第59話「選択肢」





「──だいぶ作ったね。これだけあれば適当なことに使っても惜しくないってくらいには出来たかな」


 賢者の石の作製はレアが行なってもレミーが行なっても変わりはなかった。しかし経験値をあまり与えていない工兵アリのギ酸や、通常のトレントの灰などを使用した場合は変化があった。

 『アタノール』で熱した時点での輝きがなかったのだ。マーブル模様にうっすら光ってはいたが、それはこれまでやってきた通常の反応と同様だ。おそらく「大成功」ではないということなのだろう。

 完成品も並べてみればその違いは明らかだった。世界樹の灰などを使用したものの方が鮮やかな赤色をしているうえに、ほのかに輝いて見える。


「手に持ってみれば親切マニュアルのおかげで一発でわかるんだけど、くすんだ色の方はステージを1段階のみ上げるみたいな効果になってるね。つまり世界樹の灰とか使った方は倍の効果ってことかな」


 ギ酸のみランクを下げたものや、灰のみランクを下げたものも作製したが、どちらもくすんだ方が出来上がった。両方とも高ランクの物を使用して初めて輝く賢者の石ができるということなのだろう。


「まずはステージ1だけ上げる方を実験してみよう。最終的にわたしに使用してみることを考えると、できればわたしに近いもの、素材とかアイテムとかでなくて、キャラクターがいいのだけど。立候補者は……」


〈そういうことならば、儂が実験台になりましょう。儂らはアンデッド。すでに死んでいるため、歳を重ねることで成長することはありませぬ。成長の機会が得られるならば、それは大きな戦力の向上に繋がりましょう〉


「ううん……。できれば幹部級の子たちには、輝く方を使いたいところだけど……。マニュアル見る限りじゃ、2回使えば同じことかな……。でも使用制限とかあったら困るしな……」


〈それでしたら、私の配下のスケルトンナイトではどうでしょうか? アンデッドが実験台に相応しいのはディアス殿がおっしゃった通りですし、スケルトンナイトならば1体1体すべてにそのアイテムを使用するなどということはないでしょう。一度しか使えないアイテムだったとしても問題ないのでは〉


「……そうだね、成功したならボス級として運用すればいいわけだしそれで行ってみよう。1人連れてきてくれるかな」


〈御意。『召喚:スケルトンナイト』〉


 女王の間にスケルトンナイトが一体召喚された。

 ジークがスケルトンナイトに状況を説明し、スケルトンナイトが頷く。まるで普通の会社の上司と部下のようだ。


「よし、ではきみ、これを持ってくれ。持ったなら、使い方がわかるはずだ。君のタイミングでいいから、自分自身に対して使用してくれないか」


 迷う様子もなく、すぐにスケルトンナイトはその水晶の卵を掲げた。

 すると水晶が光になって砕け散り、中の赤い液体が赤い粉のようになってスケルトンナイトに降り注ぐ。重力によって降り注いでいるというより、スケルトンナイトに引き寄せられるように動いているように見える。スケルトンナイトに触れた赤い粉は、そのまま粉雪が溶けるように骨の身体に染み込んでいく。

 すべての粉がスケルトンナイトに溶け込むと、やがてスケルトンナイトが輝き始めた。世界樹のときに見たあの光だ。


「転生が始まるようだね。やはりキャラクターのステージを上げるというのは、より格上の存在に転生するという意味で間違ってないようだ」


 程なく光が収まると、それまで着ていたボロボロの鎧ではなく、正規の騎士が着ているような立派な鎧を身に着けたスケルトンが立っていた。骨の身体自体も全体的に骨太になり、上背も高くなっている。


〈スケルトンリーダー……に転生したようです。彼は一兵卒だったので、隊長クラスに昇格したと考えればよろしいかと〉


「なるほど。1ランク上がったということで良さそうだね」


 現在、スケルトンリーダーが少ないようなら、この賢者の石を使用して何名か増やしてもいいかもしれない。あるいはスケルトンメイジに使用し、魔法系の上位種族に転生させて、レアたちの勢力全体の魔法能力の向上を図ってみるなど、有用性は計り知れない。

 ただあまり転生させすぎると、当初予定していた「程良く弱いエネミー役」が居なくなってしまうので注意が必要だが。


「素材とかアイテムに使うのはいつでもできるから後でいいか。じゃ、次は連続使用ができるかどうかだね」


 レアはもう一つ同じものを差し出した。受け取ったスケルトンリーダーはしばらくそれを見つめていたが、やがてレアに返し、首を振った。


〈どうやら1日は再使用ができないようです〉


「クールタイムは1日か。使用制限は無いようで良かった。これなら材料のある限りは転生を繰り返せるってことになるのかな? そんな馬鹿な話はないと思うけど……」


 無限に繰り返し強化に繋げられる作業など、運営が最も嫌うバグだ。

 最優先でデバッグされるだろうし、その手の挙動はシステムAIのバグフィックス機能などに常時監視されているはずである。

 とりあえずクールタイムが終わったら、また彼に協力してもらい、スケルトンジェネラルなどに転生できるのか試してもらいたい。


「さて、次はこの輝く賢者の石を使ってみようか。ディアス、試してみるかい?」


〈よろしければ、ぜひ〉


 ディアスはレアが差し出した輝く水晶の卵を恭しく受け取った。

 そんなつもりは無かったのだが、何か大壮なアイテムを配下に下賜したような空気になってしまった。


 卵を受け取ると、ディアスはそれを両手で頭上に掲げた。その仕草も実に堂に入っており、まるで聖騎士が何かの神聖な儀式でも行なっているかのようだ。骸骨だけど。

 輝く賢者の石も同じように水晶が光になって散った。先ほどと同じように中の液体は赤く輝く粉となり、ディアスに向かってゆっくりと吸い込まれていった。


《眷属が転生条件を満たしました》

《「デスナイト」への転生を許可しますか?》

《あなたの経験値100を消費し「デスロード」への転生を許可しますか?》


「──なるほど。2段階ステージを上げられるっていうのは、どっちか選択できるってことか」


 ディアスは直接の眷属のため、レアに許可を求めるメッセージが来たのだろう。テラーナイトからデスナイト、デスナイトからデスロードへの転生が可能だということだ。


「これ、わたしのハイ・エルフとかと違って、種族ってよりはなんか職業みたいだけど、そういう生態の魔物ってことで納得するしかないのかな」


 とりあえず、せっかくいい方の賢者の石を使用したのだし、経験値を支払い「デスロード」への転生を許可しておく。


 ディアスが光に包まれ、その姿が変わっていく。禍々しいオーラを漂わせていた鎧は少し大人しくなり、しかし鎧自体の重厚感や装飾は豪華になったようだ。骨の身体だった本体にも皮がついたというか、骸骨というよりミイラのようになっていく。しかし眼球は無く、眼窩の奥には赤い光が揺らめき、点滅している。これは目を瞬いている状態とかだろうか。


〈おお……なんという……。これは、生前以上の力のみなぎりを感じますぞ……〉


「かなりかっこよくなったね。子供が見たら一発で泣きそうだけど。スキルも……取得可能なものが増えている。この『瘴気』はジークも持ってるやつかな。広範囲バフ・デバフ系のスキルツリーだ。味方アンデッドにバフ、敵対勢力にデバフって感じの。どうやって敵性を区別するのかな?」


 おおむね、実験としては成功と言っていいだろう。この調子で幹部級のキャラクターは全て上位に転生させてしまいたい。


「でも転生に経験値を必要とするケースもけっこうあるし、一度にみんな、ってわけにはいかないかも」


 さらに、今のように新たにスキルの取得が可能になったということは、もしかしたら取得不能になるスキルも存在するかもしれない。

 レアもハイ・エルフになったことで新たに『光魔法』などの取得可能スキルが増えているため、可能なら初見のスキルは全て取ってから次の転生を行ないたい。基本的には上位互換の種族になるようなので、後からでは取れないという事はよほど無いと思うが、警戒するに越した事はない。何しろ転生については情報がまだほとんどないのだ。


「しばらくは経験値稼ぎに徹しようか。急ぐようなことでもないしね」


〈いえ、姫だけは先に転生を済まされた方がよろしいでしょう。ハイ・エルフのときのように、配下に対してプラスの効果を及ぼす特性などの発現がありうる以上、姫の強化だけで全体の戦力の大きな向上になります〉


「ああそうか……。それもそうだ。じゃあ、まずはスキルを取得しておいて……」


 レアはハイ・エルフへの転生時に新たに増えた『光魔法』を開放し、『支配者』のスキルツリーに経験値を振った。


 『支配者』は配下全体に対して効果のあるスキルばかりのツリーで、『配下強化』というスキル群や1日に一度だけ、配下の誰かと自分の場所を瞬時に交換する『キャスリング』などがある。

 『キャスリング』は明らかに配下がいることを前提としたデザインだ。ハイ・エルフが生まれながらに『使役』を持っているのではと判断したのはこれが見えていたからだった。

 『配下強化』は『眷属強化』と同様の効果だが、対象が「自身の支配下にあるすべてのキャラクター」と非常に範囲が広い。眷属の眷属にも適用されるようだ。この書き方ならば、もしかしたら『支配』や『死霊』などで一時的に支配下に置いた者達にも適用されるのかもしれない。


 『光魔法』のツリーは他の魔法と似たような構成だったが、これを取得した時『植物魔法』がアンロックされた。『光魔法』と別の何かが取得条件だったのだろう。有力なのは『地魔法』か『水魔法』あたりだが、どちらにしても今は検証はできない。

 さらにどれがキーになったのかは不明だが、『神聖魔法』というのも増えている。これも取得しておいた。

 他にも取得するたびにアンロックされていくスキルが増えていき、きりがない。しかしここまできたら、全部取得しておきたい。あの時取っておけば、と後悔するくらいなら、これからもっと稼がなければ、と悩むほうがずっと建設的だ。

 それに全てのスキルを取得したところで、世界樹につぎ込んだ5000と比べれば雀の涙である。レアとレミーが賢者の石を量産したことで得られた経験値もある。賢者の石はやはり最上位かそれに近いアイテムのようで、経験値消費量の多いレアが作製しても経験値を得ることが出来た。


「──こんなところかな。これだけ残っていれば転生の時に経験値を要求されても支払えるでしょう」


 レアは輝く賢者の石を持ち、使用を宣言する。声を出せない種族などはどうするのかと思っていたが、先程のディアスたちを見る限り、声を出せないなりに発声に変わる発動キーなどが設定されているのだろう。


「『賢者の石』を発動」


 これまで見たように、水晶が光に溶け、赤い液体がレアに溶けていく。すべての赤い光がレアに吸収されると、システムメッセージが聞こえた。


《「賢者の石グレート」を使用しました》

《転生条件を満たしました。精霊に転生が可能です》

《転生条件を満たしました。経験値3000ポイントを支払うことで精霊王に転生が可能です》

《特殊条件を満たしています。ダーク・エルフに転生が可能です》

《特殊条件を満たしています。魔精に転生が可能です》

《特殊条件を満たしています。経験値3000ポイントを支払うことで魔王に転生が可能です》





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る