第17話「ブラン・ニュー・ゲーム」(別視点)





 ――せっかくだし、いつもの自分とは違う姿になりたいな。


 いよいよ始まった注目タイトルのオープンβテスト。

 普段はあまりゲームなどをしないのだが、思いがけず長期間時間が空いてしまったため、これを機会にと食わず嫌い気味だったVRゲームに手を出してみることにした。

 VRマシンは普段使用している医療用のもので兼用可能なようで、それもやってみようと思った要因のひとつであった。


 なんでもこのゲームは、これまでのVRゲームとは技術的に隔絶した進歩をしており、ゲームの中はまさに異世界が広がっているかのようだというのが著名人たちの評価だった。


 異世界で生活をするのなら、これまでの自分とは全く違った人生を歩みたい。

 彼女はそう考え、あえてアバターのフルスキャンはしないようにしてキャラクタークリエイトを始めた。

 

「すけるとん……ってなんだろ。なんかかわいい響き。種族はこれで決定──って骨じゃん! スケるにしても程があるでしょ!」


 普段ゲームなどしない彼女にとって、スケルトンというのは馴染みの薄い言葉だった。まさか骨だけの姿だとは思いもしなかったのだ。

 しかしせっかくの機会である。知らずとはいえ一度は選んだ種族だ。ちょっと見た目がエキセントリックすぎるが、いつもと違う自分という意味ではこれ以上のものはないだろう。彼女は確かに痩せ細っているが、骨だけというほどではない。


「よし! 種族はスケルトンだ!」


 種族を決めたら、次はスキル構成だ。といっても、ゲーム的なスキルなどほとんどわからない。


「スケルトンには何のスキルがいいんだろ……。全然わかんない……。あ、せっかくだから魔法使いたいな。魔法にしとこう。どうせ何がいいのかわかんないんだし好きなのにすればいいよね」


 スキルを『火魔法』、『水魔法』、『風魔法』、『地魔法』、『氷魔法』、『雷魔法』のツリーからそれぞれ1つずつ取得した。

 適正とかよくわからないものもあったが、とりあえずカタカナでそれっぽい名前のものばかりを選んで取得しておく。


「まだ経験値余ってるな……。あ、スケルトンにしたら経験値多めに100ポイントも貰えるんだ! らっきー。よーし、余ったぶんは能力値上げるのに使お。魔法はいんと?ってので判定か。じゃあ全部いんとにつぎ込もう。どうせ余りだし」


 キャラクターデータのクリエイトは完了した。

 次は名前だ。


「名前はー……うーん「ブラン」にしよう! 美白だし。骨だけに」


 そうしてブランは魔物の領域の「洞窟環境」を選択してログインした。





 *





 チュートリアルが終わってブランがスポーンしたのは、薄暗くジメジメした、岩壁に囲まれた洞窟だった。薄暗い、とは言うが、実際には全く光のない暗闇である。薄暗く見えるのはブランの種族「スケルトン」の種族特性の「暗視」の効果である。


 チュートリアルでサポートAIに聞いた話では、初期スポーン位置の近くにはゲームスタート時のキャラクターで十分勝てるレベルのエネミーしかいないらしい。


 ブランはひとまずこの洞窟を出口に向かうことにした。もっとも出口がどちらか分からなかったため、歩き始めた方向は当てずっぽうだが。


 天然の洞窟を歩くことなどこれまでVRでのリハビリでさえなかったために、何度も足をとられながら歩いた。

 数分も歩くと分かれ道があり、片方はこれまで通りの洞窟だが、もう片方は通路というより横穴で、四つん這いでなければ進めないような狭さであった。しかしその内壁は滑らかでなんだかつるつるしており、明らかに何かあるという雰囲気を主張していた。


 少し考えたのち、ブランはその怪しげな横穴に進むことにした。せっかくの初めてのゲームだし、普段だったら絶対やらないような選択をしてみたいと思ったからだ。

 

 横穴は壁だけでなく床面も滑らかで、触れても痛くない。とはいえ生身で四つん這いで進めば体重がかかって痛みを感じ、膝や手のひらが真っ赤になってしまっていただろう。だが幸い今は骨の体だ。体重も驚くほど軽いし、赤くなる皮膚も痛む肉もない。

 ブランは改めてスケルトンを選んだ自身の慧眼を誉めたたえながら、かしゃかしゃと横穴を進んでいった。


 やがて狭苦しい横穴は終わり、かろうじて立って歩ける程度の場所に出た。


「何かの部屋にとうちゃ……く……」


 立ち上がり、顔を上げたブランは、ここでゲームを始めて初めての生物を目にする。


 そこにいたのはアリだった。


 ただし、柴犬サイズの。


「ひっ」


 しかもアリは1匹ではなかった。3匹のアリがブランの方を向き、触覚をしきりに動かしていた。

 暗がりに黒いシルエットだが、ブランは暗視のおかげで目が合ったのを感じた。


 あれに似ている。いつかVR図書館でみた、大昔の昆虫図鑑の表紙のスズメバチの顔。


「ぎゃあああああああ!」


 反射的に叫び声をあげたブランに反応してか、叫び声を攻撃と認識してか、アリたちがブランに襲いかかった。


「あ、そうだ! 叫んでる場合じゃない! これあれだ! モンスターだ! こ、攻撃、えと、魔法を……」


 アリたちは素早くはあったが、ブランもそのくらいの動きならできそうかなという程度であった。落ち着いていれば魔法も発動できたかもしれない。

 しかし先手をとったのはアリたちの方であり、貴重な対応時間をブランは混乱から復帰することに費やしてしまっていた。


 ブランが魔法の発動の仕方を脳内で確認するころには、すでにアリはブランの足にとりついていた。


「うわっアリが噛みつ──んぎっ!」


 アリは容赦なくブランの骨の足に噛みついた。柴犬サイズのアリの顎は相応に大きく、対してブランの骨の足は相応に細い。

 アリはブランの足を噛み千切らんとする勢いで咥えている。ゲームの初期設定で痛覚にフィルターを掛けているため痛みはそれほどではないが、自分の足がアリに噛み千切られようとしているという事実はこれまでにない経験だ。痛みが少ない分、自分の骨を直接攻撃されるという感覚がより鮮明に感じられ、そのことにも根源的な不快感を覚える。


「やだやだやめやめっ……!」


 ブランは何とかアリを蹴り剥そうとするが、INT全振りで筋力がなく、骨しかないため重さもないブランの蹴りではアリは剥がれず、逆にアリの顎が食い込んだ自分の足によりダメージを与える結果になった。

 また蹴りを繰り出す足にも別のアリが取り付き、ブランは転倒した。


「あだっ! ……え」


 ブランの頭の位置が下がるのを待っていたのだろう。もう1匹残っていたアリが、体を丸めブランに尻を向けている。いや、昆虫のあれは尻ではなく正確には腹だったか。


「ちょっ──ま」


 アリの腹の先端の毒腺から刺激臭のする液体が勢いよく噴射され、ブランの上半身に降りかかる。骨の体は健康に悪そうな煙を噴き上げ、溶け出していく。


「いぎっ──」


 ブランの視界は暗転し、暗闇の中、カウントダウンらしき数値の減少だけが見える。


 そして聞こえてくる謎の声。


《1時間以内なら蘇生を受け付けられますが、ただちにリスポーンしますか?》


「なにこれ……。あ、わたし死んだのか……。

 てか、足齧られて頭から酸ぶっかけられて殺されるとか上級者向けすぎるでしょ! 何あのリアルな感覚! 痛みはそれほどでもないけどそれ以外の……トラウマになるわこんなん!

 しかしゲームってこんなハードなんだ……。みんなよくやれるなあ。わたしがへたくそなだけかもしれないけど。でもまぁ、気持ち悪いけど、別にめちゃめちゃ痛いとか苦しいってわけじゃないし、それもミスの代償だと思えば仕方ないっちゃー仕方ないのかな……」


 先ほどはゲーム内で初めて見た自分以外の生物――スケルトンである自分が生物なのかは不明であるが――にいきなり殺意の高いコミュニケーションを受けたことで錯乱していたが、落ち着いてみればあの時こうすれば良かっただとか、もっとああしておけばよかっただとか、悔しい気持も湧きあがってくる。


「よし、ここで待っててもアリが蘇生してくれるわけでもないし、リスポーン?ていうのをすれば最初のとこに戻れるんだっけ。あ、死んだときのペナルティがあるんだったかな」


 リスポーンの了承の前にヘルプでデスペナルティについて調べてみる。どうやら死亡したあとシステムによってリスポーンを行うと、それまでの総取得経験値の1割を失うようだ。


「ペナルティ重いな! ……あでも経験値の総使用量が一定以下ならデスペナルティは無しになるのか。ほむ。ボーダーは200、と。スケルトンはギリギリだなぁ。ゴブリンだと一回死んだだけで最初の状態より弱くなっちゃうのか。ひえー」


 魔物というデメリットを背負ってまで手に入れた初期経験値を、一度のミスで失ってしまうというのは随分と厳しい。


「ギリギリのバランス。やはりスケルトン最強説か。──とりあえずリスポーン、と」


 一瞬の酩酊感のあと、ブランは洞窟の中の初めに目を覚ました場所に立っていた。


「今度は慎重に行くぞ……というか、もうあの横穴には入らないぞ。あれはきっともっと強くなってからじゃないと行っちゃいけないところなんだ、うん」


 復活したブランは、洞窟を再び進み始める前にもう一度魔法の使い方を確認する事にした。先ほども、魔法さえ使えていれば対処できていたはずである。

 いつでも魔法を放てるよう心の準備をし、今度は慎重に歩き始める。ただし、先ほどとは逆方向にだ。


 見ていても違いがわからないほど似通った壁が続く。

 ブランは前回とは逆に進んできたつもりだが、リスポーン時に向いていた方向からそうだと判断しただけであり、実際に逆方向かは実はわかっていない。


 先ほどよりも随分と時間をかけて、ゆっくりと進む。やがて分かれ道が──


「ってこれさっきの穴やんけー……。あ、いや、さっきの穴は左側だったけど今度のは右側だな……たぶん」


 仮に間違えて同じ方向に歩いていたとしたら、同じ向きの位置に穴があるはずである。逆方向に歩いてきて、先ほどと逆の向きの位置に穴があるということは、どちらの穴も、現在の進行方向から見て洞窟の右手側に向かって伸びていることになる。

 だとすると、先ほどのアリたちの巣があるのは右手側なのだろうか。


「……なるべく左側に向かって進むことにしよう」


 極力横穴のほうを見ないようにし、分岐を左に進む。出来れば、視界から消すだけでなく存在自体を無かったことにしたいくらいだ。


 そしてちょうど横穴に差し掛かった時、ブランは右側から覚えのある刺激臭を感じた。


「──え」


 刺激臭の元はアリの出す酸だった。

 横手から酸を浴びせかけられたブランは、全身から力が抜け、立っていられずにかしゃりと座り込む。

 そこへさらに頭の上から追加の酸が降り注ぎ、ブランの視界はブラックアウトした。


 そして現れる数字とついさっきぶりの音声。


《1時間以内なら蘇生を受け付けられますが、ただちにリスポーンしますか?》


「……まじかー……」


 アリの巣を避ける方向で方針を立てていたとはいえ、もし仮にアリに遭遇したら、即座に魔法が撃てるように覚悟をしていたつもりだった。

 まさか奇襲を受けてそのまま死んでしまうとは思ってもいなかった。


「すげー殺意高いな……。アリ……」


 こうなっては、横穴に積極的に押し入り、やつらを皆殺しにするしか生き残る術はない。

 ブランは覚悟を決め、闘志をみなぎらせてシステムによるリスポーンを受諾した。


「っは?」


 目の前にアリがいた。

 初期のリスポーンポイントにいきなり魔物がいる。そんなこともありうるのか。


「アリだけに……っと! 『フレアアロー』!」


 しかしブランはもう動揺に飲まれたりはしない。即座に切り替え、初の魔法を発動する。

 発動キーとなる言葉の直後、ブランの目の前に炎の矢が現れると、まっすぐに対象のアリへと襲いかかった。炎はアリの頭部へ突き刺さり、そのまま炎上して燃え尽きた。あとにはアリの腹の部分だけが残っている。


「す──っごいな魔法……。あの最強のアリが一撃で消し炭だぜ……」


 焼け跡から若干どこかで嗅いだような匂いがするが、ブランはとりあえず焼け跡に近づき、アリの残骸を見つめた。


「でもドロップアイテム?っていうか魔物の素材的な何かを手に入れようと思ったら、魔法はちょっとやりすぎ感あるな……。

 ていうかこの匂い思い出した。スルメ焼いたときのやつだ。いや痛みとかはシャットアウトしてくれるのかもしれないけど匂いはそのままなのかよ。ほんとこのゲームはトラウマ製造機っていうか、もっと他にやるべき事あるだろっていうか……」


 とりあえず焼け残ったアリの腹をインベントリに回収する。ブランを二度も溶かしたあの酸が取れるとしたら、おそらくこの部分だろう。拾っておけばいずれ何かの役に立つかもしれない。


 ともあれ、アリに対して有効な戦闘方法は確立した。例の酸の射程外から『フレアアロー』だ。MPがもつかぎりはこれでやっていける。やられる前にやれ、の精神である。


 さしあたってはどちらに向かうべきだろうか。どちらに向かってもアリの巣に通じるであろう穴はある。どうせアリを全滅させるつもりなら、どっちでも同じだ。ブランは深く考えるのをやめて適当に歩き出した。


 程なく、左手に横穴が見えた。慎重に近づく。恐る恐る覗き込むが、アリの姿はない。


 ブランは迷った。

 今ならば無かったことにして、この先へ進める。しかしブランを二度も殺した敵だ。このまま許してもいいものか。実際二度目のリスポーンのときは、横穴に入って積極的に潰していこうと考えていたのではなかったか。

 それに仮に無視してこの先へ進んだとして、もうアリの巣がないとは限らない。そのたびにビクビクしながら通るのか。


 ブランは横穴に入ることに決めた。

 最初のときと同様、しかし最初のときと違いはっきりと警戒しながら、横穴を這い進む。


 そろそろ、広間に出るはずだ。そうしたら魔法を、と考えていたその時、広間に通じる出口にアリが何匹も待機しているのが見えた。


「あっヤバ……」


 撤退するしかない。しかしこの狭い穴では方向転換も出来ない。

 ブランは前方のアリを見据えたまま、四つん這いでゆっくりと後ずさる。

 カツン、と骨の尻がなにか硬いものに当たった。

 恐る恐る、なんとか首だけを回して後ろを振り返る。

 尻が当たったのはアリの頭部だった。


「ですよね──」





《1時間以内なら蘇生を受け付けられますが、ただちにリスポーンしますか?》

《経験値の減少があります》

 

 なるほど待ち伏せ。そういうのもあるのか。


 たしかチュートリアルのAI子ちゃんはプレイヤーもNPCもモンスターもシステム的には同じとか、そういうことを言っていた。

 であれば魔物のAIもおそらく学習して対応策を練ってきたりするのだろう。あまり同じところで何度も死ぬような真似をすれば、こちらの手口に対策されかねない。


 もう横穴にこだわるのはやめるべきだ。そもそも最初のリスポーンのとき、もっと強くなってから来るべき場所だと考えていたはずだ。ここは初心に帰って、アリには関わらない。もちろん出会ってしまえば別である。やられる前にやらなければ生き残れない。


 何度目かのリスポーン受諾を行う。

 目の前にはもちろんアリ。


「知ってた! 『フレアアロー』!」


 しかしその向こうにも何匹ものアリがいる。


「そいつもお見通しだぜ! 「フレアアロー」! あれ!? 出ない! なんで!? あ、リキャス」





《1時間以内なら蘇生を受け付けられますが、ただちにリスポーンしますか?》

《経験値の減少があります》


「えぇ……。これもう噂に聞く無理ゲーとかってやつじゃない……? どうすりゃいいのさ……」


 ブランはとりあえずすぐにリスポーンするのはやめ、魔法の連続使用について調べてみることにした。1時間は蘇生受付時間があるので、その間は調べ物をしていても問題ないだろう。


 公式の用意したログイン式のSNSを開く。最近ではあまり見かけなくなった掲示板とかいう形式のページだ。もともとどういう意味の言葉だったのかはわからない。板きれを掲示して何の意味があるのだろうか。


 その掲示板のスレッドというツリーの中で、魔法に関する書き込みを探す。そういった検証をしているプレイヤーがいるようで、スレッドは随分と盛り上がっていた。検索をかけ、連続使用に関連することを書き込んでいる人を探した。


 名無しのエルフさんという変わった名前のそのプレイヤーによれば、同じ魔法の連続使用は出来ないが、違う魔法ならば即座に使えるという事だった。しかしその場合、最初に使った魔法のリキャストタイムの減少は、次に使った魔法のリキャストタイムが終了するまで停止する。

 つまり、『フレアアロー』『アイスバレット』と連続して撃った場合、両方のリキャストタイムがそれぞれ5秒だとするなら、『フレアアロー』が再び撃てるのは1回目の『フレアアロー』から10秒後ということらしい。ややこしい。


「まぁでも、そうか。わたしは魔法を6個とったから、最大で6回までは連続して魔法が使えるのか」


 取得している魔法の中には攻撃魔法ではないものも含まれているようだが、それでも5連打できる。

 これならば光明が見えた。リキャストタイムをうまく調整し、逃げながら戦えばアリの集団相手でもすぐに死ぬことはないだろう。仮に失敗するとしても、先程アリを倒して手に入れた経験値は今のデスペナルティですでに失ってしまっている。これ以上失うものはない。


「よっしゃー! やったるで! 5連打グォレンダァ!」


 興奮しつつも、頭の中では冷静に魔法の順番やタイミングを考えつつ、リスポーン受諾を行った。


《あなたのリスポーン地点は他のキャラクターのパーソナルエリアです。リスポーン出来ませんでした。他にあなたの既存のリスポーン地点がありません。初期スポーン地点にランダムにリスポーンします》


「は? え?」


 ブランはリスポーンという言葉がゲシュタルト崩壊しそうになった。

 しかし、状況は待ってはくれない。

 すでにリスポーンを受諾しており、さらに他に選択肢もないため、すぐに視界が歪みリスポーン処理が始まった。


 視界が回復し、ブランが辺りを見渡すと、見覚えのない場所だった。

 どこかの洞窟であろうことは間違いないが、先程まで何度も見たリスポーン地点の洞窟よりだいぶ広い。


「……どこここ」


 もともとの洞窟も別にどこかわかっていたわけではないが、少なくとも今いる場所は明らかに違う洞窟だ。岩肌の色や質感なども違う。


「ていうか、わたしのリスポーン地点が他の人のものってどういうことなの……?」


 つい先ほどまでは問題なくリスポーン出来ていたはずだ。

 もっともアリがひしめいていたので、完全に問題なくリスポーン出来た事例は稀だが。


「……なのに今は誰かの私有地だからできないってことは、SNS見てた数十分の間に誰かが……洞窟を含む土地でも買ったのかな? てか土地って買えるのかな。わたしもいっぱしの骨として自分に自信がついたら家とか買いたいな。でも骨だし家よりお墓買った方がいいのかな」


 しかしあの洞窟にはアリが大量にいたはずだ。アリがいても土地の所有権を主張できるのだろうか。

 もしそうならば、戦わずとも資金さえあればモンスターなど物の数ではない事になる。国家予算などを使えれば魔物の領域など地上げで消し飛ばせるはずだ。

 しかし現実には人類国家と魔物の領域は互いにしのぎを削りあっている。と公式サイトに書いてあった気がする。


「普通に考えて先住民がいるなら土地の所有って無理なんじゃないかな。現実の地上げ屋さんもその辺クリアするために嫌がらせとかするんじゃないのかな。だとしたら、まさかわたしがいない数十分の間にあの洞窟のアリを全滅させた人がいるってこと?」


 そんなことが可能なのだろうか。仮にサービス開始と同時にゲームを始めたプレイヤーがいたとしても、現時点で半日程度しか経っていない。そんな短時間であの最強のアリを狩りつくすようなプレイヤーがいるとは思えない。


「あ、そっか。もともとあの世界に住んでる人たちならそういう強い人いるかもしれないのか。プレイヤーができることは大抵NPCもできるみたいなこと言ってたし。っていうかNPCができることはモンスターもできるはずだし、そもそもアリが制圧したのかも」


 アリというからには、女王アリのような存在がいてもおかしくはない。

 おそらくあの洞窟は、その女王アリの指示でアリたちが制圧している途中だったのだ。ブランはその中に突然現れた異物に過ぎなかったのかもしれない。

 そしてたまたま、ブランが死亡中にブラン以外の敵対勢力もすべて一掃されたため、あの洞窟は晴れてアリの楽園となり、ブランはリスポーンできなくなった。


「それが一番アリそう。アリだけに。

 でも私が死んでて蘇生受付中ってことは、私の死体がそこにあったはずなんだけど、アリが制圧したあとに誰かが私を蘇生したらどうなってたんだろう……」


 ブランはヘルプを確認しようとしたが、そもそも何にかかわる事柄なのか絞り込めなかったため悩んだ。ヘルプとして想定される質問があまりにも多岐にわたるため、曖昧な検索単語では目的のヘルプにたどり着けることはない。


「とりあえず蘇生時の条件、と」


 蘇生時の条件は、蘇生対象のキャラクターが死亡してから1時間以内であること、蘇生対象が蘇生制限などをかけられていないこと、死体が5割以上残っていること、蘇生不可エリアでないこと、とあった。


「怪しいのは3番目と4番目かなぁ……」


 死体が5割以上残っていたかどうかはわからない。ブランの死亡を決定づけた攻撃がなんだったかは不明だが、即死に近い死に方だったため、噛みつき程度とは考えづらい。酸による攻撃ならば、それを行ったアリの数が多ければ数秒で5割以上溶けてしまったとしても不思議ではない。


 蘇生不可エリアについてはわからないが、洞窟を制圧したアリがそのように設定する可能性はある。ブランは少なくとも2匹のアリを殺しているのだし、待ち伏せされていた事から考えても、アリたちはブランが復活する事に気付いていた可能性が高い。アリにしてみれば、無限にリスポーンする敵など居ないに越したことはないだろう。


 しかしこれは蘇生に関する制限であり、リスポーンには関係がない。

 であればやはり、ブランの死体が5割以上損失し、システム的に「ブランの死体」から「ブランのドロップアイテム」に変化したためとみるべきだろう。

 システムメッセージでは「1時間以内なら蘇生を受け付けられますが」とあったが、実際に誰かに蘇生してもらおうとしてもおそらくエラーか何かが出たはずだ。蘇生の受付は可能だが蘇生できるとは言ってない。


 ともかく、結果的にブランがドロップアイテムを残して居なくなったため、周辺一帯はアリによる制圧条件を満たし、洞窟は晴れてアリの楽園になった。


「ということなのかなたぶん……。くそう、いつか強くなってあのアリどもを駆逐してやる……」


 とはいえ、今いる洞窟からアリの巣までどれだけ離れているかもわからない。

 強くなる前に、まずは生活基盤を整えねばならないだろう。そうした土台が無かったことも、ブランがアリに負けた敗因のひとつともいえる。


 ブランの今の手札は魔法のみだ。アリ相手に『火魔法』でオーバーキルだったことを考えれば、序盤の敵なら弱点をつかなくても一撃で倒せるかもしれない。しかし油断は禁物だ。アリに負け続けた教訓を忘れてはならない。


「慣れてるし、『フレアアロー』をすぐ撃てるように気持ちの準備をしておこう。さて、アリの次はなんだろ」


 気を引き締め直し、ブランは洞窟を警戒しながら進み始めた。

 洞窟はアリの巣よりは広いし明るい。例によって暗視が働いていることを考えると、本来は薄暗い程度だろうか。


「わたしもここを制圧できればマイホームにできるのかな。ここ明るいし、もしできたらいいな」


 ブランは当面の目標をこの洞窟の完全制覇に定めた。

 強いプレイヤーやNPCといったライバルさえいなければ、決して不可能ではないはずだ。あと、敵がアリでなければ。


 洞窟を歩いていくと、ある場所をさかいに急に雰囲気が変わった。

 具体的には岩肌むき出しの壁から石を積んで建てたのであろう人工の壁になった。見た限りではその石壁はとても古く、岩と違って隙間が多い為か、ところどころ苔むしていた。


「遺跡……って雰囲気になったな。アリの巣じゃなくてよかったけど……遺跡に出現する野生動物ってなんだろ」


 序盤とはいえ、別に出現するであろうエネミーは野生動物に限らないのだが、このときブランは初対面のアリのインパクトが強すぎて無意識に現実の生き物モチーフの魔物しか想定していなかった。


 ゆえに動揺し、叫び声をあげ、対応が間に合わず、死ぬことになる。

 まるで成長していなかった。


「あ、何かいる……。えっうわ! 死体!? ゾンビだ!? ギャー! グロい! そういう方向のダメージ狙うのマジやめ」





《1時間以内なら蘇生を受け付けられますが、ただちにリスポーンしますか?》







 ★ ★ ★


 一部、複数のエピソードを繋げて一話分で投稿していますので、多分いつか話数の差から投稿内容や順番を間違えると思います(名推理


 その際は教えて下さると助かります。

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