第81話「リベンジ」
レアは翼を得たことで『飛翔』を得、空を舞うことが出来るようになった。
しかしあくまでスキルの効果で飛んでいるのであり、翼で飛んでいるわけではない。
ゆえに鳥のように翼を羽ばたく必要はなく、空気を叩いて揚力や推力を得ているわけではないため音速に縛られることもない。
そしてこのように『高速飛翔』をする際などは翼は空気抵抗が大きく邪魔になるため、たたんで身体に巻き付けていた。
今は『魔眼』のおかげで目を閉じたままでも周囲の確認ができる。ゴーグルなども必要ない。
さすがにこの速度で飛行しながら『闇の帳』を使用するのは難しいため、今回はそれは諦めた。
しかし代わりに、増えた翼で全身を抱きしめ、肌が露出しないようにしている。これならば短時間なら陽射しでダメージを受けたりはしないだろう。
日もだいぶ傾いてきているため、先ほどよりは陽射しも弱い。
1人でこうして飛ぶのは初めてだったが、思った以上に速度が出ている。想定の3倍以上は出ているだろう。
これが鎧坂さんを着ていないせいなのか、それとも翼が増えたせいなのかは不明だが、この速度ならばほどなく王都に着くはずだ。
〈陛下!〉
〈ボス!〉
間もなく王都が見えてくる。といったところで、一斉にフレンドチャットが届いた。
眷属たちだ。
〈ああ、すまなかったね急に死んでしまって。みんな大丈夫だったかい?〉
〈それはこちらの──! いえ、それより今どこにおられるのですか!〉
〈もうすぐ王都だね〉
〈たった今
〈だからこそ、だよ。まあわたしを討伐した者たちはもうどこかへ去ってしまっているかもしれないけど、一度決めた目標だ。王都は落とすよ〉
〈……わかりました。陛下がそういうつもりであれば、致し方ありませんな。では、お着きになられたらアダマン隊を……〉
〈準備が整ったら呼ぶさ。それと、ジークもね。制圧した王都を治めてもらわなければならないし〉
〈準備というのは……〉
〈大したことじゃあない。それより、ケリーたちだけど〉
〈……はい、ボス〉
ケリーは明らかに納得していない様子だ。
〈……機嫌なおしてよ。悪かったから。今どこ?〉
〈リーベ大森林より南に下ったあたりにある、コネートルという街にいますが……〉
確か地図によれば、隣接する魔物の領域があったはずだ。であれば防衛戦などが起きている可能性がある。
〈ちょっとその街にとどまって、防衛戦の様子を見ておいて。攻めてくる魔物と、守る人間の強さがどの程度なのか、興味があるから。参加してもいいけど、手伝うなら人間のほうにしておいてね〉
〈わかりました。あの……〉
〈王国を平らげたら、一度顔を見せに行くから。それと、スガルと世界樹だけど──〉
リーベ大森林とトレの森、ルルドの街について早急に原状復帰するよう指示を出し、フレンドチャットを終了させた。
王都が見えてきた。
なんだかんだで、結局リーベ大森林を飛び立ってから30分ほどで王都に着いてしまった。
王都に近づいたため速度を落とし、『闇の帳』を発動する。
減速する際は全ての翼を同時に全開に広げ、その空気抵抗で制動をかけた。
レア自身には見えていなかったが、おそらく非常にかっこよかったはずである。
ただしVITやSTRをこれほどまで上げていなかったならば、翼がモゲていたかもしれないほどの衝撃は受けた。
「──あれ、3人しかいないじゃないか」
先ほど戦闘を行った外壁の外には、まばらにしか人がいない。傭兵らしい影は3つしかない。
しかもそのうちの1人はウェインである。ギルというらしいタンクもいる。もうひとりはあまり覚えがない。
彼らはレアのいる方を見上げ、呆けたような顔をしている。
傍らには謎の金属塊。
一瞬何の儀式だろうと考えたが、あれはもしかして鎧坂さんの残骸だろうか。
彼らがなにかしたと言うよりは、勝手にああなったというふうに見える。
リビング系モンスターはもしかしたら死亡するとああなるのかもしれない。
レアはそんな彼らにゆっくりと近づくと、地上に降り立ち『闇の帳』を解除した。上空ではまだ陽射しがあるが、地上に降りてしまえば陽もそれほど当たらない。
「さ、災厄……」
「おいおいおいおい……。倒したんじゃねえのかよ……」
「ていうかこれ……。翼とか増えてるし、どう見てもパワーアップしてない……?」
先ほどもこうして地上に降りて戦ったせいで無様を晒したとも言える。最初から滞空したまま絨毯爆撃をしていれば容易に勝てたはずだ。
本来ならば、今からもそうするべきである。
しかしレアの目標は「よりよく経験値を使うこと」であり「よりよく戦うこと」ではない。
油断しようが慢心しようが、勝てるように手札を揃えておけばいいのだ。
そして手札は十分、揃えてきた。
もう負ける要素はない。
「……ったのかもしれない」
「なんだって? ウェイン、今なんて言ったんだ?」
「あのイベントは、災厄討伐イベントじゃなく、災厄覚醒イベントだったのかもしれない……」
「じゃあ、どうやったって結局ヒルスは滅びるシナリオだっつーことかよ……」
「あいつがイベント用のボスなんじゃなくて、このイベント自体が新ボス紹介イベントだったってこと……?」
先ほどの戦闘の際にも感じたことだが、どうも、彼らはレアのことをNPCのイベントボスか何かと勘違いしているようである。
それならばそれで構わない。せいぜいNPCとして振る舞ってやるとしよう。それに。
──このウェインの前でわたしがNPCを騙るというのは、因縁を超えてもはや運命とも言える気がするしね。
ウェインの言うことはいつも微妙に的外れだが、まれに核心だけをピンポイントに突いていることがある。
覚醒イベント。あながち間違ってはいない。
「──お前たちだけか? 他の者たちはどうした?」
どうせ彼らにはレアの声はすでに割れている。話しても問題ない。
声をかけられるとは思っていなかったのか、3人は明らかに動揺した様子を見せる。
「っく、どうする?」
「負けイベントなのは確かだけど……。出来るだけ、情報を集めよう」
「それしかないか……。魂縛石、補充しておけばよかった」
したところで全く意味はないだろうが、それはこの王都で補充できるものなのだろうか。純粋に興味がある。NPCが売っているのなら、インベントリなどに仕舞われているということはあるまい。店舗を襲撃すれば手に入る可能性がある。
それより、その事について愚痴るということは、このプレイヤーが『精神魔法』を使っていたあのプレイヤーだろう。名前はちょっと思い出せないが。
「『識翼結界』」
三対六翼を勢いよく広げ、羽根を散らす。
範囲がどの程度か確認していなかったが、レアの通常の視界が通る程度、つまり中距離くらいはありそうだ。この範囲内がすべて知覚できるとすれば、有用性は計り知れない。
白い羽根が無数に舞い踊る。
本来であれば、黒い羽根が舞う不吉な雰囲気で相手の不安を煽る副次効果なども期待できたのかもしれないが、レアが発動させてもただただ幻想的なだけである。
「今度は、矢などは飛んで来ないのか?」
飛ばしてきたところでもはや無駄だが。
どこから飛んでこようと『識翼結界』に触れた時点で察知できる。察知さえできれば、高いAGIによってブーストされたレアの反応速度ならば鏃を摘んで止めることすら可能だ。
「この街には他に騎士や兵士などはいないのか? 待っていてやるから、呼んできてもいいぞ」
せっかくだし、先ほどと同数以上を相手にして蹂躙してやりたい。プレイヤーがいないのなら、NPCで代用するしかない。
「おい、ローソンさんたちは……」
「多分もう、全員リスポーンしているはずだ。持ちこたえれば、ここまで来てくれるかもしれないけど」
「いや、その必要はなさそうだよ。もう、来てる」
1人だけ名前がわからないプレイヤーの言葉に、城門の方に意識を向けると、複数の魔力が近づいてくるのが視えた。なかなか数が多い。騎士団といっていい人数だ。それに魔力量も相応に高い。このギルというプレイヤーが上位のプレイヤーで、ウェインが中堅程度だと仮定すると、上位と中堅の間くらいの実力はありそうだ。
もっとも参照しているのはあくまで現在MPであるため、騎士である彼らの強さを測るバロメータとしてどのくらい有用かはわからないが。MPだけで見るならば、目の前の『精神魔法』君が飛び抜けて高い。魔法職だからだろう。
「40人ほどか? 先ほどより多いな。まあいいか。ではリベンジを始めよう」
レアはさっそく、新スキルを試してみることにした。『フェザーガトリング』だ。
ヘルプによればダメージに寄与する能力値はDEXだ。レアの能力値の中ではそれほど上げていない部類に入るが、それでもそこらのプレイヤーやNPCよりは高いはずだ。この攻撃が有効そうならば、後で経験値を振ってみてもいい。
発動キーの宣言とともに、広げた翼から白い弾丸が無数に放たれ、騎士たちを襲う。
鎧などを貫通するほどの威力はなさそうだが、何発も命中することで衝撃で吹き飛ばすくらいの威力はあるようだ。運悪く鎧の隙間にもらった騎士などの中には即死したらしい者もいる。
「うお! さっきはなかったぞこれ!」
「やはり増えたぶんの翼の特殊能力かもしれない!」
ウェインにこの攻撃をしてしまうとたやすく殺してしまうため、騎士たちの方のみに向けて放っている。ギルは生き残るかもしれないが、『精神魔法』君も死んでしまうだろう。
例えようのないあの悔しさは忘れていない。
そのお礼として、彼らにはなるべくエグい攻撃をお見舞いしてやるつもりだからだ。
『フェザーガトリング』で騎士たちをひるませながら、少しだけ目を開けた。周囲はだいぶ暗くなってきているようだ。これなら目を慣らす必要もない。
完全に目を開き、騎士たちを視界に捉える。通常の視界と『魔眼』による魔力とが重なって見える。騎士たちは少々吹き飛ばし、ひるませたせいで距離があるため少し見づらいが、座標として使うのは『魔眼』による視界のほうだ。問題ない。
『魔眼』に意識を集中する。
それをキーとして、魔法が発動する。
すると騎士たちはまとめて闇に飲まれ、闇の中で強制的におしくらまんじゅうをさせられ、そのまま何かに握り潰されるように小さくなっていき、闇とともに消えていった。
無言でレアが放った『ダークインプロージョン』の効果だ。
使う機会が無かったために今はじめて使ってみた魔法だったが、先ほどの戦闘での自爆攻撃の時に使わなくてよかった、と痛感する。
範囲は他の範囲魔法にくらべかなり狭いように感じられたが、その狭い範囲に充満していた破壊と殺戮の力はレアをして絶句させるほどのものだった。
しかしなるほど、これはいい。
「なんだ……。そりゃ……」
「無言で……? いや、目が……」
目がどうしたというのだろう。翼などは自分で確認が出来るが、目はそうはいかない。もしかして目もどうにかなっているのだろうか。やはり鏡が必要かもしれない。
生き残った騎士にさらに数発、『魔眼』を通じて範囲魔法を叩き込む。オーバーキルだと思われるが、念には念を入れておく。
騎士たちが片付いたら、再び目を閉ざし、ウェインたちの方を向く。
「攻撃してこないのか? さっきみたいにしがみついたり。ああ、『精神魔法』を放ってきてもいいぞ」
そう挑発しても、ウェインたちは動かない。騎士たちが消え去ったあたりを見つめ、呆然としているだけだ。レアから情報を得たいならば、攻撃された場合の対処なども見ておくべきだと思うのだが、もういいのだろうか。
「攻撃をしないのなら、そうだね。少し雑談をしようじゃないか。
先ほどの戦闘の時のあの妙な……。誰かがフィールドデバフなどと言っていたかな? あれはなんだ? まだあるのか? 今回は使わないのか?」
これについては気になるところだった。あれがもし大量生産できるようなものだったり、そうでなくても各国に常備されているレベルのアイテムだった場合、今後はより慎重に侵攻などを進めていく必要がある。
我に返ったウェインが答えた。
「言うと……思うか?」
思わない。
死んでもいくらでも生き返るプレイヤーに脅しなど効かない。
所詮雑談程度のことだ。答えが返ってくるとはレアも思っていない。
落ち着いたらSNSなどで調べればいいだけだ。秘匿したい情報だったとしても、あれだけの人数がいれば漏らす者は絶対にいる。
ロールプレイの一環と言うか、苦渋を舐めさせられた「災厄NPC」だったらそういう事も言いそうかなと思って言ってみたにすぎない。
「言わないのならば仕方がないな。速やかにお前たちを始末して、王都を手に入れるとしよう」
「ぐ!」
おや、と思った。
王都に攻撃をされるのはどうやら嫌なようだ。NPCは死んだら生き返らないため、わからないでもないが。
「なぜ、王都を狙うんだ!」
「雑談の続きか? 自分は質問に答えないのにこちらにはそれを要求するのか? 虫のいい話だと思わないのか? まあいいけど」
レアは目を閉じたまま城壁を見上げた。『魔眼』によるピンクの視界だが、そこには昼間と同じく美しい建造物がそびえ立っているのだろう。
「──美しかったからだよ。上空から見てみて、美しかったから欲しくなったんだ。
この美しい街を手に入れ、わたしのアンデッドたちの住処にする」
これは宣戦布告でもある。こういう事は、誰かに宣言してから成し遂げたほうが気分がいい。
有言実行というやつだ。
「さて、満足したかな」
ロールプレイはこのへんでいいだろう。
「では、さようなら。いずれ、先ほどいた他の彼らも殺しに行くよ。お前たちはどうやら、殺しても復活するようだし、彼らにも待っていてくれと伝えておくといい」
目を開き、ウェインたちを視界に収め、リキャストが終わった『ダークインプロージョン』を発動する。
先ほどの騎士たちと同じように3人は闇に飲まれ、小さくなっていき、最後はくしゃくしゃになって消えていった。
レアはほんの少しだけ、溜飲が下がった気がした。
あのおしゃべりはこのえげつない魔法のリキャストを待つためでもあった。魔法攻撃をしてくる敵を相手に時間稼ぎを疑わないのは、迂闊としか言いようがない。
★ ★ ★
スゲーッ爽やかな気分だぜ。
ささやかなリベンジを果たしたばかりの、正月元旦の朝のよーによォ~~~~~~~~ッ
ということで謹んで新春をお祝い申し上げます。
旧年中は大変お世話になり、誠にありがとうございました。
今年も変わらぬご愛顧のほど何卒よろしくお願い申し上げます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます