第95話「緑化運動」
ラコリーヌの街──元ラコリーヌの街の緑化は順調だ。
丘の中心部に世界樹の端末となる『株分け』されたトレントを植え、そこからさらに『種子散布』などで増やし、すでにちょっとした森のようになっている。
ただ『種子散布』で増やしたトレントは元のトレントと同じ種族だが、端末としての機能は有していなかった。端末を『株分け』させてみたときも同様だった。『株分け』で世界樹自身を増やすことができないのと同様の制限だろう。世界樹の端末として活動出来るのは、世界樹から直接『株分け』された個体だけのようだ。
端末からもたらされる『大いなる祝福』によりトレントたちは異常成長し、中心の端末はすでにエルダーカンファートレントになっている。
レアも『植物魔法』のテストがてら、緑化に協力した。
「土が痩せてしまったりはしないのかな。養分とかどうなってるんだろ」
生物の死体などの肥料が必要なようなら、どこかから調達してこなければならない。
〈さしあたり、後でよいのではないでしょうか。この街にはたくさんの人間が暮らしていたのでしょう?〉
スガルの言う通りだ。たしかに、この地面の下にはすでに肥料がたくさん眠っていることだろう。
緑化が進む旧ラコリーヌ市街では、先行させておいたアリたちが地下に巣を掘り進め、上空では航空兵が警戒のため旋回している。
「これだけ木があるなら、もっと立体的な戦術がとれそうだけど。アリは地上メインだし、ハチは大きすぎて森の中では機動性を発揮できないし。クモでも増やしてみようか」
〈本格的にまた戦闘が始まる前に、使える手札を確認しておくのはよろしいかと〉
全くその通りだ。それをあらかじめやっておけば、スキルのクールタイムに泣かされることもなかっただろう。
今が一時の平穏と呼べるなら、今のうちにやっておいて損はない。
「ではそうしよう。この街は広いし、森として育てるならもっと広げてもいい。なるべく色んな種類の魔物がいたほうがよいだろうし、甲虫の女王とかも後で試してみよう」
ラコリーヌの緑化運動を推進している間にも、王都にはどこからか抵抗勢力が攻めてきているようだった。
一夜明けた程度の時間でNPCたちに情報が伝わっている可能性は高くはないため、攻めてきているのはSNSを見たプレイヤーたちだろう。
死んで終わりの傭兵NPCでないのなら、なるべく何度も来てもらう必要がある。
王都の外周には弱いスケルトンなどを配置させ、王城が見えてくるあたりでアダマンたちに確実に狩らせるよう指示をした。昼間であればアンデッドは弱体化しているためさくさく倒せるだろうが、アダマンには陽光は関係ない。
「リーベ大森林では専用の輜重兵アリに手伝わせてお客さんの経験値計算調整とかさせてたけど。まぁもとは専用でもなくて単に仕事がないからってだけだったけど。でもジークにはそんな部下いないよね……」
城を探索中に会議室のような場所も発見していた。ブレーンとして使えるアンデッドが用意できるなら、ああした部屋でそういう業務を行わせればスムーズだろう。
「王城でテイムしたメイドゾンビや文官ゾンビをINTに振ってやらせよう。INTやMND特化のゾンビにしてから賢者の石とか使えばその方向の転生先とかも出るかもしれないし。賢者の石はどうせあまってるだろうし、経験値はまあ……これから本人たちに稼いでもらおう。先行投資だ」
なかなか悪くない手のように思える。
現在は少し、蟲よりに戦力が偏っている傾向にあるため、このあたりでアンデッド勢の強化をしておいてもいいだろう。
プレイヤーたちには天使のアンデッドなどと思われているようだし。
「じゃあ少し、王城へ跳んでくるよ。こちらはよろしくね」
〈お任せ下さい。お気をつけて〉
*
この日はおおむね、こうして自陣の強化に努めた。
ブランたちが問題なく侵攻できているか若干心配ではあったが、張り付けておいた剣崎からも何の連絡もないということは特に問題は起こっていないのだろう。
ケリーたちのいる街にも興味はあるが、侵攻はどうやら夜にしか起こらないらしい。ならば夕闇迫る今ごろくらいから始まるかどうかというところだろう。様子は終わってから聞けばよい。
ふた回り以上も大きく改造された王都の玉座に腰かけて明日以降のことを考える。
王都の防衛体制はおおむね確立できたと言ってよい。
昼間攻めてきたプレイヤーたちはどれも大した実力ではなく、アダマンたちを投入せずとも、アンデッドだけでも数を用意すれば撤退させる程度なら容易だ。もっともこのイベント期間中は撤退できずに死亡してしまってもデメリットがないため、彼らは死ぬまで向かってくるのだが。
その防衛、ひいては都市型ダンジョンアトラクションの管理を行う文官たちは、INTなどの上昇用に経験値と、それから賢者の石を与えることで「ワイト」に転生させることができた。
この時の選択肢は
一方メイド型のゾンビたちはレヴナントの方にしておいた。別に同じでもよかったのだが、それぞれの転生先が違ってくるなら確認してみたいという程度の好奇心だ。役割としてワイトたちは都市部の管理、レヴナントたちには城内の管理をさせることとした。
今もメイドレヴナントがレアに紅茶を淹れてくれている。
「この紅茶も、おとといくらいまでは王侯貴族が嗜んでいたものなんだろうけど。今はもうわたし以外みんなアンデッドかリビングモンスターだしわたししか消費者がいないな。保存がきくならいいんだけど」
「中に入れたものの長期保存が可能なマジックアイテムがございますから、多少でしたら」
レアの独り言にメイドが答える。アンデッドなのに話せるのか、とはじめは驚いたが、ディアスもジークもすでに話しているため今さらだ。
「ならいいか。さて、明日からはどうしようかな……。どちらの方向の街を攻めたものか」
王城にあった王国地図を眺めながら考える。
ブランに地図を譲ったのはこれを発見していたからだ。見たところ、運営にもらったものとほぼ同じ内容だった。
することが決まっていないなら、ブランを手伝ってもいいかもしれない。
しかしこういうものは自分で成し遂げるからこそ面白いとも言える。手伝うのはいいが、レアが主導になってしまうのはやりすぎになるだろう。実に難しいところだ。
「すでに剣崎もつけているしね……」
紅茶をひとくち含み、地図にふたたび目を落とす。
正直、やりづらい。本来こういう作業は謁見の間で行うものではない。わざわざ地図を置くためのサイドテーブルを用意したり、メイドレヴナントがワゴンで茶器を持ってきていたりしているが、だったら最初から執務室のような場所でやればいい。椅子も妙に大きいし。
ただ執務室などに行くと再びここに戻ってくるのに時間がかかるため、メイドたちに命じて一式を持って来させたのだ。単純に距離が遠いため合理性の観点からそうしているのであり、決して迷うからではない。
そうしていると、フレンドチャットが届いた。
〈ばんわー! 今よかった?〉
ブランだ。レアは姿勢を正した。
〈もちろん。いつでも構わないよ。どうしたの?〉
〈SNS見たよー! おめでとう! おつかれさま!〉
何のことだろう。昨夜別れてから、特におめでたいことも、お疲れになることもなかったのだが。
しかもSNSなどに書き込まれるような目立った動きはしていない。
王都のアトラクション開演のことだろうか。
〈ありがとう? いや、よくわからないのだけど、何のことを言っているの?〉
〈またまたー。ヒルス王国を征服したんじゃないの? SNSに書いてあったよー。6大国が5大国になったって〉
危うく、手に持っていた紅茶のカップを落としてしまうところだった。
──どういうことだ。
確かにヒルスの王都は完全に掌握している。国内有数の商業都市もだ。加えて辺境の都市も2つ陥落させているし、内地の街もブランが2つ滅ぼした。
しかしこの国の王族は国外に亡命してしまっているらしいし、まだまだ落としていない街はあるはずだ。国としてすでに体をなしていないのは確かだし、システム的に滅亡したと判定されてもおかしくはないが。
〈それは……いつのことなの? 5大国になった、というのは〉
〈あれ、知らなかったの? えーっと……。たぶん今日、ゲーム内で今日の夕方くらいかな? 詳しくはSNSのけんしょう? スレッド見た方が早いかも? わたしはヒルスが滅亡したぞーってタイトルのスレッド見てただけだから〉
〈そうなんだ。ともかく、情報ありがとう。調べてみるよ。やっぱりブラン……とフレンドになってよかった。こういうの教え合えるのって大きいよね〉
〈そう? そうだよね! へへへ。いやーお役に立てたようでなにより! あ、夜になったからこれから街、えーと、もらった地図によるとエルンタールって街を攻めるんだー。また終わったら連絡するね!〉
〈がんばってね。終わってなくても、危なかったら連絡くれていいからね〉
剣崎もいるため、そう危険なことにはならないだろうが。
〈ありがとー! じゃーまたね!〉
「ふう……。さて」
レアの行動によってヒルス王国が滅びた。
ということであれば何も問題はない。
しかしレアの中では、王族がまるごと生き延びていたということが気にかかっていた。
それに昨日の深夜でなく、今日の夕方というタイムラグも気にかかる。たまたまそのタイミングまで気がついたプレイヤーがいなかったということであればいいのだが。
「SNSか。調べてみる必要があるな。ヒルス滅亡に関するスレッドを追いかけて……。ソース元をたどっていけば、最初に情報が書き込まれた時間も特定できるかな?」
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