第67話「深刻な辺境破壊問題」
せっかくここまで頑張ってくれたのだし、最後までアサルトアントに焼き払わせてもいいが、ソルジャーベスパたちが観測手くらいしかしていないためたいそう暇そうなのが気になった。彼女らにもなにか、やりがいのある仕事を与えてやりたい。
この国に航空戦力がないのなら、ソルジャーベスパがこれから戦う相手は主に地上戦力になるだろうし、その練習も兼ねてここは彼女らに戦わせてみるのはどうだろうか。
「というわけで、よろしく頼むよ。やり方は任せる。突撃兵と歩兵たちは砲兵のところまで下がらせようか」
〈了解しました〉
スガルのその返事からほどなく、上空で戦況を見守っていたソルジャーベスパたちが急降下してきた。
それまで地上のアリしか目に入っていなかった領主の騎士たちは、突如現れた新たな魔物に慌てふためいた。
「うわっ!」
「敵はアリだけじゃないのか! くそっ聞いてないぞ!」
「傭兵どもめ! なぜ正確な報告もできんのだ!」
彼らは口々に傭兵たちを罵るが、そうしたところで誰も手加減はしてくれない。
ソルジャーベスパたちは地面スレスレまで降下すると次々と騎士たちを抱え込み、急上昇していく。
「くそ! やめろ! 離せ!」
50メートルほど上昇すると、そのまま放り投げるようにして騎士たちを離した。
「ああああぁぁぁぁぁぁ……」
騎士たちは傭兵と違い立派な鎧を着込んでいたが、落下ダメージは彼らの装備では軽減できないようだ。半ば鎧が地面にめり込むように、大地に叩きつけられた。
その衝撃は着ている人間を殺すには十分だったらしく、落ちた後動き出す者はいない。
人類側の航空戦力を懸念して多めに生み出しておいたソルジャーベスパは、騎士たちよりも数が多い。
大量のソルジャーベスパによってほとんどの騎士が紐なしバンジーのサービスを受けた結果、領主の騎士団は壊滅状態になってしまった。
この中に正式に『使役』を受けた騎士がいれば、放っておけばそのうちリスポーンするのかもしれないが、NPCの自動リスポーンは1時間後だ。プレイヤーならば即リスポーンするのだろうが、システムメッセージが聞こえないNPCならきっちり1時間後にしかリスポーン出来ない。
であれば、NPCのリスポン狩りはやはり効率が悪いと言える。それにこの程度のキャラクターでは、リスポーンさせもう一度キルしたところでそれほど経験値を得られるわけではない。待つだけ時間の無駄だ。
「なら、領主館は別にもう要らないかな。さっさと潰して、次に行こう」
ソルジャーベスパが活躍していた間、待機していた砲兵アリに砲弾の雨をオーダーした。
オーダーに応え、張り切って尻を上げた砲兵アリたちによって、領主館はまたたく間に炎と瓦礫に変わっていく。
あの中に領主が居たかは不明だが、居たとしてももう死んでいるだろう。もし生きていれば、経験値の事を考えるなら始末しておきたいが、街一つの壊滅と比べればそれも誤差のようにも思える。
「一応、歩兵たちは領主らしき人物を探しておこうか。他の兵たちは侵攻を続けよう。この街は森に近すぎるから、私たちが拠点として運用する意義は薄いし、全て更地にしてしまっても構わないよ」
新たなる魔物の領域「廃墟型」を造ってみたいという思いは失っていない。しかしせっかくのイベントだ。それもリーベ大森林という不労所得を失ってまで参加したのだ。どうせならば、なるべくインパクトの強い立地でやってみたくなった。
それにふさわしい場所となると、やはり王都だろう。
王国の象徴たる都。ここを廃墟にし、アンデッドたちの巣窟にするのだ。
「まあそれも、エアファーレンとルルドを制圧……というか壊滅させて、ラコリーヌも片付けてからの話だけどね。10日で間に合うかな? こっちはもうだいたい終わりそうだけど、ルルドの方はどうなってるのかな」
飛んでいる状態はレアが鎧を操作しているため、余所見運転は危ないので地面に降りた。地面に降りてしまえば鎧坂さんに主導権を渡しても問題ない。
鎧坂さんに身体を返すと、レアは目を閉じ、オミナス君の視界に同期した。
*
数時間ぶりに見るルルドの街は、巨大な数体のトレントに囲まれ、その城壁は蔦のようなものに覆われていた。
城壁は非常に大きい。遠目に見ているため蔦に覆われているように見えるだけで、実際は蔦などではなく、もっと太い何かだ。
これらは全て木の枝や根だった。
そして街中にも緑が溢れ、それらはトレの森から続いていた。
俯瞰して見てみると、まるで森に飲み込まれたかのようにも見える。
あの森の中心はレアの世界樹であり、森の木々はレア配下のトレントたちであることを考えれば、森に飲み込まれたという表現は間違っていない。
こうして見ている間にも、街の家の屋根を内部から伸びてきた枝が突き破っている。急激に成長していく木の幹に家が飲まれていく。そこらじゅうにばらまかれたトレントたちの種子が発芽し、急成長しているのだ。
もともとトレントの『繁茂』ツリーにある『種子散布』で撒き散らされる種子には、これほど急激に成長する能力はない。それを可能にしているのは、街中に充満している光の粒だ。
この光の粒は、城壁を囲む数体の巨大トレントから花粉のように漂ってきていた。
その巨大トレントたちは見るからに他のトレントとは風格が違っている。
彼らは世界樹から『株分け』によって産み出されたエルダーカンファートレントたちだ。
通常のトレントたちの『株分け』は、自身の経験値を消費することで自分と全く同じ個体をもう一体産み出すスキルだ。しかし世界樹の『株分け』ではさすがに世界樹を産み出す事はできない。
世界樹の『株分け』で産み出されるのは世界樹の元になった種族、つまりカンファートレントだった。
産み出す魔物が弱い代わりに、世界樹版の『株分け』の消費コストは経験値ではなくLPとMPになっている。そしてこのカンファートレントは、親である世界樹の一部のスキルを中継する能力を持っていた。
たとえば世界樹が散布系のスキルや範囲バフ・デバフ系のスキルなどを使いたい時、このトレントたちは世界樹の端末として、範囲系スキルの発動地点にすることができるのだ。
今ルルドの街に充満している光の粒は、世界樹のスキル『大いなる祝福』によるものだ。効果は範囲内の「植物」に属する全ての生命体の異常成育である。
街中にもとからあった普通の植物も瞬時に成長したのだが、受粉などをする間もなく花が枯れてしまうため、殆ど結実せずに朽ちていった。
一方でトレントたちには設定上寿命がない。通常の木のサイズになるには大抵1年ほどかかり、その後は何十年何百年と時間をかけてゆっくりと大きくなっていき、やがてエルダートレントに至るという種族設定だ。
しかし『大いなる祝福』の効果によって、撒き散らされた種子は一瞬で成育し、またたく間に巨大化していく。『種子散布』では経験値コストを使わない分、『株分け』のようにはじめから成長したクローンを生み出す事は出来ないが、『大いなる祝福』の前ではそんな制約などまるで関係がなかった。
はじめに城壁を取り囲んだ、世界樹の端末たるカンファートレントたちなど、自分たちが中継して撒き散らした『大いなる祝福』の効果ですでにエルダーカンファートレントにまで成長しているほどだ。
この街で積極的に人間を攻撃しているトレントは少ない。必要ないからだ。すでに地面が見えなくなるほどそこらじゅうに木の根が
うまく躱して生き延びた傭兵や騎士なども、どこから伸びてくるか予想もつかない枝や根から、いつまでも逃げ続けられたものはいなかった。
〈うわぁ。エアファーレンの街はアリに蹂躙されて可哀想だなって思っていたけど、ルルドはルルドでひどい有様だね。これもう生きてる人間居ないんじゃない? てか、そろそろ『大いなる祝福』止めてもいいんじゃないかな。もう要らないでしょこれ〉
〈そうですね。そろそろ私のMP残量も危うくなってきましたので、止めることにいたします〉
世界樹がそう答え、徐々に光の粒が薄れていく。それに伴って木々の成長も鈍化していき、やがて街中の時が止まったように静かになった。
〈ひどい有様だったけど、なんかものすごく壮大で美しい光景だな……。感動的ですらあるよ。素晴らしい〉
〈神々しくも美しい魔王陛下にそう評されるとは、光栄の極みでございます〉
本気で言っているらしいことはわかるのだが、基本的にレアに忠実な眷属にそのように言われても、なんとなくヨイショされているような気がして落ち着かない。
とりあえず聞かなかったことにして流し、街の様子を観察する。
〈動くものはいないね。街にいた人たちは全滅したのかな?〉
本来であればプレイヤーならすぐにリスポーンしてくるのだろうが、その拠点となっていた場所が丸ごと魔物に制圧されてしまっている状況ではそれもできない。
当初はプレイヤーのリスポン狩りでも出来ればいいなと考えていたが、エアファーレンでもルルドでも、この様子では無理そうだ。
〈そのようですね。この街はこの後どうされますか?〉
〈このまま森に飲ませておけばいいよ。領域をここまで広げて、街道も飲み込んじゃって〉
〈仰せのままに〉
トレの森からざわざわと、トレントたちが街道までを飲み込まんと溢れ出してくる。もともと大回りに街道を敷設し、離れて街を建設していた地域だ。その全てを飲み込んだとすれば、トレの森は一回り以上大きくなることになる。
〈じゃあ、こちらはそれでいいかな。向こうの片をつけてくる〉
〈お気をつけて〉
とはいえエアファーレンもそれほどすることは残っていない。
完全に更地にしたら、歩兵に掃討戦を任せ、航空兵と砲兵でラコリーヌにピクニックだ。
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