第40話「変態だけを殺す機械」





 闘技場にあったモニターの数は32。決勝に残ったプレイヤーの数も32。

 ならば、あのモニターはプレイヤー1人ひとりをフォーカスしているとしてもおかしくない。もしそうなら、着替えて隠れて憑依するのを全プレイヤーに公開するのは恥ずかしい。

 先ほどの予選は考えが甘かった。たまたまその場を映されていたら、面倒なことになっていた。


 そういうわけで仕方なく、レアは鎧坂さんと剣崎たちを装備したまま、決勝を戦うことにした。

 ラスボス二段変身ごっこ計画は凍結だ。どうせレアにそこまでさせるほどのプレイヤーなどいない。


 丁度いいので、この状態で鎧坂さんに自律行動をさせ、スキルが使えるのかの検証もしておきたい。それが出来るのだとすれば、武術系のスキルを自分で取る必要がほぼ無くなるので大変便利だ。

 また仮に出来たとしても、中の人たるレアに無理な動きによるダメージが入るようでは実用性はない。そこもよく検証しておく必要があった。


 当然、外套は羽織ったままだ。

 他に頭からすっぽりと外套で隠されたプレイヤーは居ないため、予選から観ていた観客たちには外套の中が鎧坂さんであることはバレバレだろうが、参加者たちはその限りではない。レアは最速で予選を突破したため、レアの、というか鎧坂さんの戦闘を目撃した参加者は存在しないからだ。





 決勝で転送された先は泉だった。背後には林、泉の向こうには草原が風で波打っているのが見える。

 レアはこの状態で『視覚召喚』『聴覚召喚』『嗅覚召喚』を発動している。感覚のみを鎧坂さんのそれと同調しているため、草原の様子もよく見えた。

 

 あたりを見回す。林の中になにか動くものが見えた気がする。その場にしゃがみ、耳を澄ます。

 何かが動く音がする。プレイヤーだろう。

 中腰でそろりそろりと近づいていく。まだ気づいていない。

 レアはここは鎧坂さんの自律行動のテストをしようと考えた。

 鎧坂さんにその旨を伝え、体を預ける。全身から力を抜くと思わぬ怪我をする危険もあるので、ほどほどに緊張させ、鎧坂さんの動きに追従するよう慣らしてみる。どうやらいけそうだ。


 『縮地』を含めて鎧坂さんの射程距離に入った。すぐさま、鎧坂さんの『縮地』が発動する。なるべくスキルを晒さずに勝つことも十分可能だろうが、今はスキルを秘匿するより検証のほうが大事だ。


 『縮地』の発動にも中のレアは追従できていた。というより、とくに手足が妙な動きをしたという感覚もない。鎧坂さんの身体を借りて『縮地』を発動したあの時とほぼ同じ感覚だ。であれば、鎧坂さんの独自の運動能力による動きだけ気をつければいいということだ。案外、肉体系スキルを利用している他のプレイヤーたちは常にこのような感覚であると言えるのかもしれない。

 そしてシステム的には鎧坂さんよりもレアのほうがあらゆる能力値が高い。ならば理論上ではあるが、鎧坂さんの動きにレアがついていけない道理はない。


「かかった!『フレ──」


 獲物であるプレイヤーはどうやらレアが狙っていることに気づいていたようだ。魔法を放とうと準備をしていた。

 しかし『縮地』というスキルを知らないのか、あるいはレアが使うとは考えなかったのか、本人が思っていたより早くレアが到達し、魔法の発動キーを言い終わる前にその身を左右に分かたれてしまった。


 圧倒的な実力差によって一方的に殺害したが、レアは一つ失念していたことを思い出した。そういえば、鎧坂さんの耐久テストをしていない。それは剣崎たちもそうであるし、レア自身もそうだ。

 現在の能力値や装備で、どのくらいの攻撃でどのくらいのダメージを受けるのか、定かではない。


 可能であれば、ついでにここで検証しておくべきだ。レア自身の耐久については、あまり表に出るつもりがない、というか、『術者召喚:精神』と鎧坂さんという手札を手に入れた以上、こういったイベントでもなければわざわざ出てくることはありえないので別にかまわないが、鎧坂さんはその分矢面に立つことも多いだろう。

 幸い鉄のやじりでは何のダメージも受ける事はなかったが、剣や斧、あるいはメイスなどの打撃武器、それに魔法に対する防御力は検証しておく必要がある。

 物理攻撃と一口に言っても、たしかシステム上、刺突と斬撃と打撃ではダメージ計算が別々だったはずだ。


 今の魔法は受けておけばよかったかもしれない。

 仮にダメージを受けたとしても、インベントリの中にはポーションも入っている。ポーションは『錬金』を取得したことによっていくらでも自作できるため、その気になれば流れるプールが作れるほどに持っている。

 原料となる薬草類やキノコ類も大森林の一角で栽培が行われており、低品質のポーションならば『錬金』を取得した工兵アリたちがローテーションで収穫して調合し、自動的に輜重兵アリのインベントリに入れられるようになっている。

 当初は使い道があまりないと思われた輜重兵たちだが、仕事がない事を利用してメイド兼倉庫キャラとして活用されていた。


 レアは今度は、攻撃を受けることを目的として獲物を探し始めた。であれば隠れる場所が多いところより、目立つところのほうがいいだろう。

 林から出て草原に向かうことにした。


 草原に出てすぐ、遠くにプレイヤーが見えた。見たくはなかったが、鎧坂さんの視力によってよく見えてしまった。


 ナース服のスカートから誇らしげにスネ毛がのぞく変態と、その変態とおしゃべりしている全身黒タイツの変態だった。


 さすがの聴力強化でも何を話しているかはわからなかったが、一刻も早くこの世から消えたほうがいい存在だということは見ればわかった。

 あれに攻撃を受けるというのはできれば避けたい。特にナース服だが、どのみちあれが構えているのは弓だ。もう検証の必要はない。

 剣崎三郎と四郎を上空へ飛ばし、空から一直線に二人を貫いた。


 これで残りのプレイヤーは28人だ。それだけ居ればサンプルとしては十分だろう。他のプレイヤーたちが潰し合う前にできれば攻撃を加えてもらいたい。

 レアは林に沿って草原を歩き始めた。ここならば、林からも草原からもよく見えるだろう。


 レアの目論見は当たり、目立つ鎧坂さんを狙って何度か林の中から魔法や矢が飛んできた。

 金属鎧の弱点を突いてか『サンダーボルト』が多い。しかし鎧坂さんの魔法防御を抜けてレアまで届いたものはひとつもなかった。矢は言うまでもない。

 鎧坂さんのLPも減っていない。減っても自然回復で回復する程度だったのか、そもそもダメージが通っていないのかはわからないが、とにかくこの程度の攻撃では鎧坂さんに有効打を与えられない事は判明した。これは収穫だ。

 攻撃してきたプレイヤーは自動的に三郎と四郎が斬っている。彼らは変態を貫いた後、回収せずにそのまま上空で様子を伺っている。見つけたプレイヤーがレアを攻撃するのを待って、何の効果も与えていないとわかれば即座に始末する役目だ。


 弓は鏃が鎧表面で潰れてしまう以上、どれほど弓そのものの強さやプレイヤーの腕があったところで、潰れた鏃がレアに与える衝撃が多少増えるかどうかにしかならない。

 だが魔法は別だ。魔法に特化したビルドならば、レアにダメージを与えられる可能性は十分にあるだろう。

 とはいえあくまで可能性があるだけである。実際はつぎ込んだ経験値のケタが違うため、レアの能力値だけで言っても、その項目ひとつひとつが極振りプレイヤーのそれを超えている。そのため直撃したとしても、彼らの全力の攻撃でLPが数%削れるかどうかといったところだろう。

 問題は鎧坂さんだ。本当に何の金属だったのか、そもそも魔法が効いているような様子があまりない。


 レアは5人ほどから攻撃を受けたところで、もうこれ以上の検証は無意味だと感じた。おそらく現段階のプレイヤーに敵はいない。これなら、イベント後もしばらくは引きこもってゆっくりと色々な検証ができるだろう。


 となるとせっかく作ったコネクションだが、イベント以降、ウェインはもう必要なくなる。

 どのみち彼のレベルでは、このイベントで決勝に残ったプレイヤーの域にすら達していない。何の参考にもならない。


 ダメージを受けることができそうにないなら、それを目的に無為に歩き回ることもないだろう。

 林が邪魔で視界が悪いが、どうせイベントのために用意されたであろうエリアだ。なら今日が終わればひとまず用無しのはずだ。別に、全て焼き払っても構うまい。


「『ヘルフレイム』」


 『火魔法』の範囲魔法、そのさらに先にある上位の魔法だ。おそらく何か別の魔法スキルが取得条件になっているのだろうが、どの魔法もまんべんなく上げてしまったためもうわからない。

 レアのINTの高さ、加えて『魔法適性:火』と『属性支配:火』のパッシブ効果。これらがただでさえ強力な魔法をさらに強化する。


 予選のように鎧坂さんだけなら魔法は決して使えないが、今は単にレアが鎧坂さんを着ているだけだ。身体は鎧坂さんに動いてもらうことができるし、中のレアは魔法が使いたい放題である。単騎戦力として考えるなら、この形態が最も強い。


 炎は一息に燃え上がり、林を飲み込んで荒れ狂う。飲み込まれた木々は一瞬で蒸発し、炭さえ残さない。

 想像以上の威力だ。レアも初めて使った魔法のため、びっくりしていた。なにしろこんな魔法、大森林や洞窟内で使えるわけがない。

 林が邪魔だからというのも確かに理由の一つではあるが、本音はこの魔法で木々を焼き払ってみたいという欲求のためだ。べつに緑に恨みはないが、絶対にやってはいけないことというのは不思議な魅力があるものだ。人には必ず、それをしたくて仕方がない衝動に駆られる瞬間がある。

 レアにとって今がまさにそれだった。

 森の木々はレアたちに恵みをもたらしてくれる重要な環境資源だ。それを焼き尽くすなんてとんでもない。

 しかし自分の森でないのなら心置きなく燃やす事が出来る。

 レアはたいへん満足した。


 そうして林は消え去った。文字通り。

 もともとたった32人のためのフィールドだ。予選会場ほど広くはない。


 もともと林があった、今は焼けた空き地になってしまった空間には、もうプレイヤーの姿はない。

 あとは泉と草原だが、泉は林を焼き尽くした熱量によって煮立って湯気が立ち上っている。あの中にはさすがにプレイヤーはいまい。


 レアは草原を振り返り、次はどうやってあぶり出そうか考えた。




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