第29話「座標認識」
『眷属強化』のために魔法スキルを全て取り、能力値を上げた後、レアは持て余す経験値を何に使うか考えた。
可能な限り能力値の上昇に使うのも手ではあるが、そのようなことは最後にやればいい。
能力値は当面必要であろう分だけ上げておき、あとはスキルなどで対応力を上げるべきだろう。
能力値は確かにわかりやすい強さをキャラクターにもたらしてくれるが、多少の能力値の差などスキルに容易にひっくり返されてしまうからだ。
かといって今さら武器スキルなどを上げる気にはなれなかった。今の所はレア自身が直接戦闘を行なうつもりがないこともあるし、一般的な武器スキルはどうせ他のプレイヤーがそれぞれ勝手に取得するはずだ。
そこで有用そうなスキルがアンロックされるようならSNSなどが賑わうだろうし、取得を考えるのはそれを見てからでいい。何もレアが経験値を浪費して検証してやる必要はない。
しかし生産系のスキルもあまり気が進まない。すでに工兵たちに工場を建造させているということもあるが、レアは自分自身のクリエイティブな感性を全く信用していないからだ。優れた道具には優れたデザインもまた必要だ。
そこでレアが取得したのは、まだ取っていない魔法スキル『空間魔法』だった。
この魔法は初期状態ではアンロックされておらず、『付与魔法』と『風魔法』『地魔法』を取得するとアンロックされる。この情報はクローズドテストの時には明らかにされていたので、他にも取得しているプレイヤーは多いだろう。
この魔法は単体で効果を発揮するタイプではなく、ツリーにあるスキルを取得することで他の魔法の運用を手助けするタイプだ。『魂縛』と『召喚』などの関係に似ている。
具体的には、この『空間魔法』ツリーにある『座標認識』を取得することで、他の魔法スキルなどの発動位置を任意に設定できるようになる。
うまく使えば、相対しているエネミーの背後から『フレアアロー』を撃ち、背中にぶつけてやることも可能だ。
しかし直接的な攻撃力が向上するというわけでもなく、たしかに不意打ちやブラフなどに使えるので非常に有用ではあるのだが、取得するための条件が重い。
それだけの経験値があるのなら、もっと直接的な戦闘力の向上に使用したほうがいいと考えるプレイヤーも多く、評価は高くはなかった。
また『座標認識』も自分が認識できる点に限定されるので、基本的に視界内しか指定できない事もある。対人戦でこそ輝くスキルではあるが、対人戦では視線から狙いを読まれる恐れもあった。
レアははじめ、『召喚』などで眷属が召喚される座標なども指定できるのかと検証する程度のつもりだった。前提となるスキルはすでに取得済みであるし、必要なコストは『空間魔法』のぶんだけだ。
またレアはすでにかなりのスキルを取得しているため、それでまた何らかの別の条件を満たし、『空間魔法』ツリーも『座標認識』の先が現れていたりしないかと期待したが、それはなかった。
取得した結果、当初の狙いの「『召喚』による召喚位置の座標指定」は可能だったが、これもやはり視界に依存するようだった。
レアは視力が弱いため、魔法スキルもそうだが、視界に依存する『座標認識』の恩恵はあまり得られないようだ。
これは無駄になったかと思ったが、逆に『空間魔法』によって条件を満たした他のスキルがある可能性もある。他のスキルツリーも確認してみた。
すると『調教』に『眷属認識』というスキルが増えていた。
これは自身の眷属が今いる座標が認識できるというもので、内容と名前から『座標認識』が条件だったのは間違いない。ならば取得して、他のスキルも確認すべきだ。
このパターンはレアには覚えがある。あのオープンβ初日のワクワクが蘇ってきた。
次に確認した『召喚』ツリーにアンロックされていたスキルは『視覚召喚』。
『眷族認識』によって認識した眷属の視覚のみを召喚し、自分が目を閉じることでその眷属の視界をジャックできるというものだ。
このスキルの有用性は言うまでもない。鳥系の魔物をテイムできれば、航空偵察も指揮官が自分自身で行なえるようになる。
さらに素晴らしいことに、ジャックするのはあくまで眷属の視界であり、これは主君の視力の悪さは関係がなかった。先天的な特性で弱視を取ったときはいつか何らかの手段でカバーしなければならないと考えていたが、思いがけずその手段となりうるスキルを手に入れたのだ。
レアはケリーに『視覚強化』と『聴覚強化』を取得させ、付近の街の情報を直接得るために傭兵として傭兵組合へ向かわせた。
視界をケリーのものと同期させれば、とっさの判断が必要な時にもすぐに指示を出すことが出来る。『聴覚強化』も取得させたのは『聴覚召喚』を取得したときのためで、『視覚召喚』取得後にアンロックされていたそれはすぐに取得した。
ケリーは大森林にほど近いところにある街に行かせたが、とりあえず「レア」と名乗らせていた。
これはケリーがインベントリを使える事を誤魔化すためだ。
NPCがインベントリを始めとするシステム由来の機能を使えるという事実は、現時点ではレアしか知らない。これは公式が用意したSNSや、探せる範囲で探した非公式のSNSで検索してみたが、一切引っかからなかったのでおそらくそう判断していい。
仮にこの先、『使役』などの有力なスキルを他のプレイヤーが見つけ出していくとしても、この事実だけは秘匿しておきたい。
インベントリをNPCが使えるという事実を隠したいのならそもそも使わせないのが一番だが、せっかくの便利な機能である。特に遠方で活動させるのなら、荷物の輸送につまらない制限をかけられるのはよろしくない。
そこで、何かの拍子にインベントリを見られてしまった時、この重要な情報を周りに与えてしまうよりは、実はプレイヤーであると偽装させた方がいいと考えたのだ。
ケリーという名前のプレイヤーがいるかはわからないが、名前の被りができないこのゲームで、もし他に存在していた場合は厄介だ。少なくとも正規のプレイヤーネームではないとわかってしまうし、いらぬ疑いをかけられる事になる。
しかし「レア」と名乗らせるならば、本人が表に出るつもりがないため全く問題ない。名前の被りができない以上、他に正規の手段で「レア」を名乗るプレイヤーは存在しない。この「レア」という名前こそが最も安全な「偽名」となる。
人間の街に送り出すにあたり、プレイヤーとして怪しまれないように、「プレイヤー」とはどういう存在なのか適当にケリーたちに説明した。
プレイヤーはこの世界とは違う世界とつながっており、こちらで眠っている間はそちらの世界で生活していて、そのためにこちらの世界での場所や距離と関係なくプレイヤー同士で情報を共有している場合がある、などと言った具合だ。
運営や公式といったものについても、プレイヤーたちにとっては神のような存在で、実在は確信されているが誰も敬ったりしていない、などとも教えていた。レアは我ながらなかなかうまく説明できたと満足している。
この時期のプレイヤーがケリーが着ているような盗賊然とした年季の入った革鎧を着ているのは不自然なので、レアは自分の初期装備を脱いでケリーに与えた。
ケリーの革鎧はそのまま本人のインベントリに入れさせておき、レアはライリーに街まで買いに行かせた古着を着ている。かなりお高い、おそらく貴族かなにかの古着と思われる、デザインのよいものだ。
現在この古着を参考にアリたちに裁縫で着替えを作らせている。
ケリーには街での情報収集を優先させて適当に簡単な仕事をやらせているが、もしプレイヤーと遭遇した場合は、バレる前にむしろこちらから接触するように言ってあった。多少ケリーの言うことがおかしくても、ロールプレイとかなんとか言っておけばごまかせるだろう。
レアもかつてはNPCのフリをしたことがあった。しかしそれと同じことをするプレイヤーはいても、逆にプレイヤーのフリをするNPCなどいるはずがない。バレることはないだろう。
他に『死霊』のツリーに新たにアンロックされていたスキルや、視覚、聴覚以外の感覚系の召喚スキルやその先のスキルなどを取得したところで、レアは一旦スキルの取得を止めた。
現状必要なものはあらかた取得できた感があったし、そもそももともとは余りがちな経験値の有効活用を考えてのことだったからだ。この後、スガルにも『召喚』系のスキルをアンロックさせていかなければならない事も考えると、そろそろ無駄遣いは控えるべきだった。
現在、レアの当面の目標は長時間飛行出来るタイプの眷属を新たに手に入れることだ。デフォルトで『暗視』のような特性やスキルを持っている種族ならばなおいい。
航空戦力としてはソルジャーベスパたちがいるが、彼女らはあくまでスガルの眷属であって、レアが視界を召喚することは出来ない。
大森林にいるフクロウ型の魔物が第一候補ではあるが、ソルジャーベスパと比べると戦闘力はさほどではない。偵察だけならそれでもいいが、せっかくだし遠出させて遠方の情報などがほしい。それなりの戦闘力も無ければそういった任務はきついだろう。
森の外でも長時間活動ができるような、できれば『暗視』のある、それでいて目立たず、かつ戦闘力が高い。そのような都合のいい魔物がいればいいのだが。
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