第85話「王国最期の宰相 ダグラス・オコーネル」





〈陛下、申し訳ありませぬが、この場は儂らに〉


〈どうかお任せ下さいませんか〉


 2人とも、どうやら落ち着いたようだ。

 任せると言っても、何をどう任せてほしいのだろう。殺す以外に何かあるのか。


「え、いいけど……。いいけど、何するの?」


〈こやつらに少々、聞きたいことがございましてな……〉


「え? 喋れないのに?」


 別に通訳する分には構わないのだが。2人が聞きたいことというのはレアもぜひ聞いてみたい。


「ああ、んんっ! あー。これで奴らにも聞こえるでしょう」


 突然ジークが話しだした。一瞬フレンドチャットかと思ったが、明らかに肉声だ。転生によって話せるようになったということだろうか。


「おおんっ! んっ! な、るほど。話すことができるようになったか。これなら話が早いの」


 やはり転生の影響で間違いなさそうだ。

 それを確認するとディアスはずんずんと歩いていき、1人だけ立っていた宰相の胸ぐらを片手で掴み上げ、もう片方の手で腕を捩じ切った。

 からん、と「精霊王の血管」とやらが落ち、衝撃で折れる。


「──ぐう!」


 堪らず、レアはうめいた。

 この感覚はよく覚えている。忘れるわけがない。

 どうやらあの強力なデバフは、アイテムを破壊することで起こる特殊効果のようだ。

 しかしあの時と違い、立っていられないほどではない。ダメージは全く受けていないし、どうも効果そのものも先程より若干弱い。


「あの……手のアイテムを見かけたら、破壊させない……ことが大事だ……ということだね……」


「陛下! おのれ!」


 ディアスが今にも宰相を殺してしまいそうになっているが、これは宰相のせいではない気がする。しかしディアスを叱るのも少し違うように思える。

 デバフフィールドであるなら範囲外へ逃れればいいだけだが、単体対象の場合はどうすればよいのだろう。有効範囲がないわけではないはずだ。極端に離れれば流石に効果は切れるはずだが。


「──っと、消えたか。ふー。効果時間が決まっているのか。なるほど、ここで検証できたのはよかった。これほどまでに気軽に使ってくるということは、この手のアイテムはやはり量産可能ということだね。

 ディアス、宰相閣下に他にこれを持っていないのか聞いてもらえるかな」


 破壊前提のアイテムならば、予備に数本は持っておくはずだ。


 LP最大値減少によって減ってしまったLPは戻らないらしい。『治療』では埒が明かないほど減っているので『回復魔法』で癒しておく。


「どうなのだ!」


 宰相閣下の胸元を探りながらディアスが尋ねる。

 小太りのオジサマの胸元をまさぐるダンディシルバーの図である。


「ギリギリ……需要は……どうだろう……。ちょっとわからないな」


「持っておらぬのか!」


 どうやら、宰相は他にそれらしいアイテムを持っていないらしい。

 ディアスが腕を捩じ切ってしまったせいで、顔色が真っ青になり、冷や汗をかいている。


「量産できないアイテムなのかな……?

 まあ、ないなら仕方ない。それよりディアス、宰相閣下はもう会話する元気はなさそうだよ。離してあげたらどうかな。聞きたいことがあるんだろう? 後ろで座り込んでいる方たちに聞くといい。宰相よりは口も軽いんじゃないかな」


「では、そちらは私が」


 へたり込んでいる貴族の元へはジークが向かっていった。

 ディアスは宰相から手を離さない。


「仕方ないな、『治療』」


 レアが近づき、宰相を『治療』してやる。

 一度では出血さえ止まらない。何度かかけ、傷口をふさぎ、完全に血を止めた。

 あのヒーラーのプレイヤーが使っていた『回復魔法』では切り飛ばした腕をも再生していたが、宰相の腕は血が止まっただけで新しいものが生えてきたりはしない。

 MPを消費するとは言え、『治療』はあくまで魔法ではなく技術ということなのだろう。『皮なめし』などと同様だ。

 そのためいくらLPを回復させる効果と言っても、魔法などと違い欠損部位が再生したりはしないようだ。あくまで通常の技術によって治癒する範囲内で、過程を無視して高速で回復するに過ぎない。


「ぐう! な、なぜ私を……治療したのだ……!」


「あなたが一番話が通じそうだからかな。どうも、うちのディアスとジークが話を聞きたいようなのでね」


 言いながらレアは『識翼結界』に集中した。そろそろ放っておいた魔法使いたちのMPが魔法一発ぶんくらいは回復していてもおかしくはない。

 彼らが逃げたりなどしていないのは、未だ戦意を失っていないためだろう。

 殺してしまってもいいのだろうが、ここまで貴族の彼らに付き合っているのだ。どうせ誰かの眷属なのだろう。なら用が済んだ後、貴族を殺せば済む話だ。


「さ、ディアス。聞きたいことを聞くといい」


「ありがとうございます。お手間を取らせ申し訳ありません陛下。

 ……さて、貴様、さっき精霊王などと言っておったな」


「ぐ、貴様らのような汚れし命を持つものには忌々しい名前であろうが……」


「黙れい!!」


 ──会話の下手くそなおじさんたちだなあ……。


「もういいよ、『魅了』。……よし」


 レアはもう面倒くさくなり、手っ取り早く『魅了』した。

 会話のできる人類種を『魅了』状態にしたことがないため、この状態の宰相がまともに会話できるかは試してみなければわからないが、少なくとも口を開けば罵り合う今の状態よりはマシだろう。


「さあ、質問してみなよ。宰相閣下、ディアスの質問に答えなさい」


「重ね重ね申し訳ありませぬ。

 貴様、精霊王とはどういうことだ、あのアイテムは何なのだ」


 これはレアも聞いてみたかったことだ。二度手間にならずに済んでよかった。


「……あの、アーティファクトは。かつてこの地を、支配されていた精霊王、が遺された秘宝。その効果は」


「効果はどうでも良い! 精霊王が遺された秘宝とはどういうことだ!」


 いや、どうでもよくはない。しかしアーティファクトなどという重要アイテムでありそうな呼称や、遺された秘宝というワードは確かにレアも気になる。


「……精霊王。は亡くなられる際に、子孫のために。アーティファクトと呼ばれる。希少な秘宝を、遺された。それを使い、災厄などに対抗。するためだろう」


 つまり国の軍事力で対抗不能な脅威が現れたときのためのカウンターということだ。

 精霊王というのがフレーバーで実は運営が容易に国が滅びないように用意したアイテムなのか、それとも本当に精霊王とやらが用意したアイテムなのかはわからない。

 精霊王。もしかしたら今ここにいたのはその精霊王だったかもしれない。

 レアのことだ。

 レアはあの時魔王を選択したが、それは精霊王との2択だった。

 しかし仮に精霊王になっていたとしても、あのようなアイテムの製造法など見当もつかない。実際に精霊王になってみないとアンロックされないスキルなどなのだろうか。


「……ひとつ、教えてやろう」


 静かだと思ったら、ディアスの瞳が赤く光っている。これは転生直後と同じだ。おそらく今の会話の何かがトリガーになって、憤怒に燃えているのだと思われる。


「まず、精霊王陛下にご子孫はおらぬ。儂の知る限り、すべてしいされた。謀反によってな」


 ディアスはもともと、かつて大陸唯一の統一国家だった国の近衛騎士団の団長だった男だ。

 その時の王族は謀殺されたと聞いている。その王族というのが精霊王の縁者だったのだろう。あるいは精霊王本人だったのかもしれないが。


「生き延びられた王族もおられたやもしれぬが、あれからどれだけ経ったかわからぬ。もうその血も絶えていよう。その後に台頭したのが謀反人どもが立てた国家だ。このヒルスとかいう国もそのひとつだろう」


 宰相の表情に変化はない。『魅了』しているので当然だが、もし冷静に聞いていたらどんな顔をしていただろう。


「その貴様らのために、精霊王が加護など遺すか! ふざけるな!」


 レアは耳を押さえた。急に爆発するのはやめて欲しい。


「あまつさえ、その、よりにもよって精霊王陛下の遺産を使い、レア様を、魔王陛下を害しただと! 貴様どれだけ冒涜すれば気が済むのだ!」


 ようやく話がつながった。

 精霊王というのがかつてディアスたちが忠誠を捧げていた王なのだろう。精霊王が治めていた国というのが統一国家だ。

 そしてその国家は謀略により分裂し、一体誰がどうやったのか不明だが、現在のレアより遥かに格上と思われる精霊王を倒した。ディアスたち騎士団や残る王族もこの時に謀殺されたのだろう。

 そして精霊王の遺産的なオーパーツだけが遺された。


 ディアスたちにとってはただでさえ憎むべき仇の子孫であろう者達が、現在忠誠をささげているレアを、よりにもよってかつての主君の遺産を用いて殺害した。

 ディアスが怒るのも無理はない。


「状況からして、あの「転生の条件を満たしました」というのはそれかな? つまり怒り……とか悲しみ?によって、感情だか何かのパラメータが一定値を超えたから、それで条件を満たして転生できたということかな」


 しかしこれは、仮にプレイヤーが彼らのような種族だった場合はどうなるのだろうか。プレイヤー用に別の条件が設定されている、というのは考えにくいが、先ほどの彼らほどの感情をプレイヤーが抱くのは難しいだろう。

 これに関しては考えてもわからないし、検証も無理だ。置いておくしかない。


「色々わかってスッキリした! あと知りたいのはそのアイテムがあとどれくらいあるのかと、正確な効果かな」


 とりあえず量産可能なアイテムというわけではなさそうなので一安心する。

 しかしもし精霊王が新たに誕生した場合はその限りではない。精霊王ならこれらのアイテムを作り出すことが出来る可能性がある。

 もっともその場合は、アイテムもそうだがそれ以上に本体の方が要注意だが。


「……精霊王の遺産。は、私が持っていたこれ。で城に残っているのは最後だ。それ以外は、陛下が持ち出し。て他国に亡命する手筈に。なっておる」


「──亡命」


 まさかそうくるとは考えてもいなかった。

 つまりここに残されていた貴族たちは全て囮だ。騎士たちもだ。

 言われてみれば、謁見の間らしい作りの部屋だと言うのに、謁見すべき王がいない。

 最初に気づいても良かったはずだが、相手の魔法による飽和攻撃ですぐ戦闘に突入したため、そちらに気を取られて失念していた。


「いやさすがにこれは予想できない……と思う。まあでも、今日はちょっとやらかしすぎてるからな……。これもわたしの考えが足りなかったせいだと反省しておくべきかな……」


 しかし王が逃げ出したタイミングによってはまだ挽回可能であるかもしれない。


「ちなみにいつごろ城を脱出するご予定だったのかな」


「……私が。進言した、最初に災厄が王都に現れる時。国宝である精霊王の心臓の使用許可を。その時にはもう。すぐに必要なものをまとめ、亡命することに」


 今の精霊王の血管の効果が単体デバフだった事から推察するに、精霊王の心臓とはプレイヤーたちが使ったアレのことで間違いない。

 国宝級のアイテムをプレイヤーに貸し出したというのは驚きだが、最悪でも奪われてはいけないアイテムだけ先に逃して王都まるごと囮にするつもりだったのならわからないでもない。

 しかしあのタイミングですでに逃げ出していたのなら、今から追おうにも方角すらわからない。


「ちなみにどの国に亡命するとかは」


「……王に。一任してある、残った。貴族が拷問など。で吐かされないとも、限らない」


「……わたしの討伐に成功した、という報は送らなかったのかい?」


「……王が。どこへ亡命するのか、わからない。事態が収束したのち、全ての同盟国に。使者を出す予定。だった」


 この宰相閣下は本当に優秀な男だったようだ。

 他国にもこんなのがいるのだろうか。だとしたら次はもっと頭を使って侵略する必要がある。昼の鎧坂さんの一撃を躱したプレイヤーではないが、これはスキルやステータスに現れない強さだ。正直に言って戦慄に値する。


「……じゃあ最後に、この、血管とかいうアイテムと、心臓とかいうアイテムの詳しい効果を教えてくれ」


 宰相はたどたどしくも、長々と正確に語ってくれた。

 思っていた通り、恐ろしい性能だった。

 あくまで偶然だが、精霊王と対をなす、魔王に対して特効とかいうおまけもついている。宰相の口ぶりからはその点については気がついていなかったような印象を受けるが、あのワールドアナウンスのようなシステムメッセージでは種族までは言及しないのだろうか。

 レアやディアスたちの時にはっきりと種族が聞こえたのは当事者だからということなのか。だとしたら、聞いているものによって内容が微妙に違っている可能性がある。まあ、いずれにしろ検証は出来ないが。


「……痴れ者めが。弱体化の呪いなどと、それは本来貴様らへの呪いだ。貴様らが受けるべき呪いだったのだ。それをあさましくも……!」


 またディアスの憤怒ゲージが上昇している。

 以前よりかなり沸点が低い印象だ。この件に関してのみなら別に構わないのだが、いつもこうだと若干面倒くさい。


「……終わりましたか。申し訳ありません、こちらのほうは全て壊してしまいました」


 そこへジークがやってきた。その後ろでは、ジークがお話していたらしい貴族たちは全員事切れている。

 周囲の魔法使いたちが話の途中でバタバタ死んでいくのは感知していたので驚きはしない。ささいなことだ。


「……ディアス」


「は」


 ディアスに命じ、最後に宰相の息の根を止める。

 実に恐ろしい敵だった。


「目的達成、でいいかな。……消化不良な感は否めないけど、こればかりはもうどうしようもない。これを教訓に次に活かすしかないね」






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