信手段を確立していたという。

 あれと同じ手法を他国の貴族も日常的に利用するのかは不明だが、あれとはまた別の何かを考案して利用していたとしてもおかしくはない。リアルタイムで遠方の情報を得るというのは無理だろうが、現実の中世などの情報伝達速度を想定して物事を考えるのは危険だ。


「隣接する街なんかでそういう情報が流れてないか、SNSとかでチェックしておけばよかったね。あ、でもイベント期間だし、今NPCの人と世間話する人って少ないかな」


「いないこともないと思うけど、さすがにそういうワードで検索するのは難しいだろうね。滅亡に関してはおそらくプレイヤーこそが誰より詳しいだろうし、わざわざNPCからその情報について聞きこむプレイヤーは少ないと思う。

 だからこそ、ちょっと変わった話題としてあのユスティースとかいうプレイヤーも気になったんだろうし、明太リストというプレイヤーも食い付いたんだろう」


 そしてレアも釣られた一人ということになる。


「NPCたち中心に口コミで情報が拡散しているなら、SNSでその事実を追いかけるのはやはり難しいな。同様の情報がすでにプレイヤー間で確定しているというのがまた厄介だ。検索してもそちらの方しか出てこない」


 これ以上情報を得ようとするならやはり現地の協力者を増やしていくしかない。いや、協力してもらった現地民は例外なくこの世から消えているので、決して増える事はないのだが。


「どうするかな。もっと協力者から話を聞いた方がいいか、それともそろそろ騎士などの核心に近い者に当たった方がいいか」


「現地の犠牲者から聞ける内容なんて、真新しいものはもうないんじゃない? どのくらいの割合で知ってる人と知らない人がいるのかなってことくらいしかわかんないと思うよ」


「そうだね。もっとN数を増やしていけば、どういった立場の者が知っていて、どういった立場の者が知らないのかという傾向はつかめるかもしれないけど」


「この街の人口が激減するね……」


 リスクに対してリターンが少なすぎる。

 であればやはり、騎士たちを当たっていくしかない。しかしそこらの住民と違い、騎士は死なない。これまで通りの聞き込み方法ではこの街を統治する貴族のもとへすぐにこちらの情報が上がってしまうだろう。


「どうする? もうあのお城に突撃する?」


「好戦的だね。でもまあ、本来の目的がヒルスの王族の行方を知ることであるのを考えたら、街の住民からいくら話を聞いたところでわかるわけないか」


「そりゃそうだね。え、じゃあなんのためにやってたの?」


「情報の出所を探れないかと思って。でも口コミみたいだし、それは無理そうだなってのは最初の段階でわかってたけど。途中からはどのくらいの人が知ってるのかなって好奇心かな」


「途中から何が目的だったっけかなって思って見てたけど、もっと早く言えば良かったよ」


 犠牲になった協力者には申し訳ないが、済んだ事は仕方がない。これからのことを考えるべきだ。


 王族の行方を調べたいのなら、貴族かそれに連なる情報源が必要になるだろう。街の住民はヒルス滅亡自体は知っていても、王族に関しては知らない様子だった。

 もっと言えば、正確にはレアにとっては王族の行方などどうでもいい。重要なのはアーティファクトの行方である。

 今仮にそれがこの街にあるとすれば、もっとも可能性がありそうなのはやはりあの城だろう。


「……結局ブランの案が一番手っ取り早いような気もするな」


「え? 城に突撃するってやつ? ほんとにやるの?」


「えっ」


「いや、いいんだけど。レアちゃん慎重そうに見えるけど、なんかめんどくさくなると全部ぶん投げる癖あるよね。わたしは面倒だから最初からぶん投げたことするけどさ」


「そうかな? ……そうかな」


 その方向でいくなら夜を待った方がよいだろう。


 最後にもう一人、協力者を用意して宿をとらせ、姿を消してその部屋へ行き休んだ。










「さて、これだけ暗くなれば『闇の帳』を併用すればわたしたちの姿を視認することは難しいよね」


「目立つもんねレアちゃん。昼間みたいに『迷彩』じゃダメなの?」


「『迷彩』は激しく動くと輪郭がブレて見えるからね。戦闘には向かないんだ。お話するだけならいいんだけど」


「でも洗脳するときも解除してたよね」


「そりゃ、わたしの姿を見せないと『魅了』の効果が下がるからね。あと洗脳じゃなくて協力要請だけど」


 宿の屋根から静かに飛び立つ。

 レアたちの周囲だけがまわりと比べても不自然に暗くなっているのだろうが、夜闇の、それも上空のことだ。気がつく者がいるとも思えない。


「城のどこを目指せばいいのかな。宝物庫のようなものを探すのか、それともいっそ領主に直接聞きに行った方が早いか」


 領主であれば、用が済んだらキルしてしまえばあとくされもない。突然領主と治安維持にあたる騎士を失うことになる街にはお悔やみ申し上げるが、延々と住民を協力者にさせられるよりは幸せなはずだ。


「……ねえその、領主とか貴族の人がさらに誰かに『使役』されてるとかってことはないの? レアちゃんとこの四天王のジークさんとかってそうなんだよね?」


 その可能性は考えたこともある。

 『使役』したい側からしてみれば十分に旨みのあるやり方だろう。

 しかしされる側の貴族、中間管理職にさせられる方からしてみれば何のメリットもない。

 自分は配下を養わなければならないのに、自分のところには一切経験値が入ってこない。配下の分まで含めた経験値を上役に請求する必要がある。しかし上役にしてみれば配下の配下など捨て駒にすぎず、わざわざ経験値を与えてやることさえ惜しく思えるだろう。

 お互いによほどの信頼関係がなければ成立しない。

 あるいは強大な武力などを背景に無理やり関係を迫るかだが、国家の上層部がそのようなことをすれば、中級以下の貴族たちがこぞって反旗を翻す恐れもある。

 この大陸の国家の本質的な権力構造に直結する問題のため、どこか一国でそういう内紛が起これば他国にも飛び火しないとも限らない。


「──だから、仮にあったとしても、権力の縦割り構造に直接関係しないような、親戚や友人関係に限られるんじゃないかって思うんだ」


「なるほどー。だとしたら、こんな大きな城に住んでるくらいだし、仮にそういう関係の貴族がいたとしてもここの領主がそのトップって可能性が高そうってことだね」


「そうなるね」


 ブランは一般常識などに不安な場合もあるし、深く考えずに行動するきらいもあるが、本質的にそう頭の回転が悪いようには思えない。

 自分とはまったくタイプの違う人物かと考えていたが、意外とそうでもないのかもしれない。


「じゃあ、なるべく高いところで、かつ明かりがついている部屋とか目指せばいいのかな? 偉い人ってそういうイメージ」


「まあ、なんの指標もないし、それでいいかな。これだけの規模の都市を生産や商業活動で維持しているほどの統治者だし、暗くなっても明かりをつけて執務をしているというのはありそうだ」


 城の中腹辺りに大きく張り出したバルコニーがある。ヒルスの王城のあれは王都民に王の姿などを見せるためのものだったのだろうが、立派な城とはいえ一都市の城にもそういうものは必要なのだろうか。

 そのバルコニーのある部屋からひときわ明るく光が漏れている。

 それより上の階には明かりを灯している部屋などはなさそうだ。

 ならばこのバルコニーを目指すのがいいだろう。







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