第60話「魔王誕生」
「ちょっとまってくれ、情報量が多い……!」
《タスクを保留します》
いつも通り待ってくれたところで、順番に確認していく。
まずはアイテム名だ。あれはどうやら「賢者の石グレート」という名前らしい。賢者の石ではなかったようだ。いや、今それは重要ではない。
最初に提示された「精霊」というのがハイ・エルフの上位種だろう。これがハイ・エルフの1ランク上の種族だと思われる。次に「精霊王」というのがそのさらに1ランク上の存在で、それに至るには追加で経験値が3000必要だという事だ。世界樹並、とまでは言わないが、あれと同じ桁の要求額である。
そして「ダーク・エルフ」だ。ここから「特殊条件を満たした」とあるからには、おそらく特殊ルートの転生かなにかだと思われる。それがレアの持つ多くのスキルの組み合わせによるものか、何か全く別の条件があるのかは不明だが。
その後の「魔精」と「魔王」の関係を見るに、ダーク・エルフがハイ・エルフ相当、魔精が精霊相当で、魔王が精霊王相当ということだろう。光系の属性に偏っているか、闇系の属性に偏っているかの違いだと考えればいいのか。
「どうしたものだろうか……」
単純化してみれば、究極的には二択にすぎない。つまり、精霊王になるか、魔王になるかである。どちらにするにしても、まずは大きな問題がある。
「……経験値が足りないな」
まさか4桁も請求されるとは。
こんなことならスキルの取得を後回しにすべきだったかもしれない。いや、転生によって取得条件を満たさなくなるスキルがあったかもしれない以上、あれは必要な工程だった。さすがに魔王ルートに転生した後、『神聖魔法』を取得できるとは思えない。
このタスクの保留というのはいつまで待ってもらえるのだろうか。
しかし仮に待ってくれなかったとしても、輝く賢者の石──賢者の石グレートを1本無駄にするだけだ。このまま時間切れになり、それで使用した扱いになったとしても、1日待てば再使用が可能なはずだ。
とりあえず、しれっとこのまま待たせておいて、駄目なら諦めよう。
「スガル」
〈はい、ボス〉
「今、この森にいる我々以外の勢力の存在を全て経験値に変えてくれ。なるべく多くの経験値が必要なんだ。最大効率を押さえつつ、最速でやってほしい」
〈かしこまりました〉
「あ、牧場の家畜は繁殖のための分は残しておいてくれ」
〈心得ております〉
今この時も、リーベ大森林には多くの客が入っている。
そのほとんどは、それなりにやり込んでいるプレイヤーたちである。
彼らを生贄に捧げればかなりの経験値が稼げるはずだ。限界まで間引いた牧場を再稼働させられるようになるにはまた時間がかかるだろうが、仕方ない。
同様の指示を世界樹にも送っておく。あちらの森には侵入者は居ないだろうが、支配していないトレントたちはたくさんいるため、さしあたってはそれを片付けてもらうことにする。
システムメッセージから催促などがこないかとじりじりとした気分で経験値の数値を見つめる。
レアの保有経験値を示すカウンターは徐々に徐々に上昇していき、2時間ほど経ったところでようやく3000を突破した。
「よし! では「魔王」に転生する!」
魔王を選んだ理由は大したものではない。
まず第一に、特殊条件とあったこと。つまり正当な転生先ではないということだった。ならばレアの後を追うプレイヤーが居たとしても、通常より条件が多いだろう事が予想されるため、多少なりとも難易度は高いはずだ。つまりレアと同じ種族の存在は絶対数が少なくなることが予想される。人は誰しも大なり小なりオンリーワンになりたい願望を持っている。レアも例外ではない。
そして第二に、ディアスとジークの「虐げられた魔物たちのための国を興す」という言葉だ。魔物たちを統べる王になるならば、やはり魔王しかあるまい。
ハイ・エルフの時同様、レアの身体を光が包む。
ハイ・エルフの時は特になんともなかったのだが、今回はなんだか、頭がムズムズする気がする。それに腰のあたりにもモゾモゾとした感覚がある。
しかしそんな違和感もすぐに消え、やがて光が霧散した。
レアの全身、頭の天辺から足の指の先に至るまで、凄まじい力が満ち溢れているのがわかる。
ハイ・エルフに転生したときも感じたものだが、あれとは比べ物にならない。
そう、全能感だ。
今ならば何でも出来る。何者にも負ける事はない。
そんな得体のしれない感覚がレアの全身を満たしている。
しかし、不快ではない。
〈おお……!〉
〈なんと……〉
「神々しい……!」
レアの姿を目にした眷属たちが口々に感嘆の声を上げた。
「──終わったか。鏡とかないのかな……作ってないし、あるわけないか。どうなった? その反応だと、かなり変わったようだけど」
自分の姿が見えないというのはこういう時は不便だ。こういう時と言っても、そうそうある機会ではないだろうが。
「ええと、まずは耳が短くなりました。ふつうのヒューマンの耳が少し尖ってるくらいの感じです」
「それと、頭に黄金の角が生えてます。頭頂部の両端くらいから後ろに向かって、左右に分かれるように2本。ヤギの角みたいな。質感は金属光沢があるように見えますが」
〈腰の上あたりから翼が生えていますね。純白の美しい翼です。そのおかげでボスがとても神々しく見えます〉
眷属たちに言われた箇所を順に触って確認してみる。
頭部には、たしかに手につるつるした硬い角の感触がある。腰の翼は身体の前に回せるくらいには関節が柔らかく動かせるようで、こちらは目視で確認できた。これまで存在しなかった翼という器官を動かすのには少々苦労したが、慣れれば問題なさそうだ。
そうして目にした翼は確かに白かった。薄暗い洞窟の中なのに、まるで自ら輝いているかの如く一点の曇りもない純白であるのが見て取れた。なぜだろう。魔王ではなかったのだろうか。
改めて自身のステータスを確認してみても、たしかに種族に「魔王」とある。特性も新たにいくつか増えている。
種族特性 :翼
あなたには翼がある。あなたが望むなら重力に縛られることはない。
スキル『飛翔』の取得
種族特性 :角
あなたには角がある。角もないような下等な種族に屈することなどありえない。
角を持たない種族からの『精神魔法』『支配者』『使役』『契約』への抵抗判定大
角を持たない種族への『精神魔法』『支配者』『使役』『契約』の成功判定大
種族特性 :魔眼
あなたの瞳には力がある。何者もあなたの目から逃れることは出来ない。
スキル『魔眼』の開放
しかし逆に消えている特性などはないようだ。超美形もそのままだし、弱視やアルビニズムも──
「──ああ。もしかして翼が白いのはこれのせいか」
本来ならばおそらくカラスのような、不吉な雰囲気の黒い翼だったのだろうが、アルビニズムのせいで白カラスのような翼になってしまったのだろう。髪も肌も変わらずに白いようだが、もしかしたら本来はダーク・エルフを経由する転生のため、それらも黒くなる予定だったのかもしれない。
先天的な特性のせいで結果的に純白の神々しい魔王が誕生してしまったというわけだ。なんだそれは。
「エルフなら目立たないかなと思って軽い気持ちで取得したアルビニズムだったんだけど、結果的にめちゃめちゃ目立つ事に……。まあ、あんまり人前に出るつもりもないからいいけど」
というか、もう迂闊に人前には出られないだろう。魔王なんかが街に現れたら大混乱は必至だ。大規模イベントなどがあった場合はどうすべきか。外に出るなら鎧坂さんを着ていくのは決まっているとしても、角と翼の部分はどうしたらいいのか。鎧坂さんに穴は開けられるのだろうか。
それと、今改めて特性などを確認していて気がついたのだが、先天的な特性である「美形」がそのまま残っていた。無意識に「超美形」に統合されたものだと考えていたのだが、どうやら先天的な特性というやつは転生などで消えることはないらしい。
ということは、『精神魔法』の『魅了』の成功率のプラス補正は「美形」と「超美形」で重複しているのだろうか。あれから『魅了』を使う機会がないためわからないが。
「……まぁいいか。ともかく、転生は無事に終わったことだし」
経験値を見てみると、消費しきった時からさらに少し増えている。
「スガル、もしまだ狩り終わってないのなら、通常のルーチンに戻していいよ。あとで牧場の状況を報告してくれ」
〈かしこまりました〉
世界樹の方はそのまま続けさせておく。あちらには牧場などはまだ作っていないため、敵性トレントを狩り尽くしたところで困ることはない。可能ならどこかから魔物を調達してトレントの管理のもとで牧場を経営したいところだが、まだ先の話だ。
《特定災害生物「魔王」が誕生しました。このメッセージは例外的に、特定のスキルをお持ちのプレイヤーキャラクター、ノンプレイヤーキャラクター全てに発信しております》
「──なんだって?」
いつもと雰囲気の違うシステムメッセージが聞こえた。
システムメッセージは本来プレイヤーにしか聞こえないはずだ。それも、プレイヤー向けの大規模イベント以外では基本的に本人にしか聞こえない。
魔王がどうの、と言っている以上、レアに聞こえているのは本人だからだろう。それ以外の内容からすれば、同時に何らかのスキルを持つすべてのキャラクターにも聞こえていることになる。
魔王転生からやや時間差があったのは、その例外的な処置のせいだろうか。
一体何のスキルの保持者に聞こえているのだろう。
そして特定災害生物とは一体なんなのか。外来種か何かか。
考えてもわかるはずがない。かといってうかつに問い合わせメールも送れない。
仮にこれが仕様の中で普通にありうる事だった場合、もし送った質問が公式サイトで公開されれば「特定災害生物として運営にアナウンスされるような存在になったプレイヤーがいる」という余計な情報を拡散する事になりかねない。
とりあえず、今は何か新たな情報を得られるまで放っておくしかないだろう。
「……まだ確認したいこともたくさんあるし、新たにアンロックされたスキルも取得したい。それに君たちの転生も済ませたいし、しばらくは経験値稼ぎに従事しないとだね。新しい領地を増やしに行くのが話が早いんだけど……」
リーベ大森林は安定した収入という意味では非常に優秀だが、安定しているがゆえに爆発的に儲ける事には向いていない。
どこかのエリアに攻め込んでいき、先住民を滅ぼして土地を奪ってしまうのが手っ取り早い。
地図によれば、リーベ大森林よりだいぶ南方に火山帯があるようで、そこも魔物の領域とされているようだ。
「こっちのほうは暑そうだし、氷狼たちは向かないよね。誰を行かせるべきかな」
〈俺たちも進化すれば、暑い環境でも平気で活動できるようになるかもしれませんぜ?〉
「白魔か。そうだね、となるとやはり遠征はみんなの転生が終わってからにするべきか」
しばらくはリーベ大森林と世界樹のいる魔の森での経験値稼ぎを安定して行なうしかないようだ。
レアの仕事としては、魔の森での定期収入の算段をつけつつ、『錬金』などで高ランクのアイテムを作成して経験値を稼いでおくというのがいいだろう。
「仕方がない。今はのんびりと勢力の強化に努めようか。わたしも魔王になったことだし、配下の軍勢も人類国家と敵対するにふさわしい勢力に育てていかないとね」
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