第94話「コネートル防衛戦」(ケリー視点)
ケリーたちはリーベ大森林より南、白魔たちの足で3日ほど下った場所にある、コネートルという街の宿屋で目を覚ました。
「ボス、なんだって?」
「ああ。大丈夫だから、この街に留まって防衛戦の様子を見ておくように、って」
ボスとのフレンドチャットが終わったのを見計らい、尋ねてきたライリーにケリーはそう返す。
この街には昨日の夜到着したのだが、1泊して翌日、つまり今朝にはチェックアウトして一旦街を出ていた。
1日でたどり着ける位置には街や村はなかったため、街道沿いで交代で見張りを立てて野宿する予定だった。
その辺りで突然全員が死亡し、この宿で目を覚ましたというわけだ。
「この部屋、誰も泊まっていなくてよかったよ。もし誰かいたら、ここで復活できなかったかもしれない。その場合、リーベ大森林で目覚めていたのかね?」
「取り敢えず、もう何泊かはしたいって女将に話に行ってくる。まだ起きてればだけど」
ライリーはそう言うと階下へ降りていった。朝方出ていった客が突然2階から降りてくればさぞ驚くだろうが、他にどうしようもない。
幸い多めに路銀はもっているため、それでゴリ押しするしかない。
金の力は偉大だ。
「そんなことより、ほんとにボスは大丈夫なの?」
「ああ……。声を聞いた限りじゃ、めちゃくちゃに落ち込んでいるとか、そういう感じではなかったけど……。仮にそうでも、そういうの多分あの人見せないと思うんだよな……。とくにあたしらにはさ」
ボスと初めて会ったときの、あの自信に満ち溢れた姿を思い出す。
ボスの容姿はあれから随分と変わってしまったが、ふとした時に見せる悪戯っ子のような表情は変わっていない。
ボスのすることはケリーたちには想像もつかないようなことばかりだった。
最近はどういう目的で何をしているのか、ようやく分かるようになってきたが、出会ったばかりのころは本当に何をしているのか見当もつかなかった。
ケリーたちの人生は、ボスに出会ったことで大きく変わったと言える。
あの時ボスが教えてくれた通り、あのままでいれば遠くない未来にケリーたちは誰かによって全てを、その生命さえをも奪われていただろう。
あの時。ケリーがレアに伝えた「ボスになってほしい」。
あの一言からすべてが始まったのだ。
そのボスを害した者がいる。
到底許すことは出来ない。
「でも、一体誰に……って聞いたところで、ボスは教えてくれないだろうけど」
レミーの言うとおりだ。いや、ボスのことだ。すでに自分で落とし前をつけに向かっているところなのかもしれない。
「腹に据えかねる……けど、今あたしたちに出来ることはないよ。ボスに言われた通り、この街で様子を見るしか無い」
「そうだね……。この街の防衛の様子を見ておけば、いつかボスを倒した連中を殺す役に立つかもしれないし」
ボスを害したと思われる、人類側の味方をして立ち回らなければならないというのは業腹だが、それがいずれボスの役に立つと思えば、やるしかない。
「ただいま。なんか、拍子抜けするくらい普通に対応してくれた。最近よくあるんだってさ。チェックアウトしたのにまた部屋から出てくる人。だからチェックアウトした部屋には1日は誰も泊めないようにしてるんだって」
妙なこともあるもの──だと思ったが、ケリーたちが今まさにその状況に置かれているのだった。
「誰かの眷属……いや、ボスのようなプレイヤーか。この宿にはプレイヤーがよく泊まる、ってことかい?」
「そうなる、のかな」
そして今、ケリーたちもプレイヤー同様、死に戻りして宿に帰ってきた、と思われている。
「……どうせこの街の防衛戦に参加するんだ。久々にプレイヤーのフリでもするかね」
「ケリーがいいなら。でもあたしたちはそんな経験ないよ」
「マリオンは黙っていればいいよ。もともと知らない人と話すの好きじゃないだろ」
こうしてケリーたちは、プレイヤーとしてコネートル防衛戦に参加することになった。
***
〈というわけで、あたしらは防衛戦に参加するから。白魔たちはどうする?〉
〈そうだな……。攻防戦に参加する、ってわけにゃいかねえしな〉
〈ボスは白魔たちについては何も言ってなかったけど……。もともとはボスが『召喚』ですぐに移動できるように火山に向かうって計画だったからね。人類側のプレイヤーなんかの戦力調査もしといた方がいいってんで、あたしらはこっちに参加することになったけど、あんたらは先に行って火山までの道筋をつけといてもいいんじゃない?〉
〈そうだなあ。そうすっかな。じゃ、こっちは任せとけ〉
〈頼むよ〉
この街に泊まった時、ケリーたちは宿をとったが、巨大な狼である白魔たちはそうはいかない。
彼らは街道から外れた場所で寝床を作り、2匹で休んでいた。周辺には脅威となる魔物などは居なかったためか、彼らのリスポーン位置はその仮の寝床だった。
フレンドチャットを終えた白魔は、銀花を伴って走り出した。
ケリーたちはさほど重いというわけでもなかったが、これで荷物を気にせずに駆けることができる。
このペースならば、火山まではすぐだろう。新たに支配下におく領域が増えれば増えるほど主君の力は増すはずだ。そのために今できるのが駆けることならば、そうするのみである。
***
「白魔たちは予定通り、火山を目指す。あたしらは指示通り、この街を守る」
「わかったよ。で、今朝は結局見ないで出ちまったけど、この街は一体何に襲われてんだ?」
街を見た限りでは、そう深刻な戦況という感じはしなかった。
少なくとも現時点で外壁の内側まで敵に入り込まれているという風には見えない。
街の衛兵はさほどの強さには見えなかったが、先ほどの宿屋の女将の話から察するにプレイヤーと思しき存在もそれなりの数いるようだし、そのおかげで持ちこたえているのだろう。
単純に、相手側に外壁や門を破壊するだけの能力を持った魔物がいないというだけのことかもしれないが。
「なんだろうね。傭兵組合とかに行きゃあわかるだろうけど。そうヤバいって感じには見えなかったけど」
「でも少なくとも外部とのやりとり……特に商業というか、物資のやりとりは出来てないはずだよね」
レミーの言う通りだ。
かつてのケリーたちは、そんなことを考えたこともなかった。街で売っているものは、街の中でどこからか湧いて出てくるものだと漠然と思っていた。
しかし今は違う。それぞれの街でもっとも得意なことをやり、それを街同士でやりとりし、欲しがっている奴に欲しがっているものを売る。そうすることで物質的な価値以上の付加価値が生まれる。それがつまり、経済活動というものらしい。
レミーは特に、エアファーレンで店舗を経営していたため、そういうことも気にかけられるようになっている。
「まとめると、こういうことかい。
敵が何であれ、プレイヤーのおかげで戦力的には心配ない。
しかしプレイヤーはこの街の行く末そのものにはあまり興味がない。だから物流なんかがストップしてるからといって、積極的に相手の親玉を倒しに行く気はない。
ボスから聞いた話も統合すりゃ、あたしらが森を出た……えーとその次の日か? そっから10日間はいべんととかいう期間で、手に入る経験値が増える。だからプレイヤーはその間は敵の親玉を生かしておきたいと考えている、と」
この街の人間にとってはなんとも救いのない話だ。
別にケリーたちには関係ないためどうでもよいのだが。
「あたしたちがプレイヤーを装うってことは、おんなじようにするってことでいいんだよね? 適当に襲ってくる雑魚を殺して、そうしながらプレイヤーの実力を探る」
「そうなんだけど……。そうだね、ライリーには別の仕事をやってもらいたいんだけど、いいかい」
「いいけど、何?」
「プレイヤーたちが雑魚と遊んでる間にさ、ちょいと領域に分け入って、親玉の姿を確認しといてくれないか。いべんとの後か、あるいはうちらのボスの手が空いた時かはわかんないけど、いざどうするって決まった時までに、得られる情報は全部網羅しといて悪い事はないだろ」
*
「──なるほど、敵はアンデッドか。夜中でも女将が起きてたのは、あの時間にもしかしたら街が襲撃を受けていたからなのかな」
翌日になり、傭兵組合で防衛の詳細について尋ねたケリーは歯噛みした。
そうであれば、昨夜あの後外に出てみれば良かった。
「あんたらも保管庫持ちの傭兵さんかい? 守ってくれるのはまあ、ありがたい限りなんだが……。なんとか、根本ていうか、そもそも敵が襲ってこないようには、出来ないもんなのかねえ……。国の方には鳩は飛ばしてるんだがね……。どうも反応が鈍くてさ」
組合の受付に立っている、くたびれた中年の男性がため息交じりにそうこぼす。
昨夜話し合った通り、やはりプレイヤーたちは積極的に解決するつもりはないらしい。
そこへロビーにいた、男性の傭兵らしき人物が声をかけてくる。
「それはまあ、俺たちだってなんとかしてやりたいとは思うけどさ。俺たちもみんなが同じ考えってわけでもないし、1人や2人がアンデッドの本拠地に向かったところでよ……」
傭兵の男性は悔しそうにそう言う。口ぶりからすると彼も保管庫持ち──プレイヤーのようだ。どうやらプレイヤーのすべてがどうでもよいと考えているというわけではなさそうである。
この男性の言うとおり、それぞれで考えが違うのなら、足並みをそろえるのが難しいというのもうなずける。
そもそもプレイヤーに限らず傭兵というのはそういうものだ。誰からも何の保障もしてもらえない代わりに、誰のためにも働かない。彼らが動くのは常に自分と金のためである。
足並みをそろえて街のために戦うのであれば、国の兵士や騎士を呼んでくるべきなのだ。
それにしても、とケリーはその男の値踏みする。
この程度の傭兵がいくら集まったところで敬愛するボスに傷をつけられるとは思えない。
では仮に、ケリーと同レベルの者たちが集まっていたらどうだろうか。人数と連携などによっては、ダメージを通すことくらいはできる可能性がある。
しかし男性が言った通り、それら多くのプレイヤーが集まってボスに敵対するとしても、そのすべてがまったく同じ思惑というわけではないはずだ。
そのあたりをつついてやることで、敵を「大集団」から「多くの小集団」に変えてやることは可能かもしれない。
「それはそうかもね。ところであんたは?」
「あー。俺はその、ギルガメッシュっつーんだけど」
ずいぶんと歯切れの悪い自己紹介だ。
偽名だろうか。しかしプレイヤーが、プレイヤーだと思われているであろうケリー相手に偽名を名乗る理由が思い当たらない。
ケリーの不審な視線を感じてか、男は慌てたように弁解を始めた。
「いや、言いたいことはわかるぜ。人違いだ。俺の方が先にキャラクリが終わったみたいで名前が取れたんだけどよ、今は向こうの方が有名になっちまってな。肩身が狭いのなんのって」
彼はケリーの視線の意味がわかっていないようだ。ケリーも彼の言いたいことがよくわからなかったのでお互い様だが。
そういえば以前、ボスが名前の被りがどうのと言っていた気がする。
もしかしたら彼らプレイヤーは、別々の人物が同じ名前をつけるということができないのかも知れない。
ここでケリーが名乗るのは簡単だが、ケリーという名を持つプレイヤーがもし存在した場合は面倒な事になる。
だが彼のこの弁解からすると、ほんの少しでも違ってさえいれば、似通った名前であっても付けることができるのだろうことは想像がつく。
「あたしのことはケリーでいいよ。こっちはライリー、レミー、マリオン。みんな愛称だけど、それで呼ばれ慣れてるから」
そういうことにしておいた。
「普段から4人でプレイしてんのか?」
「そう……だね。これからこの、ライリーだけは用事があるから戻るけど」
宿の部屋で
ライリーは隠密行動や周囲の観察などに向いたスキルなどを多く取得しているため、人目を忍んで行動することなど造作もない。敵の親玉の調査に当てるのもそれが理由だ。
「じゃあ3人か。よかったらだけどさ、今夜襲撃があったら、一緒に行動してみないか?
この街の防衛は初めてだろ?」
ウェインもそうなのだが、このプレイヤーとかいう者たちはなぜこのように親切にしたがるのだろうか。
これまでケリーたちに近づいてきた者たちは、みな奪うか殺すかが目的だった。そのためこの彼らのように一見善意に見える態度をとられても、目的がわからないため不信感しか抱けない。
だが腹に一物抱えているのはケリーたちも同じだ。
「それは助かるね。いろいろと、知っておきたいこともあるし」
ギルガメッシュとはいったんそこで別れた。
夜まではまだ長いし、街の住民たちの様子を見ておきたかったためだ。
それに敵が活動するのが夜ならば、ライリーが潜入するのは昼間の方がいいだろう。さすがにこの時間帯ではだれにも見つからないというわけにはいかないが、フード付きの外套などを着込んで出ていけばいい。かなり怪しいが、プレイヤーが多くいるおかげで怪しい人物には事欠かない。そう特別に目立つということもないはずだ。
「じゃ、行ってくる」
ライリーを宿でこっそりと見送り、3人で再び街に出た。
商店街を見渡したところでは、それほど深刻な物不足という印象は受けない。
いべんとが開始されて確かまだ3日目だ。本格的に影響が出始めるというほどには至っていないのだろう。
「ポーションは……ちょっと値上がりしてるかな。これからも入荷がない状態が続くようなら、素材が用意できるならひと儲けできるかも」
「今夜の感触次第だけど、防衛戦が余裕そうならレミーには生産に回ってもらった方が効率がいいかもね。どのくらいこの街に留まることになるかはわからないけど、路銀も無限にあるわけじゃないし」
ポーションの主成分、その元になる薬草は、割とどこにでも自生している。昼間に時間があるなら、街を出て採集してくればよいだろう。
値上がりしているということは素材か生産者かのどちらかが不足しているためだと思われる。つまり魔物を恐れて外に出ていかないか、街なかに生産者がそもそも少なかったかのどちらかだ。
だがどちらにしても、レミーならば稼げるはずだ。
おおよその方針を固め、夜を待ち、ギルガメッシュと合流した。
そして夜の帳が下り始める頃。
外壁の外に出て、戦闘の準備をする。
ケリーたち以外にも何人もの傭兵や街の衛兵たちがいる。見ただけではわからないが、このうちの何割かはプレイヤーなのだろう。
「さて、日が落ちる……落ちかけた時間帯くらいから、敵が湧き始める。そろそろだぜ」
「すまない。湧き始める、とは具体的にどういうことだい? 地面の下から出てくるのかい?」
「ああ、いや。あっちにちょっとした岩場と、あと木々なんかが密集した林みたいのがあるだろ? あのあたりから出てくるんだよ」
見れば確かに岩場のような、大きな石がごろごろしている場所と、その岩を避けるように生えている曲がりくねった木があった。それがいくつも重なりあい、林のようになっている。あの辺りが今回魔物が溢れ出している領域の入り口ということだろう。
「ほら。来たぜ」
ギルガメッシュの言う通り、林の中から数体のアンデッド、おそらくスケルトンナイトと思われる魔物が這い出し、街へ向かってくる。
しかし待ち構えていた傭兵たちによって、すぐに狩られ、死体となって辺りに散らばってしまう。
「……することがないんだけど」
「今のうちはな。効率ちゅ、あー、やる気満々のプレイヤーたちが湧き狩りっつーか、まあすぐに倒しちまうから暇だけど、もっと暗くなってくりゃ倒すスピードより出てくる数の方が増えてくるからな。そうしたら忙しくなるぜ」
聞くところによれば、このやる気満々のプレイヤーたちはどうやら、昼間は別の街に行って狩りをしているらしい。一日に一度使える、転移サービスとかいうものを利用して、二人ひと組で往復して効率よく稼いでいるとのことだ。中にはソロで、往路は転移サービス、復路は死に戻りでやっている猛者もいるとか。
半分以上は何を言っているのか理解できなかったが、話された内容だけは覚えておいた。後でボスにそのまま伝えれば、ボスなら理解できるはずだ。
しばらく見学していると、次第に討ちもらしのアンデッドが抜けてくることが増え始め、ケリーたちにも出番がやってきた。
まずはレミーが弓で牽制し、マリオンが魔法でなぎ払う。そのリキャストやMP回復を待つ間にケリーとギルガメッシュが接近して倒す。
おおよそそういうルーチンで狩りを進めていった。
敵が弱すぎるため、作業のように防衛は進む。
それはこのパーティだけでなく、よそのプレイヤーたちの戦闘でもおおむね同様だ。
確かに街の人がこれを見れば、そんなに余裕なら敵の本陣を攻めてくれよと言いたくなる気持ちもわかる。
「まあ、だいたいこんな感じだな。日によって多少の波はあるが、経験値ボーナスも含めりゃおいしいイベントだ。敵がアンデッドばっかりだからあんまり金にはならねーが」
一段落し、襲撃が落ち着いたところでギルガメッシュが口を開いた。
「なるほど。よくわかったよ」
総評としては、この街の衛兵もプレイヤーも、この街に攻め入る魔物も、大した脅威ではない。
ケリーたちのように特別に手を抜いていたとかそういうことでもない限り、アリやアダマンたちの軍を使えるなら数でまとめて圧殺できるだろう。
あとはライリーの報告次第だ。ボスの見解ではディアスたちのような存在は大陸中に散らばっている可能性があるため、この国付近にばかり団長クラスが眠っているとは考えづらいが、念のため首魁となっているアンデッドは確認しておく必要がある。
それが達成できれば、あとはこのプレイヤーたちに交じって適当に時間を潰しておけばいい。
「ただ……。この街の領主と、その眷属と思われる騎士なんかは出てこなかったね。何か考えがあるのか、町なんてどうでもいいと思ってるのか」
時おり混じっていた、他と動きや装備が違うアンデッドなどの攻撃で、街の衛兵らしきものは何名も死亡していたようだった。騎士などがもしいれば、その被害も減らせていたはずだ。
ライリーの調査が終わったなら、そのあたりも探ってもらう必要があるかもしれない。
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