第84話「不死者の王」





「……「災厄」というのは確かに我らの使う通称に過ぎぬ。貴様は10日ほど前、リーベ大森林で生まれた魔物だな?」


「宰相! そのようなことを悠長に話している場合では──」


「これで此奴が災厄でなかったならば、これとは別にさらに大きな不幸が訪れる可能性がある! いいから黙っておれ!」


 今発言していたデキるおじさまは宰相であるらしい。しかし他の無能な貴族のおかげで彼の立場や、なんでわざわざそんなこと聞いてきたのかなどが丸わかりである。


「優しい貴族さんに免じて答えてあげよう。10日前か、そのくらいかな? 確かにわたしという魔物が生まれたと言えるかもね」


 正確には魔王に転生したわけだが、ハイ・エルフから魔物勢力に転んだことで生まれたと言えなくもない。


「……貴様は先程、勇気ある傭兵たちによって倒されたはずだが」


 それは、あまり面白くない思い出だ。

 最初からレアが浮かべていた、うっすらとした笑顔を絶やす程ではないが、立ちポーズを変えて誤魔化す程度には体が反応してしまう。

 特に翼だ。本来の体にはない器官のためか、制動が効きにくいようだ。


「……そうだね」


「どうやって復活したというのだ」


「言うわけないでしょう」


 宰相が何かを言おうとしたようだが、先程の貴族たちがまたわめき出した。


「宰相閣下、よもや此奴、より強大な何者かの眷属なのでは……!」


「まさか、大天使の手のものか……!」


「しかし、文献にある天使などよりよほど……!」


 何もしていないのにどんどん情報が入ってくる。

 もしかしたら、交渉の場などではレアは黙ったままで居たほうが賢いのかもしれない。

 以前のウェインとの会話でもそうだった。喋れば喋るほどボロが出た。

 あの時のウェインからは、レアはこの貴族たちのように見えていたのかと思うと、先程までの悔しさとは別の感情がこみ上げてくる。


 それはともかく、まずは天使だの大天使だのという言葉だ。


 精神ダメージ回避のためよくは見ていないが、先ほどちらりと確認したSNSのスレッドタイトルには「祝! 災厄討伐成功!」とかいう戯言が書いてあった。

 つまり、レアが災厄とやらだということは、あの場のプレイヤーにも周知されていた情報だということである。

 レアが、というか魔王が生まれて10日しか経っていないにも関わらず、NPCからプレイヤーまで広く災厄という共通の通称を使っているということを考えれば、「災厄」という存在はレアが初めてではないことは明らかだ。他にもいる。


 おそらくそれが「大天使」なのだろう。

 しかし大天使のみが存在しているのなら、その呼称は単に「大天使」でいいはずだ。他の天使と区別して呼んでいるのだとしても、わざわざ災厄などと言い換える必要はない。

 であれば、レア以外にその災厄というのは複数いるということになる。


「……本当に勉強になるな」


 しかし、この情報については別に無理してここで得る必要はない。

 後でSNSなどで見ておけばいいだろう。どうも他のプレイヤーたちも災厄について知っているようだし、どうせ検証好きなプレイヤーがまとめたスレッドがあるはずだ。


 とりあえず、情報のお礼に少しだけからかって、終わりにするとしよう。


「そうだよ。わたしが大天使だ。敬いたまえよ」


「嘘だな。小賢しい」


 速攻で看破された。やはり余計な事は言うべきでなかった。


「……どうしてそう思うんだい?」


 すると宰相は答えず、懐から虹色に輝く短杖のようなものを取り出し、レアに向けた。


「これが答えだ! 「精霊王の血管」起動!」


 その瞬間自体は大した変化はなかった。

 先ほどまでのレアならば、気が付かなかったかもしれない。

 しかし『魔眼』を持ち、『識翼結界』に宰相を捉えた状態のレアならば、今何が起こっているのかがまさに手に取るようにわかる。


「これは……先ほどのデバフフィールドか。いやフィールドじゃないな。対象はわたしだけだ。対単体のデバフアイテムか。ものすごく使い勝手悪そうだね」


 しかし効果は本物だ。どういうわけか『魔眼』でも『識翼結界』でも、あの短杖からレアまで一直線にまったく探知できないエリアが存在している。ただのデバフではなく、レアの力を完全に無効にしているとでもいうのだろうか。


 というか、こんなものを持っているならこれに合わせて魔法の飽和攻撃をしかけてくればよかったのではないだろうか。

 それとも何か、まだ別の隠し玉でも持っているのか。

 先ほどのプレイヤーたちほどの敵はもう残っていないが、だからと言ってこのまま放っておくのもまずい。『魅了』などをかけてアレを奪い取ってしまおうか、とレアが思い始めた時、状況に劇的な変化が起きた。


〈精霊王……!〉


〈きさま精霊王と申したのか……!〉


 レアの両脇に控えていた、ディアスとジークである。

 しかし彼らの言葉はレアにしか聞こえない。どうしたのだろう、と不思議に思うレアの目の前で宰相は頑張って短杖を突きつけている。


「この「精霊王の血管」によって貴様が弱体化しているのが貴様が天使ではない証拠だ! このアイテムは古代、精霊王が我ら人類のために遺された秘宝! 貴様のような悪しき者から力を奪う呪いを秘めておる!

 先ほど貴様を殺した際も精霊王のご加護によって賜った秘宝を用いて──」


 テンションのせいだろうか。宰相閣下まで説明キャラになってしまっている。しかしこういうテンションはレアにも覚えがあるため、あまり責められたものでもない。


 勝った、と思った瞬間。

 人は思いもよらぬミスをする。いや、ミスとまでは言えずとも、しなくてもよいことをしてしまう事がある。

 この時の宰相の言葉は、まさにそれだった。


〈ふざけルナァァァァァ!!〉


〈ウウオアアアァァァァ!!〉


 ディアスとジークが咆哮を上げ、それまで以上に濃厚な『瘴気』を撒き散らした。

 何を言っているのかはレアにしかわからないのだが、咆哮自体は部屋全体を震わせた。


「ちょっと? 大丈夫?」


 レアでさえ少し心配になってしまうほどの豹変ぶりだ。

 あまりの迫力に、宰相を除く貴族の方々はへたりこみ、ただただ震えてこちらを見ている。


 その時だった。


《眷属が転生条件を満たしました。あなたの経験値1000ポイントを支払うことで転生できます。眷属の転生を許可しますか?》


《眷属が転生条件を満たしました。あなたの経験値1000ポイントを支払うことで転生できます。眷属の転生を許可しますか?》


「……えっ高い」


 高いが、しかし払えないわけではない。なにしろレアは過ちから学ぶことの出来る人間であるため、リスクヘッジのために経験値を残してある。

 いや、問題はそこではない。一体何の条件を満たしたというのか。

 状況から言って、その眷属というのは隣の2人の事だろう。


 しかし何の条件を満たしたのかはわからないが、この2人はあれ以降賢者の石グレートを投与しても一向に転生できなかった。それが解消されるのなら、ここは後押しすべきだろう。

 万が一のための経験値を失うことにわずかな恐怖感はあるが、イベント終了まではまだゲーム内時間で1週間もある。また稼げば良い。スガルの転生がまた遠のくが、後で謝ることにする。


 ──両方許可する。


《転生を開始します》


《転生を開始します》


 2人の姿が光の粒を放出し始める。やがて2人は光りに包まれ、シルエットさえ見えなくなる。


 というようなことが起こっているのだろうが、レアは目を閉じて『魔眼』で見ていたため、視界がピンク一色でほとんど何も見えなくなっていた。だがおそらくレアにだけわかったことがある。この2人は周囲のマナをこれでもかと言うほど吸収している。2人の真ん中にレアが立っているため、周囲から集まってくるマナが視界を覆って何も見えなくなっているようだ。


 ──なるほど転生時のエネルギーは周囲のマナから得ていたのか。


 幸い、宰相閣下や生き残りの魔法使いなども呆然と2人を見ているらしく、見えなくても特にどうということが起こるわけではなさそうだ。ここは余裕ぶってそのまま目をつぶっていることにした。


「なんだ……此奴らは……」


「ひぃぃぃ……」


 どうやら変化が終わったようだ。

 レアは久しぶりに目を開けて2人を見てみる。


《デスロード【怨嗟のディアス】が不死者の王イモータルルーラー【憤怒のディアス】へ転生しました》


《デスロード【ジーク】が不死者の王イモータルルーラー【悲嘆のジーク】へ転生しました》


 2人の姿は、まさに王者と呼ぶにふさわしい堂々としたものに変わっていた。


 以前の骸骨に皮を貼っただけのような姿ではなく、おそらく生前のそれだろう立派な体格をしている。顔色は最悪だが。

 ディアスは口髭を生やし、白い髪をオールバックになでつけたダンディな老人の姿だ。ただし、憤怒に燃えるその瞳が落ち着いた雰囲気を台無しにしている。

 ジークは黒い長髪をポニーテールに縛った精悍な顔立ちをしている。まさに若獅子といった風情だが、悲しげな瞳が辛い過去を伺わせる。


「ずいぶんとその……イケメンになったね2人とも……」


《特定災害生物「不死者の王」が誕生しました》

《「不死者の王」はすでに既存勢力の支配下にあるため、規定のメッセージの発信はキャンセルされました》


《特定災害生物「不死者の王」が誕生しました》

《「不死者の王」はすでに既存勢力の支配下にあるため、規定のメッセージの発信はキャンセルされました》


「っと、これわたしのときと同じパターンだったか。しかし……」


 既存勢力の支配下にある場合はあのメッセージは発信されないのか。ということは、あのメッセージは人類などの特定の勢力を脅かす「新たな勢力」が生まれた時に流れるメッセージだということだ。


「ああ、それがつまり災厄なのか」


 この事実が意味しているところは大きい。


 現在災厄が何体いると人類が把握しているのかは後で確認の必要があるが、すでにいる災厄の支配下に新たに災厄級の魔物が生まれたなどの場合、その誕生はおそらく人類は把握できていない。

 どうやらここは想定以上に危険な世界のようだ。


 付け加えるなら、災厄となる種族は1種族につき1人とは限らない。現にディアスもジークもともに不死者の王となっている。今後、あるいはすでに、レア以外の「魔王」も存在する可能性がある。


「気が抜けないなこれは……。まぁ、ゲームバランス的にこの大陸にはそんなにたくさん居ないだろうけど……プレイヤーもいることだし、これからもそうだとは限らない、か」






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