第31話「怨嗟のディアス」





 ライリーの報告でも、やはりゴブリン牧場近くの武具などの集積場のような場所から骨の軍隊が湧き出しているようだ。

 これ以降はここを便宜上、墓地と呼称することとする。


「では、行こうか。スガルはここに居てくれ。ケリー、ついてきてくれないか」


「はい、ボス」


 ケリーを従えて洞窟内を歩いていく。

 アリによって大森林と草原の至るところへ伸ばされた地下道は、一般的な人種が立って歩けるように作られている。地下道内には手すりが設けられ、全く光のない暗闇ながら、慣れていれば安全に通行することが出来る。


 いずれ何かしらの光源を用意したいところだが、今の所火を使わない光源には心当たりがない。地下道内で酸欠にならないよう空気は常に動かしているが、灯り取りで火を付けてしまうのはさすがに問題がある。

 またアリたちは触覚で地下道内を探るため、光源は全く必要ない。灯りが必要なのがレアたち5名くらいとあって、光源の問題は後回しにされていた。


 しばし、ライリーと連絡を取り合い、またスガルに命じて歩兵を差し向けさせ骨どもを墓地周辺に封じ込めさせながら、地下道内を歩き続けた。


 大森林は広大だが、女王の間も墓地も共に中心部近くとあって、現場はさほど遠くはなかった。ほどなく墓地の地下付近へと到達したレアたちは、地上のライリーの先導に従い、最寄りの出口へ向かう。


 地上へ出ると、たしかにそこには無数の骨の大群がいた。スケルトンかどうかは一見しては判別できない。

 墓地の外へ出ていった分はアリたちが牽制して足止めをしており、この墓地に残っている分も周囲をアリが固めてこれ以上敵軍が広がらないよう封じ込めている。


「……固まっているなら都合がいいな。よし早速試してみるとしよう」


 レアは新たに取得した『死霊』ツリーのスキルを発動する。


「『死霊結界』」


 するとレアの前方、彼女が今『死霊結界』の発動を指定した範囲全体が黒く輝く魔法陣で覆われた。

 魔法陣は半球状の立体で、墓地をすべてすっぽりと覆っている。

 この魔法陣に囚われたスケルトンたちは一様に動きをとめ、発動者であるレアの方向を向いて棒立ち状態になっている。


 『死霊結界』の効果は、

「指定した範囲内の死体を全てアンデッド化し、支配下に置く。範囲内に敵対的なアンデッドが存在する場合、その全てに発動条件を無視して『支配』の効果を与える。抵抗判定は個別に行われる。結界の発動時間中はMPが減少し続け、解除するか、MPが枯渇した場合結界が崩壊し、この効果で支配したアンデッドは支配から解除される」

 というものだ。


 このスキルは『空間魔法』の『空間把握』を取得したことでアンロックされた。

 『空間把握』の取得条件については今は置くとして、『死霊結界』の効果としては要は『死霊』と『魂縛』とアンデッド限定の『支配』の広範囲化である。MPがガリガリ減っていくが、目的は波状攻撃の阻止であり、弱いアンデッドの選別だ。


 このスキルで範囲内の死体が全てアンデッド化してしまえば、あとからぽろぽろとまばらにアンデッドがポップするなどということも起こらないだろうし、このスキルで支配できないアンデッドがもしいるなら、そいつを炙り出すことも出来るだろう。


 レアは支配下に置いたアンデッドを整列させ、墓地から引き離した。同時にスガルに指示を出させ、支配下におかれたアンデッドをアリの砲兵にまとめて榴弾で砕かせる。

 『死霊結界』で支配しておけるのはスキルの発動中だけであり、MPの消耗を考えてもそう長い間は維持しておけない。支配下にあり無抵抗でいてくれるうちに破壊しておくのだ。

 突撃兵の火炎放射でまとめて灰にするのが一番早いのだろうが、森の中で出来ることではない。


 支配下に置いた骨たちを始末した後、墓地に残されていたのはボロボロの、しかし元は豪奢であったろう鎧を纏った、一回り大きなスケルトンだった。

 あれだけはレアの高いMNDをもってしても支配できなかったということだ。

 MPの無駄な消費を避けるため、雑魚が全員砕かれたのを確認したレアは『死霊結界』を解除した。


 「……──……、──……──……」


 ただ一人残ったスケルトンが何かうめいている。

 人語ではないようだが、『死霊』か何かのスキルの効果か、システム的に補助された結果か、レアにはなんとなく言っていることが理解できた。


 どうやら、自分たちをこの森へ送り込み全滅の原因を造った国の上層部が許せない、という事のようだ。


 スケルトンが言うには、彼らはこの国の騎士団であったらしい。

 その、この国、とかいうのがどの国なのか全くわからないのだが、最寄りの街が所属している国のことだろうか。だとすると、例のウェインというプレイヤーによればヒルス王国ということになる。


 しかし、それも何か違うようである。

 このスケルトン自身、時間の感覚が曖昧で、どれほど過去のことなのかがいまいち伝わってこない。

 もしかしたらすでに滅んだ国なのかもしれない。

 スケルトンは当時大陸に国は1つしか無かったような事も言っているので、間違いなく現在の6国家ではない。


 だとすると、このスケルトンたちはつまり亡国の騎士団で、何故かこの森でまとめて死体になっていた、という事になる。

 

 6国家の成り立ちは公式サイトで簡単に説明されていたのを見たが、滅びた統一国家については触れられていなかった。

 このスケルトンが言っていることが本当ならば、この大陸には公式で公表されていない過去の歴史があるということだ。

 実に興味深い。


「それで結局君たちの、というか君の目的はなんだい? ああ、すまないが君の部下のみなさんはたった今すべて粉砕してしまった。わたしは君の仇ではないし、これ以上わたしには敵対の意志はないが、君の方には色々あるだろう。

 部下のみなさんを粉砕してしまった負い目もあるし、君の要望を叶えてやるのは吝かではない。まずは希望を聞こうじゃないか」


 「……──……、──……──……」


 どうやら、スケルトンは部下の仇討ちをしたいようだ。

 ただし、それはレアに対してではない。

 彼にとって、自分自身も含めてこの墓地に眠っていた騎士団はすでに死亡している。

 その後になんらかの原因で再び立ち上がり動き出しはしたが、自我を持っていたのは彼だけらしく、部下たちはむしろ静かに眠らせてやりたかったようだ。


 ゆえに彼の仇討ちというのは、国を守る騎士団たる彼らを謀殺し、国を腐らせ、国を割り、我が物顔で大陸を支配している恥知らずどもに対してだとの事だった。

 その支配者たちが国を興したのだとしたら、それがおそらく現在の6国家なのだろう。


 流石に当の本人たちは遥か昔に死んでいると思うのだが、その辺りは彼もいまいち理解できないらしく、彼にとってはその子孫=仇という図式になっている。この辺りの曖昧な部分はINTが足りないせいだろうか。

 

 しかしたしかにエルフなどの長寿設定の種族ならば、国の中枢に当時を知る人物が残っている可能性はなくはない。6国家の中にはエルフがメインの国もあったはずだ。エルフたちでさえ死んでしまうほど昔の話なのだとしても、獣人やヒューマンよりは口伝や文献も残っているだろう。


「なるほど。見てわかる通り──かどうかはわからないが、わたしはいわゆる国家などには所属しない、そうだな、アウトローというやつでね。

 具体的にはええと、盗賊団のようなものの頭とでも言おうか、それと今はアリの王国の支配者でもあるが、まぁそういう複数の組織を束ねる、そう取締役のようなものなんだ」


 スケルトンもレアにことさら敵対する意志はないらしく、静かに話を聞いている。


「今、君がとれる選択肢としては、そうだね。まずはここでわたしに倒される。次に、わたしの眷属となる。最後に、森から出て好きなところへ行く。この3つのうちのどれかかな」


 彼の話には興味があるが、どうしても彼から聞かねばならない内容でもない。この広い大陸だ。どこかに他にも情報を持った者はいるだろう。それこそエルフなどの長寿種族の老人にでも聞けばいい。

 それに彼を身内に引き入れるとなれば、必然的に人類種国家との敵対関係になる。いや、すでに現在友好的な関係とは言えない立ち位置であるし、それ自体は今とあまり変わらないのだが。採掘場とか奪っているし。


「そうだな。わたしの眷属になるならば、君に力を与えようじゃないか。人類種国家に復讐する手伝いをするというのも面白い。その代わり普段はわたしの言うことを聞いてもらうことになるが」


 別に強制的に『使役』してもいいのだが、たまにはこういった、悪の首領ムーブをしてみるのも悪くない。せっかくのゲームだ。楽しまなくては。





《ネームドエネミー【怨嗟のディアス】の討伐に成功しました》


 そうして、システムのアナウンスとともに、ディアスはレアの眷属となった。


 種族は「テラーナイト」となっている。能力値やスキルはかなり充実しており、レイドボスとまでは言わないが、かなり強力なユニークボスと言える。すでに破壊してしまった彼の配下のスケルトンたちも加えると、どうだろうか。おそらくアリたちには勝てないだろうが、レアと出会う前のケリーたちなら容易く蹴散らせるだろう。


 彼の強さは、『使役』に成功したことで現在のレアでさえ少量の経験値を取得できた事からも分かる。

 レアが直接参加した戦闘で言えば、先ほど砕いたスケルトンの大軍から取得できた経験値がほぼゼロであった事を考えると、破格の強さと言える。

 スケルトン戦も、仮にレアはまったく手を出さずアリたちにのみ攻撃させていれば中々の経験値になっていたかもしれない。しかしあの戦闘のメインの目的は『死霊結界』の性能試験でもあったため、仕方がない。

 このようなニッチなスキルを実戦で試せる機会などそうそうない。実に運が良かったと言える。


 ディアスを支配下に置いたレアは、墓地をその場に残るアリたちに後片付けを任せ、女王の間に戻ることにした。

 あまりモタモタしていると夜が明けてしまう。

 墓地に残る骨の残骸や朽ちた武具をどうするかディアスに聞いてみたが、どのみち部下たちの魂はかけらも残っていないし、もはや供養する意義もないとのことだ。よくわからない宗教観だが、本人がそういうのなら放置でいいだろう。そのうち、ゴブリンどもが有効活用するだろう。


 ディアスの話が本当ならば、ではなぜディアスだけが自我を、魂を留めたままでいられたのだろうか。

 そして魂がとうに霧散しているはずの騎士団が、なぜ今突然アンデッドとして起き上がったのか。


 しかし今考えてもわかることはない。


 レアはライリーにフクロウ型の捜索の続きを指示し、ケリーとディアスを連れ地下へと帰っていった。





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