第18話「蜾蠃娘子」
雑事を済ませ、ログインする。
レアのアバターが目をさますと、ログアウト直前から殆ど変わっていない光景が目に入る。
ログアウトしていた時間は1時間程度だ。女王もまだ凍りついたままだった。若干表面が濡れてきているが、溶けているというより結露の類だろう。女王の状態は「凍結」となっている。
その割に寒くないな、と思ったら、私を包み込むように白魔と銀花が横たわっていた。
抱き枕になってくれていたらしい。
「──おはよう、ボス。もういいのかい?」
「おはようケリー。ああ、わたしはそれほど長く眠る必要がないんだ。もっとも逆に長時間眠り続けることもあるかもしれないけどね」
急な用事でしばらくログインできないような場合もあるかもしれない。自由時間は比較的取りやすい立場であるし、とりあえずは用事なども思い当たらないが。
レアは自分が眠っていた間に何かなかったか尋ねた。レミーが一度、子狼たちの様子を見に戻ったようだ。今はこちらに帰ってきている。
子狼たちは変わりなく、洞窟で休んでいたようだ。突然大人の狼たちが目の前で消えたであろうに、それはレアの手による事だとわかっていたらしい。眷属間でのマジカルな繋がりがそうさせたのだろうか。
しかし、ということは、この1時間の間の眷属たちの記憶が自動で生成されて上書きされているとかそういったことでもない限り、主君がログアウト中も眷属は自己判断で行動していたということになる。
考えてみれば、プレイヤーはログアウト中も眠った状態でアバターが残り続ける。眷属だけが消え失せるというのは不自然ではある。眷属もこの世界に生きる者の一員として存在している、ということなのだろう。
であればプレイヤーがログアウトしている間、もしかしたら眷属に狩りをさせて稼ぐことが可能なのではないだろうか。まさかの公式公認botの可能性が浮上した。速攻修正案件である。
これは検証してみるしかない。
もちろん別に悪さをしようと考えているわけではない。ゲームの仕様で可能なことならば、それは正規の遊び方の一つに過ぎないのだ。悪質な利用などでは決してない。
「ケリー、すまないが、ちょっと森で何か……何でもいいから、小動物でも狩ってきてくれないか。わたしはちょっと、もう一眠りするから。また同じくらいの時間で戻るから、それまでに洞窟まで戻っておいてくれ」
「わかった、ボス。ほかのみんなは連れて行ってもいいかい?」
「ああ、もちろん。必要なら白魔たちに手伝いを……は、出られないから無理か。じゃあ寝る前に白魔たちを向こうに戻しておこう。
狩る獲物はまぁなんでもいいけど……白魔たちの手助けがあるなら、少々大物のほうがいいかな。無理は決してしない程度で」
「じゃあ、そうだね、白魔にも付いてきてもらって、さっきのイノシシくらいのやつを狩ってくるよ」
「よろしく頼むよ。あ、待ってくれ。レミーはここへ残してくれ」
「なに? ボス」
「ああレミー。君には別の仕事を頼みたいんだ」
レアはレミーのスキル取得画面を呼び出すと、『革細工』の『なめし』を取得させた。
インベントリから猪の毛皮をレミーの前に取り出す。
「わかったと思うが、今レミーに『革細工』のスキルを取得させた。今なら、どうすればこの猪の毛皮をキレイに処理できるか、わかるね?」
「ああ……。はいボス。わかる。わたしにこんなことが……」
「よし。なにか必要な道具はあるかい?」
「あれば便利かなってものは……。けど無くてもできる、たぶん」
何の道具も持たずとも皮鞣しが可能とは、スキルの効果は本当にマジカルだ。助かる。
「ではわたしが眠っている間にそれをやっておいてくれ。起きるまでに終わっていなくても構わないが、なるべく丁寧にやってくれ。できるね?」
「はい、ボス」
「じゃあ、一旦向こうに行って白魔たちを戻したら、わたしはもう一度ここで眠るよ。さっきと同じくらいの時間で起きるようにする。ではケリー、レミー、頼んだよ」
「はい」
「ああ、任せて、ボス」
*
1時間後、レアは再びログインした。
「おはよう、ボス」
レミーだ。地面には見事な猪の毛皮の絨毯が敷かれている。
「おはようレミー。これは、皮なめしは終わったということかい?」
「はい、ボス。意外と早く終わったから、ボスの寝顔を見てた」
「それは恥ずかしいな……。なにかおかしなところはなかった?」
「寝息が静かで、あとまつげが長いことがわかった」
本当に寝顔を見ていただけのようだ。しかし、NPCが凝視していても不自然に思われない程度には、プレイヤーアバターはガチで眠っているらしい。意外な検証ができた。
「ケリーたちはまだ?」
「はい、わたしが様子をみてくる?」
「いや、いいよ。直に戻ってくるだろう。その間に……」
そろそろ、女王の名前をつけてあげなくては。
それと可能なら、レミーに『火魔法』を取得させて、もうそろそろ溶かしてやりたい。本人──本アリはじっと溶けるのを待っているようだが、いたたまれないということもあるが、正直部屋が寒いのが辛くなってきた。白魔たちも居なくなってしまったし。
「女王、君の名は【スガル】だ」
動きはないが、女王がうなずいたのがわかった。
レアもいつから生きてるのかわからないような爺さま連中に蜾蠃娘子などと褒められたことがある。前提に一般常識でない知識を必要とするような褒め方は子供にすべきではないと思ったものだ。
続いてレミーに『火魔法』を取得させる。
「これは皮なめしのご褒美だよ。レミー」
「これ……魔法? わたしにも魔法が……」
「レミーの仕事は素晴らしかったからね。さ、せっかく魔法を覚えたのだし、早速使ってみようか」
レアはレミーの手を引いてスガルの前へ連れて行く。
「さあ、『加熱』をうまく使ってスガルの凍結を溶かしてあげるんだ。最初はそっとだよ」
『魔法適性:火』も同時に取得させたので、そう扱いを違えるとは思えないが、念の為慎重にやるように指示をする。
レミーは恐る恐る、スガルへ『加熱』をかけ始めた。
これでうまくいくようなら、広間のアリたちも順次溶かしていってもらおう。MP回復を待ちながらでも自然解凍よりは早いはずだ。
「あ、ボス。ケリーたちが帰ってきたみたい」
『加熱』をかけながら、レミーが音を捉えたようだ。
さすがにここから入り口広場の物音が聞こえるとは思えないため、ケリーがレミーに向けて大声で帰還を告げたのかもしれない。
「レミーはそのまま、スガルについていてあげてくれ。わたしがケリーたちを迎えに行こう」
レアは狭い通路を四つん這いで進み、入り口広場へと戻った。
入り口広場ではケリーたちが獲ってきた獲物を解体していた。
獲物はタヌキのようだった。おそらく。解体途中なので詳細はもうわからないが。
「これはまた……大きいな」
先程の猪と同じくらいのサイズのタヌキである。この木の密度の高い森で、こんな巨大な獣たちがどうやって普段生活しているのだろうか。ここはよほど広い森で、もっと深くでは木々の間隔も広く、巨大な獣たちが自然を謳歌しており、木々の密度が高い辺りは実は森の浅いエリアだということなのだろうか。普通逆だと思うのだが。
「ただいまボス。どうだい、大物だろう?」
「ああ。これは素晴らしい。どの辺りで狩ったんだい? ここから遠いのかい?」
聞きながらしかし、レアにはおおよその距離は見当がついていた。おそらくそれほど遠くはあるまい。
「いや、仕留めたのはわりかしすぐそこだよ。なかなかいい獲物が見つからなくてね。ようやく見つけて、追い込んでいるうちにこの近くまで来ていたみたいでね。終わったのはついさっきだよ。……待たせちまったかな?」
すまなそうに言うケリーに気にしないよう手を振るとケリーたちのスキル画面を開く。
レアが先程狩り場が近いのではないかと見当がついたのは、この画面のせいだった。ログインした時、明らかに皮なめしが完了していたにもかかわらず、レアの保有経験値はログアウト前と変わっていなかった。
しかしレミーの『火魔法』を取得しようとスキル画面を見ていた時、唐突に経験値が増えた。おそらくそのタイミングでケリーたちがこのタヌキを仕留めたのだろう。
このことからわかるのは、主君であるプレイヤーがログアウト中でも眷属は独自行動が可能であり、その内容は予め指示を与えておくことができるということ。そしてその間の行動にはきちんと結果が伴うが、それによる経験値は得られないこと。
おそらく、眷属になった時点で自力で経験値を得る能力を失うのだろう。代わりに主君より経験値を受け取ることができ、眷属の行動は主君の成果として帰属する。ゆえに主君がログアウト中では経験値の受け皿がないため、誰も経験値を得られない。公式公認botの夢はここに潰えた。いや、期待をしていたとかそういうことはないが。
しかし金策だけなら十分可能だ。現にレミーもケリーたちも十分金になりそうな成果を上げている。
それに、ログアウト中に時間の掛かりそうな指示を与えておき、成果が出そうなタイミングでログインすれば、まさに寝ているだけでレベルアップが出来る。レベルの概念はないが。
ただし実際にそれを行おうとすれば、どういう内容の指示ならどれだけの時間がかかるか、地道な検証と相当な試行回数が必要になるだろう。そんなことをしている暇があるなら、もっと効率よく稼いだほうがいい。
眷属が多いことで大量の経験値を必要とするレアである。どうしても、というほどではないが、可能ならば効率的に経験値を得ておきたい。
「ケリー、このタヌキは十分ご褒美に値するよ。さっきレミーの鞣した毛皮を見たが、素晴らしい出来だった。そんなわけでレミーには先にご褒美を与えてしまったが、君たちにも魔法の力を与えよう」
レアはケリーに『雷魔法』の『魔法適性:雷』と『サンダーボルト』を、ライリーに『水魔法』の『魔法適性:水』と『洗浄』、『ウォーターシュート』を取得させた。
「おお……ついにあたしにも魔法が……」
「ボ、ボス、アタシみっつもあるんだけどいいのかいこれ!」
「ああ、まぁひとつは『洗浄』だしね……。それだけっていうのもね。それにマリオンにもほら」
続いてマリオンに『アイスバレット』を取得させる。これでレミーにあとで適当な理由をつけて『フレアアロー』でも取得させれば、全員がなんらかの魔法的な攻撃力を持つことになる。
「ありがとう、ボス! これなら、こんどまたアリの女王と戦ってもわたしだけで勝てる……かも?」
マリオンと比べるとさすがにスガルの方がかなり格上だが、先手を取った上で戦場を整えられれば可能性はなくはない。
スガルには現状、遠距離の攻撃手段がない。レミーに『フレアアロー』を取得させるときにはついでにスガルにも何か取得させるべきだろうか。
しかしスガルのビルドはあまり直接的な戦闘には向いていない。あくまで配下のアリたちをけしかけるのが彼女のスタイルだ。先程スガルを速やかに拘束出来たのも、配下のアリたちを全て無力化しておけたからこそである。
ならばスガルには配下の強化につながるようなスキルを与えたほうが効果的かもしれない。
いずれにしても、もっともっと経験値が必要だ。アリたちが解凍されたら、スガルと相談してそのあたりの計画を練ることにしよう。
この洞窟も人間や氷狼がもう少し快適に過ごせるように改築しなければならないし、そういえばケリーたちに敬語を覚えさせてみたい。
やりたいこともやるべきことも山積みだ。
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