第108話「ばか」(ブラン視点)





「それじゃ、次はレアちゃんをどうやって倒すつもりだったか、かな」


「……うん」


 この、おそらくレアの姉と思われる人物と邂逅してから、彼女の様子は少しおかしい。

 いつもよりも表情が乏しいし、口数も少ない。

 まるで自分の感情を抑えて、表に出さないようにしているかのようだ。


「……ねえ、大丈夫? どこか具合悪いの?」


「大丈夫。いつもと変わらない」


「……。さて、私がどうやって「災厄」を倒そうと思っていたかというのは、実はさほど考えがあったわけではない。

 正直、勝てるだろうと思っていたからね。

 SNSのあの災厄討伐のスレッドにあった戦闘の顛末。あれを見れば、アーティファクトを使用した状態であれば、十分にダメージが通ったということは分かるし、災厄の攻撃で最も危険なのが範囲魔法であることもわかる。『恐怖』で動きが完全に止まったこともね。

 私は『精神魔法』とMNDにはかなり経験値を振っているし、あの明太リストというプレイヤーがどれほどのものかはわからないが、これでもプレイヤーの中では取得経験値の量では頭1つ2つは抜けているという自信もあった。ならたぶんいけるだろうと。

 まあ、実際はその災厄がレアちゃんだったわけだし、プレイヤートップはレアちゃんに譲るしかないけど。

 アーティファクトの効果はだいたい知っていたから、じゃあこのくらいの弱体化をされていたのかな、と逆算して災厄の戦力を想定したわけだ。

 でも今戦ってみた感じだと、あのレイドに負けた時、明らかに私が知っているデバフの効果より弱体化させられてたはずだよね?

 それとも負けてからよほど強化をしたのかな? そんな時間は無かったと思うけど。

 まあいいか。

 騎士たちのあの甲冑は万が一『精神魔法』がはじかれた時にそのまま押さえてもらうつもりで用意したんだ。あの甲冑には魔法は通らないから、ヒルス王都の時のようにまとめてなぎ払われたりはしないだろうからね。

 羽根を飛ばす攻撃は、ヒルスの騎士たちを鎧の上から殺すほどの威力はないということだったから、それだったら私の騎士なら耐えられるだろうと考えた。ダメだったけど。これも威力がだいぶ向上していたのかな。

 つまり、私の見積もりが甘かったというわけだ」


 ライラはそう言うが、騎士たちなどよりライラ自身のほうがはるかに強かった。

 ブランでは傍から見ていても何をしていたのかさえよくわかっていない。

 あの瓦礫の丘で、ブランを殺しかけたおじさんを一瞬で殺したレアと真っ向から戦ったにも関わらず、今こうして元気に話しているというだけで異常な実力に思える。


 そう考えればまったく甘い見積もりだったとは言い切れない。そのアーティファクトとやらが起動可能であったり、あるいは別の要因があったりすれば結果は逆転していた可能性もある。


「で、甲冑の続きだけど。あれは実はいわくつきのアイテムでね。かつて精霊王を討った際に、当時の貴族たち、今の王族になるのかな。その彼らが着ていたものだとされている。精霊王の放つ魔法から身を守るためにね。本当かどうかはわからないが。

 しかし魔法耐性は確かみたいだから、とりあえず金にあかせてかき集めた。王族が着ていたのが本当だとするなら容易に手放すはずがないし、たぶんレプリカか何かだろうけど。

 ああ、でも始末したヒルスの王族の持ち物にはなかったな。

 レアちゃんの宝物庫にも残っていないのなら、この話自体が眉唾か、この鎧が本当に本物かのどちらかだね。もう私の着ていたオリジナルっぽい一着を除いてすべてスクラップだけど」


 これで聞きたいことはすべて聞くことができただろうか。

 当初予定していたことも聞くことができたし、新たに生まれた謎も解決した。

 なんとなくモヤモヤする感じももうない。


 残念ながら、レアの役にはまったく立てなかったが、またその機会はあるだろう。

 あとは雑談などをしていてもいいはずだ。どう見てもレアには、ゲーム以外に何か聞きたいことがありそうだし。


「……じゃ、もう用は済んだから」


「え? もう帰るの? もっとお話したりしないの? お姉さんなんじゃないの?」


「……他人だよ。関係ない人」


 無表情で言いきった。

 レアの翼は落ち着きなく揺れている。


 ライラを見てみれば、困ったような、諦めたような、何と言っていいのかわからない表情をしていた。

 どんな感情なのかはわからないが、ただひとつ言えるのは、これは見た者すべてが切なくなるような表情だということだ。

 レアと同じ顔でそのような表情をされては、ブランの胸も締め付けられる思いがする。


「……だめだよ。それは」


「……ブラン?」


「帰っちゃだめだよ。さっき、ふたりともすごくびっくりしてたでしょ? 会うの、久しぶりだったんじゃない?

 家庭の事情はわからないから、あんまり言えないけど……。

 ここで別れたら、次はいつ会えるかわからないんじゃないの? もっと、お話したほうがいいんじゃないの?

 レアちゃんさ。話し方、ちょっと独特だよね。あんまり女の子っぽくない。かわいいけど。

 でもそれってさ、お姉さんの影響なんじゃない? だってそっくりだもん、話し方。お姉さん見て育ったんだなってすぐわかったよ。

 お姉さんが焼いてくれたタルト、おいしかったよ。レアちゃんの好物なんだよね。

 今日レアちゃんが来るなんて知ってたわけないし、お姉さんこれ毎日焼いてたんじゃないの?

 毎日ゲームの中でまでタルト焼いて、レアちゃんの──」


「あの、もうやめてもらってもいいかな。こっちが死ぬよ。恥ずかしくて」


 ライラが両手で顔を覆っている。

 しかしここで引いてはこの姉妹が仲直りできないかもしれない。


「……べつに、二度と会えないわけじゃないけど。フレンド登録もしたし」


「あっ」


 そういえばそうだった。なんならブランとライラもしている。

 ここで別れたとしてもその気になればブランがセッティングをして会わせてやることも不可能ではない。


 少し冷静になってみれば、他人の家庭に少々口出ししすぎたかもしれない。

 ブランも友達というのにあまり慣れていないので、普通に話したりする分には豊富な知識──主にコミックの──で雰囲気はつかめるが、こういうときにどこまで踏み込んでもいいのかわからない。

 これはやっぱり、やりすぎだったかもしれない。


「あの、余計なこと言ってごめんね。でも……」


「……いいよ。わかった。ちょっと話す。

 まあ、フレンドカードも、このままブラックリストに入れるつもりだったし。

 ブランは──」


「あ、わたしはひとりで帰れます! 『召喚』もあるし! じゃあ先に帰ってるから! 『術者召喚』!」


「あっばか──」


「『召喚』? 『召喚』に何かあるのかい? 帰る? どうやって──」


「あっ」





 視界が暗くなっていき、次に明るくなったときにはエルンタールの領主館だった。


 目の前でディアスとクワガタの王様みたいな魔物が紅茶を飲んでいる。

 給仕はアザレアがしているようだ。アザレアをターゲットに跳んだので、部屋にいるのは当然だが。


「よくお戻りになられました、ブラン様。して、陛下は?」


「あー、レアちゃんはその、ちょっと、えーっと、なんて言ったらいいんだろ。むこうでフレンドになった人とお話があるってことで」


 間違ってはいない。


「左様ですか。まあ、往路と違い復路は一瞬ですからな。ご友人と一緒にいるということであれば、心配はいらぬでしょう」


「ソウダネ」


 一抹の罪悪感がある。まあ、あの様子なら、レアはともかくライラは無体なことはしないだろう。


 しかし失敗してしまった。

 テンパっていたために、よりによってライラの目の前で『召喚』による移動を見せてしまった。

 眷属や自分自身を距離に関係なく移動させることができるなどと知れば、あのライラならばどんな恐ろしい悪だくみを思い付くか見当もつかない。何しろレアの姉なのだ。

 何とかレアがごまかしてくれていることを願うばかりだが、そんなことのために2人で話してほしいわけではない。


「……まぁ、いいや。やってしまったことはどうしようもないし、帰ってくるのを待とう。

 ところでそっちのクワガタさんはなんて名前なの?」


「固有の名前はありませぬ。ブラン様でいうところの、あの3体以外のスパルトイと同格の立場だと思っていただければ。

 種族名は確か、クイーンビートルでしたかな」


 クワガタが体全体で頷いた。


「あそっか、首がないから……」


 クイーンビートルというからには女王なのだろうが、立派なアゴがあるのはなぜなのか。


「クイーンビートルさんはこの都市の防衛を手伝ってくれるんだよね。昼間はどうだった? プレイヤーとか来た?」


「いらっしゃいましたよ。昨日と同じくらいです。クイーンビートル様が生み出された巨大なクワガタがだいたい真っ二つにしてみえましたね」


 マゼンタが優雅に紅茶を飲みながら答える。

 こいつはなんでちゃっかり座ってお茶しているのかと思ったら、給仕は交代制らしい。


「クワガタは非常に硬く、鉄などではまったく歯が立たないようでした。そのかわり『火魔法』や『氷魔法』などには弱いようでしたね。魔法使い系のプレイヤーが多いパーティには容易に倒されておりました。逆に剣士系メインのパーティでは攻略は難しいようです」


「そうなんだ! すごいな!」


 魔法使いに弱いというのは懸念材料だが、代わりに剣士に強いというのは頼もしい。

 前衛をクワガタに押さえてもらい、後衛はスパルトイが狩りとっていけばいい。ゾンビをけしかけるという手もある。

 前衛にとってゾンビは大した脅威にならないが、後衛にとっては数がいるゾンビは厄介な存在だ。魔法のリキャストやMPの管理を誤ると容易に死んでしまう。それはブランがよく知っている。


「こちらのことは心配いらぬでしょう。それで、女友達二人旅というのはどうでしたかな。成果はありましたか?」


「成果ね! あったよ!

 まずは、ヒルスの王都から逃げ出した王族がどうなったのかはわかったよ。あとその王族が持ってたらしいアーティファクトの行方もね。だから旅の目的は達成したと言えるかな。あとわたしはよくわかんなかったけど、情報っていうか、いろいろ新しく判明したこともあると思う。たぶん」


 引き換えに抜かれてしまった情報もあるが。主にブランのミスで。


「それはようございましたな。陛下もさぞお喜びでしたでしょう」


「……そうだね。──そうなってくれたらいいな」






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