第89話「ヨロイ・ザ・カサン」
「さて、お待たせしてしまったようで申し訳ない」
「いやあ! 全然です!」
言いながらさっきの彼女は鎧坂さんをべたべた触っている。『魔眼』で見る限り、彼女のMPはなかなかの量のようだ。精神魔法特化くんほどではないが、かなりの数値だろう。
その彼女の行動をなんとか制そうとしている3名の女性のMPはそれ以上だ。
仮にこの3名の女性が男装のプレイヤーの眷属だとした場合、少なくともトップクラスのプレイヤー4名分の戦闘力を1人で持っているということだ。あの赤いスケルトンたちも含めればもっとだろう。ちょっとした勢力と言える。
「……鎧坂さんが気になるのかい?」
「ヨロイ・ザ・カサンっていうんですかこのロボ!」
「違うな、たぶん違う、そうじゃない。おそらくだけどきみは勘違いをしている」
レアは鎧坂さん──というよりリビングメイル系の魔物について説明してやった。転生についてはボカして話した。彼女にとってそこは別に重要ではあるまい。
「満足したなら、次は自己紹介をしよう。
わたしはレアという。見ての通り、人外アバターでプレイしているプレイヤーだ。今回のイベントでは主に人類たちの街を侵攻する側で参加している。
君の名は?」
「あ! これは失礼しました! わたしはブランて言います! スケルトンで始めたプレイヤーです! 骨が白かったのでそういう名前にしました! わたしもこう見えて街ふたつ滅ぼしましたよ!」
スケルトン。どう見てもスケルトンには見えない。しかし嘘を言っているようには──というか、すぐ分かる嘘を息をするように吐く人物には見えない。
「……どう見てもスケルトンには見えないのだけれど、君はその、別の種族に転生をしたということかな」
「あ、そうだった! えーとですね、まず最初に──」
そこから彼女──ブランの冒険譚を小一時間語られた。
かなり突飛な体験だ。聞いていて素直に面白かった。
そして同時に安心もした。このような経緯で『使役』などを入手したならば、他のプレイヤーたちにそう同様のケースが起こるということは考えづらい。
「そうか、吸血鬼か……。吸血鬼は自分の眷属を自分の血をもって転生させられるというのか」
コストはわりと重めなようだが、放っておけば回復するLPやMPの消費というのはパフォーマンスがいいと言える。
デメリットというか制限としては、自分の眷属にしか使用できないということと、おそらくアンデッド系かそれに所縁のある種族にしか効果がないであろうことだろうか。
このモルモンという吸血鬼種族が狼などにも変化できるところをみるに、狼をテイムして血を与えることでもモルモンに転生できるのかもしれない。
レアの『使役』とは随分と違いがあるが、吸血鬼としていかにもな能力だ。取得条件が緩い代わりに制限がかけられているのだろう。上位の魔物特有のスキルツリーだろうか。
「それで、レアさんは何の種族なんですか? 最初から選べたやつじゃないですよね明らかに」
この返答はよく考えてする必要がある。
ブランが口の堅いプレイヤーなのかどうかはわからないが、少なくとも本来なら秘匿しておいたほうが賢い情報をぺらぺらとレアに話してしまう迂闊さがあるのは確かだ。
かたわらのモルモンたちはかなり賢そうではあるが、止めようという気配は感じられなかった。なんならブランの説明の中で足りない部分を補足してくれたほどである。彼女らにストッパーの役目は期待できない。
これらを考えれば、正直に話すのはリスクが高い。
しかし仮に、今後友好的な付き合いをする場合、そう例えば仮にだが、もし仮に万が一、フレンド登録、などをするといった展開になった場合、ここで正直に話さないことは悪手である。
いずれ知られるのは確実であるし、少なくともブランは正直に語ってくれたようだ。レアがそれに答えないというのは、後々の、そう例えばゲーム的に言うところの友情ポイントのようなものがあったとして、そうしたらマイナススタートだ。それはよくない。
「──わたしは」
4人は期待のこもった目でレアを見ている。顔立ちは違うが、その表情はそっくりだ。
もしかしたら眷属とは、どれほどINTやMNDを上げたとしても、本質的に主君に似てくるものなのかもしれない。
「わたしは魔王だよ。いまの種族はね。もともとはエルフで開始したんだが──」
そして結局、レアも小一時間これまでのプレイ内容を語ることになった。
*
「じゃああれですね! あのアリたちは今はレアさんの配下ってことは、わたしの仇を取ってくれたということですね!」
この大陸に他にアリがいる洞窟があるかどうかは不明だが、状況から見ておそらくブランを襲ったのはスガルの配下だろう。エリアが誰かの所有地になったタイミングから言えば間違いないと思われる。
「そのつもりでやったわけじゃないけど、結果的にそうなるのかな。今はあの子たちもわたしの眷属だから、まあ許してやってほしい」
「それはもちろん! でもレアさんてずっとひとりでプレイしてきたんですか?」
ばさり。
もともと自分に備わっていたわけではない器官である翼は、制動しづらい傾向にある。しかし今回は、それ以外の部分はまったく動じてはいなかったはずだ。レアも成長している。
「……そうだね。まああまり一般向けではないプレイというか、いやでも会話とかはそれなりにしたことはあるよ、他のプレイヤーと」
話した相手は結果的に全てキルしているが。
「そうなんですね! わたしもあんまり一般的なプレイしてないなーと思ってて。気が合いますね! 合いませんか?」
これはいい流れではないだろうか。もう日も跨いでいるため、レアが死んだのは昨日のことになるが、昨日1日は全く良いところがなかった。日付が変わったとたんにこれならば、今日はいい日になるかもしれない。
「そうだね。ブラン……さんとは仲良くできそうだ」
「呼び捨てでいいですよ! フっ、フレンド登録しみゃせんか!」
「どうぞ」
レアは食い気味にフレンドカードを差し出した。
プレイヤー相手にではないが、フレンド登録した数においてはレアは他の追随を許さない。一連の流れはもはや無意識のうちにでもできるほど熟練度が高い。
「ありがとうございます! ……なんですかこれ?」
「……ああ、フレンド登録の仕方知らないのか。これをインベントリに入れればフレンド登録完了になるんだよ。お互いに交換すれば相互フレンドということだね。別にそれ自体は特に意味とかはないけど」
一方的なフレンド登録と、相互フレンド登録では特にできることなどに差はない。
「なるほどそうなんですねー。じゃあわたしのも……ってどこにあるんですかこれ」
インベントリからの取り出し方についてレクチャーし、レアとブランは無事に相互フレンドとなることができた。
「初めてのフレンドですよ!」
「わたしも……プレイヤーのフレンドは初めてだよ。それと、敬語はいらないかな。呼び捨てでいいし」
「じゃあよろしくレアちゃん!」
ばさり。
*
「──じゃあ、2つ街を滅ぼした勢いで、次に行こうと思ったらそれがこのラコリーヌの街で、そこであの騎士たちに出会ってしまったということか」
フレンド登録までつつがなく完了し、お互いの立場も理解しあったため、次は現状について相談することにした。
「そうなんだよね……。なんか急に強い敵が出てきちゃったから、あれこれもしかしてまだわたしには早いエリアだったのかなーって」
「この街はもともと、王都に迫るほど栄えていた街だよ。昨日まではだけど。わたしから見てもかなり強い騎士なんかもいたし、それこそ滅びる直前なんかは、王国の動員可能なすべての兵士をかき集めたような軍隊もいたからね」
「ひええ、なんでまた……」
「なんか、わたしを討伐するためだったみたいだよ。わたしのマイホームがここから東に行ったところにある森にあるんだけど、そこを目指して王都から進軍中だったみたい」
仮にレアがイベントに参加していなかったとしても、いずれあの軍隊と大森林でぶつかることになっていたはずだ。ホームタウンなのでいいようにやられてしまうということはないだろうが、攻められる側というのはゾッとしない。
それを思えば、イベント開始のタイミングはかなり運が良かったと言える。
「ええー……。有名プレイヤーともなると、討伐軍なんて組まれちゃうのか……。あ、次にもしそういうのあったら声かけてね! 微力ながらお力になりますぜ!」
「ありがとう。でも別に有名プレイヤーというわけでは……。あそうだ」
もうひとつ、提案すべきことがあった。
「今、わたしは魔王という種族なのだけど、人類がわたしを討伐しようとしているのは、わたしのことを「災厄」だと考えているかららしいんだよ。災厄というのは──」
レアは災厄についてブランに解説した。まだSNSなどで詳しく調べていないため、推測の交じった内容になってしまうが、大筋では間違ってはいまい。またあとで、正確な情報が得られたら伝えることを言い添えておく。
それに今の精神状態ならば、落ち着いてSNSを調べることができそうだ。
「──というわけで、SNSなんかで効率的に人類側の動きを読むためにも、わたしはNPCのイベントボスだと思われていた方が都合がいいんだ」
「プレイヤーだとばれちゃったら、SNSで人類側プレイヤーが気軽に作戦の相談とかしなくなっちゃうからか! なるほど。それにしても災厄ってレアちゃんのことだったのか」
「そこでもしよければ、なんだけど、ブラン……にもそういう、NPCのボスとしてのロールプレイとかどうかなと思って。そうすれば人類側のプレイヤーなんかと戦う時とかにも、スムーズに協力プレイができるかなと思って」
「おお! それいい! 女幹部だ! 魔王の右腕の美人吸血鬼! やばい! エモい!」
「エモ……? まあ、気に入ってもらえてよかったよ。じゃあもし他のプレイヤーとエンカウントする機会があったら、そういうことでいいかな」
「ラジャー! いやーなんかかっこいいセリフ回しとか考えておかないといけませんなこれは……」
「プレイヤーたちと会話をするような機会があったとしても、あまり余計な事は言わないように本当は口数を少なくした方がいいんだけどね。どうもわたしなんかは調子に乗るとすぐ余計なこと言ってしまうようだし」
現状考えられる限り、レアにとって最高の協力者を得ることができたと言えよう。
次回、プレイヤーたちの集団などと戦闘が起きそうな場合には、ぜひ誘って共に闘ってみたいところである。
「それで、結局ブラン……はどうするの? ひとつ前の街から、北西に進んだところにある街を目指すの?」
「そだねえ。この街の先は王都なんだっけ? そっちはレアちゃんが片付けてるんだったら、わたしは別のほうから片付けていこうかな。手分けして当たった方が、早くこの国を片付けられるでしょ?」
少々、ほんの少し寂しいような気がしないでもないが、確かにその方が効率的ではある。若干戦力に不安はあるが、そればかりはレアはどうしてやることもできない。
「じゃあ、これをあげよう」
インベントリからいつかの報酬でもらった地図を出し、ブランに渡した。
「え? 地図? 地図とかあるの? 伯爵の図書館にもなかったのに!」
「正確には、地図はありましたが古すぎて参考にならなかっただけです」
モルモンのひとり、レアには見分けがつかないため名前はわからないが、その彼女が補足した。
「ちょっとした伝手で入手してね。似たようなものを他に持っているから、それはブラン……にあげるよ。それがあれば、侵略の助けくらいにはなるでしょう?」
「……よろしいのでしょうか。命を救っていただいたのみならず、このような貴重なものまで……」
「かまわないよ、ブラン……はおと、フレンドだからね。ああ、それと」
鎧坂さんの腰に佩いてある剣崎一郎を鞘ごと外し、ブランに渡した。
「この剣も持っていくといい。そう見えて、魔物だからね。装備して振るうことができなかったとしても、勝手に敵を攻撃してくれる」
「それはさすがにこっちが助けてもらいすぎじゃ……」
「その剣──剣崎に関しては、まったく善意のみってわけじゃない。そのうちわかるよ。次の街を落としたら、チャットか何かで連絡してくれると嬉しいな」
「そりゃもちろん! じゃあ……」
レアもブランも佇まいを正す。いつまでも話していてもいいが、それは今でなくてもできる。
「ああ、頑張ってね。健闘を祈ってるよ」
「レアちゃんもね! またねー!」
モルモンたちはコウモリに変身し、ブランは赤いスケルトン──スパルトイ3体に担がれて去っていく。
レアはその何とも言えないシュールな絵面を、視えなくなるまで眺めていた。
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