第46話「間抜けが見つかったようだぜ」





 ウェインの言葉に、レアは驚いて息を呑んだ。


 何がいけなかったのだろうか。早速バレている。このウェインとかいうプレイヤーは、レアの想定している以上にカンがいいというか、鋭いのだろうか。それとも想定以上にレアが間抜けなのだろうか。それは考えたくないが。


「──そんなこと言ったって、ゲームのログインは脳波認証だよ。入れ替りは絶対にできない。一昔前みたいに指紋認証や虹彩認証だけなら、まぁごまかしようがなくもないだろうけど」


 そしてアバターは間違いなく前回ウェインが会ったケリーのものだ。

 今ウェインが会っているのはウェインの知るレア──つまりケリーの身体──であり、同時に正真正銘のプレイヤー名【レア】でもある。

 ウェイン史上では最高純度のレアと言えるはずだ。


「ところでそれが君の聞きたいことなのかい? じゃあそれで終わりでいいのかな?」


「待ってくれ、まだ今の質問は終わってない!」


 質問には答えただろう。なのにまだ続けるのか。納得がいっていないのか。

 何が彼をそこまで駆り立てるのだろうか。

 しかし面倒ではあるが、ウェインが違和感を持っているというのなら、今後の参考としてそれを聞いておくのは悪くない。


「わかった。じゃあ聞いてあげよう。どうしてわたしがレアじゃないと思ったんだ」


「まずは……その話し方だ。レアは、ロールプレイを重視して、それっぽい、なんというか、いかにも女傭兵というような話し方をしていた」


 そういえばケリーは敬語を覚える前は少しはすっぱな口調で話していた。ウェインと会ったときもそんな話し方をしていたような気がする。これは素直にレアのミスだ。


「ああ、まぁ、今更かと思ってさ。そこは許しておくれよ。これでいいだろ?」


 なんとなくそれっぽい口調に変える。最近はもうケリーもずっと敬語のため、細部まで覚えていない。


「それから、森の歩き方だ。前に来た時は、俺の後ろをついて……おっかなびっくりという感じだったのに、今日なんて俺の前をスタスタ行ってしまうくらいだ。あれから確かに2週間くらいは経っているけど、いくらゲームとは言え、たった2週間でそんなに森歩きがうまくなるとは思えない」


 まさしくそのとおりである。今レアは、言うなれば本来のケリーの歩き方を模倣するように森を歩いた。

 レアはもともと別のVRゲームで森歩きには慣れていたおかげでそれもできたが、確かにそのようなスキルが一朝一夕で身につくわけがない。

 前回はケリーはそういえばウェインの後をモタモタと付いていっていた。ストレスが溜まる弱いフリというのは、戦闘だけでなくこういうところもだったのだろう。これもレアのミスだ。


「もうひとつ、今さっきのログイン認証の件だけど、前に話した感じだと、レアはあまりハードウェアにもソフトウェアにも明るくない印象を受けた。そのイメージのレアが、一昔前の生体認証についてわざわざ説明するのは不自然だ」


 当然だ。この世界の住人──NPCであるケリーがVR機器のシステム周りについて詳しいわけがない。そしてほとんどの機械製品は高度に発展したUIのおかげで感覚的に操作できるため、別に現代人だからと言って詳しいとは限らない。

 ケリーの話しぶりから、ウェインはケリーを機械に弱いタイプのプレイヤーだと判断していたのだろう。

 ついクセで余計な語りをしてしまったが、それがアダとなった。これもレアのミスだ。

 なんということだ。間抜けはレアの方だった。


「君は……あの時レアが時々フレンドチャットで話していたフレンドなんじゃないのか? そして俺の知っているレアは、実はプレイヤー名【レア】じゃない。俺はレアとフレンド登録をしていないから、あの時会った彼女がレアと名乗ったなら、それが本名かどうか確かめるすべは俺にはない」


 レアは確かに間抜けだったが、ウェインが鋭いのもまた確かなのだろう。

 まさかここまでピンポイントで推理されるとは思っても見なかった。


 すばらしい。まさかこのゲームで、ミステリ物の追い詰められる犯人の気分を味わえるとは。

 とはいえ、ほぼ「なんでもできる」このゲームである。魔法やスキルなども交えた、完全犯罪トリックなどを編み出して、それを試してみるという事もできるだろう。暇が出来たら一考しようと脳内TODOリストに入れておく。


「なるほど……。つまりきみの結論としては、全く同じ容姿のプレイヤーが2人いて、片方がわたしで、もう片方が君が出会ったレアだと、そういうことかな?」


 さり気なく、ふたりともプレイヤーであり、同じ容姿であることを強調しておく。

 レアにしてみれば、究極的にはレア自身の容姿が実は全く違うという事と、NPCがインベントリやフレンドチャットなどの機能を使用できるという事実さえ明るみに出なければ問題ない。

 レアの容姿が違うことがバレてしまうと、必然的にどうやってケリーの身体を操っていたのかという事に繋がり、秘匿したいスキルが知られてしまう恐れがある。


「やはり、そうなのか……」


 今のレアの言葉が自白に聞こえたらしく、ウェインはうなだれている。どうやら望んだ通りに誘導できたらしい。鋭い割にちょろかった。


「どうしてそんなことをしたのかって言えば、特に理由はないんだけど……」


 理由としてはレアが街に出たくなかったからで、主にアルビニズムという行動制限が関わっている。

 これを話すとレアの容姿が実は違うということにつながってしまうため、言うわけにはいかない。


美人局つつもたせっていうか、まぁつまりは油断したプレイヤーを狩りたかったからなんだけど。NPCは狩ったら終わりだけどプレイヤーなら何度でも狩れるし、その判別も含めてというか。

 こう見えてもわたしはクローズドテスターだったんだけど、その頃にもNPCのフリをして、釣れた間抜けなプレイヤーをキルしたことがあって……」


「……なんだって? クローズドテストで……NPCのふりをしてPKをした……? そう言ったのか今お前は……」


「そうだよ。あれは傑作だった。何度かやったけど、同じ街でやってると足がつくからね。すぐにやめて別の──」


「──その時!」


 ウェインが急に大声を出す。


「狩られた間抜けなプレイヤーが俺だ!」


 なるほど、と思った。容姿は全く変わっているが、ケリーがレアを演じていたときに醸し出していたお人好しぶりは確かにあの時の間抜けに通じるものがある。といっても、具体的に被害者の中のどいつなのかはわからない。なんとなくイメージでそう感じているだけだ。あの時の哀れな被害者は皆お人好しの間抜けだった。


「そうだったのか! 運命的だね! あの時はなんて間抜けなプレイヤーなんだろうって笑ったものだったけど、こうしてわたしの企みを見抜いて追い詰めるだなんて、ものすごい成長じゃないか! なんだか嬉しいよ」


「ぐぐっ……お前ぇ……!」


 ウェインはレアを睨みつけ腰の剣の柄に手をやった。


「ああ、剣を抜くのか。全然構わないよ。こちらはそのつもりだったし」


「……美人局とか言っていたな……! なんで自分でやらない!? 同じ顔なら、どうしてレア……彼女を巻き込んだんだ!」


 本当は同じ顔ではないからだし、そもそも美人局というのもデマカセなのだが、それは言うわけにもいかない。


「話してわかったと思うけど、わたしそういうの苦手なんだよ。彼女なら、根が素直だからそういうこともできるかと思って。実際君は性懲りもなくまた釣られたでしょう? でも結構ストレスが溜まるみたいだし、もうやらせるつもりもないけどね」


「ストレス元はお前だろうが!」


 ──いや、どちらかといえばウェインなんだけど。


 しかしこれも言っても仕方がない。最後に宣伝だけして、ウェインには一時退場してもらおう。


「わたしは今はこの森を拠点にしていてね。細かい手段はこれから考えるけど、これからもどしどしPKをしていくつもりなんだ。君にはその第一号になってもらうわけなんだけど」


「そんな! ことが許されると思って……」


「許されないならどうするんだい? みんなで徒党を組んでわたしをキルしにくるのかな? それもいいだろう。何度もキルされれば、いつかは私も他のプレイヤーに全く勝てないくらいに弱体化するだろうしね」


 デスペナルティで失われる経験値は1割だが、いかにレアの保有経験値が膨大とはいえ、30回もキルされれば現状の5%未満まで弱体化されてしまうだろう。

 もっともあのエキシビションに出ていた者たち程度が相手では、一度たりともやられてやるつもりはないが。


 話しながら、レアは手を空に向ける。するとあらかじめ上空に待機していた剣崎一郎がその手に降りてくる。


「その剣は……」


「それじゃ、ひとまずさよならだ。君たちの挑戦を待っているよ」


 ウェインが反応できない速度で『縮地』で迫り、『スラッシュ』で首を飛ばした。 

 




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