第10話「狩り」





 森が開けた場所があるのか、前方がうっすらと明るくなっている辺りから、戦闘音が聞こえてきている。木々の影に隠れ、覗き込む。

 そこでは猪と狼と山猫たちが三つ巴の戦いを繰り広げていた。


「というか、でかいな! 猪と狼! これ絶対野生動物じゃなくて魔物だろ」


 狼は体高がケリーより少し高いくらい。全長は目測だが2mは超えているだろうか。

 対する猪は更に大きい。体高だけで3mはありそうだ。

 開けた場所があると思っていたが、この2頭が暴れたせいで木々が倒れて結果的に広場ができただけだったようだ。


 どうやら狼は猪の足を狙って攻撃していたらしく、猪の足元はすでにおぼつかない様子だ。ケリーも狼を牽制しつつ、猪の足を狙って剣を振っている。

 ちょっとした大型車サイズで走り回る猪の足元をうろちょろして剣で攻撃するとか、さすがのレアでも到底真似できない。ケリーの持つ『俊敏』『軽業』あたりが仕事をしているのだろう。


 猪がついにつんのめって倒れた。そこへどこからともなく矢が飛んできて、目を射抜いた。猪が叫び声を上げながら仰け反り、大きく頭を振る。その、振り幅の端、振り戻すために一瞬静止したその瞬間を狙ってか、もう一方の目も射抜かれた。レミーとライリーの仕事だろうか。彼女らのスキルには『弓』がある。

 巨大すぎるせいか、両目に刺さった矢は脳まで達してはいないようで、猪はまだもがいている。

 しかしもはや、狼の意識も山猫たちの意識も猪にはない。

 

「手に汗握って観戦していたけれど、別に邪魔しちゃいけないってわけでもないか」


 ちょうどいい。ここでスキルと自身の能力値のテストをすることにする。


「さて、まずは『自失』」


 一瞬なにか抵抗のようなものを感じたが、その抵抗も割れるように掻き消え、狼が立ち止まった。目の焦点が合っていない。

 自失の状態異常だ。


「ボス、何かしたの?」


「ああ。ケリー、攻撃するなよ。続いて『魅了』」


 『自失』で行動不能にしておける時間はほんの数秒だ。その間に『魅了』か『恐怖』にかけなければならない。

 今度はまったく抵抗を感じなかった。自失状態の相手は『魅了』と『恐怖』に対する抵抗にマイナス補正を受ける。

 狼は目を細め、鼻をひくつかせながらこちらに歩いてくる。『魅了』をかけたレアを求めているのだろう。


「成功したな。では『支配』」


 僅かな抵抗はあったものの、狼はレアの近くまで歩いたあと、頭を垂れた。


「仕上げだ。『使役』」


 狼は寝転がり、腹を見せた。抵抗は殆どなかった。


「……ふむ。成功だ。敵対的なエネミーが相手でも、『精神魔法』を上手く使えば『使役』は出来そうだね」


 ケリーたちの戦闘を見る限り、この狼は格上だった。4対1なら余裕を持って勝てるだろうが、1対1では逃げるしかない相手だ。


 『使役』が簡単に成功したのは、戦闘に横槍を入れるような形で魔法をかけたというのもあるかもしれないが、それよりは純粋にレアのMNDの高さのせいだろう。

 ケリーたちに比べて見劣りのしていたレアの能力値にテコ入れをする程度のつもりで経験値を振ったが、MND一点掛けというのはやりすぎだったかもしれない。

 冷静に考えてみれば、軽く200ポイントを振ったつもりだったが、200ポイントというのは初期経験値の2倍に相当する。何のスキルも取らずにただMNDにのみ200も振るようなプレイヤーなどいない。

 今のレアからしても若干格上のケリーと比べても、レアのMNDの数値は3倍もある。

 ケリー単体より多少格上である程度の魔物がMND判定で抵抗できるはずがない。


「というか、ユニークボス候補生のケリーたち4人より少し弱いくらいってことは、この狼も猪も序盤じゃかなりの強敵だな。なんなんだこの森」


 自分はいったいどこにスポーンしたというのだろうか。

 レアは今更後悔はしていないが、善良なスケルトンあたりのプレイヤーがもし似たような境遇になっていたとしたら流石に同情する。


「とりあえず、狩りは成功だね。猪は持って帰ろう」


「ボス、ここでバラしていったほうがいい。生きてるうちに出来るだけ血を抜かないと、肉がまずくなる」


「なるほど、それもそうだね。じゃあやってくれ。レミーとライリーは周辺の警戒を。あ、いや」


 ここは新しい仲間に働いてもらうことにした。


「ねぇ狼君。君はもうわたしのものだ。それはわかるね? これからここで猪を食べやすくするから、その間他の獣が近づいてこないように警戒をしてほしい」


 寝転がる狼の腹毛を指でかき混ぜながらそう言うと、狼はすぐさま立ち上がり、鼻と耳を時折小刻みに動かしながら広場の端をゆっくりとまわり始めた。


 テイムに成功した瞬間、ケリーたちもこの狼が自分たちの味方になったのだとわかったようで、完全に背中を預けている。

 レアはひとりすることもないので狼のビルドを眺めていた。


 いくつか見たことがないスキルがある。

 特定条件でアンロックされるタイプのものだろう。この構成ならばケリーたちも取得できてもおかしくなさそうだが、ケリーたちのスキルを覗いてみても取得できそうにはなかった。

 となるとどうやらスキルの取得の開放条件は、他の特定スキルの組み合わせだけではないようだ。『使役』がそのタイプでなくてよかった。


 先天的な特性に「嗅覚が特に鋭い」や「聴覚が特に鋭い」なんてものがある。魔物や野生動物は先天的な特性を利用して生まれた瞬間から種族間の差別化をしているらしい。

 考えてみれば、狼なのにスキルを取得しなければ鼻も利かないなどナンセンスだ。この手の先天的な特性は取得可能な種族と取得不可能な種族があるのだろう。


 狼の種族は「氷狼」とある。やはり魔物だった。氷狼という割には腹を撫でくり回したときはかなり暖かかったが。

 名前欄は空欄だ。名前をつけてやらねばならない。そろそろ解体も終わりそうなので、それは帰って落ち着いてからにする。


「ボス、終わったよ。とりあえず肉は毛皮で包んであるけど、内臓とか要らないとこは埋めるとして、骨はどうする? 肉は狼に運んでもらえばいいけど、骨は持って帰れない」


「いいよ、全部わたしが持とう。ほら」


 レアはそう言うと、肉も毛皮も骨も内臓すべてインベントリにしまい込んだ。


「ボス、肉が消えた! これはボスが?」


「そうだよ。インベントリって言って、秘密の場所にものを隠しておくやり方さ」


「すごい……! どうやってやるんだ?」


「どうやって……って言われても……うーん……。こう、見えないカバンがあって、その中にしまい込むというか、入れたいものに大きなカバンの口をかぶせて、そのまま閉めちゃう感じというか」


 システムによって行われているであろうインベントリの説明をするのは非常に難しい。

 どうせインベントリを使えるのはプレイヤーだけだろうし、説明しても仕方がないのだが。


「よくわからない……」


「まぁまた今度教えてあげるよ。それより目的も達したことだし、洞窟へ帰ろうか」


 適当に社交辞令を返しながらレアが立ち上がると、周辺を警戒していた狼がレアの腹のあたりに鼻先をこすりつけてくる。


「え? なに? 家族? 君一匹狼じゃなかったの?」


 どうやら狼には家族がいるらしい。

 




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