第19話「インベントリ」





「そう言えばボス、例のあの、いんべんとり? とかいうの、教えてくれよ」


「ああ、そうだったね」


 覚えていたのか。INTを高めた甲斐がある。

 しかし、あれは社交辞令というか、レアが説明するのが面倒だったために適当に吹いた言葉だった。


「あれが使えれば、この狸も毛皮に無駄に傷をつけずに持って帰ってこれたんだ」


 よく見ると、狸の毛皮には細かい傷がいくつか同じ方向に流れるようについていた。狸は白魔より大きい為、おそらく引きずってきたのだろう。

 確かにインベントリのようなことができればそういう問題は解消できる。ケリーたちがインベントリを使えるとなれば、その有用性は計り知れない。

 しかしインベントリはゲームシステムに付随する機能のひとつだ。プレイヤーははじめから使用できるが、NPCが使うことはできない。


 とりあえず、期待を込めた目でレアを見るケリーたちに何も言わないのも何なので、自分の感覚をそのまま言葉にして説明してやることにした。

 おそらく説明したところで意味はないだろうが、一応教える形を取って、それでもダメなら諦めるだろう。


「そうだね……。前にも言ったと思うけど、自分のすぐそば、あるいは自分自身と重なっているくらいの場所でもいいけど、そこに見えない大きなカバンがあるんだ。そのカバンの口を、自分の手のひらの中で開けて、そこに入れたいものを入れるんだ。大きすぎて入らないと思ったときは、そのカバンの口をこう、かぶせるようにして」


 言いながらレアは解体された狸の毛皮をインベントリにしまった。


「口をかぶせると、カバンのなかに入るんだよ。無理に入れようとしなくてもね。カバンの口はすごく大きくて、柔軟というか、まぁ便利なんだよ」


 もともと現実にはありえない、あくまでゲームの仕様のものだ。具体的な説明は難しい。レアは自分の説明がだんだんフワフワした内容になっていくのを感じていたが、ほかに言いようもない。

 今自分は何をやってるんだろうという気がしなくもないが、眷属たちとの円滑なコミュニケーションだと思えば、まぁ悪くはない。


 眷属たちにはいずれ、『空間魔法』でも取得させようと考えた。

 もっとも『空間魔法』には特に有用な魔法は確認されていないのだが。しかしインベントリに似たスキルがあるとすれば『空間魔法』だろう。『使役』のように、複数のスキルや魔法の組み合わせでまだ見ぬツリーが開拓されないとも限らない。


「ヴォフッ!」


 突然、白魔が吠えた。

 そちらに目をやったレアは茫然とした。


 白魔の前にあった肉が消えていた。


「──食べた……とかってわけじゃないよねさすがに……。え? どういうこと? ホントに食べたの?」


 レアの言葉に、心外だ、とでも言うように一声鳴き、白魔は肉を再び出現させた。

 目を疑うが、確かにインベントリから肉を取り出したように見える。


 信じがたいが、NPC──というか一般的にはモンスターに分類されるであろう氷狼が、インベントリを使用した、らしい。


「わかった! できた!」


 続けてマリオンが叫ぶ。狸の骨と思われる白い棒状のものを、消したり出したりしている。

 理解が追い付かないが、強引に納得するとすれば、白魔にできたのだからマリオンができてもおかしくはないのだろう。システム的にNPCとモンスターには違いがない事は、チュートリアルでも聞いている。


 未だ混乱の中ではあるが、レアはこれまで以上の興奮とワクワクを感じていた。


 インベントリはプレイヤーしか使えないというのは常識だ。


 しかし、それを証明したプレイヤーはいない。


 通常、「絶対にできない」ということを証明することはできない。それは悪魔の証明といわれるものだ。「本当はできる」人間ができないよう装っているという可能性を完全に消すことが困難だからだ。


 クローズドテストの際、プレイヤーがインベントリを使用したとき、NPCは一様に驚いていた。そんなことができる人間を、自分は知らないと。NPCは誰もがそう言った。だからプレイヤーたちは、インベントリがプレイヤーだけの仕様なのだと思っていた。

 事実、インベントリを使えるNPCに出会ったプレイヤーはいなかった。


 しかしインベントリを使えるNPCを誰も知らないからと言って、使えるNPCが存在しないとは限らない。


 インベントリはプレイヤーしか使えないというのは、プレイヤーのみならず、NPCの間でも常識だ。誰もがそう思っている。

 しかしこのケリーたちは違った。そうした教育を全く受けてこなかったからだ。

 だからこそ、レアの使用したインベントリに興味を持ち、そして自分も使ってみたいと教えを請うた。


 ここにきてレアは、ガツンと頭を殴られたようなショックを受けていた。

 ある言葉を思い出したからだ。

 それはチュートリアルAIが口を酸っぱくして言っていたあの言葉だ。


「PCとNPCのシステム的な違いは『システムメッセージを受け取ることができるか』という点だけである」


 レアはこの言葉を、道徳的な示唆を含んだものだと思っていた。

 しかし違ったのだ。言葉通りの意味だった。


 プレイヤーに可能なことは、NPCにも、そしてモンスターにもできるのだ。


 レアがショックを受けている間にも、マリオンと白魔は他の者たちにインベントリについて説明しながら自慢していた。


「うーん……。わかるような……。わかんないような……。もどかしい気分だ」


「もう全然何言ってるかわかんないよアタシは。もう一回言ってくれる?」


 レアは眷属たちの様子を眺めながら、ショックから回復しつつある頭でおや、と思った。


 白魔とマリオンはインベントリを使えた。レアのあの説明で即座に使えるようになったあたり、彼女らにとってはさほど難解なことではなかったのだろう。

 ではなぜケリーとライリーはできないのか。加えて、銀花には白魔が教えているようだが、銀花からも困惑したような感情と若干のイライラが伝わってくる。子狼たちは完全に飽きて狸の骨で遊んでいる。こびりついていたであろう肉片などは、すでに奇麗に舐めとられている。


 白魔とマリオンにできた以上、少なくともモンスターを始めとするNPCは全員インベントリが使える可能性がある。別に全てのキャラクターが今すぐ使えるはずだとまでは言う気はないが、ではその違いは何によるものなのか。

 同じ出来ない組でも、話を聞く限りではケリーとライリーの否定の言葉にも若干の差があるようにも思える。


 もしかして、と思う条件がある。レアは眷属の能力値を確認した。

 おそらくこれだ。理解力が足らないために、使える者と使えない者に分かれているのだ。


 それはINTの数値。


 現状、この一行で最もINTが高いのはマリオンと白魔で、同じ値である。

 次がレアだが、これはカウントしないとして、その次にケリーが続き、ひとつ下がってライリーやレミー、銀花、スガルと続いている。


「ケリー、少しいいかい?」


「ボス、ごめんよ。せっかく教えてくれたのに……」


「いや、いいんだ。だから少し、手伝おうと思ってね」


 レアはプレイヤーなので検証できないため、とりあえずケリーのINTをレアと同じ値にしてみた。


「さ、もう一度試してごらん? どうだい? できそうかな?」


「あー……さっきよりは……でも、もう少しだと思うんだけど、何かが足りないような」


 方向性は間違ってなさそうだ。ケリーの言葉からは、確かに前進している、という手応えを感じる。


 ケリーのINTをマリオンと同じ数値にした。

 すると。


「あ! わかった! こうか! こういうことだね! できたよボス!」


「ああ、おめでとう! わたしも教えた甲斐があったよ。あとはライリーと銀花だね。ちょっとこっちへおいで」


 確定だ。NPCがインベントリを使用できる条件はINTの高さだろう。


 ただそれだけならば、天然で達成しているNPCがいてもおかしくない。しかしそうした話を聞かないということは、使える者がそろって口を噤んでいるか、別の条件が必要なのかのどちらかだ。


 前者に関しては、いずれINTの高そうなNPCに遭遇した際に探りをいれるとして、後者の場合、可能性として考えられるのは「プレイヤーの眷属である」という点か、「インベントリを使用できる者に使い方を教授された」という条件のどちらかだと考えるのが妥当だろう。

 あるいは「教われば自分にも使える」と信じるという条件もあるのかもしれない。

 これらのうちのいずれかが揃ったとき初めて、NPCでもインベントリを使用できる、のではないだろうか。


 どうであれ、現状でこれ以上検証できることはない。


 スガルが溶けたら、レミーも合わせて同様にINTを上げてインベントリを教えておくことにする。





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