第58話「賢者の石」





 世界樹から貰った枝は街なかの街路樹ほどのサイズがあった。

 巨大な世界樹にとってはこの程度は指先の爪を切ったくらいの感覚なのかもしれないが、これだけあれば色々なことができる。

 これを加工し、木炭や灰を作って実験に使う。

 残った部分で杖でも作成し、魔法発動に寄与する武器が作れないかも試してみたい。


「杖の作成は木工でいいのかな? あ、そういえば弓とかも作れるなこれ。リーベ大森林内にいる鹿型とかの魔物の腱とかり合わせて弦にして……にかわってあったかな?」


「膠はその腱などから出来ますよ。あと皮をなめしたときの廃棄物からも作れます」


「あ、レミー久しぶり。世界樹を配下に収めたから、何か作れそうなものがあったら作ってみてくれないか」


「はい。そうお聞きしたので参上しました」


 女王の間に戻ったレアが独り言をつぶやいていると、レミーがやってきて会話を拾ってくれた。レミーは現在エアファーレンの街で道具屋のようなものを営んでいるが、今日は賢者の石を造るということで手伝いに呼んだのだ。


「うちには木工武器が少ないなと思ってね。世界樹とは言わなくても、木工に適した木材自体はたくさんあると思うのだけど、どうして作ってなかったんだったかな」


「必要がなかったからでは? あえて木材で作る武器といえば、おっしゃるように杖や弓、あと槍などの長物の柄くらいです。どれもアリには必要ありませんので」


「ああ、そういえばそうだね」


 アリの主兵装はその顎と腹の先にある毒針である。そもそも武装が必要ない。アダマンシリーズにしても、一応低ランクの武器を装備させてはいるのだが、自身が直接殴ったほうが攻撃力が高い。木製の武器の出番はなかった。


「まあでもこれからスケルトン部隊も増えることだし、弓なんかがあってもいいかもしれないね。世界樹製のものは作るとしてもレミーやライリーたち用になるかな。普通の木材か、トレントの残骸から作った杖なんかはアダマンメイジたちに装備させてみてもいい」


 世界樹のあの様子なら今回もらった枝程度ならいくらでも用意できそうではあるが、表に出すのは避けたい。実際に制作して性能試験などをしてみなければわからないが、あまりに強力すぎる武器が流出してしまえば自分たちの首を絞めることになる。


「じゃあ、とりあえずは木炭かな。ちゃんとしたもの作ろうと思ったら一週間はかかるんだっけ? それはそれでやっておいてもらうとして」


「はい。お預かりします」


 木炭用に切り分けた世界樹の木材をレミーに渡す。切り分けたのは壁にかけてあった剣崎だ。ほぼ常に一緒にいるためか、最近ではこうした場合レアの意志を汲んで自動的に行動してくれる。


「残った分をすこしだけ、灰にしてみよう」


 しかしこの場で行うのは気をつける必要がある。レアやレミーが習得している攻撃用の『火魔法』は火力が高すぎ、どれだけ手加減して調整しようとしても女王の間内部くらいならまるごと焼き尽くすほどの威力がある。『フレアアロー』などの単体用の魔法でも、直撃させれば勢いで砕け散ってしまうだろう。


「あ、いいこと考えた。『哲学者の卵』」


 レアはスキルで水晶の卵を出現させた。そして手に持っていた木片を近づけ、卵の中に飲ませる。


「よし『加熱』」


 そして水晶ごと『火魔法』の『加熱』で温めた。温める、と言ってもレアの高INTから繰り出される魔法だ。内部温度はすぐに数百度を超える。

 レアの見ている前でやがて木片は自然発火し、燃え上がった。そこで『加熱』をやめ、あとは見ているだけにする。

 水晶は密閉されているためか煙などは出てこない。しかしどこからともなく酸素などは供給されているようで、火が消える様子はない。実にマジカルな容器である。あるいは魔法で加熱しているため、燃焼に酸素を必要としていないのかも知れない。だとしたら酸化反応とは言えず、つまり燃焼とも言わないのだが、いったい何なのか。


 しばらくすると火が消え、後には灰になった世界樹が残されている。


「ううん、これで木炭作れないかなとも思ったけど、普通に燃えちゃったな。マジカルなのも考えものだね」


「『アタノール』などを使用すれば、あるいは可能かもしれません」


「ああ、そうだね。また実験して報告してくれ」


「はい、ボス」


 完全に火が消えてしまうと、水晶は勝手に割れ、消えていく。


「やっぱり割れちゃうのか。すごい無駄にMP使った感あるけど、まぁ仕方ないか……」


 床に落ちた灰を拾い上げ、しげしげと眺めた。

 水晶の中にあった時はよくわからなかったが、こうして見てみるとわずかにきらきらしているように見える。この部屋の薄暗さを考えれば、この灰自体が発光しているのかもしれない。


「さすがは世界樹の灰といったところかな。さて、レシピは……」


 『大いなる業』のレシピをざっと確認してみる。やはりこれは「世界樹の灰」で間違いないようで、かなりいろいろなレシピの素材として扱われているらしい。これによっていくつか新たに製作可能になったアイテムがあった。


 そして当初の目論見通り、暫定賢者の石もそのひとつだ。やはり最後のピースはマジカルな木材の灰でよかったようだ。

 ただし、表示されているのは「世界樹の灰」ではなく「トレントの灰」だった。トレントを灰にした覚えはないので、世界樹の灰でもトレントの灰として認識されたということだろう。他にアンロックされたアイテムの素材には「世界樹の灰」と書いてあるものもあるため、これが世界樹の灰であることは間違いないはずだ。

 ということは、上位の素材を目にした場合は下位素材の分もアンロックされるということなのかもしれない。

 そういうことなら、使うのは上位素材でも構うまい。むしろなるべくいい素材を使ったほうが面白い結果が得られそうである。


「後でトレントの灰でも試してみよう。さて、じゃあ早速作ってみようか」


 輜重兵アリを呼び、彼女のインベントリに収められている必要素材を準備する。


 水銀。

 硫黄。

 鉄。

 リーベ大森林の牧場で最強と思われる熊型魔物の心臓。

 経験値をじゃぶじゃぶつぎ込んだ工兵アリのギ酸。

 そして世界樹の灰。


 これらを『哲学者の卵』に入れ、『アタノール』で加熱する。

 いつものようにマーブル模様が現れた──のはいいのだが、今回はこの時点ですでに虹色に光っていた。普段なら、『大いなる業』を発動したときに輝いていたはずだ。もう何千回も行なってきた作業のため、それは間違いない。


「大成功フラグとかそういうものかな? 大昔にあった錬金術師のゲームではそのような演出があったりなかったりしたようだけど。まあ光ってる分にはいいよね。よし『大いなる業』発動だ」


 レアのスキル発動と同時に、水晶がひときわ大きく輝く。水晶の中というよりも、水晶の卵そのものが輝きを放っているかのように見える。目を開いて見ていられないほどだ。


 やがてその光も収まったようで、目を開けてみると『哲学者の卵』が無くなっていた。

 代わりに、通常の鶏卵ほどのサイズの水晶の卵が宙に浮いている。


「水晶が小さくなったのかな? これは……容器になったのか。中のこの赤い液体が賢者の石ということかな」


 手に持った瞬間、なんとなく使用方法がわかった。マニュアル付のようだ。


「──なるほど、魔法やスキルと同じで、発動キーを言葉にすれば自動的に水晶が割れ、中の液体が対象に吸収されるのか。効果は……よくわからないけど、ステージを2段階まで上げる? ようなイメージかな。悪い効果とかはなさそうだけど、これは……」


 説明がアバウトすぎる。賢者の石としてイメージされている効果としてはぴったりなのかもしれないが、自分にいきなり使うのは少々ためらわれる。


「実験台がほしいところだけど。その前に、まずは量産できるかどうかを試してみなければね」


「僭越ながら、私が実行しても同様のものが出来上がるのかどうかも検証してみるべきかと」


「ああそうだね、能力値や他のスキルなどの影響もあるかもしれないし。それも含めてたくさん作ってみよう。なに、材料が足りなくなったらまた取りに行けば良い。牧場とか向こうの森とかに」


 この後2人でめちゃくちゃ賢者の石を量産した。








★ ★ ★


クリスマス・イブでしかも週末の夜。

皆様いかがお過ごしでしょうか。

私は今、自分の部屋にいます。

カクヨムに定期で投稿する小説を、私は改稿しています。

本当は、リア充たちが羨ましいけれど、でも……

今はもう少しだけ、知らないふりをします。

私の作るこの小説も、きっといつか、誰かの時間を奪うから──

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