第13話「かしこさ」
ここのアリたちが、もし偵察かなにかの際に氷狼たちが氷を使う様子を見ていたとしたら。
氷狼はもともと、この辺りに生息している魔物ではない。生存競争に敗れ、一家で南下してきた者たちだ。アリがこの辺りに生息している土着の種族なら、氷狼という未知の魔物に対する有効な戦術をいきなり取れるとは考えづらい。気候的に考えても、この辺りに氷を使うような魔物はそういないはずだ。
それでも数で押せば十分に勝機はあるはずだが、もしかしたらアリは気温の低下に弱いのかもしれない。いや、普通の昆虫は気温の低下に弱いものだが、この世界のアリも、気温の低下に対してマジカルなサポートは無かったのかもしれない。
あるいはマジカルな話ならば、逆にそのマジカルな理由によりあのアリたちが氷属性に弱いというような理由も考えられる。
「……とりあえずやってみてから考えよう。もう今はこれ以上考察できる材料がない」
マリオンには氷魔法を取得させることにする。
まずは『魔法適性:氷』と『冷却』だ。攻撃用として『アイスバレット』も欲しいところだが、今回重要なのは攻撃というより気温の低下だし、殺すことではなく捕獲が目的だ。
一般的な魔法攻撃は、ダメージ判定にINTを使用する。マリオンは獣人ゆえにINTが非常に低いため、そのままでは魔法の効果はさほど望めない。それ以前に、魔法を取得するのに必要な最低値にも達していないため、そもそも取得できない。まずはINTに経験値を振って底上げしてやる必要がある。
全部使い切るわけにはいかないので、ほどほどのところで強化をやめる。それでもゲームスタート時のエルフの魔法特化ビルド程度のINTはあるはずだ。レンジャーとしてすでに優秀なことを考えれば、これであと攻撃魔法のひとつでも取得させればニュービーのプレイヤー相手なら初見殺しとして活躍できるだろう。今のところは積極的にPvPをするつもりはないが。
「マリオン、どうかな? これで君は『氷魔法』の初歩を使えるようになったはずだ」
「おお……。すごい……。わかる……。魔法の使い方も……。これがボスの力?」
「そうだよ。喜んでもらえたかな?」
レアの力というよりはシステムの機能にすぎないが、レアが行なったということに違いはない。
「他のみんなも、ちゃんとわたしのために働けば魔法やそれ以外の力ももっと与えてあげよう。マリオンにはご褒美の先渡しになってしまったが、頑張ってくれるだろう?」
「うん。アリ、冷やして捕まえてくる!」
「よろしい。ではわたし達はここで待っているから、頼んだよ」
マリオンを巣穴に送り込み、結果を待つことにした。
それほど距離が離れていなければ、眷属の健康状態はなんとなくわかるようになっている。もし危なそうなら、マリオンをこの場所に召喚すればエスケープさせられるはずだ。
マリオンが戻るまで、残った経験値で他のメンバーの強化を考える。
魔法を取得させることは考えていないが、マリオンのINTを上げたせいでNPCの思考能力に差が出てくるかもしれない。もともとケリーたちはINTだけ妙に低い偏ったビルドなので、少し底上げしておいてもいいと考えたからだ。
ケリーたちの今の
残った経験値をほとんどつぎ込んで、ケリーたち3人のINTを上げた。マリオンほど上げるには足りなかったが、それでも初期値からいじっていないレアのINTより全員高い。エルフより賢い獣人の出来上がりだ。もちろんプレイヤーの賢さは数値に関係がないからレアは別に悔しくはない。
しかしどうせ残り20ポイントしかないのだし、レアもこの先通常の魔法を取得することもあるかもしれないので、レアのINTも上げておくことにした。これでケリーたちよりレアのほうがINTが高くなった。その事自体に特に深い意味はない。それでもマリオンのほうが高い。しかしもう経験値は残っていない。別に悔しくはないので構わないが。
「ボス、マリオンが戻ってくる」
その耳で捉えたのか、レミーの報告でレアは思考を打ち切った。
マリオンはどうやらうまくやったようだ。
「でもアリも連れてきたみたい。アリの足音が聞こえる」
マリオンが追われているということだろうか。逃げ切れるのかもしれないが、無用なリスクを追うべきではない。
「『召喚:【マリオン】』」
レアの前方の地面が光り、一瞬の後マリオンが光の中に現れた。霜のついたアリを抱えている。
「……っあ、ボスの魔法? ありがとう、助かった」
レアが説明する前にマリオンは状況から推察して礼を言った。
INTを上げた効果か、マリオンのもともとの資質なのかわからないが、話が早く済むのは素晴らしい。
『召喚』はスキルであり厳密に言えば魔法ではないが、それは今さほど重要ではない。
「いや、仕事は十分に果たしてくれたようだね。さすがだ。さ、冷たいだろう。それは床に置いてくれ」
マリオンが抱えているアリは、完全に凍ってはいないし死んでもいないようだが、殆ど動かない。ちょうどいい塩梅だ。
「レミー、アリの追撃は?」
「……多分、マリオンが消えた辺りでウロウロしてる」
「追跡対象が突然消えたからかな……? こちらまで再び偵察に来ると思うかい?」
「わからない……。あ、戻ってった。巣に報告とかするのかな?」
レミーも自分の意見を交えて報告するようになった。報告に先入観とか希望的観測とかを入れられるのは望ましくないが、そこはおいおい注意をしていけばいい。
自分で考えて、その結果を声に出すというアクションをするようになったのはいい傾向だろう。これからも余裕があればINTに振っていきたいところだ。もしかしたら今まで静かだったのは、そもそも状況に付いて来られなかったせいかもしれない。
「とりあえず、このアリを解凍しよう。『火魔法』も誰か取得しておけばよかったな……もう経験値は使い切ってしまったし、自然解凍を待つしかないか……。あまりアリに時間を与えたくはないのだけど」
「ボス、いいかい?」
「ああ、ケリー。なんだい?」
「ボスがアリを『使役』できるかどうかは、別にこいつが凍ってようが解けていようがテストはできるんじゃないかい? 今はこいつを、健康な状態で利用するのが目的じゃないんだろ?」
なんてことだ。ケリーが的確な意見を出してきた。これはもう間違いなくINTを高めたせいだろう。なんとなれば、今はレアのほうがINTは高いのに、レアより賢い気さえしてくる。プレイヤーの賢さはパラメータの数値に関係がないという事実が裏目に出た形か。
いや、配下が賢いというのは喜ぶべきことだ。先程のレミーのケースで言えば報告すべき事実と自分が考察した仮説をきっちり分けて考える癖などを覚えさせる必要があるが、それさえクリアすれば数値に表れない戦力の向上につながるはずだ。
「なるほど、すばらしいなケリー。まさにそのとおりだ。早速試してみるとしよう」
レアはアリに『自失』をかける。動きが殆どないため分かりづらいが、成功したはずだ。抵抗も殆どなかったため、発動しているかどうかさえ不安になってくる。『精神魔法』などの目に見えづらい効果の魔法はこういう不便さもあるようだ。
次に『恐怖』だ。いつもなら『魅了』を使うところだが、『恐怖』は使ったことがないのでついでにテストをすることにした。先ほど氷狼に『魅了』を使ったときは殆ど抵抗されなかったが、この『恐怖』にはかなり抵抗された感覚がある。最終的には効果を通したが。
氷狼の魅了耐性よりアリの恐怖耐性のほうが高いということだろうか。昆虫が恐怖を感じる状況というのは確かに想像しづらい。あるいはレアの方が『恐怖』より『魅了』の方が得意という可能性もあるかもしれないが、システム的に特に差は──
「……あ、そういえば「美形」とかいう特性があったな」
あの特性には「NPCからの好感度にプラス補正」という効果があった。
あれは『魅了』の成功判定にも補正が入るのか。考えてみればおかしくはない。
もしかしたら、ケリーたちが出会って5時間で即テイムされたがったのも、この特性が影響しているのかもしれない。
これからはどちらでも構わないときはなるべく『魅了』を使っていくのがいいだろう。
いずれにしても『恐怖』は通った。あとは『支配』に成功すれば、『使役』の失敗はまず無いはずだ。
「『支配』……よし。では『使役』……なに?」
《『使役』は実行できません。対象のインファントリーアントはすでに別のキャラクターにテイムされています》
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