第66話「蹂躙」





 侵攻にまず気がついたのは、忙しなく出入りしていたプレイヤーらしき傭兵だった。そして彼が何かを叫ぶと、次々と城門から傭兵が出てきた。

 流石に遠すぎて彼らが何を言っているのか聞こえないため、レアは少し高度をさげ、『光魔法』の『迷彩』を発動し、見つからないようにして近づいた。

 『迷彩』は対象の姿を光学的に見えなくする魔法だ。小刻みに頭を振ったりして見れば違和感があるのがわかるのだが、そこに何かあると知っていなければそんな妙な行動は普通はしない。


「──アリだ! やっぱりこの街のイベントモンスターはあの大森林のアリみたいだぜ!」


「アンデッドがメインって聞いてたけど、さすがに地域の土着モンスターは無視できないってことか! 虫だけに」


「……。だけど、森にゃアンデッドのボスモンスターがいたって話してたやつも居るし、アンデッドも出てくるかもしれないぞ!」


「薄暗い森の中ならともかく、こんだけ明るいところなら、アンデッドのボスって言っても弱体化されんだろ! こっちもプレイヤーがこれだけいるし、NPCの傭兵だって街が襲われるとなりゃ協力するだろうし、森に押し返すくらいはできるって!」


 一部、面白いプレイヤーもいるようだ。

 ともかく、みんな実に楽しそうで何よりである。


「くそっ! なんだってこの街にモンスターが……! 今までこんなことなかったってのに!」


「おおかたあの新参者どもが森にちょっかいかけすぎて怒らせたんだろうよ! クソが!」


 後半の怒号はNPCだろうか。新参者というのがプレイヤーであることは明らかだが、この侵攻は別に彼らのせいではない。

 しかしレアもまたプレイヤーのひとりであるため、プレイヤーのせいという認識は正しいし、もとは運営がプレイヤーのために用意したイベントだということも考えれば、やはり全てプレイヤーのせいというのも間違っていない。


「──ややこしいな。まぁプレイヤーのせいってことでいいかもう。プレイヤーって最低だな。

 じゃあ、その罪深きプレイヤー諸君には責任とって死んでもらおうか。まずは砲撃からかな。攻城用に温存もしておきたいけど、それは防衛戦力が居なくなってからリキャストを待って撃てばいいか。よし榴散弾装填!」


〈榴散弾装填〉


 女王の間で司令部を立てているスガルが復唱してくれる。この復唱をもって、砲兵アリたちに連絡が飛んでいるはずだ。レアの眼下でも、砲兵アリと思われる者たちが立ち止まり、身体を反らせ腹の先を前方に向けた。


「なんだあれ……。いつものアリと形が違うぞ」


「アリってあんなポーズ取れるのか? あれじゃまるでサソリじゃねーか」


「いや、っていうかあれ、まずくないか? なんか撃ってくるんじゃないか?」


「バカ言うなよ、アリだぞ。それが──」





「撃て」


〈撃て〉


 その瞬間、すべての砲兵アリの砲身から炸裂音が鳴り響き、城門前の傭兵たちに向かって砲弾が発射された。

 砲弾は城門手前で炸裂し、細かな散弾が傭兵たちに降り注ぐ。


「あぎっ」


「ぐえっ」


 ぽかんとそれを眺めていた傭兵たちが、何かを言う間もなく挽き肉にされ、しばらくすると消えていく。いくつか消えない死体が残っているが、あれはNPCだろう。榴散弾では狙ってプレイヤーだけを殺すような器用な真似は出来ないため、まとめて吹き飛ばすしかなかった。

 散弾1発1発は大したダメージにもならないだろうが、傭兵の数に対して砲兵の数は非常に多い。わずかなダメージしか与えられないのなら、そのダメージでも削り切れる数をぶつけるだけだ。

 全くノーダメージになってしまうほどの防御力を持った者がいればまた別の攻撃をさせたところだが、外に出てきた者達にはそういう者は居なかった。


「彼らが街を守るのが目的だというなら、わたしは街を壊すのが目的だからね。彼らに特に何の恨みもないけど、まあ何の恨みもない敵を倒して経験値にするのはどのゲームでも一緒だし」


 レアは形だけ黙祷を捧げると、すぐに次弾装填の指示を出した。城門前にいた傭兵たちは一掃したが、次が出てきたらまた撃ってもらわなければならない。本来なら敵が混乱しているうちに歩兵アリなどを突入させ、市街地戦に入ったほうが相手の損害は大きく出来そうだが、せっかくだし散弾だけでなく榴弾も使ってみたい。榴弾が攻城戦にどのくらいの威力を発揮するのか見てみたかった。


 プレイヤーたちがどう思っているのかは不明だが、NPCの衛兵たちは今の攻撃を見てまともに戦う気は失せたらしく、城門を閉じて防御を固め始めた。


「いいね。完全に閉じたら、門を攻撃してみよう。それから、城壁が砕けるかどうかも見てみたいから、城壁にも榴弾を放ってみてくれないか」


〈了解しました〉


 やがて門が完全に閉じられ、エアファーレンの街は亀のように守りを固めた。


〈撃て〉


 そこへ砲兵アリの砲撃が襲う。先程の榴散弾とは違い、今回の榴弾は着弾するまで炸裂しない。粘着榴弾のような挙動をするよう調整されて作り出されており、標的に着弾すると先端側が潰れ、一瞬密着状態になる。その直後に内部のマジカル物質が起爆し、標的へダメージを与えるのだ。


 城壁が砕けない場合は裏側剥離を狙えないかと考えて開発させた砲弾だったが、どうやらその砲弾の先端部分より城壁のほうが脆かったらしい。砲弾の先端が潰れること無く城壁にめり込み、そのまま炸裂して穴を開けていた。城門に至っては木製のため、ただ一発の砲弾でもって爆発炎上し、もはや門としての機能を果たしていなかった。


「あーあ。まあ、そりゃそうか。見たところただの石壁だし、スキルで作り出された砲弾の方が硬いってことかな」


 粘着榴弾の概念を理解させるために砲兵たちのINTを上げてしまったのもよくなかったのかもしれない。工兵アリのギ酸の強化の件を考えると、INTの数値が砲弾の威力に直結しているだろう事は想像に難くない。


 これならば投石機でも十分だったかもしれない。この様子では、ソルジャーベスパにアーティラリーアントを抱えさせて市街地を爆撃させることが出来るなら、あっという間に焼け野原を作り出せるだろう。


「まあそれは次回だ。ともかく、城壁が攻略できたなら突撃兵と歩兵を突入させよう。突撃兵を前に出して火炎放射で焼き払いながら突入し、取りこぼしを歩兵に始末させるんだ」


〈了解〉


 スガルの号令一下、砲兵アリたちの脇に控えていたアサルトアントとインファントリーアントが隊列をなし、瓦礫を乗り越えて街になだれ込んだ。街の衛兵たちのいくらかは城壁や城門とともに吹き飛んでいたが、生きている何名かと、プレイヤーと思われる傭兵たちが行く手を阻まんと立ちふさがる。


「魔物といえど、味方が突入したところへ砲撃をするなんてことはしないはずだ! 接近戦で片付けるぞ!」


「アリの相手なら慣れてる! ここを凌いだら、魔法使いは砲撃してきたアリを焼き払うんだ!」


 大森林では主にアリに接待をさせていたため、多くの傭兵がアリたちを倒している。

 しかしアサルトアントは大森林内部では運用できないため接待をさせたことがない。おそらく彼らにとっては初見のアリだろう。この機会にぜひ特等席で見学して逝ってもらいたい。

 傭兵たちが迫ってくるが、アサルトアントは落ち着いて腹を前方に突き出し、火炎放射をお見舞いした。


「ぎゃあああああああ!」


「な、なんっ! あがあああああ!」


 撒かれた炎は相手が着ている装備が金属だろうが革だろうが関係なく等しく焼き殺した。アサルトアントは器用に腹を振り、放射範囲を扇状に滑らせていき、より多くの範囲を炎で舐めていく。放射されたマジカル可燃性ゲルはしばらくその場で燃え続け、直撃していない傭兵たちにも高温によるダメージを与えている。


 魔法使いと思われる傭兵が水系や氷系の魔法で鎮火を試みるが、魔法使いの数よりアリの数のほうが多い。まさに焼け石に水の状態だ。


「ふふっ。まぁこれはこれで面白いんだけど、火炎放射だけじゃあんまり突撃兵って感じしないな。アサルトライフルとか欲しいところだけど……。アリじゃあね。銃を構えながら突撃できるわけでもないし」


 冷静に考えたらそれだとゲームが違ってしまう。一兵卒と言えば、基本的に至近距離で刃物で殴り合うのがこの世界だ。

 部隊の運用としては、本来なら歩兵を前面に出して、スナイパーに援護させるべきだったのかもしれない。しかしそれではアサルトアントの火炎放射が試せない。


「結果的にこれで良かったと思っておくか。戦果は十分だし」


 後方の魔法使いは鎮火を諦め、炎ではなく直接アリの方を攻撃する戦法にシフトしている。

 遠距離攻撃しかしない敵だけが残っているのなら、炎の壁を挟んで睨み合っていてもいいことはない。アサルトアントとインファントリーアントを一旦下げ、元は城壁だった瓦礫の影からアーティラリーアントに砲撃させる。

 瓦礫を挟んでの曲射になるが、上空のベスパが観測手の代わりを果たし、効率よく榴散弾で魔法使いを挽き肉に変えていく。スガルという頭脳がいればこその連携である。

 建物の影に隠れた敵は火炎放射で蒸し焼きか、榴弾で建造物もろとも瓦礫に変えられるかのどちらかだ。アリたちも慣れてきたのか効率よく連携しながら戦線を押し上げていく。


 街の外周部はもはや完全に機能していない。衛兵は全滅し、傭兵もプレイヤーを残して死体に変わり、まさか城壁が破られるなど微塵も考えていなかった住民たちが逃げ惑っている。戦闘力を持っているキャラクターは経験値のためにすべて殺すよう指示しているが、一般市民はどうでもいいので無視だ。目的は街の壊滅であって住民を殺すことではない。弱い一般市民では経験値にならないからだ。彼らはただ結果的に死ぬだけである。


 アリたちの侵攻が街の中央部付近に差し掛かる頃、領主の抱える騎士団が現れた。どう考えても遅すぎる登場だ。たとえこの瞬間にレアたちが兵を退いたとしても、もはやこの街は復興できまい。


「ああ、中央部には領主館があるからか。騎士団が現れたというより、領主館を守っていた騎士団のところまで我々が到達したってほうが近いなこれは」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る