第69話「デイウォーカー」(ブラン視点)





「ご主人様、衛兵はあらかた片付け終わったようです」


 まだ街の中に散っていったスパルトイたちは帰ってきていないが、戦闘音などはかなり収まってきているようだ。ひっきりなしに響いていた怒号や悲鳴なども散発的にしか聞こえてこない。


「じゃあ次は1軒1軒家探しして、隠れてる住民の皆さんをキルしよう! 死体は『死霊術』でスケルトン増やしたいから、どっか広場みたいなところがあったらそこに集めるように言ってきて」


 脇に控えていたスパルトイの指揮官、ヴァーミリオンがかちかちと歯を鳴らして近くの部下を呼んだ。呼ばれたスパルトイはブランの意思を汲み取ると、伝令のために街へ走っていった。


「なんか無線みたいなっていうか、離れていても指示出せるようなスキルでもあればいいんだけどな……」


「何を夢のようなことを……。そのようなものがあったら、伝令兵など必要なくなりますし、手紙や伝書鳩もみんないらなくなってしまいますよ」


「ですよねー。そうかそういう文明レベルか……。魔法的なファンタジックなアレでどうにか出来ないもんかな?」


 しかし無い物ねだりをしても仕方がない。伝令兵が必要だというなら、それに特化した眷属を用意するなどして改善策を考えた方が建設的だ。


「この街でスケルトン増やせたら専属の伝令兵でも作ろっか」


「そうでございますね。人間ベースのスケルトンならば、知能もある程度高いでしょうし、伝令に特化させるということでしたら敏捷力などを重点的に鍛えてやればよろしいかと」


「強いて言うならば、別の勢力などと連携する事態などに遭遇した場合が問題ですね。言葉が話せないままでは、伝令として使えません」


 それに関しては、NPCの野良の魔物と何か連携するような事態は考えづらかったし、魔物プレイヤーなら普通にフレンド登録すればいいだけのため、ブランはあまり重要視していなかった。


「その場合は、わたくしどもの誰かがコウモリなりに変身してご主人様のお言葉を携えて飛んでいけばいいかと」


「ああ、それで相手の近くについたらまたモルモンに戻って話せばいいのか」


「その通りです」


 ブランがモルモンたちとそんな雑談をしている間に、スパルトイの伝令は仕事をきっちりこなしたらしく、先ほどまでは散発的だった悲鳴が再び上がり始めた。

 民家に押し入り、虐殺を開始したのだろう。

 ブランの命令通り、すべての住人を死体に変えて街の中央付近にある広場に集めているようだ。


「住民の皆さんはさすがに兵士の皆さんよりは経験値少ないな。でもまったくゼロでもないな。人類って生物としてかなり上位なんだね」


「人類は魔物に比べて腕力や生命力などは低いですが、知力などは際立って高いですから。その分格も高いのではないでしょうか」


 公平性を保つため、初期種族に魔物種を選んだプレイヤーは人類種との境遇や性能などの差分を経験値としてキャラクタークリエイト時に入手できる。

 しかしNPCはそうはいかない。弱い魔物に生まれるか、恵まれた人類種などに生まれるか、その時点で人生というゲームの難易度が決定されるのだ。


「……まあそれは、プレイヤーもひとたびVRモジュールから外に出れば同じなのかもしれないけど」





 スパルトイたちが一般の住民の掃討に入っているのなら、危険はもう少ないと言える。

 ブランは供回りにモルモンたちとヴァーミリオンたちを連れ、街の中に足を踏み入れた。

 イメージ的にはもっと、家が焼け落ちているだとか、そこら中で火の手が上がっているだとか、死体で足の踏み場もないとか、そうしたものを想像していたのだが、そのどれもなかった。


「侵略側である我々に炎を使うものがおりませんでしたから」


「衛兵などは松明を持っていたかもしれませんが、この街の家は石材を積み上げて建てた物が主流のようです。燃え広がりにくい建材ですので」


「死体はスパルトイたちが集めて持っていったのでしょう」


 アザレア、マゼンタ、カーマインが口々にブランの思考に解説を入れてくる。非常に便利だ。便利なのだが。


 人っ子一人おらず、物音さえしない街中を連れだって歩いていく。


「そういえば、広場ってどこにあんの?」


「知らずに歩いていたのですか!?」


「じゃマゼンタは知ってるの?」


「……アザレア? お答えしてさしあげて」


「……カーマイン。任せたわ」


「ごほん。ええと、スカーレット、先頭を歩きなさい」


「ポンコツかよ」


 言うほど便利でもなかった。


 改めてスカーレットに先頭を歩かせることで、次第に広場が見えてきた。

 広場には仕事を終えたスパルトイたちが集まっており、その中心に山と積まれた住人の遺体がそびえている。


「うわ。すごい光景だな。あと匂いもきっつい……けどそんな不快感はないな? わたしが吸血鬼だからかな? これ大丈夫かな。リアルに戻っても血の匂い平気になってたりするのかな」


 自分の血の匂いはもともと平気だが、それが他人のものとなると途端に気分が悪くなるブランである。

 たしかにVRの医療サポートなどで、疑似体験によってトラウマを克服したり苦手意識を払拭したりというサービスもあるにはある。しかしあの手のサービスは、かなりの枚数の同意書にサインする必要があったはずだ。

 とは言え、もしかしたら長ったらしい利用規約の中にそうした内容がなかったとは限らない。このゲームを始めるにあたりその手のものをすべて読み飛ばしサインしたブランには、はっきりしたことは言えない。


「まあ、いいや。とりあえず、ここに積んである住人は全部死んでから1時間以内と見ていいかな? もうじき1時間経っちゃうかも? じゃあ急がなきゃ。まずは『霧』」


 スキル『霧』は吸血鬼の種族スキル『吸血魔法』のひとつだ。

 その後開放された『死の霧』によって強化されており、霧の範囲内で『死霊』系のスキルを発動させると、成功率や効果にボーナスがつく能力が追加されている。


 続いてブランはスキル『死霊』を発動した。

 これも伯爵から聞いた話だが、死んでから1時間以内の死体なら、その体に魂が残っているらしい。

 その状態で『死霊』を発動すれば、魂が死霊術によって肉体に囚われ、あらたな魔物としてアンデッドが生まれる。

 1時間以上経ち、魂が抜けてしまった死体に『死霊』をかけても、すぐに力尽きてしまう弱いアンデッドしか生み出すことが出来ないのだ。

 本来であれば魂が残っている死体は、その魂が抵抗するため『死霊』によるアンデッド化の成功率は高くない。

 しかしブランは『死霊』ツリーの『魂縛』や『死の霧』によって成功率を上げている。この街にいたNPC程度の死体ならほぼ確実にアンデッド化できるはずだ。


「よーし全部成功したかな? でもしまったな、適当に頷いてたらみんなゾンビになっちゃったなこれ。スケルトンのが良かったんだけど、どうしよう。足遅いんだよねゾンビって」


「この街にそのまま置いておけばよいのでは? 無理に今連れて行く必要はないでしょう」


「そうですね。ゾンビであれば日光にあたった際のペナルティも大きいので、このまま連れて行っても途中で力尽きてしまうかと」


「そうなれば、おそらくこの街で復活しますので、連れて行っても置いていっても変わりません」


「なるほど。じゃこのまま街に置いておこう。昼間は家に入っておくように言っておけば、無駄に死なずにすむよね。

 じゃあきみたち、わたしたちはもう行くけど、人間が街に入ってきたら殺すようにね」


 ゾンビたちにそう指示を出すと、何体かがわらわらと、ある建物に向かって歩いていく。


「え、何? なんかあったの?」


 ブランがそちらを見やると、どうやら向かっている建物は広場に面している中で最も大きな建物のようだ。掲げている看板には「宿屋 荒野のコヨー亭」と書いてある。


「ダジャレかよ! でも宿屋か……。うーん」


 街なかの宿屋。といえば、何かあったような気がする。どこかで見た。システムメッセージではない。オンラインマニュアルなどブランは読まない。あれは確か──


「あ、SNSだ。そうだ。宿屋って確か街の中のセーフティエリアだ」


 かつて魔法について調べている時、確かそんな話題のスレッドが立っていた。公式SNSはスレッドタイトルと、その最初の書き込みのみが一覧に表示されるようになっており、そこでセーフティエリアの宿屋が見つからないとかそんな書き込みを見かけたのだ。


 ブランが考え込んでいるうちに、ゾンビたちは宿屋の中へ侵入していた。


「あれ? セーフティエリアなのに魔物入って行っちゃったけどいいのかな?」


 しかし考えてみれば、同じくセーフティエリア扱いである伯爵の古城のブランの部屋にもモルモンたちは勝手に入ってくる。なんならブランのベッドで勝手に昼寝までする始末である。


「眷属化するとセーフティエリアにも入れるのか。じゃあその状態でプレイヤーとエンカウントしたらどうなるんだろ。セーフティエリア内だとPvP出来ないんじゃなかったっけ」


「人間が居たら殺せ、という命令の後にあの建物に入っていったのですから、あの中には人間がいるのではないでしょうか」


「わたくしが様子を見てきましょう。アザレア、カーマイン、ご主人様を見ていて」


「いや、そんな小さい子から目を離すなみたいな」


「……まかせて。いってらっしゃいマゼンタ」


 マゼンタは優雅な足取りで宿屋の中へと消えていった。





***





 マゼンタが宿屋に入ると、中ではゾンビたちが1人の人間の男を囲んでうーうー唸っていた。


「何をしているの? 攻撃を……出来ない? ああ、もしかしてこれがご主人様の言ってらしたセーフティエリアとかいうものなのかしら」


「また来たあ! え? 人間? あの、あなたプレイヤーの人ですか!?」


 プレイヤーとはブランが稀に言っている、おそらくブランと同郷の存在のことだろう。

 マゼンタの顔を見て一瞬安心するような表情を浮かべたところを見るに、マゼンタがそのプレイヤーとやらだとすればこの人間は警戒を解くはずだ。

 どうやらこのセーフティエリアの中では戦闘行為は行なえないらしいし、ここは一旦相手の警戒を解き、うまく建物の外まで釣りだしてやる必要がある。


「ええ。そうよ。あなたもそうなの?」


「よかった! あ、外、外はどうなってるんですか!? 経験値稼ぎから帰ってきたら、街が赤い骸骨の集団に襲われてて……。あっという間にやられちゃって、死に戻ったら宿屋の周りも囲まれてるし……。しかもゾンビまで入ってくるし! なんでセーフティエリアなのに魔物が入ってこれるんだよ!」


「ええと、じゃあ状況を説明するわね。とりあえず外まで来てくれる? 大丈夫、そのゾンビは特に何もしないから」


 マゼンタはそう言いながら外に出てみせる。プレイヤーらしき男は、おっかなびっくりゾンビたちの脇を通り抜け、マゼンタの後をついて外に出た。


 そこで待ち構えていたスパルトイのクリムゾンが、爪を振るい男の首を撥ねた。

 男の身体は少しだけその場に残っていたが、すぐに光の粒子になって消えていった。

 なるほど、これがプレイヤーというものか。


「──これ、そのうちまたこの宿屋でリスポーンするんだよね。待ってたらまた出てきて殺されてくれないかな」


 近くで見ていたブランがそうこぼすが、そんなうまい話はないだろう。


「自分が復活した場所で何度も同じように殺される間抜けはいないと思いますが……」





***





「……ウンソウダネ」


 いいことを思いついたと思ったのだが、マゼンタには強烈な皮肉で否定されてしまった。いや、あの頃のブランを知っている訳でもあるまいし、本人には皮肉という意識もないのだろうが。


 しかしリスキルが無理なら、ここで待っていても仕方がない。

 セーフティエリアが無くなったらリスポーン時にどうなるのだったか、どこかで見た気がするが覚えていない。だがまさか瓦礫の山にリスポーンしたりはすまい。

 この街にゾンビたちを置いていくにあたり、いくらでも復活する敵性プレイヤーの存在はうっとおしい。

 ゾンビたちも復活することに変わりはないが、何度も殺し殺されを繰り返すうちに敵プレイヤーは経験値を得て強くなっていくだろう。一方こちらは経験値は全員共通のため、このプレイヤーのためだけにゾンビを全員強化するというわけにもいかない。街はここだけではないのだ。


「あ、これこの人と協力したら無限経験値稼ぎ出来るのでは……?」


 本来であれば、デスペナルティで総取得経験値の1割が喪失するため、談合してPvPを行なっても収支はマイナスにしかならない。

 しかしイベント期間中はデスペナルティによる経験値の喪失が起こらないため、この方法で経験値を稼ぐことが出来てしまうことになる。





 これは実は、イベント期間に関係なく、デスペナルティの起こらない眷属同士を戦わせることで同様のことが可能である。

 しかし経験値取得の際の判定に「敵対する無抵抗の対象を攻撃した時、経験値は得られない」というものがあるため、実際はやったとしても効率はよくない。

 この場合の「敵対する無抵抗の対象」というのは、こちらを敵として認識しているにも関わらず無抵抗でいるキャラクターという意味であり、騙し討ちや不意打ちなどは含まれない。





「そういう事ができるかどうかは後で調べておくとして、今このプレイヤーをキルして得られた経験値から考えると……。そんな事してる間にもう一つ街壊滅させたほうが実入りがよさそう」


 無限経験値稼ぎが出来なかった場合、この宿屋の存在はマイナスにしかならない。

 ブランはたまには自分も活躍しようと考え、宿屋に『ライトニングストライク』を放った。しかし一発だけでは全破壊には至らなかったため、リキャストを待って数発落とす。

 数分後には宿屋は宿屋跡地に変わり、荒野のコヨー亭は永遠に閉店した。


「んー。もう一回くらいリスポーンしてくるかと思ったけど、出てこなかったね」


「……破壊に巻き込まれて亡くなったのでは?」


「その場合どうなるんだろ。てかマジでリスポーンポイントが無くなった場合どうなるんだっけ」


 それも後で調べておくことにする。調べるべきことがたくさんあって実に大変である。


「まあ、別に知らなくてもいいか。今出てこないって事は、少なくともここには現れないってことだよね。

 よし、じゃあゾンビたちはここに置いて次に行こう! 確か街道沿いに歩いていけば隣町行けるんだよね?」


「そのはずですね」


 ブランは配下を連れ、街を出て街道を進んだ。

 街道ではときおり、痩せたコヨーテが遠巻きにブランたちを眺めていることがあった。

 スパルトイがそちらを見て歯を鳴らすと、すぐにどこかへ逃げていった。


「襲ってこないね」


「明らかに格上のスパルトイ30体の集団に、数で劣っているのに向かってくるような者はいないと思いますが……」


「まあそりゃそっか。逆に言えば、それでも向かってくる奴が居たら、なんか警戒すべき裏があるって事なんかな」


「そうでしょうね」





 それからしばらく歩いていく。

 すると遠目にだが、街道上に人影が見えた。もっともこれはブランの種族特性の暗視によって見えているのであり、視線の先の人影がこちらを認識しているかどうかはわからない。


「野盗の類でしょうか」


「だったらいいな」


 心置きなくキル出来る。

 いや、野盗ではない善良な市民だったとしても特に抵抗なくキルしてしまうわけだが。

 むしろ野盗だったら骨の軍勢から略奪をしようなどとは考えないだろうし、アンデッド絶対許さない善良な正義マンとかの方がありがたいまであるかもしれない。


 どちらかわからないのでとりあえず近づいていくと、人影はブランたちに気付くとすぐにどこかへ去って行ってしまい、それから姿を見せる事はなかった。


「コヨーテとおんなじじゃないか」


「コヨーテよりは人間の方が賢いので、当然の行動かと思いますが」


 その後も戦闘などが起こることもなく、ただひたすら歩き続けた。

 やがて東の空が白み始め、夜の終わりを告げる。


「やっべ夜が明けちゃう。外套着なきゃ」


「……まさに伯爵様のおっしゃっていた通りの展開で、もうなんと申し上げてよいか」


「わかってるようるさいな!」


 そうこうしながら歩くうち、ほどなく街が見え始める。


「うわタイミング悪いっていうか、この時間に戦闘か……。どうしようかな」


「お待ちを。選択肢はあまりないかもしれません」


「なんで?」


「あの街ですが……戦闘態勢が整えられているように見えます。こちらを警戒しているのかと」


「マジで!?」


「もしかすれば、先程の人影。あれはこの街の者だったのでは」


「あー……」


 確かにこのような荒野に人が居たならば、その人物が立ち寄った、あるいは立ち寄る予定の街があったはずだ。周囲に何も無いところに突然人間がいるなど、初期スポーンのプレイヤー以外にはまず有り得ない。

 しかし人影を見たあの場所から一番近い街があれであるなら、こうなることは十分予想できたはずだった。本当に気が利くのなら、あの時点で警告くらいしてくれればよかったのに。

 やはり。


「執事は関係ないでしょう!」


「まだ思ってもいないよ!?」


「そんなことより。いかが致しますか」


 カーマインなどは執事のことに過敏に反応するきらいがあるが、アザレアは反応しつつも割と冷静である事が多い。マゼンタはどう思っているのかわからないが、少なくともブランの部屋で不貞寝する時は他の2人に倣っている。


「うーん、これから朝だしなぁ。さっきと同じパフォーマンスが発揮できるかというと、心もとないな……」


「先ほどの街を殲滅して得た経験値を使い、ご主人様の強化をなさっては? ここで日光に対する耐性や、対策などを得ることが出来ればあの程度の街どうとでもなるかと」


「なるほど、いいねマゼンタ。それ採用しよう!」


 ブランはスパルトイたちに遠目に街を監視させ、自身のスキル取得画面を眺めた。

 日光に対する耐性というのが具体的に何のことかわからないため、とりあえずそれは後回しにし、まずは陽光下での配下のパフォーマンスの向上に繋がりそうなスキルを探すことにする。

 どのみちブランは戦うとしても遠くから魔法を撃つくらいであり、接近戦を挑むスパルトイたちが強くなったほうが戦略を立てやすいはずだ。


「そうすると、広範囲に作用する、バフっていうんだっけ? そういうのかな」


「『吸血魔法』のスキルをもっと強化するのはいかがでしょう。『霧』はかなり有用でした」


「あー。広範囲だし、あのへんアンデッドにボーナスあったね。そうか、うちアンデッドしかいないしそれはいいかも」


 ツリーをたどり、見ていくと、今取得できそうなスキルに『魔の霧』と『霧散化』というものがある。

 『魔の霧』は自分が発生させた『霧』の効果に、さらに自分が使用する攻撃系魔法の威力を高める効果を追加するものだ。『死の霧』の攻撃魔法版というわけである。

 『霧散化』は、1日に1度だけ、自分の体を霧に変えることが出来るスキルだ。使用した瞬間からクールタイムのカウントが開始され、ゲーム内で24時間経過するまで再使用は出来ない。発動中は自身の肉体は完全な霧の状態になり、あらゆる物理ダメージを受けなくなる。

 しかしこの状態では火系・雷系の攻撃に対して被ダメージが大幅に上がる、風系のスキルによる移動阻害に抵抗できないなどのデメリットもある。

 効果は解除するまで有効になるが、霧状態では攻撃判定のあるスキルが使用できず、物理攻撃も出来ないため、継続するべきかどうかは戦局を見定める必要がある。


「物理攻撃に対する緊急回避手段として考えるなら超優秀な感じ? そのときの攻撃がカミナリスラッシュ的なアレだったら即死するけど」


 『魔の霧』についても、魔法攻撃主体のブランにとっては非常に有用なスキルと言える。この2つのスキルは取得しておく。


「うーん。次のが出てこないな……」


「他のスキルで有用なものもあるかもしれませんし、他のスキルを取得することで開放されるスキルもあるかもしれませんよ」


「なるほ……ど……あ、『闇魔法』ってのが増えてる!」


 ブランはこのところ、経験値稼ぎと眷属たちの強化に没頭していたため、スキル取得画面はあまり覗いていなかった。そのためいつからアンロックされていたのかわからない。


「何がキーだったんだろ? まあいいや。これなら多分『光耐性』とかありそうだし」


 魔法スキルのツリーにはそれぞれで別属性の耐性を得られるスキルが存在している。


 例えば『火魔法』では『氷耐性』が。

 『地魔法』では『雷耐性』が。

 『水魔法』では『火耐性』が。

 『氷魔法』では『地耐性』が。

 『雷魔法』では『風耐性』が。

 『風魔法』では『水耐性』がツリーに現れる。


 『闇魔法』のスキルを4つほど開けたところで、ブランは念願の『光耐性』を手に入れた。


「なんか、サポート的な効果多いな? 『闇の帳』とか、周囲が薄暗くなる、って何のためのスキルなんだろう……」


「昼中に使えば、日光を和らげることができそうですね」


「あーなるほど。それと『霧』とか併用すれば有利なフィールドをいつでも作れるかもってことか」


 これで日中に戦闘を行う準備は整ったと言えるだろう。

 遠く地平線から朝日が差し込み、爽やかな風があたりを包み込んでいる。

 しかし、『光耐性』を得たブランにダメージはない。若干力が入りにくいような感覚があるが、これは現時点ではどうしようもないのだろう。

 スパルトイたちを見ると、彼らは『光耐性』を持っていないにもかかわらず、日光でダメージを受ける様子はない。

 格の高さによってデメリットに耐えられるようになったと考えれば、ブランももっと自身の強化を行えば日光に対する完全な耐性を得ることも可能かもしれない。


「伯爵の言ってたデイモンガーってのに近づいたかな」


「デイウォーカーですね。昼中でも闊歩できる吸血鬼のことです」


「デイモンガーですと、昼間が好きすぎて布教しようとする昼間狂いとかですか? ちょっと光耐性得たからってお昼好きになりすぎでは?」


「憎さ余って可愛さ百倍とかですか? 逆なら聞いたことありますが」


「流れるように連携してツッコミ入れるのやめたげて! ちょっと間違えただけやろ!」


 伯爵の話では、眷属には謀反のシステムはないはずでは。


 ともかく、これで日中でも行動するという選択肢が生まれたといえる。

 だが仲間の全員が夜よりもパフォーマンスが落ちるということに変わりはない。


「まあ、とりあえず、だ。さっきはスパルトイたちだけで殲滅できたけど、昼間だし警戒されてるし、ここも同様にいけるとは思えないし」


 街の人々は警戒してこちらを伺っているが、距離があるためまだ具体的になにか行動を起こそうとしているわけではなさそうだ。しかし、今は日が昇りきるのを待っているだけで、日が昇ればこちらの弱点をついて攻勢に出てくるつもりだという可能性もある。

 どうであれ、夜になるまであのまま待っていてくれるということは有り得ないだろう。


「よーし、もうちょっと近づいて、早速さっきの『闇の帳』とか『魔の霧』とか発動させて魔法撃ち込みまくろう! そんで、戦線が崩せたらスパルトイたちで突撃だ!」


「近づく際に御身が傷つかないよう注意が必要ですが、現状ではいい手かと」


「見える範囲では、遠距離で攻撃をしてくるといった様子はありませんし」


「魔法が飛んでくるようでしたら、わたくしどもが相殺を狙えますのでご安心を。弓矢の類は持っている兵士はいないようですね」


 弓矢がないなら、あの街の人々は狩りなどしないのかもしれない。もっとも周囲にはコヨーテとかネズミくらいしかいないだろうし、狩りをするメリットがあまりないのかもしれないが。

 となると、食料は河から採れる魚がメインなのだろうか。他にも農地というか、麦畑らしきものと、ヤシのような木が並んでいるのが見える。


「まあ、わたしたちはみんな食料とかいらないからどうでもいいんだけど。後で復興とかされてもなんかわたしたちが頑張った成果を無駄にされるみたいでモヤっとするし、ヤシっぽいのも麦畑も全部燃やしちゃおう!」


「あれはおそらくナツメヤシと大麦ですね」


「よく知ってんなマゼンタ!」


「伯爵様のお城の図書室で。絵と似ているという程度ですが、このあたりの気候と生育状況からみて間違いないかと」


「さすがね、マゼンタ。ご主人様、でしたらあれらの農地は、あの街にとって生命線と言えましょう。ならばあの農地を焼き払うように魔法を放てば、人間どもは泡を食って消火しようとするのでは?」


「さすがえげつない事大好きカーマインだね! それで行こう!」


「いえ、えげつない事が殊更に好きというわけでは……。単に合理的な判断です」


「じゃあそれと気付かれないようにさり気なく農地側に寄りつつ、街に近づいていこう。農地を射程内に収めたら、えーっと、『ヘルフレイム』あたりがいいかな?」


 ブランたちが近づいていっても、街の防衛隊に目立った動きは見られない。スパルトイたちはまっすぐ街へ向かわせているが、ブランたち4人はさり気なく、隊列の中で農地側へと移動する。


 もう少し近づくと、こちらを警戒している最前列の兵士がざわり、と落ち着き無く身動きをしたのが見えた。

 しかし、身動きをするだけでそれ以上の行動はしようとしない。

 街からはほとんど赤いスケルトンの集団に見えているだろうし、お互いに接近しなければ勝負にならないだろうと判断しているのかもしれない。

 ところがぎっちょんである。こちらは別にスケルトンだけの集団なわけではない。


「あ、もう届くわ。『霧』、『闇の帳』」


 音もなく、ブランから霧と闇が広がっていく。闇と言っても薄暗い程度だ。まだ日が昇りきっていないことと、霧とともに広がっていっていることで、『闇の帳』は非常に視認しづらい。


「これすごくない? 夜とかに使えば全く見えな──いけども、夜中に薄暗くすることに何の意味があるのかっつー話よね……」


「自己解決しましたね」


 だが少なくとも現在は有効なスキルである。

 突如霧が発生しはじめたことで、守備隊がにわかに色めきだつ。


「でももう遅いけどね。『ヘルフレイム』」


 ブランが魔法を発動すると、まるで霧が燃え上がるように炎が広がっていき、街の近くに広がっている大麦畑を舐めていく。


「すげえな! この霧まるで可燃性みたいだ!」


 霧はあくまで魔法効果の上昇をしているのであって、霧が燃えているわけではない。そのため対象範囲に選んだ大麦畑は燃え上がっているが、霧に包まれているスパルトイたちにはまったく炎は向かっていない。


 大麦畑が燃え上がると、街の守備隊は右往左往しはじめた。指揮官と思われる男性がなにやら声を張り上げているが、その男性に詰め寄っている兵士の姿も見える。


「あはは! なんていうか、予定通りに行くと嬉しいね」


「いつもは予定通りに行くことはめったにありませんからね」


「よっしゃー! 突撃だー!」


 ブランの号令に従い、スパルトイたちは一斉に街に向かい走り出した。

 一方街の守備隊は混乱の極みにある。

 大麦畑の消火に向かおうとする者、こちらに向かってくるスパルトイに怯える者、それらをまとめようとして失敗している者。

 しかし守備隊がそのような状態にあっても、スパルトイたちには関係がない。

 速度を緩めることなく街へ向かっていく。


「ここからなら、街の端くらいになら何か届きそうですね。援護をしておきます」


 アザレアはそう言うと魔法を発動した。胸の前に氷の粒が集まり、一瞬で氷の矢を形成していく。『アイスバレット』だ。

 氷の矢はスパルトイたちの間をすり抜けるように一直線で飛び、守備隊の前線にいた兵士の足元に突き刺さった。


「……届きませんでしたね」


「……わざとです。弾着観測射撃です」


 カーマインとマゼンタはそれを見て、もう何歩か街の方へ歩いていき、同様に『アイスバレット』を放った。

 今度は兵士に直撃し、2名の兵士が倒れ伏した。

 目の前で死人が出たことで、守備隊の混乱は極限に達したようだ。街なかへ逃げ込もうとするものも出ている。


 この辺りは魔物の領域も遠く、周囲には野生動物か、あるいはそれと同程度の小型の魔物しかいない。

 街の衛兵といえども、命のやり取りをするほどの事態にはこれまで遭遇したことがなかったのだろう。

 街道を進んできた中でも野盗などの襲撃はなかった。野盗が何かを奪えるほど裕福な街でもなければ、何かを奪った野盗が街から離れて生きていけるほど豊かな環境でもないということなのかもしれない。

 この周辺は貧しい代わりに平和な地域だったのだ。昨夜まではだが。


 街なかへ逃げ込んだとしても死ぬ順番が変わるだけで、命日が変わるわけではない。

 モルモンたちはそれらは放っておき、最前列にいる、戦意を失っていない兵士たちを順番に魔法で狙撃していく。


 そうこうしているうち、スパルトイたちが守備隊とぶつかる距離まで到達した。乱戦になるだろうことを考え、魔法による狙撃は中断された。


「ご主人様、農場のほうはいかがでしょうか」


「いい感じだよ。もう大麦畑はだいたい焼き畑になったかな。来年は豊作になりそう。種蒔く人が居ないだろうけど」


「焼畑農業は移動農法の一種ですので、ここのように川べりの肥沃な土壌に頼って農業をする街には適していませんよ」


「その知識も伯爵のお城の本から?」


「はい」


 これからわからないことがあればマゼンタに聞けば何でも答えてくれそうである。


 守備隊に突撃したスパルトイは、容赦なく兵士たちを死体に変えていく。

 兵士たちは革製の鎧のようなものを着ているか、厚手の服を着ているような者がほとんどで、金属製の鎧などを身に着けている者といえば、先程の指揮官らしき男性くらいである。スパルトイたちの爪や牙の前では、裸も同然だ。

 その指揮官らしき男性はなるべく後方へ下がろうとしているようだが、大麦畑が炎上した際に詰め寄ってきた兵士にまだまとわりつかれていてうまくいっていない。

 つまり、まともに指揮をしている人間が居ない。


「もっとも、指揮能力や作戦などで埋まるような戦力差ではありませんが」


「そうだね……。珍しくうまくいって喜んだのはいいんだけど、これわりとゴリ押しでも行けた感あるな? 日光で弱体化しててもスパルトイに傷一つ付けれてないよ衛兵さんたち」


「想定していたよりも人間たちが弱すぎましたね。こちらもたしかに夜よりは弱体化してはいますが、それでも一般の人間よりはよほど戦えますので」


 カーマインの言葉に、ブランは考え込む。


「うーん。じゃあ、もう次からはまずはスパルトイをけしかけてから、無理そうなら『霧』とかで援護してく感じにしようか。そんでもダメそうならみんなで魔法撃つとか」


「戦力の逐次投入はあまりお勧め出来ませんが……」


「そういう戦い方をなさりたいのでしたら、まずスパルトイに突撃をさせ、それがうまく行こうが行くまいが、スパルトイの突撃による衝撃から回復しきらないうちに魔法を撃ち込んで瓦解させるつもりで作戦を立てたほうがよろしいかと」


「ご主人様のおっしゃる戦法ですと単なる戦力の逐次投入ですが、アザレアの言ったように戦略的に意味を持たせ計画的に行なうのでしたら波状攻撃と言えますね」


「なるほどなー……。てか、君たちほんとにわたしの子たち? めちゃめちゃ頭いくない? 数値的にはわたしとINT変わんないはずなんだけど……てかなんならINTだけならわたしの方が高いんだけど」


 ブランが憮然と言い返すと、モルモンたちはうれしげに鼻をぴくぴくさせた。

 何が琴線に触れたのか不明だが、喜んでいるらしい。


「まあ、なんにしてもうまくいきそうでよかったよ。ここも制圧できたら、さっきの街と同じように──しちゃったら生まれた瞬間死ぬかもしれないな、ゾンビくんは。

 夜を待って『死霊』でゾンビ化させて、家の中に放り込んでおこう。魂が抜けて弱いアンデッドになっちゃうかもしれないけど、『使役』しておけば自然に土に帰っちゃう事はなくなるはずだし」






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