第15話「元女王国予定地跡地」
たどり着いた部屋はこれまでの広間と同程度の広さだったが、天井が高かった。
そして部屋の奥には一回り大きなアリがいた。羽もある。あれが女王だろう。羽があるということは巣を作り始めたばかりなのだろうか。それともそういう種なのか。
「キチキチキチ……」
何か言っている……のだろうが、残念ながら何を言っているのかわからない。どのみち、相手に先手を譲る気はない。敵は一体のみなので、ここは『自失』からかけることにする。
「『自失』! ……おお、通った。ボスだし流石に無理かなと思ったんだけど。じゃあ『魅了』……む、抵抗されたか!」
レアのビルドと特徴から言えば、単体の『自失』と自失の状態異常の相手に対する『魅了』では後者のほうが成功率が高い。それが通らなかったということは、女王であるがゆえの特殊な耐性があるのかもしれない。同性からの魅了にはかからないだとか。
更に『魅了』の抵抗に成功したせいで自失状態からも復帰したようだ。『精神魔法』に連なる状態異常は、どれか一つでも抵抗に成功すると、連鎖的に精神が正常な状態に戻るという性質がある。
「マリオン! 『冷却』を。ほかの者たちは遠距離から牽制するんだ! 再びわたしの『自失』をかけるためには今少しクールタイムが必要だ」
「はい。『冷却』!」
自失状態から回復し、女王がレアに向かって突進してくる。その出足を狙い、レミーとライリーの放った矢が女王の前足を弾き、転倒させた。冷却が利き始め、緩慢な動作になりながらもすぐに起き上がろうとしたが、すかさずケリーが投げた剣が頭部に命中した。剣は刺さらず金属音を響かせて横に逸れていったが、出鼻をくじく効果はあったようだ。
そのうちに、マリオンの冷却によって更に気温が低下していき、女王の動きは鈍っていく。
女王が起き上がろうとするたびに、ライリーが、レミーが手持ちの近接武器を投げ、行動を阻害する。その間にケリーが誰かの投げた武器を拾いに行き、今度は直接頭部を攻撃しに行く。そのころにはもう、女王は体温低下によってほとんどまともな攻撃ができず、そんな攻撃を回避できないケリーではない。
そして『自失』のクールタイムが終わる。
しかしそれを再び付与したとしても、つい先ほどはその後の『精神魔法』には抵抗されてしまった。
同じことをしても同じ結果になってしまう可能性はある。
最初に比べ少々のダメージは与えてはいるが、それだけで私の前に膝を屈するほどの精神的負荷を与えているかと言うと心許ない。
ここはもうひとつ、ダメ押しを加えておきたい。
「『召喚:【白魔】』、『召喚:【銀花】』!」
次の瞬間、レアの目の前に巨大な狼が2頭現れた。
この空間は広いとは言え、氷狼の成獣が動き回るには狭すぎる。
しかしそんな氷狼が突然2頭も出現したとなれば、動き辛くなるのは白魔たち以外でも同じことだ。
急に現れた巨大な毛玉に困るケリーたちだったが、それ以上に動揺したのがアリの女王だった。
何しろ、絶対に安全だったはずの巣穴の奥に突然天敵が現れたのだ。
「白魔、銀花! 女王を抑え込め!」
突然の召喚だったが白魔たちはすぐに状況を理解し、レアの指示に従いアリの女王に襲いかかった。と言ってもそうそう動き回れはしないため、どちらかというとのしかかったと言った方が正しいだろうか。
いずれにしても、女王を完全に拘束したのは間違いない。
「──よし、今だ! 『自失』! ……いけた、ならば『支配』だ!」
二度目の『自失』は効果時間がより短い。『魅了』を挟まないため成功率は高くはないだろうが、『支配』で決めにかかる。かなりいい線まで抵抗したような感覚があったが、最終的には支配は受け入れられ、女王はその緩慢な動きを完全に止めた。
「……君まで誰かにテイムされているなんてことはさすがにないだろうね? さあ、わたしを受け入れてくれ。『使役』」
女王に動きが全く無いため傍からは判別できまいが、レアにはたしかに女王が自分の下に下ったという感覚があった。
女王のビルドが見られるようになっている。種族名はクイーンベスパイドというようだ。
「あれ? アリじゃないの? 君」
この名前ならむしろスズメバチに近い。レアはアリだと思っていたが、実はハチだったのだろうか。
兵隊アリたちはすぐには支配下にならなかったというか、タイムラグがあったような感覚があったが、女王の使役下の眷属として間接的にレアの配下になったようだった。
《ネームドエネミー【ベスパイド・クインダム】の討伐に成功しました》
《パーソナルエリア【女王国跡地】がアンロックされます》
《【女王国跡地】をマイホームに設定しますか?》
やはり山猫盗賊団と同じパターンだった。
国とは大きく出たものだ。確かに数は多かったが、王国というほどの規模でもない。あるいはこれも、もしかしたらケリーたちと同じく成長途中のネームドボスだったのかもしれない。
ともあれ、これでようやく一段落ついたと言える。
ホームをここに移し、元あったところはフリーに戻した。そのうち誰かプレイヤーなりが発見してホームにするだろう。人類の国に近いとはいえ、魔物の領域ではあるし、人類種プレイヤーか魔物プレイヤーかどちらが入るかわからないが。
「あ、しまった。こっちには水場はあるのかな。人間は水が近くにないと生活が難しいんだけど」
白魔たちがどいても、寒さのせいで未だ動けない女王だが、ゆっくりとなら意思の疎通はできるようだ。
その女王によれば、巣の拡張をしていた際に地底湖に開通した事があったらしい。前のホームは天然で地底湖に通じていたが、こちらは掘った結果繋がったというわけだ。そう遠い場所というわけでもないし、同じ水源かもしれない。
これは出来れば、向こうのホームに知らない誰かが入る前に調査すべきだろう。もし同じ水源であるなら、向こうのホームを別の誰かが私有地にした場合、地底湖を通って攻撃される危険がある。
「ていうか、ここから向こうのホームに向けてトンネル掘って開通させたら、1つのホームとして認識されるのかな? どうなんだろうか」
これは検証してみる必要がある案件だ。
レアはワクワクするのを感じた。
「まぁそれを試すにしてもアリたちが回復してからだね。1日くらいは無理かな……。この部屋は残った子狼たちも召喚で呼べば入れそうだけど、どのみち大人の狼たちは出られないし、全体的に拡張工事が必要かな。それに経験値も増えたし、みんなに魔法を取得させたい」
やりたいことは山積みだが、そろそろログイン時間が12時間を超える。一旦ログアウトしなければハードのVRモジュールから警告が出る時間だ。
毛皮を入手しているので敷き布団代わりにそれを使いたかったが、まだ
確か『革細工』スキルがあれば、薬品などがなくてもマジカルなパワーで皮なめしが出来たはずだ。誰かに取得させておくのがいいだろう。
「慌ただしくしてすまないが、わたしは少々眠ることにするよ。起きたらこれからのことを話そうか。ああ、特に寝床は準備しなくてもいいよ。そこらに転がって寝ることにする。では、おやすみ」
文明的であろうとする努力は必要だが、時に柔軟性もまた必要だ。
着ている服を脱いでレアの寝床を作ろうとするケリーたちを止め、素早く寝転ぶとログアウトをした。
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