第12話「アリと狼」
謎の横穴の正体はアリの巣だった。
アリなのはいいのだが、サイズがでかい。
おそらく、これまでは氷狼の巣穴があったためこちら側にはあまり来なかったのだろう。子狼だけしかいないような時を見計らって時折偵察に来ていて、たまたま今がそのタイミングだったのかもしれない。
あの穴の先のアリの巣の規模にもよるが、でかい狼8頭程度なら数で蹂躙できるのではと思わないでもないが、なにか理由でもあるのだろうか。
「アリの魔物か……厄介だ。どうする? ボス」
どうする、と言われても、レアの中では答えは出ていた。
あのアリどもをテイムする。
アリの能力と労働力さえあれば、洞窟を拡張することも容易だ。
レアの知る一般的なアリと同様の生態なら、女王アリさえテイムできれば目的は達せられるだろう。
ならばアリの巣の最奥まで行く必要がある。
「なんとかして巣の奥まで行く方法はないかな……」
働きアリというのか、先程の一般的なアリがテイムできるなら、出会う端から眷属化していって片付けるのだが。
しかしそれをするにしても一度アリと接触する必要がある。先程のアリの姿はもうない。
現状あの穴しか巣にアクセスできそうなところはないし、結局はあの中に入っていくしかない。しかもレアが直接赴く必要がある。
「こちらだけ身動きが取れないエリアに単身で特攻するのは賢くないな……」
といっても、レアのスキル構成ではもともと直接的な攻撃力はない。スキルやパラメータに頼らない戦闘力はそれなりに自負しているが、あくまで対人特化の技術である。自分の膝ほどまでしか高さのない六脚の生物相手にまともに戦えるとは思えない。
ならば、レアに限って言えば横穴の中で身動きがとれようが取れまいが戦術的には大して差はないことになる。いざとなれば『精神魔法』頼りに1人で行くのも合理的な選択肢だ。
「それに向こうである程度広い場所にでも出られれば、そこで眷属を『召喚』すればいいだけだし」
となれば問題は、アリに『精神魔法』が通じるかどうかだが。
「もう1回来てくれないかな、アリ」
「わたしが1匹捕まえてくる?」
マリオンがそう提案してくる。一番体の小さいマリオンなら、たとえばケリーなどよりは動けるだろうが、それでも──
「いや、待てよ」
現状の戦力はどちらかといえば物理攻撃に偏っている。氷狼たちは氷系の属性攻撃や『氷魔法』を多少使えるようだが、今はどのみち氷狼ではあの穴に入れない。
ならばここらで魔法による対応力の入手を考えてもいいかもしれない。アリには見た感じ物理攻撃は通じにくそうであるし、今回は直接戦闘は考えていないにしても、この先そうしたエネミーと戦うこともあるだろう。
もともと数によって戦闘に安定性を求めようとしているのだ。ならば戦術の多様化は最優先事項でもある。
氷狼たちの加入によって、現在の所持経験値は合計で200ポイントある。11名分と考えると心もとないというか、ほぼ何も出来ないが、1人につぎ込むなら十分だ。加えて、1体のみ捕獲するか、あるいは釣ってくるかを目的にするならば、よくよく吟味すれば少ない消費で行けるかもしれない。
「マリオン、君の言うように1匹捕まえてくるのを頼みたいんだが、その前に君に魔法の力を授けようと思う」
「まほう? ……魔法! わたしも魔法使えるようになるの?」
「魔法を知っているのかい?」
「昔住んでた集落のババ様が使えた。魔法使えるといいもの着られるしお腹いっぱい食べられるの」
獣人は初期パラメータが魔法使い系に向いていないから、天然で魔法が使えるNPCというのは確かに珍しいのかもしれない。使える魔法の属性によっては、山中の集落での生活に役立つものもあるだろう。
ケリーたちの集落は魔物の領域にほど近い場所だったという話だが、魔法使いという特化戦力を所持しているがゆえに可能なことだったのかもしれない。
「そうか。いずれはケリーたち全員にそれぞれ何かしら魔法的な技能を覚えてもらうつもりだが、まずはマリオンだね。しかし問題はなんの魔法にするかだが」
今は可能な限りアリに特化した有効属性にしたい。それはなんだろうか。
昆虫らしく火が苦手というのはありそうではあるが、それはあくまで現実世界でのイメージだ。そして現実世界では別に昆虫が特に火に弱いというわけではなく、大抵の生物は火にくべられると死ぬ。
大抵の生物が火に弱いということは、攻撃手段で有効な場面が多いということでもある。
「火でもいいのかもしれないけど……。洞窟内で使用するのはちょっとね。酸欠になったら困るし」
レアたちの拠点のように、マジカル換気機能がついているのかどうかもわからない。
あるいは逆に酸欠を狙うというのも手ではある。
現実のアリとの差異は不明ながら、昆虫である以上はその体に多数の気門があるはずだ。昆虫はそれだけ活動に酸素を必要としており、大抵の昆虫は酸素濃度が低下すると動きが鈍る。
しかしこの洞窟にマジカル換気機能がついていたとしたら、全くの徒労になる。
それにこれだけのサイズの昆虫だ。現実の昆虫と比べても、活動するには相当の酸素濃度が必要なはずだ。それが今普通に活動できているということは、このゲームの世界では少ない酸素濃度で十分に活動できるマジカルな生体機能が備わっているのかもしれない。
そもそも、魔法で生みだした炎が酸素を消費して燃焼しているのかどうかも定かではない。少し興味があるので検証してみたくもあるが、証明しようと思ったらそれなりの設備が必要だ。
「あんまり敵がマジカルなのは厄介だな……。やはりこちらもマジカルな攻撃手段に頼るしかないか」
火が使いづらいとしたら、次善の属性はなんだろうか。そもそも火が最善かどうか確定しているわけでもないが。
一旦、現実のアリのことは置いておいて、現状わかっているデータからあのアリについて考察してみるべきかもしれない。
このアリについて現時点でわかっていることはさほど多くはない。
まずサイズが室内犬ほどあること。それでいて動きはアリとして違和感がない程度に素早いこと。
次に洞窟の壁の硬そうな岩盤にきれいに丸く穴を掘る能力を有しているらしいこと。あの穴をアリが開けたと決まったわけではないが、少なくとも自然にできた穴には見えない。ならば敵の能力のひとつと想定して警戒すべきだ。
現状判明していることはこの程度だろうか。弱点につながる情報はない。
「あ、ボス。狼が苦手かもしれない、というのもあるんじゃ?」
ぶつぶつと独り言を言いながら考えをまとめていたレアに、ライリーが補足してくる。
なるほど、ケリーの言うように『視覚強化』という意味だけではなく、ライリーは随分めざといようだ。その可能性についてはレアも一瞬考えたまま忘れていた。
であれば、狼が苦手とはどういうことだろうか。
今の状況では、まさか氷狼を連れて行くことはできない。そもそも穴に入れないし。
狼が苦手という部分の本質を探って、可能なら魔法でその部分だけ代用すべきだ。
体格差を考えれば、普通に戦えばアリに勝ち目はない。それが理由というならわからないでもないが、本当に戦うとなれば数で圧殺できるだろう。現実の自然界にも自分たちの何十倍ものサイズの小動物を集団で狩るアリがいる。そして、この世界のアリは巨大だ。狼も大きいが、元となった生物との拡大率で言えば、アリほどの巨大化はしていない。巨大アリの集団にとって、氷狼ごとき狩るのは容易なはずだ。ならば、普通の獣とアリの関係とは違う要素があるはずだ。
たとえば何かこの世界特有の、そう、マジカルな理由が。
「氷狼か……。アリはもしかして氷が苦手なのかな?」
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