第68話「ボーナスステージ再び」(ブラン視点)





「大規模イベント! 今度こそ参加するぞー!」


 伯爵に与えられている古城の一室。そこでブランは珍しくシステムメッセージを読んでいた。





 少し前、ブランは3体のモルモンと3体のスパルトイを得て、そろそろ街を襲ってはどうかと伯爵にそそのかされた。


 なるほどそれもいいかも、と一瞬考えたのだが、すぐに思い直した。これまでその楽観的な思考のせいで何度死んだかわからない。ここはもう少しだけ、慎重になっても悪いことはないだろう。

 それに今はただのスケルトンだったあのころと違い、ブランの命は自分1人のものではない。かわいい眷属たちがいる。

 伯爵が言うには、主君たるブランが死亡すると眷属たちも死亡してしまうらしい。ブランのリスポーンと共に眷属も復活するのかはわからないが、試してみる気にはなれない。


 もう少し、あとちょっとだけ、念のため、念には念を入れて。


 そんな風にずるずると経験値稼ぎと眷属の増強を繰り返しているうち、いつの間にか30体ほどのスパルトイが配下に加わっていた。

 さすがに伯爵には小言を言われたが、伯爵のゾンビたちとは仲がいいようなので、普段は共に城の警備をさせている。


 ブランのモルモンたちはあの3体から増えていないが、伯爵もブランに倣いどこぞでコウモリを『使役』してきたらしい。

 今伯爵の傍らには常に美貌の執事が控えている。伯爵のコウモリから転生したモルモンだ。

 この執事は非常に有能で、ブランより遙かにできる子であるはずのアザレアたちがまるでポンコツに見えるほどだ。

 戦闘力でいえばほとんど差はないはずなのだが、側仕えとしての出来と言おうか、アザレアたちもブランの世話を焼こうといろいろ頑張ってはいるのだが、たいていはすでに執事が先回りしてブランの世話を済ませてしまっていたりする。

 しかも執事は本来伯爵の眷属のため、ブランの世話をするということは、すでに伯爵の身の回りのことを完了させた後なのである。そして決まってこう言うのだ。


「お三方もおられるのに」


 そのたびにアザレアたちは歯ぎしりせんばかりに悔しがり、ブランのベッドで勝手に不貞寝して枕を濡らす。


 ともかく、そうしてずるずると戦力の増強に没頭してきたブランだったが、システムからの大規模イベントの通知でようやく我に返った。


 しかも大規模イベントの内容は攻防戦だ。街を攻める魔物と、街を守る人類に分かれての大規模な戦争だ。なかなか街を攻める決心がつかなかったブランの背中を後押しする一手として、これ以上ないものだった。





「先輩! 街攻めますので手頃なところ教えて下さい!」


「貴様はまたいつもいきなりだな! 街を攻めるだと? ふうむ、手頃とな……」


「いやー、最初にアドバイス貰ってから随分待たせちゃいましたけど、ようやくその気になりましたよ!」


「いや、我らのように寿命のない者からすれば、特に待ったというほどのこともないが……。街攻めということは、あのスパルトイ共も連れてゆくのか?」


「そりゃもう。そのためにたくさん仲間にしたようなもんだし」


 すると伯爵は、形のいい顎に指を添わせ、珍しく悩むように考え込み始めた。


「なんかまずいですかね」


「まずいことはないが……。貴様も気づいている──かどうかはわからぬが、この城は非常に高い場所、いわゆる高地に建っておる。同じ高地にある街、あの廃墟だが、あれはこの地が高地になる際に滅びておるため、攻めても仕方がない。ゆえに必然的に、攻めるとするなら下界の街になるのだが、貴様のスパルトイたちほどの数を動かすとなると、どのようにして下界に下ろしたものかとな」


 この地が高地にとか、あまり日常会話では聞く事がないパワーワードが出てきたが、まぁそういう設定なのだろうとブランは深く考えず、伯爵の言葉を待った。

 伯爵もブランの返事を待っていたようだったが、ブランが何も考えておらず、返事もなさそうなのを察すると、ため息をつき、無意味な沈黙に幕を下ろした。


「……そうだな。城の下に地下水脈があろう? あの先は、下界の荒野に流れる河に続いておる。岩の隙間から水が流れ出すようになっており、それが河の源流となっておるのだ。ゆえにこちらからは外に出ていくことが出来ぬ」


 では、地底湖から下流に向かうにつれリザードマンがだんだんと強くなっていったのはなんだったのだろうか。ブランはてっきり外部から入植してきた種族だから、より深い場所に追いやられた個体が弱いのだと感じていたのだが、それは違ったのだろうか。


 そのことを伯爵に尋ねてみると、よくは知らぬが、と前置いた上で教えてくれた。

 どうやらリザードマンたちは伯爵が知るより前からあの地底湖に住んでいたらしい。その地底湖には、僅かな苔や小さな魚などしか居ないため、餌が少ない。しかし外部に通じる下流の方には、稀に岩の隙間を遡ってくる活きの良い魚がいるという。つまり、外に近い下流の方が餌場としての環境がいい。そういう理由で強いものが独占しているのではないかとのことだ。


「まあ、トカゲどもがなぜそのような階級社会になっておるのかは我も知らぬ。それにもう、トカゲどもで活きの良いのは貴様がほとんど赤い骸骨に変えてしまっただろう。今更気にしたところで意味はあるまい」


 確かにそのとおりだ。

 しかしあの地下水脈から外に抜けられないのなら、地表に降りる手段はない。

 どうしたものか、とブランは腕を組んで唸った。


「僭越ながら、発言をよろしいでしょうか」


 伯爵の脇に控える執事が一礼してそう言った。


「なんだ? 申してみよ」


「ありがとうございます。ブラン様のお力ならば、地下水脈に沿って走る洞窟の出口を、魔法などで無理やりこじ開けてしまうことも可能かと愚考いたしますが、いかがでしょうか」


 確かにブランの能力値ならば、岩壁一枚ぶち抜くことなど造作もない。しかしあまり大きな衝撃を与えて洞窟が崩落するようなことになれば面倒だ。


「悪くはないな……。だが、多少の危険はある。その案を採用するなら、眷属のモルモンなどに実行させたほうが良いだろう」


「てか、ツルハシみたいなのがあれば、人海戦術でみんなでカンカン掘っちゃえばいいんだけど」


 人海戦術と言っても、洞窟の広さを考えれば実際に同時に掘削ができるのはスパルトイ数体が限度だろう。人間ならば疲れたらすぐ交代するなどして人数の多さを活用できるが、疲労しないアンデッドではそれも必要ない。


「ツルハシ? なるほど。労働力が有り余っているのなら、そやつらに掘らせればよいというのはもっともだ」


「ツルハシなんてあるんですか?」


 城の中でツルハシなんて何に使うのだろう。もしかしてこの城がボロいのは伯爵が趣味でカンカンやってるからだろうか。掃除係のゾンビが可哀想なのでやめてあげてほしい。


「何を言っておる。鉄のツルハシなどより、そのスパルトイの爪の方が遥かに硬いわ」


 そうだった。スパルトイは割と上位のアンデッドなのだった。

 ブランは城内でゾンビと語らっている──ように見えるが、両者とも発声出来ないはずなので実際は何をしているのかはわからない──スパルトイたちに命じ、地下水脈の洞窟の先、水が外に流れ出している出口を、手掘りで広げさせることにした。

 広ければ広いほどいいが、イベントが始まるまでそれほど時間があるわけでもない。とりあえず人が通れるサイズの穴を合格ラインとし、それ以上は努力目標とした。


「それで、そこから荒野?に出たら街があるんですか?」


「河沿いにしばらく行けば見えてくるはずだ。この荒野には近くに魔物の領域とか言われる、人間どもが恐れる領域はない。強いて言えばこの城だが、この城から下界へのルートは今はない。ゆえにその街には、魔物の領域近くにある街に見られるような城壁などと言ったものはない。攻めるに易く、守るに難い拠点と言えるだろう。まぁ、攻め滅ぼすだけならば、守りづらいのは好都合でしかないが」


「なるほど! それいいですね! 近くに魔物の領域がないってことは、魔物と戦うのを生業にしてるプレ、ええと、傭兵?みたいな人も少ないだろうし、チュートリアルには丁度よさそう!」


「ちゅー……なに? 貴様はたまに訳がわからぬ事を言うな……。まあよい。そこならば、それだけのスパルトイがいれば──いや、それほどの数はいらぬな。スパルトイ数体でも制圧できるであろう」


「念には念を入れてですよ! そんだけ戦力差があれば、さすがにわたしが死ぬことはないでしょう!」


「僭越ながら、そういった言葉はあまり口に出して言わないほうが……」


 ゲームの中にもフラグの概念があるのだろうか。

 いや別にフラグを立てるつもりで言ったわけではないが。









 イベントが始まる前には、地下水脈の出口の拡大は無事終えられた。

 努力目標であった洞窟と同サイズの出入り口も完成している。


「これなら何列かで通れそうだね。よーしみんなで出かけるかあ!」


「待て。念の為外套を着てゆくがいい。日が昇っては面倒だ。スパルトイたちは多少動きが鈍くなる程度だろうが、貴様はまだデイウォーカーに至っておらぬだろう。毎日昼間は屋根のあるところで休めるとも限らぬ。特に貴様は計画性が無いゆえ、荒野のど真ん中で立ち往生するさまが目に浮かぶわ」


 伯爵の信頼度の高さに涙が出る思いで外套を受け取るブラン。

 これで、準備は十全に整ったと言える。


「では、行ってきますね! イベントは一週──10日間なので、最初の街落とした後は街道使って、10日間で出来るだけ人間の街ぶっ壊してきます!」


「うむ。日光に気をつけるのだぞ」


「そんな車に気をつけなさいよみたいに言われても」


 この日の夜、日が落ちてすぐ意気揚々とブランは出発した。人間の街を目指して。





「そういえば、なにげに人類種と会うの初めてかも? ファーストコンタクトが殺意に基づくコミュニケーションとか、わたしも随分魔物らしくなってきたな!」


 傍らのモルモンたちは苦笑いである。伯爵や執事が居なければ、ポンコツランキングはブランがダントツの1位でモルモンたちは最下位のため、こうしていると随分落ち着いて見える。


 スパルトイたちが開通させた出口を通り、河沿いに進んでゆく。スパルトイ隊を指揮しているのは、最初に産み出した3体だ。名前を与えてしまった手前、彼らに指揮官を任せることにしていた。

 最初に産み出しただけあって、またブランが気合を入れて経験値をつぎ込んだということもあり、能力値も他の者達より高い。


 スパルトイたちは疲労しないので休憩も必要ない。食事もしなければ、排泄もしない。防寒具なども必要ない。装備も最低限というか、全員裸一貫だ。ゆえに進軍速度は非常に早い。

 おかげで行程は順調に消化され、ほどなく遠くに街が見えてきた。


 イベントはゲーム内でのこの日の朝に開始されたはずだ。なので現時点でイベントが始まってからおよそ半日と少し過ぎている事になる。

 しかし街の様子は静かで、明かりなどはあまり見えない。他の魔物たちに襲われたということは無いようだ。明かりがないのは、燃料などを無駄に使わないために、暗くなったら早く寝る習慣が根付いているのだろう。


 伯爵の言ったとおり、街には城壁のようなものはない。高い位置にぼんやりと明かりが見えているのは、物見櫓かなにかだろう。近づいてわかったが、ときおり街なかを明かりが動いている。夜間の警らをしている衛兵だろうか。


 何も考えずにのんびり近づいていたせいか、物見櫓と思しき木組みの塔の先端の明かりがにわかに慌ただしく動き始めた。すぐに鐘の音が鳴り響き、街なかの明かりも街の端、ブランたちの方に集まり始める。

 どうやら見つかったようだ。


「まあ、赤い骸骨の集団が近づいてきてたら、そりゃ気づくよね……」


 モルモンたちは痛ましいものを見るような目でブランを見ている。


「そんな目で見ないで! いや、これどうしようもなくない? 避けようのない事故だったと思うよマジで」


 確かにブランの言う通り、遮るものが少ない荒野の河べりである。隠れて行軍する手段は少ない。


「私達はともかく、スパルトイたちは、河の中を歩かせてきても良かったのでは? 元はリザードマンですし、不可能では無かったかと思いますが……」


「あ」


 しかし今更言っても遅い。発言したカーマインも今気づいたようなので、これはブランだけの責任ではあるまい。あの有能執事であれば、街に近づく前に「僭越ながら」と意見を具申してくれていたに違いない。


「執事は今関係ないでしょう!」


「何も言ってないじゃんまだ!」


 眷属とは声に出さずとも多少の意思疎通は可能なのだ。コウモリ時代の彼女らと会話せずに意思が通じていたのはそのためだ。会話できる今、それはあまりメリットにはなっていないようだが。


「まあどっちにしても見つかったんなら仕方ない。お前たち! やっておしまい!」


 これもブランが言ってみたかったセリフのひとつだった。普通に生活していて、このようなセリフを堂々と言えるシチュエーションなど回ってこない。実に爽快な気分だ。


 ブランの号令に応え、スパルトイたちが街へ向かい走り出す。

 街の警ら隊が色めき立ち、逃げるのか迎撃するのか、防御を固めるのか避難を優先させるのか、決めきれずに右往左往しているのが見える。衛兵の練度は高くないようだ。


「やっぱ初心者向けのステージみたい。特に作戦とか無くても勝てそうじゃない?」


「作戦がもしあるのでしたら、突撃を命じる前におっしゃっていただかないとさすがに……」


「だから、無いからよかったなーって」


「……」


 ブランもモルモンたちも戦闘はスパルトイにまかせて観戦モードである。ブランは万が一にも死ぬわけにはいかないため、直接戦闘に参加する事はモルモンたちにも伯爵にも執事にさえ止められている。

 モルモンたちも、この程度の街の壊滅などスパルトイだけでも過剰戦力だろうと分析しているため、手を出す気はなかった。


「おお。けっこう経験値入ってきてるよ。明らっか雑魚ばっかなのになんでだろ。下手したらリザードマンより貰えてない? ボーナスステージ?」


 ブランのその考えは概ね、間違っていない。

 公式からのアナウンスにあるように、このイベント期間中は取得経験値にボーナスが入るからだ。加えて相手の人類種たちは大抵武器や農具などで武装しているため、若干だがその点も経験値にボーナスが乗る。

 このイベントの侵攻戦はまさに、魔物種プレイヤーにとってボーナスイベントと言える。もちろん、それなり以上の実力があれば、だが。


 前回のバトルロイヤルでは、魔物種のプレイヤーはほとんど参加しなかった。

 サービス開始からそれほど時間が経っていないタイミングでの開催だったのが理由だ。

 魔物種のプレイヤーにとって序盤は非常に難易度が高い。

 周りは敵だらけの場合がほとんどだし、街なかの宿屋と違ってセーフティエリアに看板が立っているわけでもない。運良く見つけられてそこを拠点に経験値稼ぎが出来たとしても、得た素材などを売って装備品を買うなどの強化も出来ない。

 それらのデメリットを飲み込んでの初期経験値のボーナスなのだが、それを踏まえても効率よく成長した人類種のプレイヤーに序盤で勝つのは難しい。


 急遽変更されたイベント内容だったため、仕方ない部分はあったのだが、魔物種を選んだプレイヤーたちは少なからず不満に感じていた。

 もっともそれを踏まえて、バトルロイヤルは基本的に経験値の取得もなく、参加賞も大したアイテムでは無かったため、炎上するほどまでには至らなかったが。


 そういった不満の解消というわけではないが、今度こそ全プレイヤーが参加できるイベントとして企画されたのが今回の攻防戦だ。

 全プレイヤーが参加できるというか、参加申請が無い上に全てのエリアで起こるので実質強制参加なのだが、そのフォローとしてイベント期間中はデスペナルティによる経験値ロストは起こらないことになっている。


 魔物プレイヤーであれば、NPCの通常のモンスターなどに紛れて街に入り込み、適当に住人NPCをキルするだけでそれなりに経験値が手に入る。住人は武装していないため兵士などの経験値よりはだいぶ少ないが、人類種のNPCは闘争心が薄い傾向にあるので同ランクの魔物よりかなり弱い。いいカモと言える。

 兵士にしても、街の衛兵レベルなら序盤でも少し経験値を稼いだプレイヤーであれば問題なく狩れる。これは倒せば武器も手に入る可能性があるため、積極的に狙っていくプレイヤーも多い。


 だが下手に城壁のあるような街の襲撃に参加すると、武装して徒党を組んだ防衛側のプレイヤーが出てくる恐れがある。彼らは大抵街の衛兵たちより遥かに強い。

 どの街ならばそういうカウンターが少ないか、どうすれば最大限の効率で獲物を狩れるのか、その見極めが重要なのだ。


 しかしブランが襲撃した街はそれらの心配は必要ない。

 城壁はないため攻城戦の工夫は要らない。

 プレイヤーもほとんど居ないため手痛いしっぺ返しを食うこともない。

 そんな中で最大の脅威であろう衛兵は、見ての通りスパルトイの猛攻の前に風前の灯火だ。

 さらに、ライバルとなる他の魔物も居ない。


 まさにブランの言う通り、ボーナスステージなのだった。








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