第28話「森のアリさん」





「──なるほど、眷属が配下を攻撃するといったような、本来なら経験値を得られる行動だったとしても、流石にマッチポンプでは貰えないらしいね」


 ケリーがエンジニアーアントを攻撃したのを見ながら、レアはつぶやいた。そばに控えるスガルもこれまで自分の眷属に自分の眷属を攻撃させたことは無いようで、納得したように頷いている。


 アリの洞窟を大改装した結果、新たに作られたこの新「女王の間」で、レアはケリーの戦闘の様子を眺めていた。





 メンテナンスの日を除き、現実世界でおよそ1週間。

 レアはこの時間を使い、洞窟の外に広がる魔物の領域たる大森林を、ほぼ手中に収めていた。

 食料などの供給に使えそうな魔物の群れや、経験値牧場として生かしてあるゴブリンの集落などを除いて、森でレアたちの勢力に逆らうものはもはや居ない。

 森を制圧してから、レアはホームを大森林の中央付近に移動させた。

 制圧下にあるからといって洞窟全てがホームにできるわけでないらしく、ホームの中心にと設定した女王の間の周辺しかプライベートエリアとしては認識されていない。結局試す事はなかったが、この仕様では仮に最初にケリーたちと出会った洞窟を物理的に繋げていたとしても、ホームを拡張する事は出来なかっただろう。


 森の地下全土に巣を巡らせる過程では、誤って魔物の領域近くの採掘場らしき場所に繋げてしまった事があった。

 思いがけず人間のNPCと遭遇してしまったが、どうせ領域のすぐ近くであるし、鉱物資源も入手したかったので採掘場はそのまま制圧した。


 また森の外周部の地下からは地下水脈に沿って泥炭が産出され、そのさらに地下には石炭もあった。アリたちは露天掘りなどをせずとも地下資源を容易に確保することが出来、石炭によって鉄鉱石の精錬も可能になったことから、勢力の金属事情も飛躍的に向上した。


 いまやレミーに『鍛冶』系のスキルも取得させ、巣の一角に鍛冶場を建造して金属装備の生産も始まっている。

 戦闘に出ることが少ないエンジニアーアントの一部に経験値を使い、『鍛冶』『革細工』『裁縫』などの生産系スキルを取得させ、レミーを監督にして装備品の量産体制も整えつつある。

 

 大森林を掌握したあとは、草原にも手を伸ばしていた。

 地中深くにアリ用の通路を伸ばし、草原の至るところにアリが顔を出せる穴を掘らせている。これを使い、草原周辺の人間の動向を探らせていた。

 アリたちには決して人間に見つからないよう厳命していたが、その範囲内であればウサギなどをある程度狩ってもいいとしていた。下手に人間側に危険視され、国などに本気で草原や大森林に侵略されても面白くない。


 まれに誤って人間に見つかってしまう部隊もあるようだが、見つかった場合は仕方がないので必ず始末するよう指示してある。5匹単位の班で行動するアリを単独で倒せる人間は草原周辺には少ないらしく、すぐに経験値としてレアに計上されていた。


 どうやら人間は同格程度の魔物より経験値が少し多めに貰えるようだ。クローズドテストのときと同じ仕様である。人間たちは多くの場合武器や防具で戦闘力を底上げしているため、その装備品の分が難易度に加算されているためだろう。経験値の効率だけを考えるならば、人間は素晴らしい獲物といえる。


 欲を言えば、いくらでも生き返るプレイヤーを狩るのがもっとも効率がいいのだが、これまでこの周辺で見かけたことがない。正式サービス開始に伴ってプレイヤーが増えるようであれば、加減を見つつ定期的に狩っていきたいと考えていた。


 また1班で対応できない強さの人間に遭遇した場合は、その班のアリが殺されている間に近くの複数の班が向かう手筈になっている。1班には勝てても、数班からなる小隊規模のアリに勝てるまでの人間はどうやらいないらしい。近くの街は初期ランダムスポーンで選ばれる程度の街のようだし当然だろう。


 それから、死亡したアリの死体がいつのまにか消えているのは何故なのかも判明した。

 どうやら、約1時間が経過したあたりで勝手にリスポーンしているようだ。スガルはアリの総数を気にしていなかったために気づいていなかったのだが、レアが部隊を編成し戦力の管理するようになってすぐに発覚した。


 そのときはその自動リスポーンがアリという種の特性なのか、眷属全体の仕様なのか不明であったが、先日の公式のアナウンスで後者である事が判明した。最悪の場合は眷属は『召喚』でエスケープすればいいと思っていたが、その必要もなさそうだ。


 この大森林を、そして草原の地下を掌握していく過程で、レアのもとには桁が違う量の経験値が流入していた。


 これは主にアリたちが得た経験値なので、本来はアリたち全員の成長のために使うべきだ。しかしスガルと相談してそれはやめた。

 当初の予定通り、まずはレアの『眷属強化』とスガルの『眷属強化』を優先する事にした。そして『眷属強化』は主君の能力値を参照するため、次に行なったのはレアの能力値の底上げだった。

 眷属たちの数値が目に見えて強化されたと思える程度にはレアの能力値を上げた。次いで、スガルの能力値の底上げも行なった。


 今やただの歩兵アリでさえ、初心者プレイヤーが1対1で討伐するのは難しい。工兵ならば戦闘に向かない能力値のため、魔法などで弱点をつければ余裕を持って倒せるだろうが。


 この『眷属強化』の素晴らしい点は、経験値を消費したのはあくまで主君であり、眷属には経験値は一切使われていないというところだ。

 強化を受けた眷属は多少格上のエネミーに対しても互角に戦うことが出来る。が、それは主君が強いだけであって、眷属本人が消費した総経験値量が増えているわけではない。つまり、互角の戦いであればシステム的には常に格上との戦闘であると見なされる。

 大森林や草原を掌握するのに働かせたアリたちの部隊は多くが無強化の歩兵だった。

 『眷属強化』の仕様のお陰もあり、膨大な経験値の取得につながったのだろう。


 これはおそらく、レアが横槍を入れなければスガルが同じことを行なっていたはずだ。

 もちろんレアよりも多少非効率だっただろうが、それでも普通では考えられない量の経験値を得ていたと思われる。

 本来、それをもってこの洞窟や大森林が、例の「女王国」になっていたのではないだろうか。


 つまり、スガルは単なるユニークボスの卵ではなく、レイドボスの卵だったということになる。


 それを裏付けるかのような新たなスキルも発見した。

 スガルの『産み分け』ツリー、その中の『航空兵』などのスキルである。

 このスキルは『風魔法』をスガルに取得させることでアンロックされた。

 スガルは本来、魔法系のスキルを取得できなかった。しかしレアなどの人類種とは逆に、『眷属強化:AGI』などを取得したことで対応する魔法系のスキルがアンロックされ、取得が可能になっていた。

 他の『眷属強化』を優先したことと、スガルを直接戦闘に参加させるつもりがなかったために後回しになっていたが、『風魔法』を取得して『航空兵』がアンロックされたことで再度スガルのスキルの検証を行なった。


 『風魔法』でアンロックされた『航空兵』で生まれたのは「ソルジャーベスパ」だった。

 外見は巨大なスズメバチである。大森林の浅部では木々の密度が高いため上空しか飛行できないが、大森林深部では驚異的なフットワークと攻撃力を見せた。

 相応に必要な生産コストも高いが、各種能力値の底上げをしてLP・MPも飛躍的に向上したスガルにとっては今や歩兵と大した違いはない。


 『火魔法』でアンロックされたのは『突撃兵』。「アサルトアント」だ。

 見た目は現実のヒアリに近い。彼女らは腹の先から毒液や酸ではなく、炎を発する。現実の火炎放射器以上の射程と攻撃力を持っている。可燃性の液体のようなものが燃えているらしく、対象に攻撃したあともしばらく火が消えることはない。これは森の中での運用は非常に危険なため、生産はしたが、普段は巣の中で工兵たちの手伝いなどをさせている。班に組み込まれている個体も、火炎放射を行なう際は上官に許可を求めるように厳命してある。


 『雷魔法』でアンロックされたのは『狙撃兵』である。そのまま「スナイパーアント」だ。

 通常、軍隊などではスナイパーは兵科ではなく狙撃に特化した歩兵である事が多いが、このゲームでは歩兵アリには狙撃に関するスキルがないため、分化しているのだろう。通常の歩兵に比べてやや長い触覚と、細い体躯を持ち、腹の先の毒針も通常の針の形状ではなく、銃身のようにまっすぐに細長くなっている。

 狙撃兵は工兵や突撃兵とは逆方向の背中側に腹を曲げ、サソリのように構えて対象を狙撃する。放たれた弾丸を調べてみたが、そこらの岩石を酸で溶かした後に体内で固めた物らしく、つるつるした金属のような質感だった。

 もしかしたら『雷魔法』を利用してレールガンのように撃ち出しているのかもしれない。

 狙撃時にほとんど音がしないおそるべき暗殺者だ。


 『地魔法』でアンロックされたのは『砲兵』だ。「アーティラリーアント」は狙撃兵より射程は短いし攻撃のクールタイムも長いが、一匹で面制圧が可能な遠距離攻撃を持っている。太った狙撃兵といった外見をしている。砲弾は基本的に榴弾のようだが、炸裂しない砲弾も撃つことが可能らしく、対人でも攻城戦でも活躍できるポテンシャルがある。まだどちらもやらせたことがないが。


 『氷魔法』でアンロックされたのは『偵察兵』の「スカウトアント」。これも普通に考えれば歩兵の一種だが、通信兵のような業務も兼任しているらしく、同じ偵察兵同士で双方向の通信が可能だ。

 しかし班のリーダーを任されているアリはすべてスガルとフレンド登録を行なっているため、通信兵の戦略的価値はやや低い。ただ、偵察兵としての本来の能力、隠密性の高さを評価して班に一匹は編入されている。


 『水魔法』でアンロックされたのは『輜重兵』。「トランスポーターアント」だが、現状で一番不遇なのは彼女らかもしれない。もはや歩兵アリでさえ『眷属強化』によって必要なINTを確保しており、すべてのアリがインベントリを使用可能だ。この大森林のアリたちには兵站という概念自体が存在しない。検証などのため少数は産み出されたが、全員が巣で留守番をしている。


 スガルの成長によってこれらのアリが大量に産み出された場合、人類種の国家など紙のように吹き飛ばされてしまうだろう。

 スガルというレイドボスに到達するまでの、周囲を固めるモブの強さも種類も申し分ない。またスガル自身も魔法スキルを多数取得したことで、単体でも魔法系の強ボスとして十分戦うことができる。

 これが運営の用意していたレイドボスだとするならば、かなりの数のプレイヤーを動員しなければ討伐できないレベルの恐るべきコンテンツだ。

 というか、今まさにレアのもとでそういう勢力に育ちつつある。





 レアの視界では相変わらずケリーが精一杯手加減をしながら、工兵アリをナマクラで殴っている。


 そう、レアの視界は現在、ケリーのそれと共有されていた。




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