第30話「尻で椅子を磨くだけの簡単な」





 ケリーに街を探らせている間、ライリーには大森林を時折見回らせていた。

 もうこの森にはレアたちの知らない魔物は居ないはずだが、フクロウ型の魔物を適当に見繕い、同種の者の中でも特別強力そうな個体が居れば無傷で連れ帰るように言ってある。

 ケリーの視界を見る必要がなさそうなときはライリーの視界を共有して森の様子を観察していた。


 そんなレアが「女王の間」で座っているのは、当然玉座である。

 工兵たちにそれっぽく岩を加工して作らせた後、狩ってきた巨大な魔物の毛皮を何枚か重ねて敷いて、尻が痛くならない程度にしつらえたものだ。尻の当たる部分は丸みをもたせ、背もたれを若干斜めにし、体重を全体に分散させられるよう接触面積を増やし、長時間座っていても辛くならないような、旧世代の自動車の運転席のような工夫を凝らしてある。


 最近ではこの椅子で眠ったままログアウトするようになったくらいだ。


 すぐ隣にはスガル用のベッドもあり、基本的にスガルはここでアリを産んでいる。

 産んだらすぐに教育を施し、インベントリや、指揮官級ならフレンドチャットを習得させて、部隊に編入する。


 一般的にアリは巣が大きくなってくると生活範囲を拡大させていく。それだけ広範囲から餌を集めてこなければ群れを維持できないからだ。

 レアたちに限って言えば、幼虫や蛹の期間がないぶん通常のアリよりはやりくりがしやすいが、それでもこれほどまでに規模が拡大すると、広大な大森林全てを餌場にしなければ追いつかない。

 大森林を掌握したのはそのためでもあった。


 一部の魔物や野生動物の中には、森全体を牧場として飼育・管理することで、以前より逆に数を増やせそうな獲物もいた。もっとも、当の魔物たちは自分たちが飼育されていることなど気が付きもしないだろうが。


〈ボス、戻りました〉


 ライリーの視覚と聴覚をジャックして森の探索を擬似的に楽しんでいると、ケリーからフレンドチャットが届いた。

 視覚と聴覚を戻すと、女王の間にケリーが戻ってきていた。全身安っぽいウサギの革の鎧を装備している。


「フフ、なんだいその格好は。いや、おかしいわけじゃないよ。ちゃんと一端の駆け出し傭兵に見える」


「申し訳ありません。このような低級な装備に資金を使ってしまいました……」


「まぁでも、カモフラージュでケリーが稼いだぶんくらいだったんじゃない? 使ったと言っても。それなら別に構わないし、そもそもわたし達はあまりお金を必要としているわけではないしね。装備品ならサンプルとして上等なものがひとつあれば、今ならそれを参考にしてさらに性能の高いものも自作できる」


 レアたちはこの街周辺の金属事情を一手に支える鉱山をも制圧している。また燃料や資材としての石炭や木材についても同じことが言える。上等な皮が取れる魔物や、糸などを生み出す芋虫系の魔物なども大森林の中にしか居ない。

 手本さえあるなら、むしろ街より低品質なアイテムを制作するほうが難しい。


 もっとも木材に関しては、森の外周部のものを街の木こりが切っていくのは黙認していたが。

 そのため外周部はレアの配下や牧場の魔物たちは決して現れず、魔物の領域との境界線のような扱いを受けているはずだ。

 どのみち木々の密度が高いあの辺りは、格の低い木が次々と生えて成長していくためか、仮に街全体に行き渡るほどの木材を一度に伐採したとしても、ゲーム内時間でわずか10日ほどで元に戻る。

 あるいはこの異常な生育サイクルによって、自然に倒れた木々の分解が追いつかず、地下の泥炭層や石炭層の形成につながったのかもしれない。


「ボス、聞いていらしたとおり、大規模いべんとというもののことですが……」


「ああ、そうだね……。どうしたものかな」


 ケリーとあの、ウェインとやらいうプレイヤーとの会話にあった、大規模イベントのことはレアも気にしていた。このゲームの性質上、大人数を一ヶ所に集めるようなイベントは非常に難しいと思っていたのだが、一体どこでどうやって開催するのだろうか。


 まずはイベントの詳細が判明しなければ参加の可否も決められない。

 それにどちらにしてもレア自身がどこかに出向いて参加するというのは気が乗らない。

 せっかくだしあのウェインの言うようにケリーを参加させたいところだが、NPCの参加が可能な仕様かどうかもわからない。


「いずれにしても公式から続報がないことには──」


〈ボス、森の様子がなんだか変です〉


 レアは途中で言葉を止めた。探索中のライリーからのフレンドチャットだ。

 なんだか変、とは実に曖昧な報告だが、ライリーが理由もなくそのような報告をするとは思えない。


〈変って、具体的にどう変なんだい?〉


〈飼い殺しにしているゴブリンの死体を時折見かけます。アリの新兵の訓練で使用したにしては、数が多いように感じます。それに、我々の知らない気配がするような……〉


 ライリー自身も、何かの確信があってのことではないようだ。報告の内容も、誤差と言えば誤差の範囲とも言える。


 となりのスガルを見る。支配下にあるエリアに関する報告は、スガルにも同時に上げるよう指示してあるため、同様の内容がライリーに同行しているアリから届いているはずだ。

 しかしスガルのところにもこれまでに特に変わった報告は来ていないようで、首をかしげている。

 となると、特に何の前触れもなく突然異物が現れたという事だろうか。


 しかし、ほぼ完全に掌握しているといっていいこの森で、ライリーたちがいるような中心部に近い場所に、アリの警戒網に全く引っかからずに侵入出来る者がいるとはとても思えない。陸にも空にも地中にさえアリたちはいる。


 何が起きているのか、と考えていると、すぐにライリーから続報が入った。


〈ボス! 哨戒中の別の班から報告です! 骨の軍隊が突然現れたようです! 場所はW-18付近です!〉


「骨? スケルトンか? 突然とはどういうことだ。被害は?」


〈我が軍に被害はまだありません。ゴブリン牧場のすぐそばですが、警戒して偵察に出たらしいゴブリンが数匹やられたようです〉


 意味がわからない。W-18というと、森林全体で言えば東寄りのほぼ中央付近だ。スガルの言うようにゴブリン牧場が近くにあったはずだが、他に何かあったろうか。


 いや、考えるより偵察に行かせたほうが早い。ちょうどライリーたちが近くにいる。

 視覚と聴覚をライリーに同調させる。


〈ライリー、すまないが班を率いて偵察に向かってくれ。場所はW-18だ〉


〈了解しました〉


〈それと、ゴブリンの死体がそのあたりにもあるのなら、敵はそのあたりにもすでに展開している可能性がある。骨どもの隠密性は不明だが、十分注意するように〉


〈はい〉


「スガル、ゴブリン牧場の付近にそのような、骨の軍隊が関係しそうな何かがあったかな?」


〈ゴブリン共が時折武器などを漁っている場所ならあったようですが、骨に関しては……〉


「武器? ああ、たしかに奴らは錆びた剣なんかを持っていたな……。いかにもゲーム的というか、雰囲気的に違和感がなかったし、ゴブリンの筋力ではアリの外殻を抜けないようだったから気にもしていなかったけど、そういえばあんなものどっから持ってきてたんだ?」


〈我々も大して気にしておりませんでしたので詳しくは……。牧場のそばに大量の朽ちかけた武器や鎧などが埋まっている場所があるようでしたが……〉


 あまり牧場の近くでアリたちを活発に活動させると、ゴブリンどもが警戒して繁殖が遅くなるので近寄らなかったが、もっと探索しておくべきだったか。

 牧場の地下にも伸びている地下通路を作成するにあたって発見されていないということは、埋まっているといってもそれほど深くもない、地表付近くらいなのだろう。


 スガルが報告を上げていないということは、その武器や鎧を仮に発掘などしたとしても現在レアたちが制作できる装備品よりランクが下で、再利用には適さないということだ。

 牧場の家畜共が不要品で遊んでいる分には特に気にも留めないということなのだろう。

 確かに仮に報告を上げられていたとしても、このようなイレギュラーな事態でも起きない限り、レアも気にしなかっただろう。


「まぁいい。大量の朽ちた武装が埋まっているというのなら、そこにその武装の元々の持ち主たちが埋まっていたとしても不思議はない。何者かは不明だが、発生源は当たりがついたね。ライリーの報告を待って、確定したらわたしも出よう。

 アンデッドなら、おそらくわたしが一番うまくもてなせるはずだ」


 『死霊』の新スキルを試すいい機会でもあるし。




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