第78話「黄金の経験値」





「ふーっ……。ふーっ……。ふー……」


 ようやく落ち着いてきた。


 悔しさと、煮えたぎるような怒りはまだ消えたわけではない。

 今も思い出すだけで涙がじわりと滲んでくる。

 しかし声も出せないほどの、発作のようなあの涙は、今は鳴りを潜めてきた。


 昔から感情が昂ぶると、痛かったり哀しかったりするわけでもないのに涙が出てきてしまう事があった。

 レアはそんな自分をひどく疎み、現実ではなるべく感情を動かさないように努めて生活してきた。

 ゲームではその分弾けることも多かったが、ここまで感情を昂ぶらせたことは流石になかった。まさか生身のそんな性質まで再現されるとは。


 しかし、それにしてもここまで大泣きしたのはいつぶりだろう。

 たぶん、あの時以来だ。いや、今はもう関係ない事だが。


 そんなことより、あのプレイヤーたちだ。

 彼らは決して許すわけにはいかないが、人目もはばからず泣きたいだけ泣くという行為は現実ではなかなか出来ない。その点だけは感謝してやってもいい。お礼はもちろん、決まっているが。


「ヴェ、んんっ! ……ウェイン、だったね、彼は。てっきりエアファーレンとともに消し飛ばしたのかと思っていたけれど……。でもプレイヤーなんだから、消し飛ばしちゃったらどっかで復活するのか。それが王都近郊だったということかな」


 ウェインのせいで死んだ、などと思ってはいない。

 あれはレアの慢心が招いた敗北だ。

 しかし、決してそれだけではない。


 レアと彼らの間には、実力的に非常に大きな差があった。

 しかし彼らは、人数と、アイテムと、そして作戦で以てそれを埋めてきた。

 レアは確かに油断していたし、判断ミスも多かったが、その中でも最後は全力だった。

 だが負けた。


 いきなり出てきた正体不明のデバフフィールドとやらには言いたいことはあるが、ケチをつけるつもりはない。罠にはまったレアが間抜けだったのだ。

 思い返してみれば、連中の行動や連携の全ては、最後のあのひと時のためにあったのだろう。実によく練られている。見事という他ない。

 レアの能力やスキルなどを知っているわけがないため、たまたま偶然嵌った策や、たまたま偶然効果のあったアイテムなどもあったのだろうが、そうした結果も、信じて全てを賭けたからこそ彼らは引き寄せることができたのだ。


 あそこにいた全てのプレイヤーがひとつの目標のために全力を出していた。強さに関係なく。


 最初のプレイヤーの首を刈り取った後、その強度を参考にして、軽く吹き飛ばすつもりで放った掌底。

 にもかかわらずウェインの身体を貫通させてしまった。

 その点から考えれば、あのメンバーの中でウェインだけが際立って弱かったのだろう。

 それでもウェインはレアの前に立ちはだかった。

 死してなおレアの邪魔をした。


 正直、ウェインなどというプレイヤーは今の今まで忘れていた。

 かつてレアが殺し、そしてレアを唯一追い詰めたプレイヤーだ。しかし大した強さではなかった。ゆえに忘れていた。


 ウェインのせいで死んだ、などと思ってはいない。

 しかし、レアを殺したあの一撃には、間違いなくウェインの力も乗っていた。


「──ふぐっ」


 大丈夫だ。もう落ち着いている。泣いてない。

 

「……まずは、回復魔法かな。それを取得しなければ何も始められない」


 なにしろ、このひどい顔を治さなければならない。





 『回復魔法』の取得は、知ってさえいればすぐにでも可能なものだった。

 『素手』という、武器をもたない状態での戦闘能力を向上させるスキルと『調薬』、そして『解体』を取得することで『治療』というスキルがアンロックされる。

 『解体』は実はケリーたちは取得していた。SNSによれば、これを取得するには一定以上のDEXが必要なようだ。レアの初期状態の取得リストに無かったのはこれが理由だろう。あの頃レアはMNDにしか経験値を振っていなかった。


 『治療』を取得すれば、その後の条件は何の問題もない。『治療』を持ちINTが一定以上である場合に『回復魔法』が取得できる。

 これによれば、『回復魔法』はINTによって効果の判定をするようだ。

 このスキルがもし初期に広まっていたのなら、MNDは不遇パラメータとして扱われていたのかもしれない。直接的な攻撃にも回復にも寄与しないからだ。

 なにせ、MPの最大値はINTとMNDのどちらか高い方の数値を参照して決まる。MNDが必要ないなら、INTだけ上げておけば戦闘力を高められるし、その方が効率がいい。

 もっともレアは、どちらの能力値も幅広く様々な事に影響を与えるものだと知っているため、おろそかにするつもりはないが。


「『回復魔法』と『治療』だと、どっちのほうが目の腫れに効くのかな?」


 鏡はないが、ついでにお手洗いに行き『水魔法』を使い顔を洗っておく。

 手洗い場にかけてあるタオルは工兵アリが編んだものだ。

 この手洗い場を使う者は5人しかいないのだが、タオルは2枚かけてある。1枚はレア用で、もう1枚がケリーたち用らしい。同じじゃ駄目なのかを聞いても、群れのボスが他と同じタオルを使うなんて、と拒絶された。こちらを想って言ってくれている事なのはわかるのだが、若干へこむ。


「……ケリーたち、急に死んでしまって大丈夫だったかな。悪いことしたな……」


 今回のイベントでは、魔物を率いて侵攻するという立場で参加することにしていたため、ケリーたちは表に出さないつもりだった。

 しかし洞窟でずっと待っているのも退屈だろうし、4人と白魔と銀花で南にあるという火山型の領域を探しに行かせていたのだ。どこかの侵攻戦にかち合った場合は介入しないか、避けられない場合はとりあえず人類っぽい方に味方するよう指示して送り出した。

 その間の子狼たちの子守はディアスに任せた。子狼でも狼らしく、群れでの序列を気にしているため、弱いアリたちの言うことは全く聞かない。しかしスガルやディアスの言う事ならば素直に聞くので、忙しいスガルよりはと暇なディアスをあてがったのだ。


 ケリーたちにも当然賢者の石グレートは与えた。

 幹部クラスの眷属でまだ与えていないのはスガルだけだ。彼女は必要とする経験値が多すぎたため、後に回さざるを得なかった。


 獣人たちは上位の種族という概念がないらしく、賢者の石系を与えただけでは近しい種族の別の獣人に転生できるだけだった。

 そのため現在ケリーは獅子、ライリーは豹、レミーは虎、マリオンは雪豹の獣人に転生していた。

 意外と分類が細かい。髪色などが変わるかと思ったがそういうことはなかった。

 耳の形が多少変わり、尻尾の形が変わったくらいで、見た目において大きな変化はない。エルフとハイ・エルフの違い程度だ。

 初期に選択できる獣人の分類は猫や犬や象や馬など、わかりやすい分類だけだったので、そういう意味では二次種族と言えなくもない。

 上位の種族が存在しないなら、デフォルトで『使役』などができる者達も居ないということだろうか。獣人が多い国というのもたしかあったはずなので、落ち着いたら行ってみるのもいいかもしれない。


 白魔と銀花はそれぞれ「スコル」と「ハティ」に転生した。もう少し頑張ればフェンリルなどにでもならないかと思い、翌日もう一度使ってみたが、何らかの条件が足りないのかそれは出来なかった。

 これは他の者達も同じで、よほどもともと弱いものなどでもなければ、条件が足りないためにそれ以上の転生は出来ないようだった。レアや世界樹など、普通に考えてそれ以上がそもそも存在しそうにない者などもいるが。

 アイテムなどはもっと厳しく、一度賢者の石でランクを上げたアイテムは、それ以降は賢者の石の対象にすることが出来ないようだった。さらに賢者の石によってランクを上げたアイテムを錬金術に使った場合、それによって完成したアイテムも賢者の石を受け付けない。

 しかしこれについては想定していたのでそれほど落胆はなかった。そうでなければ最高位のアイテムが簡単に作成できてしまう。


 ここで気になったのが、たとえばアダマン鉱石に賢者の石を使用し、上位金属にした上で、その上位金属と騎士の怨念を使いリビングモンスターを生み出した場合、この魔物には賢者の石は使えるのかという事だ。

 検証したくて仕方がなかったが、残念ながら騎士の怨念はもう無い。

 今回の侵攻ではこれらも手に入れられないかとも考えていた。


「……他の地域の侵攻とかはどうなったんだろう。SNSのイベント関連のスレは……。まあ、そうなるよね……。災厄討伐成功とかばっかりだよ……。ぅぐっ、……まあ、いいや、また後で見よう」









 お手洗いから女王の間へ戻り、玉座に腰掛けて考える。

 先ほど『回復魔法』などを取得したときのことを。

 そしてこれまでのことを。


 レアの持つ経験値の量は、おそらく全プレイヤーでも屈指だ。条件がわかってさえいれば、狙ったスキルを取得することなど造作もない。

 しかしゲームを始めた当初、当然ながらそんなことはなかった。

 少ない経験値をやりくりし、いかに効率的な戦闘力や技術力を手に入れるか。それが序盤の醍醐味といえる。

 そもそも、最初に経験値取得にブーストをかけようと、あえてデメリットを受け入れて取ったのが「アルビニズム」と「弱視」だった。

 今日負けたのも、これらの影響も間違いなくある。


 このふたつを取得することで逆に得られた経験値は50だった。

 たったの50だ。魔王に至り、人類に災厄とまで言われるようになったレアを縛る、数少ないかせの対価がたったの50である。


 しかしこの50がなければ、ここまで来られなかったのは間違いない。

 あの時『使役』を取得するのに必要だった経験値に、この50がなければ足りていなかった。


 大量の経験値を稼ぐことが出来るようになり、感覚が麻痺していたが、レアの原点は間違いなくこの50ぽっちの経験値なのだ。


 このゲームの世界では誰もが経験値を求める。それさえ手に入れることができれば、大抵のことは叶うからだ。

 大量の経験値を入手したレアは、それに目がくらんでしまっていたのではないだろうか。


 人の欲望は恐ろしい。特に金銭に対する執着は、時に理解を超えた行動をも誘発する。

 それをレアは、現実の世界で嫌というほど見てきたはずだ。


 大量の黄金は人を狂わせる。


 それはこの世界において経験値も同じだ。


 レアの原点はたった50の経験値。たった一粒の砂金だ。それを忘れるべきではなかった。

 いかに大量に手に入るとは言え、力は力に過ぎない。それに振り回されてはいけない。重要なのは使い方だ。


 黄金の、経験値の持つ魔力に惑わされてはならない。


 ここで立ち止まって考えることが出来たのは、あるいは僥倖だったのかもしれない。


「──ふふ、やはりラッキーだね」


 玉座から立ち上がり、ひとつ伸びをした。


「まあそれはそれとして、滅ぼした3つの街で得られた経験値を使ってスキルは取るけどね!

 自分が戦うのならば、やはりやれるだけのことはやっておかなくては。

 せっかく魔王になったのに、『魔眼』とか取ってないし。どうせ鎧坂さんから出ること無いと思ってたからだけど。ハイ・エルフになった時にアンロックされたスキルは全部取ったけど、魔王になってからアンロックされたスキルはまだ取ってないのもあるんだよね。まずはそれかな」


 取得するべきスキルと現在の経験値を見比べながら考える。


「ああ、それと。忘れてはいけないことがあった。

 1割ぶんは、いざというときのために残しておかなくては。もちろんもう死ぬつもりはないけれど、リスクヘッジは投資の基本だしね」








★ ★ ★


タイトルを回収したところで、章の区切りといたします。

お読みいただきありがとうございます。

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