第11話「氷狼」





 一匹狼といえば響きはかっこいいが、正確に言えば群れの中での権力闘争に敗れた負け犬だ。

 この種族の他の狼は見たことがないが、言われてみれば確かに権力闘争に敗れるほど弱い個体には見えない。

 ケリーたちと猪を巡り競っていた時は、そういう卑屈さのようなものは一切感じられなかった。今は従属しているためか巨大なイエイヌにしか見えないが。


「でもまぁいいよ。君に家族がいるのなら、まとめて引き受けようじゃないか。引き離すのもかわいそうだし」


 この時点でレアはもう、『使役』する数が増えることのデメリットは気にしないことにしていた。

 眷属が増えれば必要な総経験値は増大し、しかも取得効率も低下していくが、今のケリーたちの戦闘を見ても分かる通り、その分戦闘時のリスクは減っていく。

 今の戦闘で言えば、同格か若干格上に思える狼を無力化して得られた経験値は、おおよそソロで自分と同格のエネミーを倒した際に得られる量と同等だった。これを5人で分けるとなると相当少なくなるが、戦闘時間も相応に短かった。

 それでも効率を計算すればやはりソロのほうが格段にいいが、こちらのほうが安定して稼げると言える。


 効率が落ちるならばその分回数をこなせばいいだけだ。

 『使役』などという特殊なシステムを発見したために興奮して全力疾走していたが、もともとレアは攻略やPvPなどを積極的にやるつもりはなく、単にじっくりゲームを楽しむつもりだった。楽しみにしすぎてオープンβどころかクローズドテストにも応募しまくって、結果としてテスターをしていたに過ぎない。


 それに眷属が増えれば色々と試してみたいこともあった。

 眷属を増やすということそのものについてもまだまだ検証したいことはある。

 眷属を自分でビルドできるなら、自分とまったく違うタイプのキャラを作ることもいくらでもできるし、それをNPCが動かすという意味でも、それに最適化したビルドを研究するという楽しみもある。例えばケリーのINTを上げたらアホの子を脱するのかどうかだとか。


 狼の先導に従って森の中を進んでいく。

 いわゆる獣道というものなのだろうが、そこを普段通っているであろう獣が大きすぎるため、人間としては普通に歩きやすい。


 しばらく歩くとレアのホームに似た洞窟の入り口を見つけた。

 どうやらここが狼一家のねぐらのようだ。

 狼がまずは単身で洞窟に入るようなので、外で待つことにした。

 ボスであろう狼はレアが支配しているので大丈夫だと思うが、中で納得いかない他の個体に攻撃されないとも限らない。洞窟の状態を全く知らない現状ではそれは避けたい。


 やがて狼が戻ってきた。後ろからは、同種と思われる狼たちが連なって出てくる。

 やはりテイムした個体が最も大きかったようで、次いで若干小さな個体が1頭、その他は現実世界の大型犬と同程度のサイズの狼が6頭だった。

 サイズは確かに現実の普通の狼なのだろうが、顔とか脚とか、パーツがなんとなくふとましい。

 これはつまり、ただ大きいだけの子犬ということなのだろう。そういうシルエットをしている。


「むちゃくちゃかわいいなこれ……」


 狼たちはすでに状況を把握しているのか、レアの前に来ると一様に頭を垂れた。


《氷狼、子狼、子狼、子狼、子狼、子狼、子狼がテイム可能です》


 ケリーたちのときとおそらく同じ状況だろう。スキルの発動は必要ないようだ。


「よし、君たち一家は今日からわたしのファミリーだ。ボスはわたしだ。いいね?」


 そう宣言すると狼たちはレアのもとに寄ってきて、その脚に鼻先をこすりつけたあと、転がって腹を見せた。


「よーしよしよしよしよし……」


 子狼の腹はさきほどの狼よりさらに温かい。どれも大きいため全員撫で回すのには時間を要したが、十分満足できた。


 狼が言うには――実際に喋ったというわけではないが――家族とはいっても、全て血がつながっているとかそういうことではないらしい。

 以前あった群れが襲撃され、散り散りになって逃げていく中で、たまたまこの狼と2番目に大きな狼が子狼たちのそばに居たので、かばいながらここまで落ちのびてきたのだということだ。本当はもっと北の方に生息する種族だそうだ。


「氷狼っていうくらいだし、まぁそうだよね。なんでこんなところにって思っていたんだよ」


 とはいえこんなところというその場所さえ今のレアには不明なのだが。

 気温や湿度から、それほど緯度は高くないんだろうなと当たりをつけていたに過ぎない。


「ところで、これからわたしの拠点に移動するわけだけど。そのまえに君たちの拠点を覗いてもいいかな? 中にはもう何もいない?」


 狼たちの頷くような念を感じたので、レアは洞窟を探検してみることにした。


 もともとは毛皮欲しさに洞窟を出ただけだったのに、次々と目的が横道にそれていっているのを感じる。もっともレアはもとよりのんびりエンジョイ勢のつもりだ。問題ない。

 

 それに狼は1頭でさえケリーたち4人と多少は戦えるほどの格の魔物だったのだ。ケリーたちと同じく、全員でこの洞窟で待ち受けていたとしたら、脅威度はより高かったに違いない。

 ならばユニークボスである可能性もある。ユニークボスのねぐらなら、ここもホームとして設定できるかもしれない。

 もしそうならば、一度間取りを確認してみて、良さそうならこちらに引っ越してもいいかもしれない。幸い、向こうの拠点には何も残してきていない。


 洞窟の中は向こうの拠点より広かった。

 レアは入ってから気づいたのだが、よく考えてみれば狼たちを向こうの拠点に連れ帰っても、入り口が狭すぎて子狼たちしか入れない。選択の余地ははじめから無かった。


 サイズ感が違うが間取りは似たようなもののようで、少し進むと開けた場所があり、まだ奥があるようだった。

 ここの広間はひょうたん型というか、丸型をふたつゆるやかに繋げたような形状をしていて、奥の壁には横穴があった。この横穴は向こうの拠点にあったような亀裂形の横穴ではなく、不自然に丸い穴だ。人間サイズの者が這ってすすめる程度の大きさである。


「え、なにあれは……」


 狼たちは中にはもう何も居ないと言っていたが、おそらくそんな訳はない。

 あの穴の先には別の住人がいるとみるべきだろう。怪しすぎる。

 しかしここを拠点にしようと考えるのなら、怪しいところは潰しておきたい。


 洞窟に入った時点ではパーソナルホームの案内メッセージはなかったが、あの先にいるであろう未知の住人を片付ければそれも開放されるかもしれない。パーソナルホームの条件が全く不明なため、ホームの条件をそもそも満たせない物件である可能性もあるが、そのときは諦めて向こうの拠点を拡張する手段を考えればいい。


「あの先を調べたいんだけど、どうしたらいいものかな……」


「潜り込むしかないんじゃ? 何がいるかわからないから、行くんならまずあたしらが見てくるけど」


「ヴォフ!」


「あ、まってなにか聞こえる!」


 狼とレミーが何かを聞きつけたようだ。

 一同は息を潜め、穴を凝視する。誰も身じろぎさえもしないため、耳鳴りがするのではないかというくらいの静寂が訪れる。

 やがてレアの耳にもかすかに何かが聞こえてきた。ガチガチというかカチカチというか、まるで岩盤にピッケルを何度もぶつけるような、規則的なそんな音が徐々に近づいて――来たと思ったら、穴から黒光りする何かが顔を出した。


「ア、アリだー!」




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