第99話「迎撃準備」





 イベントの全体の雰囲気がつかめるようなスレッドをいくつか斜め読みしてみる。


 SNSに常駐しているようなプレイヤーの間では、とりたてて大きな動きなどはないようだった。

 ほとんどのプレイヤーは辺境というか、魔物の領域が近い街などに張り付いて狩りを行っているらしい。

 そのため街が常に臨戦態勢になり物流が滞り、食料品や消費アイテムなどの値段が徐々に上昇傾向にあるようだ。


 ただ多くのプレイヤーはそれを経験値取得の代償というか、経験値が多くもらえる代わりに金銭的な出費が増えるという風にしか捉えておらず、積極的に解決しようとする動きは少ない。

 もちろん彼らも真の意味で理解していないわけではないだろう。単にメリットとデメリットを考えて、街の経済を見捨てて自分たちの経験値効率を優先したに過ぎない。それに対して警鐘を鳴らしている親NPC派のプレイヤーたちとは、プレイスタイルが違うというだけのことだ。


 だが街によっては、街の抱える騎士団などが解決に乗り出し、魔物の領域にいる今回の首魁と思われる魔物や集団などをすでに討伐しているところもある。イベント的にはおいしくなかろうが、街に住むNPCにとっては良い統治者だと言えるだろう。

 そういう街からそうでない街へプレイヤーが流出し、結果的に利己的な統治者のいる場所ほど物価が急上昇している傾向にある。住民にとっては踏んだり蹴ったりと言えるだろう。


「引っ越しなんかも気軽にできないだろうし、災難なことだね」


 辺境の街から隣の街へ移動するだけでも傭兵などを雇わなければならないだろうし、そもそも辺境の街の住人が移住目的で移動が許されるとは考えづらい。

 辺境というのは開拓地としての側面もあるのだろうし、ならばその分税も安く設定されているはずだ。


「まあ、いずれにしてもわたしが気にしてやることではないな。

 おっと、オミナス君が向こうの街へ着いたようだよ」


「マジっすか! はやい!」


「飛んでるからね。空が飛べることの優位性はすさまじいよ。さて、どれ……」


 視界をオミナス君のもとへ飛ばし、上空から街を偵察する。

 プレイヤーがいるとすれば、宿屋などの拠点の周辺か傭兵組合付近だろう。建物の中にいられては見ることができないが、本当にレアたちのいる街を攻める気でいるのなら早朝から出発の準備をしていてもおかしくはない。

 チェックした中にはこの街に集合してどうの、というような書き込みはなかったが、イベント協力まとめスレなどにはもしかしたら話が上がっていたりしていた可能性もある。


「あ、それっぽい奴いるな。魔物の領域に接しているわけでもないこんな街にそんなにたくさんNPCの傭兵がいるとも思えないし、あれたぶん全部プレイヤーだな」


 魔物の領域に接していないとはいえ、それは昨日までの話だ。

 現在はこのエルンタールにはブランの産み出したアンデッドが大量にいるため、その隣街はもはや最前線と言ってもいい。

 もしかしたら彼らが元々目指していたのはこのさらに隣の街、アルトリーヴァだったか、あるいはラコリーヌの街などだったのかもしれない。

 しかし今日、転移サービスでレアたちのいるエルンタールが選択できなくなっていたことで気付いたはずだ。そこがすでに最前線であることが。


「プレイヤーがたくさん来たらやばいかな……」


「どうかな……。ここから見る限りでは彼らの実力はわからないし、何とも言えないけど……。昼間戦うならゾンビたちはほとんど戦力にならないよね?」


「うーん……。家の中にいて、入ってきた人を攻撃するとかならなんとか……。『闇の帳』とか『霧』を使えば戦えるだろうけど、街じゅうを覆うのはさすがに無理かなー……」


「『闇の帳』ならわたしも使えるから、手分けすれば少しだけ範囲広げられるかな。あ、ディアスも呼べば『瘴気』とかでもっと広げられるかも。あれ確か味方のアンデッドを強化する効果もあったはず。どうやって敵味方判別してるのかは不明だけど」


 戦闘前に軽く使用してみて、ブランのゾンビたちが強化されるようなら使用してみればいいだろう。


「ディアスさんってさっき言ってた四天王の1人ですな! やべー四天王が2人もいる街だって! もうラスダン手前じゃん!」


「その理屈だと、わたしも様子見るためにいるつもりだから事実上ラスダンと言ってもいい勢いだね」


「序盤で出てくるラスボスは戦況悪くなったら逃げるやつだね! コミックで読んだことある!」


「……うーん、逃げるくらいなら全部殺すかな」


「負けイベントの方だった!」





 プレイヤーたちが実際にこちらへ来るまでには急いでも半日程度はかかるだろう。

 彼らは全力で走って現場に行っても、疲労したところで疲労回復ポーションなどで無かったことにできる。実際にレアはクローズドテスト時代にそうして移動していた。

 疲労回復ポーションは常習性や後遺症などの恐れがあり、NPCたちはあまり使用しないため金額はそれほど高くはない。しかしプレイヤーにとってはアバターの健康などどうでもいい。買い占めて構わず使用してくるだろう。


〈というわけで、少しフレンドの手伝いをしてもらおうと思う〉


〈……まずその街にお一人で向かわれたことに言いたいことはございますが〉


〈……おっと〉


〈まあそれは、戦闘前に儂を呼んでいただけるということで不問にいたしましょう〉


〈ごめんね。それと、インベントリが使えるということは相手が誰であっても秘密だから、絶対に使わないように〉


〈心得ております〉


「『召喚:ディアス』」


 レアたちの目の前に、空間から滲み出るようにして一体の迫力あるアンデッドが現れる。


「おお、イケオジ! ……意外と地味だね、エフェクト」


「まあ、こっそり『召喚』したいときなんかもあるかもしれないしね」


 目の前のレアとブランを認識したディアスは姿勢を正し、その場に跪いた。


「──『召喚』に応じ、憤怒のディアス、罷り越しました、陛下」


「やばい! かっこいい!」


「えっ。普段そんなの言わないじゃんディアス」


「……ご友人もおみえだとのことでしたので」


「ああ、気を使ってかっこつけてくれたのか。ありがとう」


 気の利く配下を持ててありがたい限りである。台無しにしてしまったが。


「あっ! わたしはブランといいます! 吸血鬼です! このたびレアちゃん四天王の末席?に加えていただきましたのでよろしくおなしゃす!」


「……四天王? ご友人……なのでは?」


 怪訝そうな顔をするディアス。こうした表情は以前ではまったくわからなかったので、ちゃんと表情筋のある今は助かっている。眷属ゆえになんとなく感情はわかるのだが、表情に出ているほうが雰囲気が出る。


「ああ、まあ。そういうロールプレイ……うーん、なんて言ったらいいんだろう。なりきりというか、ごっこ遊びみたいなものだと考えてくれればいいよ」


「承知いたしました。陛下がよろしいのでしたら」


「彼女もこう見えて、すでに30を超える配下を持っている勢力の頭領だからね。これからわたしが色々教えたりしてもっと強化していくから、まあ気長によろしく」


「こう見えてって何さー! どう見てもデキる女幹部じゃない?」


 ちらり、とモルモンたちに視線をやれば、つい、と目を逸らされた。触れない方がよさそうだ。


「それは素晴らしいことです。恥ずかしながら儂などはいまだ眷属の一人もおりませんで……」


「そうなんだ! じゃあいろいろ教えてあげましょう!」


 ともかく、仲良くはできそうで何よりである。


 プレイヤーたちのパーティがこの街、エルンタールに到着するまで、それからしばらくの時間を要した。

 日もすっかりと昇り切り、レアやアンデッドにとってはつらい時間帯だ。しかしイベントのメインの敵がアンデッドであることを考えれば、彼らがこの時間に攻めてくるというのは理にかなっている。

 同時に、ケリーたちのいる街と違い、これ以上の侵攻は許さないという意思も感じられる。そうでないなら隣街で待っていればいいだけだからだ。


「そろそろこっちからも見えてくるんじゃないかな。まぁわたしは肉眼では見られないけれど」


 プレイヤーたちの追跡をさせていたオミナス君の視界から自分の視界へ戻し、『魔眼』を発動する。


「それ便利だねぇ。わたしも空飛べるアンデッドとか仲間にしてそれ覚えよう」


「空が飛べるアンデッドか……」


 鳥系の魔物などをキルして『死霊』で縛ればそのようなものが生まれるだろうか。試したことがないためわからない。


「あ、でもスケルトン鳥とかになったら羽根なくなるから飛べないか」


「どうだろう。少なくともわたしや配下のスガルなんかは、『飛翔』というスキルで飛んでいるだけだからね。取得さえしてしまえばもう翼は関係ないけど。でもオミナス君は『飛翔』なかった……というか取ってないけど飛んでるからな。彼は自力で飛んでるってことかな」


 この理屈が正しければ、仮に足などに重度の損傷を負ったとしても、たとえば「歩行」のようなスキルがあれば普通に歩けるということになる。


「検証してみたいな……。でもみんな足生えてるけど歩行なんてスキル見たことないしな……。無いのかな」


「レアちゃんてけっこう変なこと気にするよね!」


「変!? 変かな……」


「変だよ! 面白いけど」


 面白い。というのはどう取ればよいのか。褒められているのだろうか。

 見る限りでは否定的な感情は読み取れない。


「あ、見えてきた!」


 現在レアたちがいるのはおそらくもとは領主館と思われる建物の、バルコニーのように外に張り出している場所だ。この街は城壁がないため、ここからならば街の入り口付近はよく見える。

 『闇の帳』は光を奪うスキルのため、高所で発動させればその下のエリアも暗くなる。光源が上空の太陽だからだろう。

 また『霧』は重さのためか、この位置で発動させても地表に向かって範囲が広がっていくようだ。

 『瘴気』についてはどう広がるかよくわからなかったため、ディアスは地上に降りている。


「じゃあ、そろそろスキルを発動させておこう。街の入口あたりはわたしが姿を消して飛んで行って、上空から暗くしてくるよ。

 この街の戦力のほとんどはブランの配下だから、この戦闘はブランが負けたらこちらの負けだ。ここにいて、直接戦闘には加わらないように。

 一応領主館の門扉のところにディアスを控えさせてるから、ここまで敵が来ることはないと思うけど」


 そう念を押し、バルコニーから飛び立った。


「ではね。またあとで」






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