第65話「崩壊の序曲」





 今回のイベントは前回のような特殊な状況と違い、日常の延長にある事件とでも言うべきものだ。そのような趣旨の説明は運営からもされている。

 ゆえに時間になったからと言って、明確に開始の合図があるわけではない。


 NPCたちは何も知らないのだろう。街ゆく人々はいかにも日常を楽しんでいるという風に見える。

 一方、慌ただしく街を出たり入ったりしている傭兵もいて、街の人々に奇異の視線を向けられている。あれらはプレイヤーだろう。


 レアは今、上空からエアファーレンの街を俯瞰ふかんしていた。

 オミナス君や剣崎などの視点ではなく、自分自身で、である。もちろん、鎧坂さんの中からではあるが。





 なんとかそれなりの経験値を貯めたレアは、眷属たちにも賢者の石を与えて転生をさせていた。


 その結果、鎧坂さんはディバインフォートレスという種族になった。リビングメイル、ディバインメイル、ディバインフォートレスの順番のようだ。つまり生きた鎧、神の鎧、神の要塞である。意味がわからなかった。

 全体のシルエットが細身の女性型というのは変わっていないのだが、そのサイズは大きく変わっている。その身長、いや、全高は約3メートル。レアの倍近くある。ではどうやって着ているのかといえば、厳密に言えば着ているわけではなかった。

 鎧坂さんの胴体、その背中側は扉のように開くようになっており、そこから内部に入ることが出来る。そこに入ると、まるで異空間かのごとく3畳ほどの空間が存在している。その異空間に立ち、レアが身体を動かせば、そのとおりに鎧坂さんが動くという仕組みだ。

 異空間内は、搭乗した入口側となる一面を除き、すべての面が外部の様子を映し出しており、背後以外に死角はない。背後を確認するには鎧坂さんを振り返らせる必要があるが、それは普通の鎧でも同じだ。むしろ視野が狭くなるバイザーもないし、そもそも普通の人間より見える範囲は広いため、生身の状態より見えやすいとも言える。鎧坂さんに限って言えば『視覚強化』や『聴覚強化』を取得しているため、それがそのままこの空間に再現されており、通常では考えられないくらい外部のことがよくわかる。


 そしてその戦闘能力は、まさに要塞というにふさわしいものだった。アダマンシリーズと鎧坂さんとで模擬戦をさせてみたが、彼らのあらゆる攻撃が鎧坂さんには通用しなかった。最終的にはアダマンリーダーが剣を捨て、直接殴りかかっていったのだが──それが彼にとって最も威力の高い攻撃なのだ──それでも傷一つ付かず、逆にアダマンリーダーの拳が砕けてしまったほどだ。


 魔法に関しても同様で、アダマンメイジがどの属性の魔法を放っても、なんのダメージも受けていなかった。アダマンメイジにトレントの杖を持たせても、それは変わらなかった。世界樹の杖を持たせた際に、『雷魔法』のみダメージが入ったようだったが、その傷もすぐに自然回復で消えてしまった。


 そして鎧坂さんの攻撃は、ただ素手の一振りでアダマンナイト数体をまとめて薙ぎ倒した。剣崎一郎を握っていたら、すべて真っ二つにされていただろう。


 その剣崎も、一郎から五郎までの5本はすべて、鎧坂さんに合わせて巨大化させた。剣崎の転生の際の選択肢で、長剣タイプか大剣タイプか問われたため、大剣タイプを選んだのだ。

 現実で考えたらとても人間が持ち上げることなどできないようなサイズの大剣だが、STRを上げれば問題なく振り回すことができる。そんな大剣サイズでも、現在の鎧坂さんからすれば普通の片手剣と変わらない。

 その剣崎たちの今の種族はディバインアームだ。神の兵装になっている。先に鎧坂さんを見ていたため、驚くことはなかった。


 剣崎たちは以前と同様5本装備していたが、その位置は変えてある、背中側はレアの搭乗の度に開閉するため、背中の3本は外し、右側の腰の1本も外して、両肩に2本ずつ据え付けた。そのために鎧坂さんの肩当てを大きく作り直し、剣が2本ずつ差せるよう専用のデザインに変えてある。


 そんなフル装備のレアが上空にいるのは、レアのスキル『飛翔』の効果だ。

 もはや鎧坂さんを装備しているというより、コクピットで立っているという方が近いのだが、判定としてはこれでも装備中ということになるらしく、レアのスキルが普通に外部に作用するようだった。魔法も思った位置に放てるし、この鎧坂さんの視界を利用した『座標指定』も可能だ。

 『空中遊泳』や『高速飛翔』を取得したレアが中にいれば、鎧坂さんも自由自在に空を飛ぶことができる。ただし飛ぶためのスキルはレアの物なので、鎧坂さんに制御させた状態では空を飛ぶことは出来ない。空中戦を行う際はレアがコクピットから鎧坂さんを操作してやらなければならない。





 ここから『座標指定』で街中に大魔法をいくつも撃ち込めば、それだけでこの地域の侵攻戦は勝利に終わる。別にそれでもよかったが、レアの考える「レアの力」とは単騎戦力のことだけではない。想定以上の損害を被るくらいならレアが吹き飛ばすのもやむを得ないが、その様子もなさそうなら「魔王」らしく配下に命じて都市を攻略させるつもりだった。


 ようやくの攻城戦である。相手は厳密には城ではないが、それに近い城壁を備えている。森の中では使いづらい砲兵アリの面攻撃を試すにはうってつけだ。

 それに森から出ての初の侵攻戦だ。アサルトアントの火炎放射も、実際の威力がどれほどなのか、初めて実感することができるだろう。

 彼女らには今日は思う存分、その腕を振るってもらいたい。


 目を閉じ、遠くトレの森の上空にいるオミナス君の視界を借りれば、そちらもトレントたちの群れが森を出ていくところだった。

 イベントの通知が来てから今日までの一週間、余った経験値をかなりつぎ込んでトレントたちを増やしていた。トレントたちの持つ『株分け』は、簡単に言えば自分の経験値を消費することで自分のクローンを産み出すスキルだった。眷属であるトレントたちは経験値を持っていないが、代わりにレアが経験値をつぎ込んだだけ、彼らを増やすことが可能だ。


 ざわざわと列をなしてトレントたちが森から出ていくさまは、さながら森が自ら広がっていくかのようだ。ルルドの街の住人たちにそんな森の様子に気づいた者はまだいないように見える。プレイヤーが少ないのか、エアファーレンのようにそわそわしている傭兵も見当たらない。

 あちらは街から森まで距離があるため、奇襲というほどの奇襲にはならないだろうが、あの数のトレントにあの程度の城壁で長く耐えられるとも思えない。あちらは世界樹に任せきりで問題ないだろう。


 レアは目を開け、再び眼下の街を眺めた。すぐそこにあるリーベ大森林からは、ぞわぞわとアリたちが這い出してきている。大森林の中央部付近からもソルジャーベスパの編隊が一糸乱れぬフォーメーションで飛び立ち、街へ向かっている。彼女らは遠距離攻撃手段を持っていないため、あくまで制空権争いになった場合の保険に過ぎなかったのだが、相手側に航空戦力がないようならただの観客になってしまうかもしれない。


「あ、そうだ。『眷属強化』や『配下強化』でSTRもだいぶ上がってるだろうし、あの子たち砲兵アリを持って飛べないかな。もしそれが出来れば爆撃機に近い運用ができるし、スナイパーアントを抱えて飛べば高高度狙撃とかできるかも」


 夢は広がるばかりである。


「でも今回はもう遅いからいいか。ラコリーヌの街に行くときは試してみよう。よく考えたら制圧して設備なんかを使い回すとか、捕虜をとるとかの必要がないんだから、航空爆撃だけでも別に問題ないんだよね」


 全て壊して、全て殺してしまえばいい。向こうも魔物を見つければ例外なくそうしてくるのだし、お互い様だろう。それに商業都市ともなれば大量の騎士を『使役』した貴族なりが居るだろうし、そういう、経験値を大量に稼いで成長していそうなNPCが、上空からの爆撃や狙撃にどう対応するかも観察してみたい。

 さすがにここまでくれば、現在のレアに対抗できるキャラクターはプレイヤー・NPC問わずそうそういるとは思っていない。しかしレアが引っ張り出される程度の存在ならば居るかも知れない。


「さて、プレイヤーと思われる皆さんが次々と街の外に出始めたな。いよいよ開戦だ。楽しみだね」




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