第88話「邂逅」





 レアがラコリーヌの上空に到着した際、鎧坂さんの視界から遠目に地上でキャンプファイヤーのような炎が上がったのが見えた。

 とっさに目を閉じ『魔眼』を起動する。すると薄桃色の視界の中、炎が上がったあたりに人らしき魔力の形を確認した。


「──戦闘が行われているようだね。こんな廃墟で物好きなことだが……。

 仮に本当にわたしがこの街の領主を見落としていたとしたら、あの戦闘がそれと無関係とは思えないな」


 上空から近づいていくと、一見戦況は拮抗しているかのように見えた。

 どうやら、スケルトンを操る4人の人間らしき者たちと、騎士や傭兵を従えた位の高そうな男が争っているらしい。

 レアの立場と目的を考えれば、どちらを攻撃するかは決まっている。


 しかし敵が明確だからといって、それはもう一方を助ける理由にはならない。別に戦闘が終わるのを待ってから、生き残った方を始末して目的の領主を探せばいいだけだ。


 戦力は拮抗している、と思っていたが、よく見ればそうでもないようだ。徐々にスケルトン側の不利に傾きつつある。

 人間側が勝利するというのは気に入らないが、両者ともに被害を恐れていないように見えるのは気になった。もしもこの者たちが誰かの眷属であり、復活前提で争っているとしたら、うかつに姿を晒すのは危険だ。


 やがてスケルトンの数と傭兵の数が逆転し、勝敗は決定的になった。

 ダメ押しとばかりに、人間側の指揮官らしき男が弓を持ち、矢をつがえる。


 あの矢がスケルトン側の指揮官に当たれば勝負はつくだろう。

 勝敗を決する最後の一矢というわけだ。


 スケルトン側の指揮官は矢を見て硬直している。

 あの指揮官の目には迫りくる矢がどのように映っているのだろうか。


 レアの脳裏に不快な記憶がフラッシュバックした。









「──他人事とはいえ、だ。弓で射殺されるのをただ見ているというのは、精神衛生上よくないな」


 つい、そう独り言をこぼすと、レアは鎧坂さんの指で摘んでいた矢を捨てた。


 丘の上には3名の人間らしき者が居た。

 その手前で赤いスケルトンと戦っていた傭兵のような者たちは、手を止めてこちらを見ている。それに対してスケルトンも攻撃しようとしない。スケルトンもこちらが気になっているようだ。

 まあ、上空から突然巨大な鎧が落下してくれば、それは気にもなるだろう。


 矢を射たのは、あの丘の上、その中央にいる男だろう。身なりからすると貴族のようだ。これは、到着早々探しものが見つかったかもしれない。

 よく見れば、その左右の騎士は王都で見かけた彼ららしい。ならば間違いあるまい。


 声をかけようとしたが、あの彼らは現在のレアの姿、鎧坂さんを知らない可能性がある。

 一旦鎧坂さんから外に出た。


「やあ! さっきぶりだな騎士のお二人。無事にお家に帰れたようで何より! それでそこの」


「──うわー! なんだこれ! ロボ!? ロボだ! でかい! かっこいい!」


 ちょっとびくり、としてしまった。何かと思えば、今彼らと戦っていたスケルトン勢力の、おそらく首魁であろう人物だ。今しがた鎧坂さんが捨てた矢に狙われていた人物である。

 服装から男性かと思っていたが、声から察するに女性のようだ。

 何を言うべきか、と逡巡しているうちに、そばにいた女性がたしなめた。


「ご、ご主人さま、その前にお礼では? 助けていただいたのですよ?」


「違うでしょうアザレア、今あの方は大事なお話をしているようだし、お邪魔にならないように──」


「それより一旦、ちょっと下がったほうが──」


 余計に収集がつかなくなった。

 というか、今にも負けて死んでしまいそうな状況だったというのに、彼女らのこの能天気ぶりはなんだろう。


「そ、そうだった! ありがとうございます! あ、邪魔してすみません、ちょっと下がりますねへへへ」


 そう言いながら4人は後ろへ下がっていった。後を追うように、戦闘していた赤いスケルトン3体もそちらへ下がる。

 スケルトンと戦っていた傭兵はそれを追おうとはしない。レアを警戒しているようだ。丘の上まで下がっていき、立派な身なりの男の前に立った。


「……なんだったかな、ええと。

 そう、そこの! そこにいるのが君たちの飼い主なのかな?」


 騎士が身構えたようだが、返答はない。もしかしたら聞こえていないのかもしれない。いずれにしても、この距離ではかなり声を張り上げなければ会話はしづらい。


 レアは鎧坂さんから飛び立ち、丘の上へ向かうことにした。

 近づいてくるレアに、騎士と傭兵たちの緊張が高まる。

 別に彼らが居ようが居まいが変わらないのでどうでもよい。


「ここまでくれば普通に会話ができるかな。さっきは聞こえていなかったようなので、もう一度言おうか。

 さっきぶりだね、おふたりさん。無事に」


「聞こえておったわ! 災厄め!」


「……そうかい。じゃあ、そこにいる埃っぽい格好をした人が君たちの飼い主ということでいいんだったかな?」


 近づいて分かったことだが、立派な身なりの男は随分と土や埃で汚れている。『魔眼』による視界は効果範囲内なら視力に関係なくはっきりと物を視る事が出来るが、色や汚れはわからないのが難点だ。


 しかしレアがそう話しかけても、彼らはこちらを睨みつけるばかりで答えようとしない。


「……話したくないというなら仕方がないな」


「──貴様が、この街を襲った災厄か?」


 立派な埃の男が口を開いた。


「なんだ。君もあれか。こちらの質問には答えないのに自分の聞きたいことだけを聞くタイプの人間か。この国の教育は一体どうなっているんだ」


 もっとも同じタイプだったウェインはこの国の人間ではないが。


「問答するのも面倒だからお情けで答えてあげるが、わたしがその災厄だよ。このやりとりも何度目かだけど、別にわたしはこれまで自分でそう名乗ったわけではないからね、違っていたとしても保証はしかねるよ」


「貴様がこの街を……!」


「まあそうだね。でも一つ訂正しておくと、この街を、ではなくてこの国を、かな。王都はもう制圧したよ。お前の隣の、その騎士たちがここにいるって事は王都の事も知っているのだろうけど」


 あの騎士たちがレアより先にラコリーヌに居たのを考えるに、やはりプレイヤー同様、他勢力に制圧された状態のポイントではリスポーンできないのだろう。故に王都の前に拠点にしていたのだろうこの街にリスポーンしたのだと考えられる。

 これだけ破壊されていてもリスポーン出来たというのは信じがたいが、もしかしたら彼らの寝床は地下にあった可能性もある。領主が生きていたのもそのせいかもしれない。いや、まだ彼が領主だと確定したわけではないが。

 しかしどちらにしろ、ラコリーヌ襲撃の詰めが甘かったのは事実だ。ここで精算しておかなければならないだろう。


「で、おしゃべりはもういいかな。わたしはここの領主とかを探さなければならないんだよ。お前がそうだというなら、もう少しおしゃべりしてやってもいいんだが」


「私が領主だ! 貴様のせいで、この街の何の罪もない人々が……! 彼らが一体何をしたというのだ!」


 何の罪もない人々という存在にレアは出会ったことがないのでわからないが、仮にこの街の人々がそうだったとしよう。

 確かに別に彼らは何もしていないかもしれない。

 しかし、その理屈で言うのならば、だ。


「じゃあ、ここにそう、たくさんの兵隊がいたよね、確か。

 これは王都で宰相閣下から聞いたのだけど、彼らはどうやらわたしを討伐するためにリーベ大森林に向かっていたそうじゃないか。

 聞けば、王都を出発したのは10日以上前だそうだね。つまりその時にはわたしの討伐は決まっていたというわけだ。

 ここでひとつ聞いておきたいのだけど、その時点でわたしが一体何をしたというんだい?」


 宰相から聞いたというのは嘘だ。実際には宰相から司令官への手紙をインターセプトしただけだ。しかしそれは今些細な問題なので置いておく。

 彼の理屈で言うならば、何の罪もないレアを、災厄だと推定されるからという理由だけで殺そうと国が軍隊を差し向けてきたことになる。


 もっともあの軍隊があろうがなかろうがレアの行動は変わらなかったし、なんなら軍の存在を知ったのもラコリーヌもろともに轢き潰した後なので言い訳しようもないのだが。


「そ──れは! ……貴様が……人類の敵、だからだ!」


 レアが災厄なので討伐しようとした、ということなのか。

 つまりスズメバチなどの巣を発見したので、被害が出る前に駆除しようとしたというのと同じだろう。

 残念ながらレアはただのスズメバチではないため、簡単に駆除は出来ない。油断さえしていなければ。

 そしてプレイヤーであるため、根絶することも出来ない。


「お前の言っていることは矛盾しているな。わたしが人類の敵だと言うのならば、わたしがしていることは別に何も間違ってないじゃないか。むしろ人類の敵としてはよくやっている方だと褒めてもらいたいくらいだよ。一体何が不満なんだ」


 レアも別に本気でそう考えているわけではない。誰だって自分の街を突然破壊されればそう言いたくもなるだろう。

 しかし、からかうようなレアの言い分に対して領主が答える事はなかった。ただ、憎々しげにレアを睨みつけているだけだ。


 あの宰相閣下だったらどのように答えたのだろうか。まあ、もう殺してしまったので二度と聞けないのだが。


「……お前はつまらないな。もういいや。さようなら」


 領主に対する興味を失ったレアは『フェザーガトリング』を発動し、その体を蜂の巣にした。

 すると糸が切れたように両脇にいた騎士や、傭兵たちも崩れ落ちた。

 彼が主君で間違いなかったようだ。領主というのも本当だろう。

 会話している間は攻撃しないとでも思っていたのだろうか。誰もレアと領主の間に立つなどの防御行動を取るものがいなかった。おしゃべりはするとはいったが、攻撃しないとは別に言っていない。


 これでようやく、真の意味でラコリーヌを壊滅せしめたと言える。


 本当なら次は王都でのやり残し、すなわち亡命した王を追いかけて始末したいところだが、どこに向かったのかさえわからない。

 それに宰相の話が本当なら、王は対魔王特効のアーティファクトを複数所持し、しかもそれは他の5カ国にも存在している事になる。この状況で他国に探しに行くのは危険だ。


 しかし今はそんなことより重要なことがある。

 後ろにいる、あのかしましい者達だ。

 彼女はロボとか言っていた。プレイヤーで間違いないだろう。そしてその脇を固める女性が「ご主人様」などと言っていたり、赤いスケルトンが彼女に付き従っているのを見るに、彼女は『使役』かそれに類するスキルを有している可能性が高い。


 レア以外のプレイヤーがあれを取得している。


 それはレアの優位性を揺るがしかねない重大なインシデントだ。

 できればぜひ、じっくりと話を聞いてみたい。

 状況を見る限りでは、彼女は人類と敵対しているように思える。

 であれば、レアの求める「魔物側のプレイヤー」で「ボスとして振る舞う悪戯心を有している」という、協力者の条件に合致している可能性がある。


 それに、友好的なプレイヤーと会話をするのは初めてだ。




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