第9話「お出かけ」




 レアは全員を連れて洞窟の外に出て探索をすることにした。


 しかしその前に、あまりに4人がみすぼらしい格好をしているため、洞窟の奥の湖で体を洗わせた。

 ただの水では毛並みのキューティクルを取り戻すなどといったことは到底できなかったが、それでも汚れを落とすくらいのことはできた。

 汚れきっていた先ほどでは同じ色に見えたものだが、根気よく洗ってやると松明の光でもわかる程度にはそれぞれで髪色が違うようだ。


 ケリーの髪は、おそらく明るめの赤茶系だろう。赤銅色というのだったか。明るい場所で見られればさぞ鮮やかに映えることだろう。レアがそれを見られる機会があるかは不明だが。

 ライリーの髪はセピア色というか、焦げ茶色に近い色をしている。洞窟の中では最も目立たない色だ。

 レミーの髪色は、もっと明るい。黄土色……というとあまりきれいなイメージではないが、キューティクルを復活させられれば濃いめの金髪と言えるかもしれない。

 髪を洗うのに一番苦労したのがマリオンだ。体を洗ったりすることに慣れていないせいか、水が苦手なのか、とにかく嫌がった。いくら洗っても汚れが落ちないなと考えていたら、もともとそういう色だったらしい。ライリーよりももっと暗めの焦げ茶色だった。


 いずれは何か洗髪用の油や薬品などを探してもっときれいにしてやりたいところだが、今はこれが限界だろう。ハサミなどでいいものがあれば、切ったり梳いたりして整えてやりたいところだが、しばらくはこの伸び放題を適当に切ったざんばら髪で我慢してもらうしかない。


 さてこれから出かけるとしても、洞窟はすでにレアのパーソナルエリアになっているので、現状レアとレアの眷属しか侵入できない。留守番はいらない。


 ということは、この洞窟ではもう新たなプレイヤーはスポーンできないということだ。

 レアにはそんなつもりはなかったが、魔物アバターのプレイヤーのランダムスポーンをひとつ完全に潰してしまったことになる。もっとも、大陸規模で言えばこのサイズの洞窟など無数にあるだろうし、ランダムスポーン先がひとつ減っていることに気がつくプレイヤーなどいまいが。


 洞窟の外は暗く、ほとんど先を見通せない。すっかり日が暮れてしまった。

 レアにとってはありがたいことだ。日差しを気にする必要はないし、暗かろうが明るかろうがどうせ先を見通すことなどできない。

 月は出ているようだが、うっそうとした木々にさえぎられて地表まで月明かりは届いていない。

 遠く何かの獣の甲高い鳴き声が聞こえる。夜行性の獣も多そうだ。


「ケリー、この森については詳しいのかい?」


「いや、あたしらも最近流れてきたばっかりだから、そんなでもない。あの洞窟だって今朝見つけたばかりなんだ」


 そういえばそんなことを言っていた気がする。

 来たばかりなのに山猫盗賊団のアジトになっていたのか。もしかしたら、これからそうなる予定のタマゴだったのかもしれない。アジトもユニークボスも。


「ボスは洞窟のどこにいたんだ? 見つけたときに全部見て回ったんだが、魔物も何もいなかったはずだ」


「ああ、それはわたしにもわからないんだ。気づいたらあの洞窟の奥にいたんだよ。それで君たち……武器を持った知らない人を見かけたから、つい攻撃してしまったんだ」


「そうだったのか……。不思議なこともあるもんなんだね」


 主君と眷属というつながりがあるせいかも知れないが、若干チョロ過ぎないだろうか。それともINTが低すぎるせいでアホの子──素直な性格なのか。

 もしそうだとしたら、物理近接アタッカーだとしてもある程度はINTに経験値を振ってやるべきだろうか。

 ただそれをするにしても、今の経験値では心もとない。なにしろこれからは5人分を稼がなければならないのだ。

 戦力も5人分あると考えればトータルでは変わらないようにも思えるが、倒す相手も相応の戦力を持っていなければ満足のいく経験値は得られないだろう。


 探索の目標は、毛皮と食糧と経験値である。つまり毛の生えた食える魔物だ。

 それを伝えると、マリオンがしゃがんで鼻をひくつかせた。マリオンのスキルには『嗅覚強化』があったので、その効果だろう。


「ボス、猪の匂いがする」


 レアはマリオンに匂いを辿るように指示を出すと、レミーに周囲の音に注意するように言った。レミーには『聴覚強化』がある。

 マリオンを先頭、レアを中心にして5人で森の中をゆっくりと慎重に進む。

 森歩きは別のゲームでさんざん体験したので、レアが木の根や落ち葉に足を取られたりといったことはない。頭上からかかる蔓や移動をさえぎる藪なども、先行するマリオンやライリーがナタで払ってくれる。

 

「……止まって」


 レミーが一行を制止した。


「……争う音が聞こえる。獣同士?」


 マリオンが続ける。


「血の匂いもしてきた。たぶん猪と狼」


「ライリー、ちょいと先に行って覗いてきな」


「うん」


 ケリーの言葉に、ライリーが単身偵察に向かった。

 ライリーには『視覚強化』と『鷹の目』のスキルがある。『鷹の目』は『弓』のツリーにある、遠距離以上を狙う際の命中ボーナスがつくスキルだが、副次効果として遠距離以上の遠くにあるものが見えやすくなる。見えていなければ狙えないからだ。


「あ、ごめんなさいボス、勝手に。ついいつもの癖で……」


「いや、構わないよ。むしろこういうチーム行動の時や、とっさの判断が求められるような時はわたしの許可は後からで構わない。というか、割と普通に話してるんだけど、こういうときって息を潜めたりしなくても大丈夫なのかな?」


「ん。大丈夫。向こうは猪と狼。どっちも私より鼻が利くから、どうせこっちが気づいた時点で向こうはとっくに気づいてる」


「なるほど、そういうものか」


 森の中で野生動物に奇襲をしかけるのは難しいようだ。当然といえば当然だが。


 しかし感覚が鋭敏だと思われる獣人がスキルで嗅覚を強化してさえ野生の狼のほうが嗅覚が鋭いとか、普通のプレイヤーはどうやって狼を狩るのだろう。クローズドテストの時は森はあまり探索しなかったレアには想像もつかない。


 ほどなくしてライリーが戻ってきた。視界がほとんどきかないせいで暗闇から突然あらわれたように見えた。

 

「マリオンの言ったとおり、狼だったよ。多分アタシらが狙ってた猪を襲ってる」


「わかった。ボス、どうする?」


 メンバーに指示を出したり、ボスであるレアになにか意見を求めたりするのはケリーの役割なのだろうか。意外と命令系統がしっかりしている……というより野生の獣の群れの感覚に近いような気がする。


「漁夫の利を狙って猪が倒れたところで狼を襲う……と言いたいところだけど、猪がまだ生きている間に両方一気に片付けよう。経験値が惜しい」


 うまく「同時に2体の敵対動物と戦った」と判定されれば、多少なりとも得られる経験値が増加するかもしれない。


「わかった。行くよ、お前たち」


 ケリーはそう言うとすぐにこちらを振り返り、


「あ、ボス、行ってもいいかい?」


「もちろん。ケリーがやれると判断したなら、わたしのことは気にせずに2頭とも平らげてくるといい」


 そう言うとケリーは獰猛な笑みを浮かべて暗闇に消えていった。

 3人があとに続く。


 レアも音を頼りに戦闘が行われていると思しき場所へ向かっていった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る