第71話「守るべきもの」(ウェイン視点)
《1時間以内なら蘇生を受け付けられますが、ただちにリスポーンしますか?》
《イベント期間中につき、経験値の減少はありません》
《あなたのリスポーン地点が見つかりません。リスポーン出来ませんでした。他にあなたの既存のリスポーン地点がありません。初期スポーン地点にランダムにリスポーンします》
「っは!?」
目を開いたウェインに見えたのは、一面の荒野だ。日はもうかなり傾いており薄暗いため、実際に一面のどこまでが荒野なのかは自信がないが。
頭上にはちらほらと星が瞬き、そして満月がある。これであれば、日が落ち切っても周りが全く見えなくなるということはなさそうだ。
「死んだ……のはいいんだけど。いや良くはないが、仕方ないけど。リスポーン地点が見つからないということは……」
ウェインがリスポーン地点に登録していた、エアファーレンのあのシケた宿屋は破壊されたということだ。
サービス開始からこっち、ウェインはあの宿屋以外でログアウトした覚えがない。そのためリスポーン候補がすべて無くなり、初期スポーン候補のどこかにランダムスポーンしたのだろう。
であれば、どこかはわからないが、この荒野は少なくともヒルス王国ではあるはずだ。
ウェインはゲーム開始時にヒルス王国を選択していたため、初期スポーン位置には必ずヒルス王国内が選ばれる。
イベントであらゆる辺境都市がモンスターの襲撃を受けているとはいえ、イベントが始まってまだ1日目である。この短時間で王国すべての初期スポーン候補位置が使用不能になるとは思えない。
本来、初期スポーン位置は基本的に使用不能になることはない。ウェインのリスポーン位置は、宿屋でなければエアファーレン郊外の草原であるはずだった。
しかし正式サービス開始時の修正パッチにより、初期スポーン位置の調整がされることになった。その理由は難易度の緩和だ。公式サイトによれば、難易度が高すぎるエリアは初期スポーン位置として選択される事はなくなったそうだ。
ウェインが草原にリスポーンしなかったということは、あの草原は現在、高難易度地域と認識されているということになる。
おそらく、魔物に飲まれたのだろう。あの恐るべきアリたちに。
初期スポーン位置でリスキルされる初心者が居なくなったというのは喜ぶべきことなのだろうが、イベントのさなかにどこかもわからない場所にいきなり飛ばされるのは困りものである。
もっともウェインの実力では、あのアリたちがひしめく草原にリスポーンしたところで数分と生き残れないだろうが。
「いや、俺じゃなくても無理だろうな……。これまで森林で出てこなかった未知のモンスターだし。森で経験値稼ぎをしてるらしい、レアとかなら生き残れるのかもしれないけど」
あの時レアは、今後は森でPKをしていくというような事を言っていた。しかしPKだからといって魔物に見逃してもらえるわけではない。ならば、プレイヤーを狩っている時以外は普通に魔物と戦っていたはずだ。
もしかしたら普段レアは、あのレベルのアリたちを獲物にしていたのかもしれない。あの恐るべきアリの集団を。
あれが、レアの適正レベル。街一つを壊滅させるほどの戦力とまともな戦いができる実力。
「──くそ、まだ届かないな。でもそんな荒稼ぎ、いつまでも出来るはずがない」
使用した経験値が増えていけば、得られる経験値は減っていく。故に多くのプレイヤーは、自身の成長と共に狩場を変え、ステップアップしていくのだ。いつまでも同じ場所で狩り続けている限り、いくらPKを繰り返してもいつかは誰かに追い抜かれる。
いや、今はレアのことはいい。まずは目の前の状況だ。
ここはおそらくヒルス王国内でも比較的安全な地域のはずであり、つまり魔物の領域からは遠いと言うことである。
イベントの影響ですべての魔物の領域で氾濫が起こっている以上、初期スポーン位置として選択されたのなら必然的にそういうことになる。
せっかくのイベント期間中、これは大きなディスアドバンテージだ。
デスペナルティで経験値の喪失が起こらない今、多くのプレイヤーはこのイベントを、死を恐れずに戦い続けられるボーナスステージだと考えていた。しかし違った。
死んでしまえば、当然リスポーンせざるを得ない。その時リスポーン地点が無くなっていれば、今のウェインのようなことになる。
気づくのが遅かった。このイベントで人類側が真に守るべきなのは、街全体やNPCではなく、宿屋に他ならない。
いや違う。NPCは死んだらリスポーン出来ないのだから、彼らを守ることは正しい。
レアの事を考えていたせいか、思考が人命軽視の方に寄っている。気をつけなければならない。
どちらにしても、そのどれも守れなかったウェインには圧倒的に力が足りない。
まだイベントが終わったわけではない。初日でいきなり僻地に飛ばされたとはいえ、イベントはまだ9日も残っている。出来ることはあるはずだ。
まずは歩き始めなければ。
目印の何もない荒野のため、どちらに歩けばいいのかさえわからない。もしかしたら遠くには街などが見えるのかもしれないが、この薄暗闇ではそれもままならない。
しかし、悩んでいても仕方がない。
もし道を間違えて、望む方向へ進めなかった場合、その時はもう一度死亡してランダムリスポーンに賭ければいい。どうせイベント期間中はデスペナルティはない。当たりを引くまで死に続けたっていい。リスポーンルーレット作戦だ。
適当に方向を定め、ウェインは歩き出した。
まずは街道を見つけたい。初期スポーン位置には必ず近くに街がある。街があるなら、街道もあるはずだ。
時折襲い来るコヨーテなどを撃退しつつ、ウェインは歩き続けた。日はとうに落ちきり、満月と星の光だけがウェインの頼りだ。
しばらく歩いていくと、足元の感触が変わった。
ついている。どうやら街道に当たったようだ。
「ようやく二択になったな。あとはどっちに進むかだけど……」
道の真ん中に立って考える。すると、かすかに水の音が聞こえる気がする。
「近くに川がある……のか? 川沿いに街道が敷かれているのか。上流に行くか下流に行くかなら……下流の方が人里がある可能性が高い……気がする」
特に根拠はない。しかし根拠がないのはこれまでと同じだ。
「とりあえず川に行って見て流れを──っ!」
足音が聞こえた。それも大量のだ。
暗闇の中目を凝らしてみると、街道沿いに何か列をなしてこちらに向かってくる存在がある。
しばらくそのまま観察していたが、向こうはこちらに気づいているのかいないのか、特に足を止めたりといったことはない。
ようやくその輪郭がわかり始めた時、ウェインは反射的に反対側に向かって走り出した。
その集団はスケルトンの群れだった。
かなり濃い色をしていたようだが、闇に溶け込むという感じではなかった。赤色か何かだったのかもしれない。しかし今さら色を確認するためだけに戻る気にはなれない。
あれはやばいものだ。とても今のウェインでは勝てない。ここで向かっていって死んでリスポーンルーレットをしてもいいのかもしれないが、別に積極的に死にたいわけではない。
どうせ死ぬなら、一矢報いて経験値を少しでも得て死ぬほうが効率的だ。
この街道を進めばおそらく街につく。
その街にあのスケルトンの群れの存在を報告し、防備を固め、朝まで待って迎撃するのだ。
街一つを味方につけることができれば、勝ち目も出てくるかもしれない。
もしスケルトンが追ってきていたらウェインでは逃げ切れない。奴らには疲労などのバッドステータスはないからだ。
しかし幸い、こちらに興味がないのか、走って追ってくるという気配はない。
街までどれだけあるかわからないが、夜通し走る覚悟でウェインは街道を進んだ。
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