第39話「ナースのヨーイチ」(別視点)
ヨーイチは、ナースが好きだ。
病気がちだったヨーイチは、幼い頃はよくVR診療所の世話になっていた。
そこにはいつも優しげな看護師のお姉さんがいて、診察の前に不安がるヨーイチを構ってくれた。
あれはおそらく専用のAIで、現実にはそんな看護師はいないのだろうが、というか今や看護師という職業自体、事実上存在しないが、それでもなお、ヨーイチはナースが好きだった。
あまりにナースが好きすぎて、ファッションが自由に選べるようなゲームをプレイする時はだいたいナース服を選んでいるほどだった。今となってはもはや文献に残るのみとなったその衣装だが、そうであればこそ、ゲームや創作物での人気は高かった。
しかし自分を偽ることをよしとしないヨーイチは、性別を変えるなどの、いわゆるネカマプレイをするつもりはなかった。
ゆえに常に男アバター、そして本名である「ヨーイチ」を使ってゲームをプレイしていた。
現実では身体が弱かったヨーイチだが、VRの世界でならその限りではない。
また愛するナース服を着ている以上、無様な姿は晒せない。
ヨーイチはあらゆるゲームで尋常ならざる鍛錬をし、いつしかそのナース服には何人たりとも汚れひとつ付ける事が出来ないと言われるほどに、その動きを昇華していった。
そんなヨーイチに敬意を表し、人は彼をこう呼んだ。
「ナースのヨーイチ」と。
その呼び名を自分でも気に入っているヨーイチは、その名に恥じぬよう、ゲームでは常に弓に関するプレイングを好んだ。
弓さえあれば、そのゲームでたとえ弓がどれほどの不遇武器であったとしても、トップ層に食い込むほどの成績を見せた。
現実でも弓道をたしなみ、病気がちだった子供時代は今は見る影もない。
このゲームでは特に弓は不遇だとか言われているわけではないが、ならばこのイベントでも優勝が十分狙えるはずだ。
ヨーイチはゲームを始めてからこれまで、ストイックに弓だけを伸ばしてきた。
そのスキルの習熟度と関連する能力値の高さ、そしてリアルスキルまで含めれば、弓だけでなく広く『武器』スキルまで範囲に入れても、ヨーイチに並ぶものはそうはいない。
そんなヨーイチだから、予選を突破したのも当然だった。
しかも制限時間間際のサドンデスまで、かなりの時間を残してだ。
しかし観客席に転送されたヨーイチが見たのは、予選を映す30のモニターと、ブラックアウトした2つのモニターだった。
ブラックアウトしているという事は、すでにそのモニターが映すべき予選は終了している事を意味している。
それが2つ。
――自分より早く予選を突破した者がいるだと……!
彼は驚いた。弓を最大限に生かすため、彼は『視覚強化』も『聴覚強化』も、『嗅覚強化』さえ取得していた。
それらのスキルを最大限に活用し、とにかく誰より早く敵を見つけ、
戦闘中の敵あらば、その音を察知して遠距離から二人とも殺す。
隠れて動かぬ敵あらば、その匂いを嗅ぎ取りわずかな隙間に矢を通し殺す。
自分に向かう敵あらば、堂々とその姿を晒したうえで正面から殺す。
ゆえにヨーイチのいたブロック14で最もキルスコアを稼いだのはヨーイチだった。
そのヨーイチが最大効率でプレイヤーを殺し続けたのだから、当然最も早いと思っていたのだ。
――いったいどんなプレイヤーが……。
ヨーイチに匹敵するプレイヤーがいる。
それはつまり、ヨーイチに並ぶほどに何かを愛してやまないプレイヤーがいるという証明に他ならない。
ヨーイチは決勝が楽しみになった。
*
やがてすべての予選が終わり、決勝進出者のみが再び中央の闘技場に転送された。
この中の誰かがあの16ブロックを制した猛者なのだ。
なかなか、いい面構えをしているものたちばかりだが、そのうちの何人かは慄くような視線をヨーイチに向けている。
しかしそのような視線に慣れているヨーイチはどこ吹く風だ。
ほどなく、システムによる決勝戦開始の宣言とともに、闘技場にいる32人が転送される。
転送された先は草原だ。弓特化のヨーイチにとっては不利なフィールドだが、少し離れた場所には林のようなものも見える。あそこまで行けば隠れる場所も多いだろう。正々堂々と正面からやり合うのもいいが、弓という武器のポテンシャルを最大限に引き出すのなら敵の認識外からの狙撃が最も効率がいい。
ヨーイチは林を目指して歩き出した。
しばし林を目指して歩いていたヨーイチだったが、強化された聴力が足音を捉えた。
ヨーイチがそちらを見やると、短剣を2本携えた、妙に気配の薄い青年が近づいてきていた。
「──この距離でもう気付くのかよ。こっちはスキルも発動してるってのによ。ま、噂通りっちゃ噂通りだが」
ヨーイチは油断なく、弓を構えながら相手を観察する。
全身黒タイツのプレイヤーだ。両手の得物を見る限りではスピード重視の近接戦士だろうか。いや、この妙な気配の薄さが発動しているというスキルの効果だとしたら、忍者やシーフなどのような戦い方を生業としているのかもしれない。
「俺の噂だと? 噂されるほど、まだこのゲームで何かを成したことはないが」
慎重に相手の出方を伺う。どのゲームでの噂なのか知らないが、相手だけがこちらの情報を持っているらしいというのは危険だ。
ヨーイチは様々なゲームで似たプレイスタイルを貫いているため、別のゲームで彼を知っていたならば、戦い方も容易に想像がつくだろう。
「なに、それほど知ってるわけじゃねえさ。だが相当なプレイヤースキルを持ってるってことくらいは聞いたことがあるぜ。ま、それなりに事実みたいだけどな」
言いながらわずかにすり寄る黒タイツに、弓を構え牽制するヨーイチ。
「これでも、弓一筋でストイックにやってきているものでな。お前のような軽戦士を、そう簡単に近寄らせるわけにはいかないな」
すると黒タイツはあっけにとられたような顔をした。
「……ストイック? ストイックだと! ふざけてんのか。てめえはいっぺん
その瞬間、かどうかは不明だが、ヨーイチは気がついたら観客席にいた。
つまり、死んだということだ。
――あの黒タイツのプレイヤーがなにかしたのか……?
しかし自分が話している途中でわざわざそれを遮るように攻撃などするだろうか。もし彼がやったのなら、まさに人間の意識の隙間を狙う恐るべき暗殺者という他ない。
どうやら、まだまだ世の中にはヨーイチの知らない恐るべき実力者がいるらしい。
それが勘違いだと気づいたのはそのすぐ後だった。
よく見れば、隣で呆然としているのはあの黒タイツだった。彼も死んだのだ。あの瞬間におそらく。
「──てめっ……も死んだ……のか? いつだ……?」
黒タイツも呆然としている。おそらくヨーイチと全く同じ心境なのだろう。
油断など全くせずに対峙していた、決勝に残るほどのプレイヤーを、決勝開始からさほど時間も経てずに同時にキルしたプレイヤーが居る。
二人は示し合わせたように同時にモニターを見た。しかしヨーイチたちがいたらしい草原には何も映っておらず、ただ風が草花を撫でていた。
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