第45話「少し面倒くさい経験値袋」





 メンテナンスが終わりレアがログインすると、お知らせが何通か来ていた。メンテナンス自体のお知らせもあったが、これはメンテナンス前に来ていた物をタイトルだけ見て無視していたものだ。


「──戦闘シーンの映像か。ま、着替えのシーンが入ってないならなんでもいい。ええと、編集後の公開予定の映像にもこちらの許可を求めること……を条件に了承、と。まぁ顔も出てないし、なんでもいいんだけど。あ、そうだ……」


 ひとつ思いつき、それを提案として書き添えておく。うまくいけば、面白いことになるかもしれない。


「さて、あとはあのウェインとかいうプレイヤーだね」


「ウェインが何かありましたか?」


 そばに控えるケリーがそう尋ねる。

 ケリーはウェインと森を散策した後は、ほとんどずっと女王の間に控えていた。どうやら、弱いふりをしたり、仲間である工兵アリを攻撃したりといった行動がかなりストレスになっていたらしい。レアが指示を出さない限りはウェインに関わるつもりはないようだった。


「先日のイベント、わたしが2時間ほど留守にしたアレだけど、そこでちょっとね」


 その2時間の間だが、眷属たちにとって主君であるレアがログイン中だという判定になっていたかどうかは不明だ。

 もともとイベントエリア内で経験値を得ることは出来ない想定でいたため、気になったので配下にはその2時間で適当に経験値を稼ぐよう指示をしていた。

 それで経験値が増えていればログイン扱い、増えていなければログアウト扱いだったと言える。はずだった。

 しかし最後のエキシビジョンのせいで大量に経験値が入り、結局どうだったのかわからなくなってしまったのだ。


〈姫の障害になるようならば、儂が斬り捨てて参りましょうか?〉


「いや、それには及ばない……うん。よし、こうしよう。ケリーに街へ行ってもらい、そこでわたしが『術者召喚:精神』でケリーに憑依する。その状態でウェインに接触して──大森林に誘い込み、キルして経験値にしよう」









 最寄りの街についたケリーを目標に『術者召喚:精神』を発動し、ケリーに憑依する。

 ケリーのアバターを借りるのはスキルの検証で一回だけ行なって以来だが、なんとなく違和感というか、やはり自分の身体でない感じがする。まさにその通りなので当然なのかもしれないが。

 これが鎧坂さんだと、完全マスタースレイブ方式のロボットに乗っている感じというか、そういうVRゲームをプレイしている感じというか、そもそも体型に差がありすぎて逆に気にならなくなるのだが。


「もともとのキャラクターの自我が強い、つまり行動に本人の癖があるとしたら、それが違和感になるとかかもしれないけど」


 現実の人間で言えば、1人ひとりに、たとえば歩容認証などに利用されるような行動の癖のようなものがあるため、その癖で動くのに支障が無いように筋肉や神経が最適化されている。仮に他人がその人物の身体を乗っ取って動かすとしても、必ず違和感が出るはずだ。

 まさかゲームでそこまで再現されているとは思わないが、一方でこのゲームならばやっていても不思議はないとも感じる。


「高度に発達した科学は……ってやつかな」


 つぶやきながら、傭兵組合へ向かう。独り言を漏らす癖が増えてしまった。女王の間などに居る時はいいだろうが、こういう時は気をつけなければならない。


 傭兵組合には傭兵はあまりいない──かと思いきや、いつもよりは多かった。よくよく観察してみると、どうやらプレイヤーのようだ。

 この街に根ざして生活しているもの特有の必死さが感じられないというか、悪く言えばたまの休みに暇つぶしに田舎に遊びに来た、近所の老人の孫というような雰囲気を感じる。


 レアは現実ではほとんど田舎で育ってきたのでそうした雰囲気には敏感だった。この街ではプレイヤーは、いわゆるトカイモノというやつだ。

 VRが発達し外に出る機会が減っても、いやだからこそ田舎と都会の溝は深まってきた。田舎特有の閉塞感のようなものは薄れたが、地元のことを知ってもらいたいというような積極性もまた薄れていった。


「で、ウェインは──いたいた」


 組合のロビーの隅に置かれた椅子に腰掛け、床を見ていた。一瞬ここはゲームの中なのか、それともVR職業安定所と間違えたか、レアが混乱してしまうほどの沈んだ雰囲気だ。レアはVR職業安定所に行ったことはないのだが。


「やあ、ウェイン。待たせたかな」


「ッ! レア……。ああいや……会いに来てくれたのか」


「まあね。なにやら、色々と聞きたそうな顔をしていたし、森から戻って以来、会ってなかったのもあるし」


 言いながらレアは心中で舌打ちした。今のウェインの反応でロビーのプレイヤーと思しき何人かがこちらを見ている。レアの名は先日の公式イベントで知れ渡ってしまっているため、それに反応したのだろう。

 そういう配慮ができないから友達がいないのだ。と、ウェインも同じく友達がいないレアには言われたくなかろうが。


「お話するのはやぶさかでないけど……ちょっと目立ってしまったね。静かに話したいし、あの森へ行こうか。外縁部なら、たしか魔物も人もほとんどいなかったよね」


 ウェインは立ち上がり、緊張した面持ちで頷いた。レアはウェインと連れ立って傭兵組合を出ていく。さすがについてくるようなプレイヤーはいないようだ。いたところで別に構わないが。


 森へ向かって歩きながら、レアはなるべく違和感を覚えないように歩く努力をした。

 この身体で違和感を覚えないということは、それはケリーの癖をトレース出来ているということだ。

 ウェインがどれだけケリーの行動を注意深く見ていたか定かではないが、レアにしてみれば、変装して本来知らない人物と会談をするというミッションを行なっているようなものである。そう考えればなかなか楽しい気持ちも湧いてくる。せっかくならば最後までバレずに行動してみたい。


 森へ到着すると、とりあえず20分ほど分け入ることにした。前回ケリーが来た時は、たしか1時間ほどのんびり歩いたところで工兵をけしかけたはずだ。20分も歩けば森の外からは全く捕捉できないだろうし、前回あたりの深さまで行く必要もない。仮にそこまで行ってしまったとしてもレアが指示しない限りアリは来ないが。


 森の中はもともとケリーのテリトリーでもあるし、この行動はむしろレアにとっていい訓練になった。違和感を避けて行動しようとすると、非常に歩きやすいのだ。

 ライリーなどにやってもらっている定期的な哨戒行動も、たまにはレアも憑依して混ぜてもらうといいかもしれない。


「さて、このあたりでいいかな。それでウェイン、何が聞きたいんだい?」


「……君は……本当にレアなのか?」


「そりゃ、そうだよ。わたしはレアだ。間違いないよ」


 今はケリーの身体に憑依しているため、話しているのは間違いなくレアである。むしろ前回までの方がレアではなかった。


「俺の……知っているレアは……。君じゃない気がする」






★ ★ ★


今日はシステムメッセージがありましたので、この後深夜0時にも投稿します。

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