第93話「置き土産」
スガルの『産み分け』に連なるツリーにはとくに新しく取得できそうなスキルはなかった。
しかしまったく新しく、『繁殖:蟲』というツリーが解放可能になっている。
このツリーの最初のスキルは『蟻の女王』であり、字面から言っておそらくこれがクイーンを産むスキルだろう。
早速取得させた。
しかしこちらは普段のアリたちの卵を生む時と違い、スキルの使用コストが経験値の消費であった。
トレントたちの『株分け』と同様のシステムだ。
『産み分け』で増やせる卵はトレントで言う『種子散布』に当たり、『繁殖:蟲』にある各女王級の卵を産むスキルがトレントの『株分け』に近いイメージなのだろう。
しかしコストを考えても、ここで新たに女王級を殖やせるというメリットは大きい。
必要な経験値を支払い、使わせてみた。
〈いつもの卵よりかなり大きいですね。それに孵化までの時間も少しかかるようです〉
通常のアリの兵であれば、ふた回りほどこれより小さい卵だったはずだ。それに産んで程なく孵化していた。
対してこの卵は、孵化まで何日もかかるというわけではなさそうだが、秒で生まれるという感じでもない。
「まあ、気長に待てばいいよ。それよりツリーの他のスキルだけれど」
『蟻の女王』の後、というか平行した位置に『蜘蛛の女王』や『甲虫の女王』なども並んでいる。
「蜘蛛はたしか、社会性のある種もあったと思うけど、甲虫って女王とかいるのかな」
甲虫とはいえ魔物のことであるし、そういう種がいるのですと言われればへえそうなんですかと納得するほかない。
ちなみに後で調べてみたところによれば、アリやハチなどのように女王型のコロニーではないようだが、現実でも複数の成虫が複数の幼虫を養う社会性を持つクワガタの一種が存在しているようだ。
「興味深いけど、今すぐに必要なことではないかな。また、保険分の経験値がたまってから考えよう」
そうして色々と確認しているうちに、やがて卵の被膜が敗れ、中から見慣れた女王アリが姿を現した。
クイーンベスパイドだ。
「これで、とりあえず戦線拡大の目処は立てられそうだね。王都周辺はジークのアンデッド兵団に、トレ、ルルド周辺は世界樹とトレントたち、エアファーレンはこのままスガルの支配下でいいかな。じゃあこの子は……」
〈ボス、それなのですが〉
普段であれば、孵化したアリはスガルがすぐさま眷属化し、それぞれの部署に配属されていた。
しかしスガルはクイーンベスパイドを『使役』しようとしなかった。
『使役』せずともレアにとってのリビングモンスターたちと同様、創造者と被創造者という意識があるのかおとなしく言うことは聞くため、すぐにしなければならないということではないのだが。
〈その子はボスが『使役』されたらいかがでしょうか。私の眷属となった場合、ボスが必要な時に『召喚』で直接喚び出す事ができません〉
「なるほど……。複数の女王級を産み出してどこかに待機させておき、今後わたしが制圧した街などで必要になった時に直接その街にその女王を『召喚』して統治させるということか。今回のジークのように」
これまでスガルは牧場やテーマパークなどを管理運営するため、この大森林から動かすことはできなかった。しかしテーマパークは事実上閉鎖してしまったし、牧場経営のみなら他のアリたちでも運営することが可能だ。
「じゃあ、この子はわたしが直接『使役』するとしよう。
それとこの森だけど、最寄りの街もなくなったことだし、現在はわたしたちにとってかなり安定した拠点と言えるよね。だからこれからはこの森を管理職の教習所として利用し、慣れさせるようにしようと思うんだ」
今後どこかの街などに喚び出して管理させるにしても、産まれてすぐにそのようなことができるかはわからない。あらかじめ慣らしておくならば、比較的安全なこの森はうってつけだ。
〈よろしいかと。ではもう数匹、産み出しておきますので、平行してやらせておきましょう〉
クイーンには『眷属強化』などを取得させなければならないし、素の能力値も高ければ高いほど全体の強化につながるため、経験値の投入は不可欠だ。
女王級をこれから増やしていかなければならないことを考えると、もっとたくさんの経験値がいる。
「キリがないな……」
レア自身の強化も、まだできることはある。
転生したディアスたちも同様だ。
スガルも他にもアンロックされたスキルもあるだろう。
「その前に、まずラコリーヌをきちんとしておこう。あの街は王国の主要な街道のいくつかが通じている場所だ。非常にアクセスのいい領域になるはず。あそこを暫定的に、あらたな初心者ダンジョンにしよう」
もっともヒルス王国自体、近いうちに滅亡させてしまう予定である。
魔物に制圧された国におとずれる初心者プレイヤーがいるのかは疑問であるが。
〈でしたらラコリーヌの管理は私におまかせください。慣れておりますし〉
「そうだね……。それと世界樹に種をひとつもらって、世界樹の端末になるようなエルダーも育てよう。なにしろ今は瓦礫の丘になっていて、とても殺風景だからね。お客さんがぜひまた訪れたくなるような自然あふれる領域にしようじゃないか」
本気でテーマパーク化を目指すのであれば、他にも気にしなければならないことはある。
宿泊場所だ。
プレイヤーのリスポーン地点に設定できるようなエリアがなければ、客を張り付けておくことはできない。
「でも、もしもそういうデメリットを飲み込んでも攻略したくなるような魅力があれば、それはプレイヤーが勝手に考えるのかな。まさかこの先、常に攻略するエリアの側に街があるとは限らないだろうし」
なんならそれとなく運営に「攻略したいエリアの側にログアウト可能なセーフティエリアがない場合はどうしたらよいですか」などと質問してもいい。
質問内容と回答は公開されるが、質問者は匿名だったはずだ。レアがやっても問題ない。
FAQにピックアップされ実用可能な回答が示されれば、それを見たプレイヤーが勝手に何とかするだろう。
「ていうか、SNS見る限りではわたし──「レア」は単なる前回イベント優勝者ってだけだし、別に名前が出てもいいのか。
逆に今、一番まずいのは、「第七災厄=レア」って事実が知られてしまうことかな。この場合、災厄がプレイヤーだということがバレてしまう」
別に災厄としてプレイヤーとフレンド登録をすることなどありえないわけだし、名乗る際は嘘の名前を名乗っておけばいいだけだが。
しかし適当に名乗った偽名がたまたまどこかのプレイヤーと一致してしまえばまた面倒なことになる。
NPCとプレイヤーキャラクターの名前被りが許容されているのかどうかはまだ分かっていない。
「いや、さすがにそれは誰かが検証していてもおかしくないな。あとで調べておこう。ていうか、固有名みたいなものを名乗らなければいいだけか。
今回はだいたい「災厄」って名乗っていたわけだし、これからもそう名乗ればいい。SNSとか見る限りでは天使のアンデッドみたいに言われてるからその方向でもいいけど……。たいていそういう小細工しようとすると、なにかと裏目に出るからな……」
余計な事はやらないに限る。
「さて。じゃあスガル、ラコリーヌへ行こうか。先行して送り出したハチとアリたちはもうついたころかな」
〈まだのようですね。ついてから『召喚』などで移動しますか?〉
「……いや、スガルのその飛行性能とかも試してみたいし、せっかくだから2人で飛んでいこう。ディアス、子守よろしくね」
「陛下、わかっておられるでしょうが」
「ひとりで戦ったりはしないよ。スガルもいるし」
そしてラコリーヌへ向け出発、というところで、王都に残してきたジークからフレンドチャットが届いた。
〈陛下。よろしいですか〉
〈何かあったの?〉
〈は。実はこの城の玉座を、鎧坂殿が座れるように改造しようとしていたのですが〉
そういえば、鎧坂さんたちは置いてきたままだった。
NPCやプレイヤーの間では、鎧坂さんは別の魔物ではなく、災厄の第一形態であるように勘違いしている節もある。ならばそのまま王都に置いておいて、災厄として振る舞ってもらうのがいいかもしれない。
〈玉座を一旦どかそうと動かしたところ、部屋にもともと設置してあったらしい、トラップのようなものが発動いたしまして、不覚をとってしまいました〉
〈えっ誰が? ジークが? そのわりには元気そうだけれど……〉
〈はい。トラップの内容は、『封印』だそうです。幸い、範囲内に私以外にも数名のアンデッドがおりましたため、効力が分散されたようで、封印内部から破壊して解除できましたが〉
「あの時、宰相が狙っていたのはそれか……!」
あの男に限って、特に意味もなく最後のアーティファクトを無駄撃ちするわけがないとは考えていた。しかし宰相がアーティファクトの効果を過大評価しているとか、レアを過小評価しているなどの可能性もあったため、取り敢えず脇に置いておいた。まさかそのようなアイテムを隠し持っていたとは。
「いや、アイテムじゃないな。設置型のトラップ? 謁見の間にそんなもの仕込んでおくなんて、はるばる謁見しに来た客を何だと思ってるんだろう」
だが効果としてはさほど強くはないようだ。ジークと数名のアンデッドを捉えただけで効果が減衰してしまうようでは、レアを封印することなど出来ない。
アーティファクトにより弱体化させられていたとしても、あのわずかな効果時間がすぎてしまえば無意味だ。
〈何のためのコンボなんだろうね……。弱体化して封印しても、それが戻れば破壊されて終わりのはずだ〉
〈このトラップ型アイテムを調べて判明したのですが、封印中の対象には外部から何も干渉できず、また封印中の対象から外部にも干渉できなくなると同時に、時間制限のある効果などを受けている場合はそのカウントが停止するようです〉
いったん災厄を封印状態にし、戦力を整えたところで解除と同時に総攻撃で倒しきる。
解除した瞬間からデバフの残り時間のカウントが再開するのなら、そのわずかな時間を狙って攻撃すれば倒すことも可能かもしれないということだろう。
実際にその封印状態となった場合、プレイヤーに対してどのように処理がされるのかはやってみないとわからないが、食らわないに越したことはない。もしプレイヤーにも同様に作用するのだとしたら、あるいはプレイヤーに対する懲罰的な目的のために用意されているシステムなのかもしれない。
心当たりがまったくないとは言えないレアは少し冷や汗をかいた。
人材不足でトラップの発動が叶わなかった点は同情するが、本来ならばあの瞬間に玉座に細工して発動させるつもりだったのだろう。しかしあの場にはすでにディアスとジークの豹変に恐怖する貴族と、魔力の尽きかけた魔法使いしか生き残っていなかった。それが宰相の誤算だったと言える。
「ディアスとジークには感謝しなくてはね……。おっと」
〈それでその、封印とやらのトラップはどうしたんだい? 破壊されてしまったの?〉
〈いえ、効果は失われましたが、設備そのものは残っております。これは精霊王陛下とは関係のないもののようですが、調べていたところ、使用方法はわかりました〉
ジークの話によれば、マナを充填した状態で、外部から起動してやれば発動し、範囲内のキャラクターを問答無用で封印状態にするらしい。
今は一度使用してしまっているため、時間をかけてマナを充填してやる必要があるが、いざというときの備えに出来るという意味では素晴らしい。
〈ただ、設置してあるこの部屋から動かすことはできません〉
〈それは仕方ないな。どのみち、必要になるとしたら当面その部屋だろうし、使えるようにしておいてくれればいいよ〉
これで残る懸念は本当に逃げた王族だけとなった。
しかし、これは今手を出せる問題でもない。
まずはスガルを連れ、ラコリーヌに森パークを建設するとしよう。
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