第55話「ひさしぶり。ちょっと痩せた?」





 次第に日がかげってきた。『使役』したトレントたちの動きがにぶるような様子はないが、とりあえず木になって休んでおくように命じ、アンデッドの出現を待った。


〈姫〉


「うん。わかった。行ってみよう」


 すると、スカウトからの報告で、すでにアンデッドが活性化している場所があることがわかった。

 アンデッドたち全体の活動がまだ本格的に始まっていない今、そこだけ活性化しているならば、そこがアンデッド発生の中心地点か、そうでなくても何らかのキーポイントであることは間違いないだろう。


〈部隊を分けるのはお勧めしませぬが、こちらにいくらか残していかれますか?〉


「いや。全員で行こう。仮設拠点と言っても特になにかあるわけでもないし、トレントたちが寝ているだけだしね。ここを守っても仕方がない」


 ここからその場所までのおおよその地形や距離はスカウトからの報告でわかっている。この辺はアンデッドもまだ発生していないし、ここらのトレントは配下にしたため敵が居ない。ゆえに速度優先で移動を開始した。


 同じく中心部付近とはいえ、この広さの森だ。移動するにしてもそれなりの時間は要した。

 いつの間にか日はとっぷりと暮れ、移動中にもアンデッドが動き始めている。奴らは地面の中から這い出してくるため、普通なら奇襲を受けているところなのだろうが、レアとディアスにはどこからくるのか大体わかる。『死霊』にかなり経験値を振っているせいだろう。見えているモグラ叩きのようなものである。進路上や隊列の内側など、邪魔になるものだけ踏み潰させて先を急いだ。


「やっぱり、スキルツリーは単純にスキルを取得するという意味だけでなくて、振った経験値の総量に応じて何か妙なボーナスが付いてるよね。能力値とかの数値に現れる訳ではないようだけど」


 このあたりも研究してみたいが、マスクデータでしか存在しないようなものを研究するのは難しい。

 『死霊』のこの、アンデッドセンサーのような感覚的なものであればなおさらだ。

 たとえば『火魔法』のような純粋な攻撃魔法なら威力の違いによって判別できそうではあるが、これまでレアはほとんど魔法戦闘をしてこなかったため、大量の経験値を振ってしまった後である現在の威力しかわからない。


「確かに私達も魔法の威力などは上がっている気もしますが、INTなども上がっていますので一概にそのせいだとも言い切れませんね……」


「ケリーたちももう全部の属性魔法をそれなりに上げちゃったしね。魔法全く覚えてない人類種とか捕まえて試してみるしかないかな。レミーに頼んでエアファーレンの街からNPC傭兵をリーベに向かわせてもらおうかな」


 リーベ大森林には基本的にプレイヤーしか来ない。プレイヤーたちが訪れるのはなんだかんだ言っても色々稼げるからだが、経験値に関しては稼ぎすぎると最後は死に戻りして1割失うことになっている。全体の収支を見ればプラスになるし、なんなら死に戻りを利用して帰路を省略している者もいるくらいだ。

 プレイヤーならそれで済む話だが、NPCではそうはいかない。調子に乗ったら必ず殺されるという事である。後ろ盾のない、つまり騎士団などに所属して誰かの眷属になっていない傭兵たちは死んだら終わりのため、そんなギャンブルには手は出さない。


 しかし街中でもそれなりの評判になっている、薬屋の若い女店主の依頼なら、薬草などを取りに浅層くらいには訪れることもあるかもしれない。浅層にはあまりアリたちなどを配置していないため、死ぬ確率は高くない。

 そうしてのこのこやってきたNPC傭兵を捕獲し、『支配』して『使役』してやれば、スキルツリーの成長による効果補正の検証も出来るだろう。


「それか、賢者の石とかの錬金素材を頑張って集めて、わたしがホムンクルスの製造に成功するか、かな」


 それもそう遠い話でもないかもしれない。国内の地図を手に入れた今、今回のように効率的に遠征を行なうことも可能になった。この周辺には森型の領域しかないが、もっと違った領域ならば得られる素材も未知のものが増えるだろう。


 あるいは、街を襲ってみてもいいかもしれない。

 新たに魔物の領域「廃墟型」を生み出すのだ。

 アンデッドを支配下に置けたなら、そういう街に住まわせて管理させてやればいい。森の中の牧場のように定期収入を得ることは難しいだろうが、今やっているようなテーマパーク型なら十分可能だろう。

 きっと、その街を魔の手から解放するために国から次々とお客様が送り込まれてくるはずだ。


「ふふ。ワクワクしてきた」


 そのためにはまずはこの森だ。アンデッドが欲しい。廃墟型の徘徊モンスター役は別にカーナイトたちでもよかろうが、雰囲気は大切だ。カーナイトたちは確かに骸骨だが鎧が非常に豪華なので、廃墟などに雰囲気が合うかわからない。

 それに彼らは強力な魔物であるため、そこらのプレイヤーやNPCでは廃墟探索など不可能になってしまう。


「適度に弱い雑魚モンスターもいないと、立入禁止区域とかに指定されちゃったら誰も来なくなるしね。結局はそこに帰結するわけだ」


 そんなことを考えながらも、足元に湧いてきたアンデッドを踏み潰す。かなり増えてきたようだ。目的の場所も近い。

 歩行は鎧坂さんが勝手にやってくれるため考え事をしながら歩いていても特に問題は起きない。アンデッドが湧いてきそうなときだけそう伝えれば自動的にモグラ叩きもしてくれる。実に快適だ。


〈あれですな、姫〉


 森の一角、ひときわ大きな樹の根本に、淀んだ空気が滞留していた。

 視覚的にわかるほどの何らかのエネルギーがあるのか、それとも『死霊』のスキルのおかげで不可視のものが見えているのか不明だが、レアにはそれがはっきりと見えていた。

 その中に、ディアスと似た格好をした、黒い骸骨騎士が佇んでいる。その周囲では次々とスケルトンナイトが生まれている。ここが中心地で間違いないだろう。


「知り合いかい? ディアス」


〈はて……。鎧を見る限りでは同僚である可能性が高そうですが、そうとう風貌も変わっていますので、一概にはなんとも〉


「それはお互い様だろうけどね」


 何しろ2人とも骨の顔だ。


 ここはレアが行って、さっさとテイムしてくることにする。アンデッドである彼には『精神魔法』は効きづらいため、戦闘力にて屈服させ、無理やり『使役』をしてみることにしよう。かつてスガルなどをテイムしたときはそれが可能なほどの戦闘力は無かったが、今なら余裕である。

 それにディアスのおかげで、あの彼がどんな攻撃をしてくるか、おおよそはわかっている。意表を突かれるようなことはない。


「じゃ、わたしに任せて下がって……いや、周りのスケルトンナイトを抑えておいてくれ。できればたくさん支配下に置きたいから、なるべく壊さないようにね」


〈御意。お気をつけて〉


 そして黙って頭を下げるケリーたちを残し、レアはアンデッドのボスの元へ向かう。近づくとよりはっきりとその異様な空気が感じられる。こころなしか、足取りも重い。こころなしかというか、実際歩いているのはレアではなく鎧坂さんなので、気の所為とかでなく本当に重くなっているのだろう。


「周囲のエネミーにデバフをかけるフィールドを発生させているのか。ディアスより格上だな」


 レアがこれまで出会ったことのある、どのキャラクターより強烈な気配だ。その上このデバフフィールドである。間違いなくこれはレイドボスと言っていいだろう。しかも定期的に周囲から雑魚の援軍が湧いてくる。そこらのプレイヤーでは何人いればまともに戦いになるのかもわからないほどだ。


 ディアスと同じ時期に発生したのなら、と考えていたのだが、この様子ではディアスよりも遥か以前にアンデッドとして再誕していたのだろう。


「よし、じゃ行こうか鎧坂さん」


 『縮地』でボスに一瞬で接敵し、剣崎で斬りかかった。『スラッシュ』も併用している。今の所、鎧坂さんのこの攻撃を躱されたり防がれたりしたことはない。わかっていても対処できない速度の攻撃というやつだ。


「おお!」


 しかし眼前のボスはこれをいなした。躱しきれないと瞬時に判断し、しかも防いでも自分の剣では負けてしまうこともわかって、いなすという行動に出たのだ。

 回避を選んでも防御を選んでも対処不可能な攻撃をやり過ごすとは、まさにステータスに現れない強さがあると言えるだろう。やはりディアスの同僚の騎士団長か何かなのかもしれない。


 鎧坂さんはその後も攻撃を続けるが、敵も致命打だけは受けないようにうまく立ち回っている。

 振り下ろしなどの攻撃は大抵いなされ、あるいは躱され、躱しにくい横薙ぎも、盾を犠牲にしつつバックステップをして最小限の被害にとどめてみせた。突き攻撃も紙一重の動きで躱し、鎧の一部やマントなどに穴は空いたが、本体の骨部分にはノーダメージだ。


「『フレアアロー』」


 その合間に、レアは魔法で牽制する。殺すつもりはないため、足元や肩などを狙って、行動不能にするのが目的だ。

 ボスアンデッドはこの魔法にさえ対応してみせた。しかし直撃はないが、完全に躱せているわけでもない。肩の一部やグリーブを焦がすことには成功している。動きも精彩がかけてきているようにも見える。


「『サンダーボルト』」


 そこで、速度の違うこの魔法で膝を撃ち抜いた。

 鎧坂さんの攻撃を躱しつつ、『フレアアロー』の速度に慣れた目でこれを躱すことは流石にできなかったようで、ボスアンデッドはついに地面に膝をついた。


 レアは一歩下がり、立ち上がれるのかどうかを観察する。

 ボスは手に持っていた剣を杖代わりに立ち上がろうとしているが、片膝は完全に破壊されているため、立膝の姿勢を維持するので精一杯のようだ。STRやDEXなどの能力値を考えれば片脚でも十分立って戦えるだろうと思えるが、蓄積されたダメージがそれも許さないのだろう。


 レアはアンデッドの目を見つめる。とはいえ眼球はすでにないので骸骨の眼窩を見つめるだけだ。

 それを見る限りでは、覚悟を決めたと言うか、彼にはもはや敵意は薄いように感じられる。レアの前に屈したと見ていいだろう。


「なら、受け入れてくれるね『使役』」


 すると何の抵抗もなく、アンデッド──テラーナイト【ジーク】が眷属となった。


「抵抗もなく、っていうか、今の戦闘が抵抗代わりと言えるのかな」


 そう考えれば、MNDに大きな差がない場合、戦闘などで屈服させてやれば『使役』は成功させやすいということになる。現状、レアとMNDに差がないキャラクターというのは存在するのかわからないので気軽に試せないが、そういう相手と出会った際はまずは殴って言うことを聞かせてみるのがいいかもしれない。


 ジークを支配したことで、取り巻きのアンデッドの発生は止まったようだ。

 これはジークの持つスキルツリー『死霊将軍』の『徴兵』の効果によるものらしい。一時的にアンデッドを生み出し、意のままに操れるが、日の光を受けると消滅するというスキルだ。コストはLPとMPだった。


〈……そうか、ジークだったか……。久しぶりだな〉


〈ォ……ア……アア。あ、なたは、ディアス殿……はい、お久しぶりです。お元気そうで何より……〉


 この姿のディアスを見てお元気そうと言えるあたり、かなり柔軟な脳を持っていると見える。あるいは逆に、脳がスカスカのため反射的に定型文を返しているだけか。


「やっぱり知り合いだったみたいだね。君はディアスの後輩か何か?」


〈は、はい。私は第3騎士団長のジークであります。ディアス殿の後輩にあたります〉





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る