第14話「情報が渋滞してる」




 ―― 1行に込められたエラーメッセージの情報量が多い!


 まず、アリの名前だ。インファントリーアントがこのアリの種族名なのだろうが、訳すればつまり歩兵アリである。

 この名前から考えるに、やはりこのアリは社会性の魔物であり、このアリを歩兵として使う上位存在がいるのは間違いない。

 そして次にその上位存在だが、他のキャラクターに使役されている、という言葉からもそれは読み取れる。

 おそらく巣にいるであろう女王の事だ。


 眷属のシステムは会社や企業などの組織構造によく似ている。

 トップである主君が全体から得られる利益――この場合は経験値――をすべて受け取り、それを組織内部に分配し、全体が一個の生物であるかのように連携して活動する。これはアリやハチなどの社会性動物の在り方にもよく似ている。


 もしかしたらもともと『使役』とはアリなどの社会性の魔物のために用意されたスキルなのかもしれない。氷狼が持っている『爪撃』や『咬撃』などのように、特定種族のために用意されたスキルということだ。

 『爪撃』もプレイヤーが、たとえばクマのかなにかの腕を、出来るのかわからないがキメラのようなマジカル人体改造でくっつけたりすれば、あるいは取得できるようになるのかもしれないが、基本的には魔物専用のスキルのはずだ。

 もしそうならば、『使役』を持っているからといえど、もともとそういうふうに生まれた魔物ならば『精神魔法』や『召喚』などの前提条件スキルは持っていない可能性もある。


「いや、これは希望的観測だな」


 持っていないかもしれないが、もし持っていれば面倒だ。極振りした今のレアのMNDなら相当格上の『精神魔法』にも抵抗できるだろうが、他のメンバーはそうはいかない。

 幸い、歩兵のアリに『支配』や『恐怖』は効くようだし、レアひとりで行くというのが最も被害が少なく済む。


「ここはわたしがひとりで行ってこよう。『支配』は効くようだし、どうせその穴では大人数で入っていっても先頭で戦えるのは1人だけだ」


「しかしボス、アリが数で押してきたら一気に全部を『支配』することなんて無理だろう? どう考えても危険だよ。せめて盾になる人間が必要だ」


「少なくともわたしは連れて行くべき。冷気で行動を鈍らせれば、ボスの魔法をかけるまでの時間稼ぎはできると思う」


「アリの動きを知るためにも、わたしの『聴覚強化』はあったほうがいいと思う」


「この暗がりの穴ぐらじゃ、さすがにアタシの目は役に立たないけど……。まぁ盾は何枚あってもいいんじゃない?」


 と、レア1人での探索案は獣人たちの反対に遭い、穴の中には結局人類組全員で行くことになった。


 どうやっても穴には入れない氷狼たちには留守番を頼むことにして、アリを従えるために穴に向かう。

 子狼であれば入れるだろうが、子供だけ連れて行っても仕方がない。


「あ、その前に君たちに名前をつけてあげなくては」


 後回しにしていたが、氷狼たちに名付けを行うことにした。

 名前が無いと『召喚』で呼ぶ際に誰を呼ぶのか指定できない。氷狼、ではどちらが来るのかわからない。

 ケリーが盾になると言うように、穴の先で数で押されるような開けた場所がないともかぎらない。そんな時にこの氷狼を『召喚』できれば大きなアドバンテージになるだろう。

 

「まず最初は君だ。君は【白魔はくま】だ。そっちの君は女の子だから【銀花ぎんか】。ちびたちはそっちから順に【ミゾレ】【アラレ】【ヒョウ】【フブキ】【コゴメ】【ザラメ】だよ」


 最初に『使役』した氷狼のアルファには白魔と名付けた。もう1体のメスの成体は銀花だ。

 白魔というのは大災害級の大雪のことだ。銀花は雪を花に見立てた呼び方からとった。

 子狼はミゾレとヒョウがオス、アラレ、フブキ、コゴメ、ザラメがメスだ。

 

 名前を付け終わると、ケリー、レア、マリオン、レミー、ライリーの順で穴に入っていく。


 穴の中は狭く暗く、5人が四つん這いで進んでいることを考えても、進行速度は遅かった。

 床や岩壁はなんだかつるつるしている。一番近いのは鍾乳石だろうか。こんな丸い横穴状に鍾乳洞ができるなど考えづらいので、これはやはりなんらかの魔物の仕業だろう。もっとも普通のむき出しの岩肌だった場合は初期装備のレアは手のひらや膝小僧がボロボロになっていただろうから、そのなんらかの魔物に感謝すべきなのかもしれないが。


 たとえつるつるだったとしても、硬い地面に直接膝を立てるようなことをすれば、現実なら膝の角質が厚くなり、理想とされる美脚から外れてしまう恐れがあるのでとても出来ない。そんなことになったら家元に折檻される。こうしたことが「体験」できるのはまさにVR様様と言える。


 結局アリとは遭遇しないまま、狭い横穴を抜け、やがてギリギリ立って歩ける程度の空間に出た。アリにしてみれば小隊規模なら展開できそうな広さで、こちらとしてもフォーメーションが組める。


「さっきはここに居た見張り? の兵士を捕まえた。帰る途中で他のアリが見張りが居ないことに気づいて追いかけてきたみたい」


「なるほど。今見張りもなにもないのはどうしてなんだろうね。あんな事があったから、もうこの穴から侵入者があるのはわかりきってるから、もっと防衛しやすい場所とかで陣地を固めているとかかな?」


 こちらの方面から攻められることはこれまでなかっただろうし、過剰反応もうなずける。

 しかもアリたちの苦手な氷狼の関係者だ。


「まだまだ狭いけど、ここから先は立って歩けそうだ。とりあえず、先に進もう」


 先程までと同じ並びで隊列を組み、進んだ。

 ケリーは片手剣を抜いて警戒し、レミーとライリーも背中にあった弓を手に持っている。

 これまでならマリオンもなにか武器を抜いていたのだろうが、今は両手を空けて周囲に気を配っている。何か魔法の発動に寄与するような装備が必要かもしれない。誰かから奪うのが早いだろうか。買うにしても先立つものがない。


 これまで以上に慎重に歩みをすすめると、レミーの耳がアリたちの存在を捉えた。


「この先、多分たくさんいる。数は多そうだけど、あんまり動いてないから待ち伏せしてる……?」


 いよいよ戦闘になるかもしれない。マリオンにいつでも冷気を放てるよう指示し、自分もすぐに『魅了』をバラ撒けるよう集中する。『自失』で下準備しないため成功率はさがるだろうが、数が多いなら一匹一匹確実に成功させるよりも低確率でもバラ撒いたほうが戦力低下を狙えるはずだ。『自失』は単体しか対象にできない。


 ちょっとした広間のような場所には、みっちりとアリたちがひしめいていた。特に光源があるわけではないのに、地面がボコボコとした形に黒光りして見える気さえする。特に昆虫が苦手というわけではないレアだが、この光景には本能的な忌避感を覚えた。

 しかし、数時間後にはこれらが自分の戦力になると思えば、むしろ頼もしい。今の時点では取らぬ狸の皮算用に過ぎないが。


 アリたちはこちらを認識しているはずだが、未だ命令がないのか動きはない。もしかしたら女王に相当する個体に何か考えがあるのかもしれないが、それを待つ気はレアにはなかった。


「『魅了』」


 殆どのアリたちが一斉にレアの方を向いた。『魅了』の抵抗に失敗した者たちだ。奥の方に控えていた少し大きめのアリのうち、三分の一ほどだけが抵抗に成功したようだ。つまり小さめのアリ全てと、大きめのアリの三分の二は無力化出来たと言う事だ。予想以上の効果である。


「マリオン、頼むよ」


「はい、ボス」


 マリオンが一歩前に出る。大多数の棒立ちのアリによって『魅了』の影響下にないアリも身動きがとれない中、マリオンの『冷却』が広間を満たした。

 この魔法も本来は別に威力のある魔法ではないが、対象が大量でも動かないのなら時間をかける事で十分に冷やすことが可能だ。


 マリオンのINTはゲーム開始直後のプレイヤーと比べると相当高い。

 このアリたちがゲーム開始時のプレイヤーの戦闘力を基準にして配置されていたとすれば、戦闘用ではないとしても、マリオンの魔法には耐えられないはずだ。

 レアが最初に選んだ洞窟の中には、偶然にもユニークボスである山猫盗賊団予定がいた。

 その洞窟のすぐ外にもボスクラスの氷狼がいた。

 では本来レアの相手をするはずだった弱い雑魚はどこにいるのか。

 それがおそらくこのアリたちだと思われる。


 ほどなく、アリたちには霜が降り、広間にはレアたち以外に動くものはなくなった。


「しまったな、先にさっきの猪の毛皮を加工して防寒具でも作っておくんだった」


 洞窟の中はかなり冷えている。しかもこのあと凍りついたアリたちを踏み越えて先に進まなければならないのだ。我慢できないほどではないとはいえ、低温に体力を奪われる覚悟が必要だ。


「まぁもともとそんなに時間をかけるつもりでもなかったし、ちゃっちゃと終わらせよう」


 白魔たちの巣に残してきたアリは、少なくとも出発の時点では全く溶ける様子もなかった。マリオンのINTが高いせいで、溶けるまで凍結状態が解除されるまで時間がかかるのだろう。あるいは洞窟の中はもともと気温が低いので溶けにくいということもあるのかもしれない。

 この広間で凍りついたアリたちも、数時間程度なら動き出すまでには至らないはずだ。白魔たちの巣よりこの広間のほうがかなり気温も低くなっている。


 今の戦闘はかなりスムーズだった。スムーズすぎて戦闘とは呼べないほどだ。事実、攻撃らしい攻撃は誰も行っていない。

 レミーによれば、この先にも同様にアリが固まって動かずにいる場所があるそうだ。

 ならば向こうから増援が来る前にこちらから出向いて今の戦闘と同じ手順で片付けたい。

 今ならばまだ、この戦闘の内容を女王が把握していない可能性もある。気づかれる前に女王の元まで行ければ完璧だ。


「さ、行こうか。滑らないよう気をつけて」


 その後も狭い通路と天井の低い広間という間取りがいくつも続き、そのたびに同じ手順でアリを無力化して進んだ。なるほど、アリの巣によく見られる通路と部屋があるあの形なのだろう。分岐などもあったが、出口から遠いところが重要施設だろうと当たりをつけ、地下に降りる方向を選んで進んでいった。


 無力化したアリの総数は相当なものだ。止めは刺していないし、戦力差も相性もあって一方的な展開とはいえ、入手した総経験値量も相当なものだった。1匹あたり平均で4程度しか経験値は貰えていないが、すでに400に届こうかという量である。


「ん……この先にはさっきまでみたいなアリの集団はいないみたい。1匹だけかな」


 どうやら防衛網は打ち止めのようだ。この先が卵部屋とか食料庫とかのハズレでなければ、女王の部屋だろう。近衛はいないのだろうか。


「よし。気を引き締めていこう」





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