第83話「礼儀知らずの罵り合い」
王城に貴族がいるかどうかはわからない。
しかし貴族といえど、意味もなく王都にいるわけではあるまい。王都に居留しているからには、王都で何らかの仕事があるはずだ。
普通に考えればそれは国の運営に関わることであり、特にこうした有事の際などには中央に詰めていると考えるのが自然だ。
このような時に自分の屋敷に閉じこもっている貴族もいないとは言わないが、それならば屋敷周辺を自分の手駒で固めているはずであり、それはそれで見つけやすいため後回しでよい。
城門は固く閉ざされていたが、ディアスの一閃によりサイコロ状に崩れ落ちた。サイコロ状ということは何度も斬ったのだろうから厳密には一閃ではないが。
いずれにしろ、木製の扉などあってもなくても変わらない。多少硬いようだが、トレントほどではない。
〈それにしても、陛下〉
「なにかな」
〈また一段と神々しくなられましたな〉
そういえば、スキルの追加をしてから会うのは初めてだ。
「なかなかかっこいいだろう? さすがにこれはちょっと気に入っている」
〈眼はどうかされたのですか? さきほどから閉じたままですが〉
「ふふふ。目を閉じたままでも周りのことがわかるようになったからね。必要なときしか開かないのさ」
普段は目を閉じたままというのも強者感があってとても良い。
そんな雑談をしながら王城内へ侵入していく。上から見たとおり、まばらにしか騎士はいないようだ。
何人かがこちらに向かい、何人かが城の中へ駆けていく。報告でもするのだろうか。
「まあ、向かってくるものがいるのならいいや。今は猫の手でも借りたいくらいだ。なるべくきれいに始末して、アンデッド化させて手伝わせよう」
しかし彼らはおそらく貴族などに『使役』されている。
だとすれば、『死霊』などでアンデッド化したとしても、その魂までは縛ることができない。魂がない死体として弱いアンデッドにしかならない。
本人がどこかでリスポーンする時にそのアンデッドがどうなるのかは気になるが、それを検証するのはまたの機会でいい。
「数でカバーかな……。手当たり次第にアンデッド化して、運よく『使役』されていない個体がいればラッキーくらいでいこう」
その後もレアたちは、騎士に会っては騎士を斬り、メイドに会ってはメイドを斬りながら城の制圧を続けた。
死体に『死霊』を発動させると、騎士は魂を縛れないため弱いアンデッド、便宜上レッサーゾンビと呼ぶことにしたが、そうした魔物にしかならなかった。しかしメイドはそうではなく、レアの『死霊結界』やディアスやジークの『瘴気』の影響でそれなりに強めのアンデッドに生まれ変わった。
「メイドとか文官のほうが便利だな」
どの種族のアンデッドになるかは素体によって変化はあまりないようだ。騎士もメイドも等しくゾンビに変わっている。しかしもともとINTが高いためか、ゾンビとなったメイドや文官たちはINTが高く、生前同様の洗練された歩き方でついてきていた。きれいに殺してやれば、そして顔色を気にしなければゾンビであることがわからないほどだ。
「それにしても入り組んだ回廊だな」
さきほどから何度迷って引き返したかわからない。
窓が少ないため外の様子はわからないが、まったく光が差し込んでこないのを見るに、とっくに日は暮れてしまったのだろう。
レアたちの勢力は夜の方がありがたいため、むしろ助かるのだが。
ふと思い立ち、傍らのメイドゾンビたちに『火魔法』を取得させた。レッサーゾンビである騎士たちでは取得できなかったため、ゾンビが魔法を習得できる条件が何かあるのだろう。単純にかしこさが足りていないのかもしれない。
「メイドたち、回廊の壁にある燭台に火を灯してくれ」
レアの命を受けたメイドゾンビたちは一斉に魔法を放ち、射程範囲内のすべての燭台に火を灯した。
ぼぼぼっと次々に灯されていく燭台の火は幻想的ですらあり、敵の城に乗り込んでいる最中だというのにしばし見惚れてしまったほどだ。
「……かっこいいな。これうちの洞窟にも作れないかな」
〈作れるでしょうが……。洞窟内は窓がないので、火など灯せば呼吸がしづらくなるのでは〉
全くその通りである。加えて言うと、そもそも明かりが必要なメンバーが少ない。
当初最も必要だったレアも、今となっては文字通り目をつぶっても迷うことはない。
「やめとこう。あ、蟻塚みたいに巣を上へ上へと増築して行って、城みたいなのを作るのはどうかな」
〈……スガルどのとご相談されては? 我々がやるわけではありませんのでなんとも〉
エアファーレンを滅ぼしたことで、大森林への来客は減ることになる。アリたちは暇ができるだろう。
再び牧場事業に力を入れるようにするつもりだが、その傍らに工兵などが空いているようなら打診してみてもいいかもしれない。
〈それより陛下〉
「ああ、視えている。この先に人がいっぱいいるね」
ひとつ前の角を曲がったところから廊下の幅が広くなっていた。
先に見える扉も非常に重厚そうなものだ。
おそらくあの先は謁見の間とかそういうものだろう。
「普通に謁見しに来た人もこの曲がりくねった廊下通ってくるのかな。それともどこかに近道でもあるのか」
メイドたちに他の部屋などに隠れている者がいないか手分けして探してくるように伝える。すべてのゾンビに最低でも5人以上の班を作って行動するよう指示をし、勝てそうにない敵に出会ったら逃げるように言って城内に放つ。
「『識翼結界』。さあ、扉を開けよう」
「今だ! 撃てい!」
扉を開けた瞬間、いくつもの攻撃魔法が飛んできた。
中には『神聖魔法』と思われるものもある。
こちらをアンデッドの魔物だと思っているせいだろう。
2名は確かにそうだが、レアは違う。
『魔眼』で視認し、『神聖魔法』のみピンポイントで魔法で相殺する。安全マージンを取って強めの魔法を当てていったため、余波で他の魔法もいくつかは吹き散らしていた。
『神聖魔法』以外の魔法であれば、ディアスとジークの2人分の『瘴気』によって弱体化されるため、こちらには大してダメージは通らない。
受けたダメージはこまめに『治療』で回復しておく。
『治療』は単体にしか発動できず、射程範囲も至近距離のみで、回復量も少ない。しかし消費MPが少なく、クールタイムも非常に短いという利点がある。
『回復魔法』はその逆だ。回復量が多く射程も広いものが多いが、消費MPも多くリキャストタイムもやや長い。それにこちらは魔法であるため、他の魔法のリキャストタイムとかちあってしまうと非常に面倒なことになる。万能キャスター職がビルドしづらい理由がこれだ。と思う。『回復魔法』自体最近知ったため予想にすぎないが。
このゲームの回復系スキルはアンデッドだからといってダメージが入るといったことはない。生命力を回復するというより、あくまで傷を治すという効果だからだろう。
アンデッドに特効があるのは先の『神聖魔法』だ。これは例外的に『瘴気』などの影響をうけず、アンデッドに対するダメージの最終計算値が1.5倍になる効果を持っている。今の攻撃の内包していた魔力量を『魔眼』で確認した限りだと、ディアスやジークたちならば死ぬことはないだろうが、わざわざ受けてやることもない。
メイドゾンビたちを余所にやったのはこの攻撃で死亡するのを避けるためだ。扉を開ける前から、なんらかの魔法の準備をしているらしいことはわかっていた。
ひととおり、相手の魔法攻撃が落ち着くまで待った。『神聖魔法』だけは注意しつつ、他は無視してときどき回復するだけの簡単な作業だ。
攻撃に紛れ壁伝いに接近を試みる騎士などがいたようだが、『識翼結界』の発動範囲でレアから隠れることなどできない。見かけるたびに『フェザーガトリング』で吹き飛ばした。
「ああ、安全マージンをとっているといっても、いやに威力が高い時があるなと思っていたら『識翼結界』のせいか」
結界範囲内ではレアの魔法にボーナスが乗るという効果がある。
ほどなくして相手の魔法が落ち着くと、今度は騎士たちが盾を構えて突進してきた。
「まずは魔法で一撃を与え、体勢が崩れたところに突進で止めといったところかな」
悪くない戦術だ。
しかしそれを許す死霊騎士たちではない。
突進してくる騎士たち数名をまとめて斬り伏せ、あるいは蹴り飛ばし、レアに近づく者を許さない。
「『翼撃』とか試してみたかったけど……。まあいいか」
魔法攻撃はリキャストごとに撃ってくる者などもいたため、それなりに長い間やりあっていたが、騎士による突進は騎士が死んでしまえばそれ以上はない。すぐに終わった。
「──さて! 気は済んだかな?」
MPが尽きたのか完全に魔法攻撃が止まり、騎士も魔法使いと貴族の護衛以外は全て死亡したところを見計らって声をかけた。
「貴様が……王都を襲った「災厄」か」
レアの言葉に答えたのは、恰幅のいい初老の男性だ。目には強い決意のようなものを秘めており、彼が決して単なる太った貴族ではないということを示している。
「人に名前を尋ねるときは、まず自分から名乗りたまえよ。礼儀がなっていないんじゃない?」
「貴様のほうこそ、人の家を訪ねるならば、まずアポイントメントをとれ! 礼儀がなっておらんぞ!」
なかなかやる。確かにその通りだ。彼は只者ではない。
「おっしゃる通りだね。確かに、わたしは君たちの言うところの「災厄」だよ。たぶんね。自分で名乗ったわけではないから知らないけど」
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