第32話「墓地から5分の好立地。ただし廃墟」(ブラン視点)





 ブランはあれから、ゲーム時間が夜の間だけ古城の外の荒野に出て狩りなどをし、日が昇る前に古城へ戻り、昼の間は古城でログアウトし眠ったり、伯爵の話し相手になるなどして過ごしていた。

 現実の身体の検査で丸1日ログインできない日があり、いつの間にか正式サービスが始まってしまっていたが、正式サービス開始に伴う月額利用料はアカウントを作成した際に紐付けした仮想通貨のウォレットから自動で引き落としになるので問題ない。利用規約もろくに読まずに全て承諾してある。


 あの時、転生はしたが『使役』は断るという初代マスクドバイク乗りバリのわがままムーブをぶちかましたブランだったが、吸血鬼の伯爵の心証はむしろよかった。

 彼は自力で下級吸血鬼レッサーヴァンパイアに至ったブランを高く評価し、自身の友人扱いとして城は自由に使って構わないとまで言ってくれたのだ。


「どのみち、自分の眷属として吸血鬼になったものならば支配できるが、自力で吸血鬼に至ってしまったものは簡単には支配できぬゆえな」


 城の客室のひとつをブラン専用の部屋として用意してくれ、システムメッセージによってその部屋がブランのパーソナルホームになったことがわかった。つまり、土地を買って自分の家を建てるのではなく、大家に部屋を借りる賃貸の状態である。


 とはいえ、せっかくなのだしいつかは一国一城の主になりたい。

 この時、ブランは単に持ち家が欲しいという程度のつもりで言ったのだが、比喩として言った言葉を伯爵は額面通りに受け取り、機嫌良く笑いながら滅亡させるのに手ごろな国などを教えてくれた。もっと力をつけたら襲撃してみるがいい、と。


「でもその国、公式……ええと、前に聞いた話だと、豊かでもないが貧しくもなく安定した国力の国だとかなんとか……」


「ふん。安定しているとはよく言ったものだな。人でも国でも、定命のものにとっての安定など緩やかな衰退にすぎぬ」


「なるほど……。たしかにそんなような話はどっかで聞いたことあるような」


 こんな格言を知ってる。前進しない者は後退しているのだ。ドイツの詩人、ゲーテの言葉ですね。


「それにあの国はすでに長く停滞しすぎた。人材の流れが淀んだ国はそこから腐ってゆくものよ。いずれ、分裂とまでいくかはわからぬが、国の中枢は割れるだろうよ。裏ではすでに熾烈な派閥争いなどしておるようだし、時間の問題よ」


「こんな古城に籠ってるのに、どうしてそんな情報がわかるんですか?」


「古城て……まぁよい。ネズミを潜り込ませておるのでな」


「スパイですか! かっこいい!」


「いや、文字通り「ネズミ」だ。『使役』したネズミを、こう色々な組織にな」


「えっ。うーん……。ギリギリありで!」


「ふはは! そうか、ギリギリありか」


 結構失礼というか、随分上から目線の評価だったと思うのだが、伯爵は機嫌良さげに笑っている。


「でもそれいいっすね。わたしもなんか使役してみたい」


「貴様ならできよう? ほれ、吸血鬼に転生したときに『調教』系統の『使役』が取得できるようになっておるはずだ。『調教』を取得してみよ」


 ブランは言われるままに『調教』を取得した。消費経験値は20だし、今ブランは経験値にかなり余裕がある。


「ほんとだ! 『使役』出ました!」


「『使役』だけではよほどの実力差でもない限り、まず成功せぬ。自分で眷属を生み出せる者のための力だな。すでに在る者を従えたくば、『精神魔法』の『魅了』や『支配』などと組み合わせるとよかろう」


 なるほど、以前伯爵にかけられたあの一連の状態異常がそれだろう。

 『精神魔法』の『支配』まで取ると経験値をかなり消費してしまうが、今のところ他に取りたいスキルもないことだし、取得してしまうことにした。


「『支配』まで取得しました! 先輩!」


「ふはは! 先輩か! それはいいな! さて、『支配』などの『精神魔法』に連なる魔法は基本的に精神力の強さが成功率を左右する。なるべく精神力を鍛えるがいい」


 伯爵の言う精神力とは、つまりMNDのことだろうか。たしか能力値の説明でそのような事が書いてあった気がする。

 ブランは伯爵を信じ、残っていた経験値を振れるだけMNDに振った。ここで、ブランのMNDの数値がINTと並んだ。


「よーし! じゃあ夜になったら外に出て、何か『使役』してきます!」


「うむ。行ってくるがいい。ある程度戦闘力のある魔物を『使役』できれば、訓練の効率も安定しよう」









 日が落ち、古城から出たブランは、何をテイムしようか考えた。

 普段、古城周辺で狩る魔物は主にゾンビやスケルトンである。このゾンビたちは古城の中で警備に就いている者たちと違い、伯爵の従者ではなく自然に生まれた野良のゾンビらしい。

 自然に生まれた野良のゾンビというのはちょっと意味がわからなかったが、ブランは深く考えないことにした。


 せっかく吸血鬼の専用スキルらしき『使役』を覚えたのだし、どうせならかっこいい魔物をテイムしたい。ゾンビは伯爵と被るので避けたい。いや、別にゾンビが嫌いだとかそういうわけではないが。


 とりあえずいつも通りゾンビやスケルトンを倒しながら今日は少し遠出をしてみることにする。

 吸血鬼になったことでスケルトンの時より飛躍的にSTRやVITが上昇し、素手による攻撃でもスケルトン相手なら反撃を受ける間もなく砕くことができるようになった。何しろスケルトンの耐久力が低いことは、ブランは誰より知っている。


 そのことを喜んで伯爵に報告したら、憐れんだような目でステッキを与えられた。

 鉄か何かの金属でできたステッキで、素手で殴るよりも数段強い。また魔法を使用する際にも補助が入るようで、威力は変わらないようだがリキャストタイムが少し短縮されていた。

 ゾンビには近づきたくなかったため主に魔法で倒していたので、ステッキのこの効果はありがたかった。


 ステッキを賜るのと同時に、伯爵から服も与えられた。

 支配階級たる吸血鬼がみすぼらしい格好をしているのが我慢ならなかったらしい。みすぼらしい格好というのはブランの初期装備のことだ。みすぼらしい装備しか与えられずにゲームが開始するとは、やはりこのゲームは難易度高めであるようだ。

 ブランが今装備している服は伯爵のお古で、いかにも吸血鬼が着ていそうな、活動的な貴族服だった。普通の貴族が狩りなどをする時に着たりするものだろう。

 伯爵のお古だけあって男物だが、キャラクタークリエイト時にリアルの自分をスキャンせず、造形の変更もせずに決定したブランの外見は中性的で、男物の服を着ていれば小柄な男性に見える。いつもと違う自分、という意味ではブランはそこも気に入っていた。性別を変えてしまうのは抵抗があるが、男性のように振舞うのは楽しそうだ。


 ともあれ、こうしていっぱしの吸血鬼然とした格好になったブランは、張り切って雑魚のゾンビやスケルトンを倒しながら北へ移動していた。とは言え方角は適当で、ブランはあまり深く考えていない。

 しかし経験値の実入りは気にしていた。昨日倒した時よりかなり少なくなっている。スケルトンなど倒しても全く入ってこなくなっていた。


「あ、『使役』とか『精神魔法』とか取って強くなっちゃったからかな。なんかそんな説明どっかで聞いた気がする。その分戦闘も楽になってるからなんだろうけど、別にこいつら『精神魔法』とか使うまでもなくどうせ物理で一撃だしな……。タイミング悪かったかな」


 あれらのスキルを取得するならば、テイムしたい魔物を見つけてからでもよかったような気がする。

 しかし伯爵にアドバイスも貰えたことだし、大層喜んでいたようだったし、あの場で取得したこと自体は後悔していない。





 しばらく移動し、そろそろテイムの目処をつけなければ日が昇るまでに城に帰れなくなるくらいの距離を走った頃、ブランは打ち捨てられた墓地を見つけた。

 もう少し先に町のようなものも見えたが、明かりが全く灯っていないため、あれらはおそらく廃墟なのだろう。

 町ごとどこかへ引っ越しでもしたのだろうか。


「まぁこの辺ゾンビとか多いし住むのはきついよね……匂いとかもあるし。洗濯物も迂闊に干せなさそう」


 墓地の中はどうせゾンビやスケルトンしか居ないだろうし、廃墟の中も同様だろう。ブランはもう引き返そうかと考えた。


「別に今日どうしても欲しいって言うわけじゃないしね……。最悪、スケルトンでもいいかなぁって思ったり」


 伯爵と同じようにスケルトンを『使役』しようとした場合に、自分のときとどう違うのかは興味があった。

 伯爵のあの反応からすると、単に『使役』をかけただけならスケルトンが対象でも吸血鬼の従者スクワイア・ゾンビになるはずだった、と思われる。

 仮にもしブランがスケルトンに『使役』を発動した時、単なる吸血鬼の従者スクワイア・ゾンビになってしまうようならば、自分との違いはなんだろうか。


 まず考えられるのは6属性も取得していた魔法スキルか、INTの高さである。どちらかが意志ある死者レヴナントの条件で、どちらか、あるいは両方が下級吸血鬼レッサーヴァンパイアの条件だったのだろう。

 伯爵はスケルトンが魔法を使う事にも驚いていた。であればおそらく、野生のスケルトンで魔法を使う者などいないのだろう。野生のスケルトンてなんだ。今更だが。


 しかし、テイムする前にINTを上げたり魔法を覚えさせたりは出来ないため、検証しようにも簡単には出来ない。

 これを検証するのなら、テイムした後に何かしらの手段で再度転生させてやる必要がある。


「テイムした後吸血鬼になった場合はそのまま支配できるみたいなこと伯爵言ってたし、あとで聞いてみよう」


 しかしせっかくここまで来たのだし、墓地の中も覗いてみることにする。

 スケルトンやゾンビなら古城のそばにもたくさんいるが、もしかしたらもっと上位のモンスターもいるかもしれない。


 そうして入ってみた墓地の中は、荒野と違い、アンデッド以外の生き物も少し居るように見えた。


 たとえばたった今、襲いかかってきたコウモリとか。


「──うおあびっくりしたぁ!」


 何匹ものコウモリがブランにまとわりつく。目的は不明だが、食事だろうか。仮に吸血コウモリか何かだった場合、吸血鬼であるブランから血は吸えるのだろうか。


「ええい! くらえ! 『恐怖』だ! こらー! 恐れろ!」


 するとバタバタとコウモリたちが落ちていく。

 問題なくブランの『恐怖』にかかったらしい。


「ふー。効いてよかった……。あんま成功率高くないみたいなこと聞いたことあるよな気がするけど、わたし吸血鬼でこの子ら吸血コウモリ(暫定)だし、なんか特効でもあったのかな」


 地面にうずくまり、震えるコウモリたち。それを見ていると、なんとなく悪いことをしたような気にもなってくる。


「ていうか、ゲーム始めてからアリとアンデッドにしか会ってなかったな……。ふむ。生きてる生物か……」


 悪くないかもしれない。いかにも吸血鬼という感じだし、これだけ数がいれば多少弱くてもゾンビくらいならば倒せるだろう。生きてる生物という言い方はいかにも頭が悪く聞こえるが、このゲームには生きていない生物もたくさんいるので仕方がない。

 コウモリならばいざというときに目眩ましなどにも使えるかもしれないし、何より伯爵のようにスパイの真似事もできそうだ。


「コウモリってたしか天鼠とかって別名もあったし、ネズミ伯爵の後輩としては悪くない……いやむしろいいかもしれない」


 ブランはあたりにうずくまるコウモリたちに、1匹1匹『使役』をかけて回った。

 『支配』は省いたが、伯爵の言うように実力差が大きかったせいだろう。滞りなくすべてテイムに成功した。もし上手くいかなかった場合は「ブランとコウモリでは実力差があまりない」という悲しい事実を突きつけられる事になるので、上手くいって実によかった。


「全部で9匹かー。種族は……デスモダス? 見た目の割にゴツい名前だ……」


 コウモリたちは翼と小さな後ろ足を器用に動かし、カサカサとブランに寄ってきた。


「歩けるのかよコウモリ! しかも意外と速いな!」


 さすがはネズミのお仲間だ。

 しかし歩幅の差もあるし、このままでは連れて行くのは困難なので、とりあえず両手に抱える事にした。


「リアルだったら感染症とか気にするところだけど、まぁいいよね。仮に何かあってもわたし吸血鬼だしね」


 コウモリが媒介する病気には恐ろしいウィルス感染症もあるが、吸血鬼がそうした病気で寝込むとか聞いたことがない。


 遠出の目的を達したブランは城に帰ることにした。

 かっこいいわけでも、強いわけでもない眷属だが、そこは数でカバーだ。


「まぁ可愛いと言えなくもないし、いっか。さ、帰ろう」




 

 帰りはやや急ぎ、なんとか日が昇る前に古城に帰り着くことが出来た。


「ただいまー!」


「うむ……。なんだそれは? コウモリか?」


「いいでしょー! 吸血鬼っぽくないっすか? あとネズミの仲間だし」


「吸血鬼にふさわしいというのはわからぬでもないが……。コウモリとネズミは全く別の種だぞ」


「えっ」


 天鼠とはなんだったのか。

 

「ま、まぁいいや。そういえば先輩、使役した後吸血鬼になったならそのまま支配していられるみたいなこと言ってましたけど、使役した魔物が吸血鬼に転生することってあるんですか?」


「うむ。特定の条件を満たしている場合などに、特別な血を飲ませることで転生させてやることが可能だ」


「特別な血」


「より高次の吸血鬼の血だな。たとえば条件を満たした意志ある死者レヴナントに我の血を飲ませれば下級吸血鬼レッサーヴァンパイアに転生できるやもしれぬ。試したことがないゆえわからぬが」


「それはわたしの血じゃだめなんです?」


「うーむ……。もう少し、格を上げねば無理だろうな。吸血鬼の従者スクワイア・ゾンビ意志ある死者レヴナントに転生させるくらいならば、出来るやもしれぬが……」


「格……」


「さほど、遠い先のことでもあるまい。ほれ、貴様はもう「下級」が取れておる」


 ブランが言われて自分の能力を確認してみると、たしかに下級吸血鬼から吸血鬼に変わっていた。


「いつの間に……」


「『精神魔法』か『使役』を取得したときであろうな。あれらは相当の格を必要とする」


 つまり、格を上げたければ経験値を稼いで自分に投資しろということだ。

 経験値を稼ぎ、それを使えば使うほど、ゲームシステムによって強い存在だと認定されていくのだろう。


「でもこの辺りのゾンビたちじゃもうあんまり経験値稼げないんですよね……」


 伯爵は少し考え、答えた。


「この城の地下から出られる地下水脈にな、確かリザードマンどもが巣食っていたはずだ。あやつらならゾンビどもよりは食いでがあろう」


「リザードマン! そんなの居たんですね! てかこの城地下あったんですか?」


 伯爵は呆れた目つきでブランを見た。


「……お前が来たのがその地下だ。まぁどうせどこぞより迷い込んで、帰れぬままここまで辿り着いてしまったのであろうが……。簡単な道順を描いてやるゆえ、行ってみるがいい。あそこならば陽の光は届かぬ。昼でも十分遊べよう」


「あざーす!」


「ふはは。それからそのコウモリたちだが、我らにゆかりのある種のようだな。もしかしたらなんらかの条件で、そやつらも転生させられるやもしれぬ。育ててやるがいい」


「おー! がんばります!」


 最初見たときは、痛いお兄さんだなぁと思ったものだが、慣れてくるとなかなかどうして、この口調すら可愛らしく思えてくるから不思議なものだ。


「ほら、地図だ。簡易なものだが、城から出る程度ならば迷うまい。リザードマンどもならば『精神魔法』も使い放題であるし、さほど苦労はすまいから、やれそうならコウモリたちにも経験を積ませてやるといい」


「リザードマンなら『精神魔法』使い放題ってどういう意味ですか?」


「む? 説明しておらんかったか? 『精神魔法』はアンデッドには効かぬ。ゆえにこの城の外ではあまり使い道がないのだ」


「初耳っす! てか、伯爵初対面のときわたしに『魅了』とかかけまくりじゃなかったでしたっけ?」


「まあ抜け道があってな。それはまたおいおい教えてやる」


 気にはなったが、いずれ教えてくれると言うのならとりあえずはよしとする。早く経験値稼ぎがしたい気持ちもあった。


「では行ってきます!」


「うむ。ではな」


 ブランは早速地下へ降り、地下水脈へと向かった。

 途中、ブランの懐かしの初期スポーン位置を発見したが、その先はどうせ行き止まりであり、今行っても仕方がない。

 コウモリたちはマントの中でブランにしがみつかせている。よほど無理な挙動をしなければ問題あるまい。









 地下水脈へはブランの初期スポーン位置よりもさらに地下の、牢の一角の崩れた壁から出られるようだ。

 伯爵はさも地下から普通に出かけられるような事を言っていたが、これは一般的には出口とは言わないのではないだろうか。城に侵入するための抜け道といったほうがしっくりくる。


「抜け道好きだなあの人……」


 城の地下牢も相当な深さにあったが、そこを出てからもさらに坂道を下っていく。かなりの深さまで下っていくようだ。

 やがて水音が聞こえてきた。


 地下水脈の流れる洞窟へ出ると、城の中よりひんやりしていた。湿度が高いせいなのか、地下水が冷たいせいなのかはわからない。

 しかし人が歩けるほどの洞窟が地下水脈に沿って伸びているということは、かつてはこの洞窟いっぱいまで水があったのだろうか。何も理由がないのに地下洞窟など出来ないだろう。地下水脈に削られて出来たと考えるのが自然だ。


 地下の洞窟は水が真っ黒にみえるほど暗く、ブランの目をもってしても中に何がいるのか全くわからない。仮にリザードマンがいるとしても、ここで戦うのはいささか危険かもしれない。何かに気づいたら即魔法を撃つくらいの気概でいなければ死ぬことになりかねない。


 いつでも魔法が撃てるよう覚悟をし、慎重に洞窟を下っていく。

 どんどん地下深くへ降りていくようだが、この水はどこから来てどこへ行くのだろうか。城の地下も相当深かったがここはどれほど深いのだろう。

 それとも城の立地が高地なのだろうか。周りが荒野だったためそういうイメージはなかったが、たとえばギアナ高地のような、極端な地形だった場合などはそういうこともあるかもしれない。特にあの伯爵は高いところが好きそうであるし。深い意味はないが。


 どのくらい下っただろうか。例によってブランはまったく覚えていないが、ともかく、少し開けた場所に出るようだ。巨大な地底湖、といった様子である。

 慎重に覗き込むと、地底湖のほとりにいくつもの人影が見えた。


 おそらくあれがリザードマンだろう。長い尾がある。集落を作っているのか、かなりの数だ。


「……いやあれで経験値稼ぎするっていうのはちょっとハードル高すぎでしょ……」


 リザードマンの強さがどのくらいなのかわからないが、少なくともゾンビやスケルトンよりは強いと思われる。

 コウモリたちは戦力にならなさそうであるし、流石に今のブランの実力では単騎であれは殲滅できまい。

 

 攻めあぐねていると、胸元のコウモリからなにやら案があるというような意思が伝わってきた。


「え、囮? そんな……危なくない? あーきみら飛べるもんね……。うーん、じゃあ、集落に戦闘音とかが聞こえないくらいの場所で待ってるから、あの集落から何人か、そこまで誘導してきてくれる?」


 するとブランのマントから3匹、コウモリが飛び立っていった。

 それを見送り、ブランは音をたてないように洞窟の奥へと下がる。


 それからしばらくすると、コウモリを追って2体のリザードマンが洞窟の中へ入ってきた。

 リザードマン達は暗闇で見失ったコウモリを探しながら、ゆっくりと奥へと進んで来る。


「コウモリ3匹に大層なことだけど……。もしかしてコウモリくらいでも貴重なタンパク源なのかな」


 仮にそうならば、コウモリでいくらでも釣れそうだ。もっとも地底湖にいる彼らに、戻ってこない仲間を不審に思う程度の知能があればそううまくはいくまいが。


「何にしても、この2人を生きて返さないのが先だよね」


 ブランは集中し、魔法を唱える準備をする。水に親しい種族であることだし、初撃は『サンダーボルト』でいいだろう。水タイプには電気技だ。敵は2体いるため、間髪入れずにもう一撃が必要だが、同じ魔法は連続して放てない。ブランはここは相性があまり関係なさそうな『エアカッター』で切り刻むことにした。


「よーし……。もう少し……。もうちょっとこっちこい……。ここだ! 『サンダーボルト』! 『エアカッター』!」


 放たれた電撃が目にも留まらぬ速度でリザードマンに襲いかかり、それから数秒遅れて不可視の斬撃が生き残ったリザードマンを切り裂いた。

 電撃に貫かれたリザードマンは即死したようだが、『エアカッター』に切り裂かれたリザードマンはまだ息がある。這って逃げようとしている。


「うーん、やっぱり弱点属性とかでないと確殺できないのかな? 『アイスバレット』」


 撃ち出された氷の礫に貫かれ、リザードマンは力尽きた。

 経験値を確認してみると、確かになかなかの量だ。


「でも効率がいいかって言ったらちょっと微妙かなぁ。釣ってきて、隠れて、魔法撃って、て結構手間かかってるし……。もっと一網打尽にできないものかな」


 スキル習得画面を眺める。

 『吸血魔法』というスキルツリーがあった。

 これは当然、スケルトンであった以前にはなかったもので、吸血鬼になったためにアンロックされたツリーだろう。ツリーを開くと、ひとつ目のスキルは『霧』だった。


「えーと、広範囲に霧を発生させる魔法、かあ……。効果は範囲内で自分が使う『吸血魔法』と『精神魔法』の判定にプラス補正……。そういえば『精神魔法』ってコウモリたちにしか使ってないな」


 加えて発生させた霧の中では視界や探知の阻害効果もあるようだ。

 『霧』を発動し、『恐怖』で足を止めさせておいて一体ずつ魔法で倒す、というのもいいが、『恐怖』に抵抗する敵がいた場合は厄介だ。実戦でいきなり試すのはよくない気がする。


「今の2人にテストに協力してもらえばよかったかな……。うーん」


 悩んだ結果、もう一度だけ、コウモリで釣りをすることにした。

 まずはスキルを取得する。『霧』と『雷魔法』の範囲攻撃『ライトニングシャワー』だ。MP消費は大きくなるが、一度に複数の敵を攻撃できるのは大きい。一撃の威力は下がるだろうが、そこは『精神魔法』をあらかじめかけることでカバーする。倒せなくても、瀕死の状態で『恐怖』にでもかかっていれば、逃げ出したりは出来ないはずだ。

 これでまた経験値を消費してしまいブランの格とやらが上がってしまったが、今得られたリザードマンの経験値の量から考えると、これでもまだ昨日までのゾンビやスケルトンよりは経験値を得られるはずだ。


 今度はブラフも交えて、コウモリ2匹のみを地底湖へ向かわせる。さきほどの2体のリザードマンが帰ってこないことを誰かが気にしていたとしても、すでにコウモリを1匹捕らえて2人で食べているかもしれない、などと邪推でもしてくれないだろうかと狙ってのことだ。


 リザードマンたちがどう判断したのかは不明だが、今度は3体が釣れた。

 3体がキルゾーンまで誘導されたところで、まずは『霧』を発生させる。

 暗がりで、ただでさえ湿度が高い環境のため、リザードマンたちは霧には気づいていないようだ。

 続いて『恐怖』を発動させる。3体のリザードマンはそろって棒立ちになり、その尻尾が震え始めた。


「……これ、効いてる……んだよね? リザードマンが恐怖に震えているのかどうかとかわかんないな……。尻尾を震わせるのは発情の合図とかだったらどうしよう……。まぁいいか。よし『ライトニングシャワー』」


 洞窟の天井から床までを貫く電撃が幾筋も走る。そのうちの何本かが範囲内にいたリザードマンを襲った。リザードマンは電撃により仰け反りかえり、痙攣した。すべて一瞬の出来事だった。痙攣したリザードマン達は倒れ伏し、動かない。

 しかし死んではいないようだ。電撃によるダメージなのか、『恐怖』による効果が残っているのかはわからないが、動かないなら都合がいい。ブランは近寄ると、一体ずつステッキで頭を貫いた。


「これなら地底湖の集落まで行っても、先制で『恐怖』が叩き込めればいけそうだね。よーし!」


 ブランは再び地底湖が見えるあたりまで進んでいった。

 地底湖を覗き込むと、リザードマン達はコウモリ狩りの収穫が気になるのか、時折こちらを気にするようにしているものが何体かいる。

 あまりもたもたしていると見つかってしまうかもしれない。


「『霧』」


 ここから届くかは不明だったが、どうせ気づかれまいし、届かなければリキャスト終了を待ってまた発動すればいい。


「広範囲、ってマジで範囲広いな……。小さな村くらいなら余裕で覆えそう。でも『精神魔法』の効果範囲は別にそこまで広くない罠」


 『霧』の効果時間は「解除するまで」であり、発動中は常にMPを消費し続ける。『霧』を発動した以上は早めに片をつける必要がある。

 ブランは霧に紛れ、壁伝いにゆっくりと集落に近づいていった。

 ブランにとって霧は視界の妨げにならないらしく、濃い霧が発生している、というのは分かるが、それとは別に辺りの物もいつも通り見えていた。

 気付かれそうなそぶりでもあれば、即『恐怖』をばらまくつもりだったが、まったく気付かれないまま、かなり近くまで接近できてしまった。


「……まぁ近い分にはいいか。そーれ『恐怖』だよー」


 ブランに近い位置にいるリザードマンから、硬直して震えだす。集落すべてを覆うには全く足りないが、すぐにブランの位置へ到達できる程度の範囲はカバーできたようだ。


「続いて『ライトニングシャワー』!」


 先程の洞窟よりも天井は高いが、それでも地面から天井までを稲光が満たす。屋外で放ったらどうなるのか気になるが、それは機会がくるまで棚上げしておくとして、倒れ伏すリザードマンたちにとどめを刺していく。

 今の攻撃はかなり派手で、この地底湖広間の隅に居たとしても十分わかるほどだったはずだが、ブランへ向かってくるリザードマンは想定よりも少ない。


「霧の効果なのかな? だとしたら霧超強いな……。種族限定スキルなだけある。限定って名前だけでもう強そう感あるし」


 寄ってきたリザードマンを単発の『フレアアロー』や『アイスバレット』で攻撃し、ステッキで止めを刺す。本来ならばもう一度くらいはまとめて範囲攻撃をしたかったが、思いの外集まりが悪いので仕方なく1体ずつ片付けていく。

 

 やがて目に見える範囲にはリザードマンは居なくなった。あとは、湖のほとりにいくつか建っている盛り土のようなあれは、家だろうか。


「家だとしたら、湖に向かって出入り口が開いてんのかな? 水棲っぽいし。だとしたら覗き込むのは危険かなあ」


 魔法で崩そうかと考えたブランだったが、考え直して『霧』を解除した。

 中に居たとしても子供や卵──卵生なのかどうか不明であるが──だろうし、だったらしばらく放置して成長させ、また今度来たときに経験値にしようと考えたためだ。

 何かに使えるかどうかも不明であるが、倒したリザードマンたちの死体をインベントリに収めていく。


「よし、帰ろ。とりあえず今はわたしはこれ以上強化しちゃうとリザードマンで稼げなくなっちゃうし、帰ったらコウモリくんたちを強化しよう」


 ブランはごきげんな様子で城へ帰っていった。








★ ★ ★


次回はシステムメッセージ回ですので、深夜0時に更新します。

さすがに4回更新を常態化はしません。たぶん。

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