第57話「世界樹とハイ・エルフ」





 やがて、ざわざわとさざめいていた枝葉の揺れが止まる。


 レアの『使役』は受け入れられた。


 すでに『魅了』にかかっていたにも関わらず、かなり抵抗された感がある。相当上位の魔物だったようだ。『魅了』だけは能力値の高さと特性によるボーナスで通す事が出来たが、もしかしたら本来レアではまだ『使役』できない格の魔物だったのかもしれない。

 しかし、例えばジークを畏れて動かないでいたのだとすれば、戦闘力のみに限って言えば彼より劣るという事になる。レアの『使役』に屈したのも、そのジークを一対一で下した戦いを視ていたからかもしれない。


「なるほど「エルダーカンファートレント」か。さっきの子たちより上位のっ──」


《眷属が転生条件を満たしました。あなたの経験値5000ポイントを支払うことで転生できます。眷属の転生を許可しますか?》


 ──転生!


 まさか自身より先に眷属がその条件を満たすとは思ってもいなかった。

 しかしこれは絶好の機会でもある。条件がなんなのかは後ほど考える必要があるが、今はこのチャンスに乗るべきだ。そう──


 ──たとえ多少の経験値を支払っ、5000!? 高あっ!


 さすがのレアといえど、5000もの経験値をぽんと支払うのは大きな抵抗がある。払えない額ではない。払えない額ではないが。


「ローンとか……ないものかな」


〈姫? どうかされましたか?〉


「いや、なんでもないよ、ちょっと待っててくれ……」


《タスクを保留します》


「いや君に言ったわけじゃな……なんでもない、いや助かるよ」


 もはや混乱の極みだ。


 しかし、ここは無理にでも冷静になって考える必要がある。


 この転生のチャンスは今だけなのだろうか。このタイミングを逃したとして、次はあるのか。

 この条件というのが、レアがこのトレントをテイムしたことに端を発しているのは間違いないだろう。問題はその条件が「テイムされた時」なのか「テイムされている場合」なのかということだ。

 前者ならばチャンスは今しかない。だが後者ならば今後の任意のタイミングで転生が可能ということになる。時と場合の違いによってタイミングを逃すというのはよくある話だ。一部界隈では。


 試してみるべきだろうか。しかしリスクも大きい。このチャンスをふいにすべきではない。


 加えて純粋に好奇心に勝てそうにないということもある。

 なにしろ経験値5000だ。普通にそんな経験値をほいほい稼げるキャラクターがいるとは思えない。一体誰がこんなものを転生させられるというのか。


 そう、レア以外の誰が。


 ──よし、払おう。転生を許可する。


《転生を開始します》


 すると、エルダーカンファートレントが枝を震わせ、なにやら光の粒のようなものを撒き始めた。枝葉や幹全体をその粒が覆い、木全体が輝き始める。


〈こ、これは!?〉


「ボス!? いったい……」


 眷属たちもこの木がすでに仲間であることはわかっているため、危険を感じたりはしていないようだが、それでも驚くべきことには変わりない。

 ディアスたちは昔は生きた騎士だった者が今はアンデッドになっているので、どこかで転生を経験しているはずなのだが、客観的に転生という現象を見たことがないのかもしれない。もっともそれはレアも同じで、十分興味深く見入っているのだが。


 やがて光に包まれたトレントがその全身を震わせると、メキメキと音を立てて成長し始めた。もともと森の中で最も高かったであろうその高さも更に伸び、先端など下からでは全く見えない。

 幹も相応に太くなり、レアたちも後ずさっているが、もともとジークが居たであろうあたりはすでに広がった幹に地面を割られ、土が盛り上がっている。

 するとレアたちの背後の木々が突然倒れはじめた。何事かと思えば、エルダーカンファートレントの伸ばした根が進路上にあった木を地中からなぎ倒したらしい。現実ではとてもありえない光景だ。


 いや、もうエルダーカンファートレントではない。


 レアの見ている画面では、種族名は「世界樹」になっていた。


「なるほど……。それは、5000も経験値を取られるわけだ」


《特殊条件を満たしました。ハイ・エルフに転生が可能です》


「──なんだって?」


 誰が、と考えたが、眷属がとか付いていないのでレアの事なのだろう。

 あれほどしたかった転生だが、急に言われると困惑しかない。

 しかし、やらないという選択肢はない。


 しかも今度は種族名まで先に教えてくれている。

 プレイヤー自身と眷属の違いということだろう。もしかしたら先程もエルダーカンファートレントの方には「世界樹に転生が可能です」と虚しくシステムが囁いていたのかもしれない。


 当然受諾する。考えるまでもない。条件もわかる。タイミングからすれば、おそらく「世界樹を支配下に置くこと」だ。


《追加で経験値200ポイントが必要です》


 支払いに何の躊躇いもない。とてもリーズナブルだ。しかし忘れてはいけないが、世界樹の5000が破格に高いのであって、ハイ・エルフの200も本来かなり高めの設定である。


《転生を開始します》


 なんともいえない、くすぐったいような、不思議な感覚が溢れてくる。目を開ければ、先程のトレントと同じなのだろうか。非常に眩しい。


〈姫!?〉


「ボス!」


 眷属たちの心配そうな声が聞こえてくるが、心配は要らないと軽く手を上げる。

 こちらの変化はすぐに終わり、やがて光も収まったようだ。エルダートレントから世界樹に変化するのと違い、エルフとハイ・エルフでは体格的にそれほど差がないからだろう。


 しかし妙な全能感というか、一気に能力値に経験値をつぎ込んだ後のような感覚がある。

 実にいい気分だ。


「──今、わたしはハイ・エルフに転生したわけなんだけど……どうかな? どこか変わっているのかな?」


「はい、あの……。顔立ちは変わっていない……はずなのですが、なんというか、前より美しくなられたような……?」


「ですね……。それと髪が伸びています。あと耳も」


 マリオンについでのように言われたが、普通は耳が髪のように伸びたりはしない。十分異常なことだ。外見的にはそれがエルフとの差異ということだろうか。

 ケリーの言う美しさというのは、おそらく種族特性のこれだ。


 種族特性  :超美形

 あなたの種族は非常に美しい。あらゆるものたちは、その足元にひれ伏すためにいるのだ。

 NPCからの好感度にプラス補正(大)

 支配下にあるキャラクターに常に戦意高揚効果


 まさに支配者階級と言える種族である。


 それと、明らかに『使役』を前提としたスキルツリーが増えていた。

 アンロックされたというわけではなく、取得状態でだ。おそらく種族固有のスキルだと思われる。

 まさか『使役』もないのにそんなスキルを持って生まれるとは思えない。

 そう考えると、どうやらハイ・エルフというのは生まれながらに『使役』を持っているらしい。


 運営からのシステムメッセージにあった、貴族などの一部NPCによる『使役』とは、もしやこれのことだろうか。


 つまりエルフの国の貴族階級は、すべてハイ・エルフだということなのかもしれない。そしてヒューマンなどにも上位種が存在し、たとえばヒルス国の支配者階級はその上位種なのかもしれない。


 レアはあの運営のアナウンスを見て、国家と対立する場合は貴族などから『精神魔法』が飛んでくる事を警戒していた。

 『使役』の取得条件に『精神魔法』があったからなのだが、これを見ると必ずしもそうとは限らない可能性がある。種族特性として始めから『使役』を取得しているならば、『精神魔法』も『死霊』も『召喚』も持っていないかもしれない。

 もしそうなら、レアの持つアドバンテージは計り知れない。


「──これは、勝機が見えてきたかもね」


 しかし全く関係なくそれらを取得しているNPCが居ないとも限らない。あくまで状況がやや好転したにすぎない。


「思いがけず世界樹を手に入れることには成功したけど、賢者の石を作りたかったそもそもの目的である転生も同時に達成してしまったな……。まぁ、いいか。もし例の炭酸マジカリウムが世界樹の灰の事だとしたら賢者の石たくさん作れそうだし、そしたら好きなだけオモチャにできるでしょう」


 加えて、エルダーカンファートレントを配下にした事で、なぜ動かずにじっとしていたのかもわかった。


 そもそもカンファートレント自体、アンデッドとは相性が悪いようだ。

 彼らは例えば世界樹のような、生命あふれるものや清らかなるものに属する魔物のようで、それはアンデッドとは正反対の性質と言える。

 故に足元のジークが撒き散らす瘴気によって常に弱体デバフを受けていた。動いたとしてもジークと戦うには分が悪い。そのためジークがアンデッドとして目覚めてからは全く動くこと無く過ごしていたらしい。

 レアの『魅了』が成功したのも、その弱体デバフが効いていたためかもしれない。

 他のトレントたちが昼間しか活動していなかったのも、光合成が理由というより夜はアンデッドがひしめいているので体調が悪くなるからという理由のようだ。


「そういうことなら、ここにジークたちを置いていくのは問題だな……。世界樹君にはこの森を管理してもらい、アンデッドたちはわたしの森に連れて行こう。仕事はたくさんある。先輩のディアスに聞いて、適当にやってくれ。アンデッドたちはリーベ大森林に放って、侵入する人間の接待だ」


〈御意。新人教育は儂にお任せください〉


〈はは。なんだか懐かしいですね、ディアス殿に教育されるとは〉


 いい雰囲気のようで何よりである。ビジュアルは二人とも暗いを通り越して死んだような目だけれど。


「さて、じゃあ帰って研究の続きだ。あそうだ、世界樹君、申し訳ないのだけど、枝を一本くれないか?」


 



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