第97話「ダブルバイセップスとか」





 王都やラコリーヌの強化は配下に任せ、レアは『迷彩』で姿を消してケリーたちの元へ跳んだ。


 レアが居ようがいまいが強化や管理は可能だろうし、前回戦った以上のプレイヤーなどが攻めてきたとしても、都市全体で迎撃に当たればレア抜きでもあの倍の数でも余裕で対処可能だ。

 特別に強いプレイヤーなどが居た場合は危険だが、そうであれば安全上の観点からむしろレアは居ないほうが良い。ジークやメイドたちにそう言われた。


「攻めてきている敵はアンデッドか……。それで、ここの親玉はなんだったんだい? 見てきたんだろう?」


 ケリーの采配でライリーがひとり偵察に行っていたという話だ。実に頼りになる配下たちである。


「はい。種族まではわかりませんが、ディアスやジークたちとは全然違う雰囲気の、どちらかといえば魔法が得意そうな骸骨でした。禍々しい杖と薄汚れたローブを装備していました」


 有名どころで言えばリッチやワイトとかだろうか。ワイトならばすでに配下にいるが、野良の個体だとしたら初めて聞く。

 魔法使い系ならINTも高そうであるし、もしディアスたちのように旧国家時代から生きているのなら話を聞いてみたい気もする。


「いえ、それほど賢そうにも……。なにせ毎晩、夜になったら配下のスケルトンたちを突撃させるだけですので、何も考えていないのではないかと。

 それでしたら、突撃する部隊にときおり混じっている、妙に戦い慣れた個体のほうが賢そうですが」


「妙に戦い慣れた個体?」


「はい。傭兵の……おそらくぷれいやーという者たちではなく、街に元からいたであろう衛兵などを優先的に狙う個体がいるのです。何体かいるようですが、ぷれいやーや我々が攻撃しようとすると接敵する前に逃げてしまうので、一度も倒せておりません」


 突撃しか指示しない指揮官がそのような命令を出すとは思えない。

 そしてNPCの雑魚アンデッドが命令にない奇抜な行動をとるとも思えない。

 だとしたら、それはおそらく魔物側のプレイヤーだろう。ブラン以外に初めて見るが、何体かいる、ということは複数人が協力してイベントに臨んでいるのかも知れない。


 魔物側のプレイヤーであればレアから協力を持ちかけてもいいが、あまり手を広げるとそれだけ情報漏洩のリスクは高まる。

 ブランにはつい、魔王であることなどを明かしてしまったが、そのあたりの情報の取り扱いについては約束してある。言いふらすようなことはないだろう。

 それにもっともレアが知られるのを恐れている「NPCでもインベントリが使用可能である」という事実に関わることはブランにさえ明かしていない。この事実に比べれば魔王への転生や『使役』取得の方法でさえ些細なことだ。


「……まあ、今この街にいるのは災厄とは関係のない獣人プレイヤー4人という設定だし、今は接触しなくてもいいか。この街のプレイヤーたちが効率よく稼いでいるというのは少し気にならないでもないが、イベントってもともとそういうものだしね。

 ライリー、その親玉はひとりでも倒せそう?」


「奇襲であれば問題ありません。昼間は奴の配下と思われるアンデッドもほとんどが土の下ですし、奴自身も洞窟などに潜んでいるというわけでもなく、木陰で休んでいるだけです」


 その魔法使い系アンデッドがプレイヤーでないのは間違いないだろう。プレイヤーならリスポーン可能なセーフティエリアなどで休憩するはずだ。そのへんの木陰に一日中いるなどよほどの暇人でもやらないだろう。


「その間、プレイヤーと思われるアンデッドたちがどこにいるのかは気になるけど。下手に探ろうとしてライリーの存在に気づかれるよりは放っておいたほうがいいかな。

 ライリー、イベントの終盤、そうだね、あと5日ほどしたら、昼のうちにその魔法使い系アンデッドを始末しておいてくれ。その後はもうこの街を離れていいから、襲撃にはケリーたちを連れて行っても構わない。片付いたら……火山には白魔たちが向かっているんだよね。じゃあもう大森林に一旦戻ろうか」


「かしこまりました」


「始末がついたら連絡をくれ。それまでは通常通り、昼間はえーと、ポーションを売ってるんだっけ? それで夜は迎撃か。忙しいね。まあ根を詰めすぎないように適当にね」


 アンデッドの軍勢ならばディアスたちの同僚という可能性もあるかと考え、詳しく話を聞いてみたのだが、どうもそうではないようだった。

 イベント用の全てのアンデッドが旧統一国家の騎士団員というわけではないらしい。


 レアはケリーたちが迎撃に向かうのを見送り、大森林へ帰った。









 女王の間で玉座に腰掛けながら一息つく。


「こっちでも誰か紅茶とか出してくれたらいいんだけど」


「やれと申されるならば、やりましょうが……」


「え? ディアス淹れられるの?」


「やったことはありませぬが、できんことはないでしょう」


「……いや、いいよ」


 そういう場合、たいていろくなことにならない。

 こっそりとディアスのDEXを確認する限り、そう酷いことになるようにも思えないが、数値だけでは安心できない。

 世の中には、いかにスペックが高かろうともどうしようもなく残念な人間というのもいるのだ。


「自分でやろうかな。お茶とかなら点てられるんだけど、紅茶は淹れたことないんだよね」


 お茶と言っても抹茶のことだ。

 茶室のような場所を新たに作り、花など生けたりして、そこで茶を点ててもよいが、この洞窟の中では花はすぐに枯れてしまうだろう。

 それに生け花は茶ほど得意ではなかった。苦手意識を持っていたと言ってもいい。


「……花か」


 レアが自分に芸術的なセンスを期待しないのはそこから来ている。

 おそらく、自分で思っているほどひどいわけではないのだろうし、事実家族にも先生にも褒めてもらった事しかないが、苦手意識というものはそれだけではどうにもならないこともある。

 自分で自分の作品を認めてやることが出来なければ、前には進めない。

 才能の差というものは努力したところで埋められる物ばかりではない。

 レアが思うに、芸術的な分野というのは特にその傾向が強い。


「──ま、そんなことはどうでもいいか。

 それよりディアス、もし辛くなければだけど……。精霊王、について少し聞かせてもらえないかな」


 以前はともかく、現在はディアスはレアの配下だ。そして精霊王の遺産はレアを脅かす数少ないファクターのひとつである。辛い記憶を思い出させるようで忍びないが、そろそろどういうものなのかはっきりさせておく必要がある。


「……もちろんです。しかし、精霊王陛下はすでにお隠れになられた過去の方です。魔王陛下が過度に気を使われることはありませぬ。もとより、精霊王陛下のご遺志にそぐわぬ遺産の管理をされていることの方こそ許されざる所業ですゆえ。それを正す意味もあると思えば」


 それを正した結果というのがレアの管理下に置かれるということであれば、自身の対極にある魔王に遺産が渡るという事を故精霊王がどう思うのかはわからないが。


「そう言ってくれるならありがたいよ。

 それで、精霊王陛下という方はどういうお力を持っていたんだい? あの遺産というアイテムは本当にのお方が作製したのかな」


「そうですな。あの遺産を実際にお作りになられたかどうかはわかりませぬ。しかし精霊王陛下は物作りに関しては飛び抜けたお力を有しておりましてな、特別なアイテムをいくつも作っておられました」


 もともと生産系ビルドのNPCだったということだろうか。

 製作で経験値を稼いで、精霊王にまで至った。有り得ないことではないだろう。材料さえあれば、敵を倒して経験値を稼ぐより早い場合もある。もっともその材料の調達が戦闘以上に難易度が高い場合が多いのだが。


「でもそれも、眷属にした騎士とかにやらせて自分は生産メインにしておけばいいのか。素材集めで眷属が素材と経験値を稼ぎ、自分はそれを使って物を作ってさらに経験値を稼ぐ。

 悪くないな。実は『使役』って生産系プレイヤーにこそ必要なスキルなのでは……」


 今からでも遅くはない。レアもそうしたほうがいいかもしれない。


「精霊王陛下は手先の器用さもさることながら、その肉体の素晴らしさも他に類を見ないほどのものでしてな。素材も確かに誰かに集めさせることもありましたが、難易度の高いものなどはご自身で取りに行かれておりました」


 若干引きそうになったが、ディアスに限ってそのようなセクハラ発言をするとは思えない。

 ならば、肉体の素晴らしさというのは、おそらく筋肉のことだろう。だとしても異性に対して使うとも思えないため、男性なのだろう。

 そういえば、精霊王についてそんな基本的なことさえ確認していなかった。

 精霊王というからには精霊から至ったのだろうし、ならば元はハイ・エルフだったのだろうか。

 しかしエルフが見事な筋肉というのは想像しにくい。手先が器用というのもあまり聞かない。実際レアの初期能力値では『解体』も取得できないほどDEXが低かった。

 むしろその条件ならば。


「ドワーフみたいだな……?」


「言っておりませんでしたか。精霊王陛下はもともとはドワーフであったと聞いております」


「えっ」


 精霊王とはドワーフからでもなれるのか。

 確かに、ゲーム外知識ではあるがドワーフも元は精霊だとする伝承もある。


「そうか、ドワーフも……」


 てっきりエルフから精霊王に至ったものだとばかり考えていた。

 ドワーフでも可能だとすれば、かなり裾野が広がることになる。確率が低くても分母が大きくなれば、再び精霊王が誕生しレアの前に立ちふさがる危険性は高まると言える。

 現代のNPCなどがそこまで至るかどうかはわからない。すでに前例はいるのだが、その前例が大陸統一国家の元首だったことを考えれば、容易に出来ることではないというのはわかる。

 ではプレイヤーだったらどうか。


「……いや、変わらないだろうな」


 なにしろ、プレイヤー人口の内訳でもっとも多いのがエルフであり、次いで獣人だ。そしてヒューマン、ホムンクルスと続き、ドワーフなどスケルトンやゴブリンと同程度の数しか居ない。

 ゲームの中でくらい、見目麗しい姿でいたいという者が多いせいだろう。全員がそうだとは言わないが。

 しかしそんな中でも目立つプレイヤーなどは比較的種族が綺麗にバラけているのがまた面白い。単純に統計だけから読み取れば、よく選ばれる種族を選ぶプレイヤーは有名人になる割合が低いということだ。


 もっとも、あえて目立たないように人口の多い種族で始め、こっそりと尖ったプレイをしているプレイヤーもいるかもしれないが。


「そこから考えれば、魔王や精霊王ルートの開始地点にドワーフが追加された程度では、プレイヤーに関してはそうリスクが上がったという気はしないな」


 まったく興味がなかったため気にさえしていなかったが、思わぬところでドワーフの転生ルートも知れた事になる。


「まとめると、精霊王陛下はドワーフ出身だったから生産系のスキルが豊富で、その中の何か飛び抜けたスキルであれらのアイテムの制作が可能だったということか」


 そういうことならば、これ以降あの手のアイテムが新たに制作される危険性についてはもうそれほど考えなくてもいいかもしれない。

 生産系から精霊王に進むプレイヤーがいるとは考えづらいし、NPCであればそうした兆候があった時点で有名人になっているはずだ。その方向で名の知れたNPCがいたら積極的に取り込むか、無理なら殺せばいいだけだ。

 この手はプレイヤー相手でも使えないこともない。魔王や精霊王になるには莫大な経験値が必要だ。エルフかドワーフの有名な生産系プレイヤーの話などをSNSなどで見かければ、様子をみてPKして経験値をロストさせてやればいい。


「ありがとうディアス。実に参考になった」


「それはようございました。もしよろしければ、精霊王陛下が日頃よくやっておられた筋肉トレーニングの」


「いらない」


「でしたら、より肉体を美しく魅せるポージングの」


「いらない」


 ディアスの目にはレアがそれらを必要としているように映っているのだろうか。

 だとしたら今後の接し方を考える必要がある。





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