第86話「NPCは侮れない」
王城内のクリアリングを完了し、現状維持はジークとゾンビたちに任せた。
ゾンビは元々ここに住んでいた者達であるし、管理はお手の物だろう。どこまで記憶が残っているのかは不明だが。その辺のゾンビとは違い、脳が腐っていたり損傷しているわけではないため、それほどひどいことにはならないはずだ。
「あ、いや、脳は別に関係ないのかな。ほぼ骸骨状態だったディアスとかそれなりに記憶残ってたみたいだし。あの外見で脳だけ無事でしたとかはないでしょう」
ディアスには王都内でアンデッドを増やす作業を任せることにした。
抵抗する住民が減ってきているのなら、その分素材が増えているということでもある。
王城を制圧したのなら、次は城下町の仕上げだ。
街なかのアダマンたちからの報告では、あらかたの貴族たちの屋敷は制圧し、宿屋や民泊などを行なっていそうな大きめの家屋も押さえてあるそうだ。
レアは王城の回廊を迷わずに歩く自信が無かったため、謁見の間の奥の、控室のような部屋から張り出しているバルコニーから上空へ飛んだ。
ディアスは歩いて出ていくのだろうか、と振り返ったら、バルコニーから飛び降りていた。庭などにあまり穴を開けてほしくないが、まあ仕方ない。
上空から視える王都は静まり返っている。もう戦闘などはほとんど行われていない。
あらかた制圧が済んだというアダマンたちの報告は本当のようだ。
レアやジークが貴族たちをまとめて片付けたおかげで、強い騎士などは残っていない、はずだ。
つまり、いまだに戦闘が行われている場所に、ウェインたちがいる。
運良くなのか運悪くなのかは不明だが、ウェイン、ギル、精神魔法君は一緒にいた。
他にもう2人、騎士がついている。
「……おかしいな。貴族は大抵始末したと思ったんだけど、どうして騎士がまだ残ってるんだ?」
「──おい見ろウェイン!」
「くっ、災厄か!」
レアに気づいたようだ。もうすっかり日は落ち、辺りは闇に包まれているというのに、よくも気づいたものだ。
「姿を消すスキルを使用しないのは余裕だからか? 白すぎて闇夜に浮いて見えるぜ……」
──なるほどたしかに。僅かな光でもあればわたしはそれは目立つだろうな。
「……楽しんでくれているようでなにより。もう復活したのか。早いな。ところで王都の大抵の住民はアンデッドに変えさせてもらったと思うんだけど、そちらの2名はお友達かな」
「クソ! まさかローソンさんたちが急に死んだのは!」
「それが誰なのかわたしは知らないが、この都市にいた貴族はだいたい始末したよ。そこの騎士さん2人がまだ生きているのを見るに、討ち漏らしがあるようだけどね。念の為王都中を
騎士たちは黙って空中のレアを睨みつけている。
「そう言っても全く動じないということは、君たちの飼い主はこの都市にはいないようだね。つまり、別の都市から騎士だけが出張してきている? そんなことがあるのか?」
騎士は答えない。しかしわずかに身じろぎをしたように視える。
レアは以前にも似たような事があったのを思い出した。あれは確か、ラコリーヌを落としたときだ。あの時戦っていた騎士たちも、街が壊滅したというのに生きていた。
おそらくあのときも別の場所に主君がいたのだろう。まさか貴族が瓦礫の中で生き残り、しかもあえて息を潜めていたというのは少々考えづらい。
もう随分と前のことのように思えるが、まだ今朝の話だ。あれから1日もたっていない。
「ラコリーヌか……」
つい漏らしてしまったレアの独り言に、しかし騎士たちは異常に反応した。
明らかに動揺し、お互いに目配せをしている。
「ほう?」
全くの偶然だったが、どうやら彼らの主君はラコリーヌに関係があるようだ。
王族直属の近衛騎士などでなくてよかったと思うべきか。もしそうであればこの場で殺しても意味がない。
状況から考えて、国王は亡命するにあたり眷属や家族は全て引き連れていったということなのだろう。さぞ目立って仕方なかったろうが、まさか東側、災厄が攻めてくるかもしれない方向へ行くわけがない。となればレアが探しに行く場合、未知の方角に行くしかない。
今日の失態を考えれば、そんなことを無策で行なう気にはとてもなれない。
それより今は、目の前の騎士たちだ。
ラコリーヌには主君がおらず、騎士だけがいた。この王都にも主君がおらず、騎士だけがいる。
この両者が無関係というのは考えづらい。ではその主君は一体どこにいるのだろう。
「ラコリーヌ、に主君がいるのか? あの壊滅した街に」
今度はさっきほどには反応しない。かの街が壊滅した事実は知っているということだ。
レアはあの時、ラコリーヌにいた騎士たちの主君がいるとすればこの王都くらいだろうと考えていた。
しかし王都の貴族はもうほとんど残っていない。
では仮に本当にあの街に主君がいたとする。
考えられる可能性はなんだろうか。
「瓦礫の中で……死んだふりをしていた? そんな貴族がいるのか? まさか」
ありえない、と思ったが、先ほどの宰相とのやり取りを思い出す。NPCを侮るのは危険だ。
目を開き、騎士たちを見つめる。レアは別段、それほど他人の表情を読むのが得意というわけではないが、これが演技であるなら、彼らは騎士でなく別の道を歩んだほうがよい。
今のレアの思いつきは、おそらく間違ってはいない。
このタイミングでラコリーヌのその主君の状況が詳細に彼らにわかっているはずがないが、自分たちの主君であれば、そうしたとしてもおかしくはないと考える程度には確信をしているのだろう。彼らの動揺しつつも狼狽はしていない表情がそれを物語っている。
「これはいいことを聞いた。この王都だけでなく、ラコリーヌでも詰めが甘かったというわけだ。本当に今日はいいところがないな、わたしは」
目を開いたまま、騎士たちとウェインたちの中央あたりに範囲魔法の照準を合わせた。
「これから少し用事が出来た。君たちは……次はどこに現れるのかわからないが、また会おう。どうせ、君たちは死んだとしても何度も蘇るのだろう? ならば何度でも殺すとしよう。会うたびにね」
ウェインたちを始末したレアは、一旦王城へ戻った。
空からバルコニーへ降り立ち、謁見の間で配下のアンデッドたちに指示を出しているジークへ歩み寄る。
「お疲れ様です、陛下。外はいかがでしたか」
「あらかた、掃除は終わったかな。たぶんもう王都内にはわたしたちしかいないだろう」
それはこの王城をマイホームに設定できるようになっていることからも明らかだ。
しかし王城はアンデッドのボスが待ち受ける王都ダンジョンの最深部として使用するため、そのようなことはしない。
あの2人の騎士がどこでリスポーンするのかは気になるところだが、プレイヤーと同じ仕様だとすれば、アップデートによって敵が多い場所などにはリスポーン出来ないようになっているはずだ。
「一応、妙な騎士が王都内にリスポーンするかもしれない。気に留めておいてくれ」
「お任せ下さい、陛下」
「ああ、それから」
レアは一つ思いつき、インベントリから賢者の石をあるだけ取り出した。
「必要だと思ったら、このアイテムを使って配下を強化しておくといい。経験値が必要な場合でも許可を出すケースもあるから、その時は連絡を」
「これは……おお、もったいないことです。ありがとうございます」
この王都において、今後もしジークとディアスが討伐されるような事態になれば、今日一日の苦労が水の泡だ。
まずありえないとは思うが、まずありえない事というのはたまには起きるものである。それを今のレアは誰よりもよく知っている。
「アイテムを惜しんだりせず、なるべく効率よく使って配下を強化するんだ。街なかは、まぁ建物に傷がつかなければどうでもいいけど、少なくとも今のうちは王城内には絶対侵入されない程度には防備を固めておくように」
「かしこまりました」
ジークは片膝を付き、頭を垂れる。
「……イケメンに跪かれるって、なんかちょっと、違うゲームやってるみたいな気になるな……」
VR技術の発達はもちろん、そういったジャンルのゲームの開発にも多大な影響を与えている。
「そうだ、わたしは少し用事が出来たので、出かけるよ。後はよろしくね」
「どちらへ?」
「ラコリーヌだよ。今朝砲兵アリが耕した場所だ。どうもやり残しがあるようなので、確認してくる」
「……まさかお一人ではありませんよね」
ジークには油断するなと言うようなことを言っておき、自分は1人で向かうというのは確かに納得できないだろう。
「……でも空飛べる子いないしなあ」
「せめて鎧坂殿を着込んでください」
そうだった。鎧坂さんや剣崎たちを『召喚』し、着込んでいけばレア単体として飛んで向かうことができる。
「そうするとしよう。では行ってくる……。あそうだ、その椅子、座っていてもいいよ。もしわたしに気を使っているのなら気にすることはないから。じゃあね」
再び頭を下げるジークに背を向け、鎧坂さんと剣崎たちを『召喚』する。
「……さっきは済まなかったね。鎧坂さんにイカ墨玉とやらを投げつけた奴は、いずれ殺しに行こう。君たちに『恐怖』を与えたものはさっき始末してしまったが、きっとまた会えるさ。じゃ、行こう」
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