第8話「元山猫盗賊団アジト予定地」





 レアのテンションは最高潮だった。

 断言してもいい。現時点で、『使役』を取得しているプレイヤーは自分だけだと。


 ここに至るまでに必要だった経験値は実に390ポイントである。プレイヤーの初期所持ポイントの4倍近い。これだけの経験値を実用性の低い『召喚』やら『調教』やらにつぎ込むプレイヤーなど他にいまい。

 そして今だからこそわかることだが、レアの取得してきたスキルの組み合わせは最高効率だった。


 『使役』の取得条件は『調教』『契約』。

 『契約』の取得条件は『召喚』『魂縛』。

 『魂縛』の取得条件は『死霊』『支配』。


 『調教』『召喚』『死霊』こそ先立って取得していたが、『精神魔法』以降はまさにトントン拍子だった。いや、逆に先にあれらを取得していたからこそ、『支配』の取得によって新たに取得可能スキルがアンロックされるという事実を発見できたとも言える。


 運が良かった。まさに一生分の運を使い切ってしまったかのように感じる。

 いや、運だけではない。十分に考察はした。これは自分自身の才覚の賜物でもある。

 レアの冒険はこれからだ――


 と、まさにその通りで、まだ『使役』を取得していない。まずはするべきことをしなければならない。

 取得した『使役』の効果は次のようなものだった。


「対象をテイムし、自身の眷属にする。対象が抵抗判定に成功した場合、『使役』は失敗する。『召喚:契約』によって魂を縛った契約者は『使役』に抵抗しない。『死霊:魂縛』によって魂を奪ったアンデッドは『使役』に抵抗しない。自身のかけた『精神魔法:支配』の影響下にある対象は『使役』に抵抗する際判定にマイナス補正。自分はすべての眷属と経験値を共有する。『召喚』発動時、眷属を召喚対象に選択できる。眷属が死亡した場合、ゲーム内時間で1時間、眷属を召喚できない」


 まさにこれまでのビルドの集大成とも言うべきスキルだった。


 そしてスキルの詳細を確認し終えたタイミングで、システムメッセージが聞こえた。


《保留中のタスクが解決可能です。【ケリー】をテイムできます》


 どうやら、さきほどのケリーの申請は保留中だったらしい。

 必要なスキルや条件が不十分で処理が解決できない場合、保留中という扱いになるようだ。さすがにずっと保留中というわけにもいくまいし、時間制限のようなものはあってもおかしくないだろうが、食事の準備から片づけ程度の間なら待ってくれるらしい。


 レアはケリーのテイムを実行した。

 スキルの発動はなかったので、相手の方からテイムされることを望んでいる場合には、『使役』を発動しなくても所持しているだけでテイムに成功するのかもしれない。


 テイムに成功した瞬間、ケリーが跳ね上がるように顔を上げ、こちらを見た。


「すまない、待たせたね。わかったと思うが、たった今ケリーはわたしの眷属になった。これで名実ともにわたしは君のボスだ」


「はい、ボス! ありがとう!」


 確認すると、ケリーの能力値やスキル構成も自分のものと同様に見られるようになっている。経験値の項目はゼロになっているが、これは説明にあったとおりレアのものと共有だからだろう。

 レアの所持経験値が増えているのは、ケリーのテイムに成功したことによる経験値の取得があったためか、ケリーの持っていた未使用経験値が統合されたからのどちらかだ。


 ケリーのスキルは近接戦闘に特化したビルドで、スキルだけでなく能力値にもかなりの経験値を振ってある。というか、現在のレアの総経験値量よりだいぶ多い。まともに戦えばキャラクタークリエイト直後のプレイヤーではまず勝てないだろう。


「はぁ……。今までにない不思議な感覚だ……。ボスを感じる……安心する……」


 マタタビを嗅いだ猫みたいになっている。まぁいずれ慣れるだろう、と思っておくしかない。

 他の3人も羨ましげに見つめていたので、自分に従属することを宣言するよう促し、全員のテイムに成功した。まさにその直後。


《ネームドエネミー【山猫盗賊団】の討伐に成功しました》

《パーソナルエリア【山猫盗賊団のアジト】がアンロックされます》

《【山猫盗賊団のアジト】をマイホームに設定しますか?》


 ――ハウジングシステム! そういうのもあるのか!


 とはいえ、今気にすべきはそこではなかった。

 ケリーたち4人は、どうやら4人でひとつのユニークボスだったらしい。


 つまりレアは、初期スポーン位置がユニークボスの初期配置のすぐそばだったということになる。

 たしかに魔物アバターの推奨環境と思われる選択エリアは、洞窟とか火山とか遺跡とか、ちょっとしたボスが居てもおかしくなさそうな場所ばかりだったが、まさか本当に直近の場所にスポーンするとは思っていなかった。


 魔物アバターの序盤難易度の異常な高さが窺える。

 魔物種族を選んだ場合に初期経験値が多めに貰えるのも無理はない──というか、運悪くレアと同様にボスのすぐそばにスポーンしてしまったら、多少多めに経験値が貰えたところでいきなり詰むのではないだろうか。レアがスポーンしたのも洞窟の袋小路であったし。


 最弱のゴブリンでスタートして初期経験値220ポイント貰えたとして、レアと同じビルドを目指して頑張ったとしても『死霊』の『魂縛』がギリギリ取得できない。『支配』に絞って、それ以外の経験値をすべてMNDに振ったとしても、ゴブリンの能力値ではケリーに対して『支配』が成功するとは思えない。


 レアはスタートダッシュのために超倹約ビルドをし、デメリットをごまかすために魔物の領域でスタートをし、魔物の領域だからと特に慎重に行動し、そのおかげで不意打ちでボスを倒し、あえてトドメはささず、それが奇縁につながりテイムの情報を得、入手した経験値をギリギリまで使ってそのボスを眷属にした。


 これまでの行動は、何か一つでも違うことをしていたらこうはならなかったのではないかというくらいの神懸かったものだったと言える。

 ならば流れに逆らわず、ここにマイホームを設定するのもいいだろう。薄暗い洞窟だけど。

 考えてみればアルビニズムでしかも弱視の自分にはぴったりの場所かもしれない。やはり神懸かっている。


 マイホームに設定すると、ハウジングメニューを利用できるようになった。

 全体を確認してみると、奥の地底湖までホームに含まれていた。異常な広さ、と思ったが実質広間と狭い通路だけなのでそうでもない。


 ともあれ、ここから新生【山猫盗賊団】の物語が――


「うん? ところで君たち、【山猫】って名前なの?」


「いや、あたしらは猫の獣人であって山猫とかじゃないけど?」


「そういう意味ではなくて」


「?」


 どうやら特に名前のある集団ではないらしい。

 ではいったい誰が【山猫盗賊団】と呼んでいるのか。


 この件は気にしておいたほうがいいかもしれない。

 本人たちが気づいていないだけで、実は街では【山猫盗賊団】で指名手配がされているのかもしれない。


 何にしろ、ケリーたちが実はユニークボスだったという事実が判明したことで、いくつかレアが疑問に感じていたことが解決された。


 想定以上の大量の経験値を入手できたこと。

 眷属にしたケリーたちが思いのほか強かったこと。

 そして今、レアの所持経験値がまた増えていたこと。


 これはおそらく、ボスであるケリーたちのテイムに成功した際の成功報酬がメインだろう。

 現在のレアの所持経験値は320ポイント。

 STRやVITなどの肉体系のパラメータに振るつもりはないので、それ以外のパラメータか、スキルの取得か、あるいはケリーたちの成長に使うか。


 ケリーたちに使うにしても、眷属込みの戦闘での経験値取得のルールがどうなっているのかを検証してからのほうがいい。加えて、積極的に試す気にはならないが、眷属が死亡した際にデスペナルティは受けるのかどうかも確認してからが望ましい。クローズドテストの頃はNPCは死亡したら生き返らないというのが定説になっていたが、それは眷属でも同じなのだろうか。


 というか、改めて計算してみると、今ある320ポイントをすべてレアにつぎ込んでもまだケリーのほうが強い。


 彼女らのボスになったことだし、レア自身も少しは強化しておいた方がいいだろう。

 現在のビルドではMNDと相性がいいので、とりあえず200ポイントをつぎ込んでMNDを伸ばし、40ポイントを使って『精神魔法』の『混乱』と『睡眠』を取得した。


 一応ボス戦だったと考えれば、これでリザルトも終わったというところになる。


 まずはこのホームを拠点らしくする必要がある。プレイヤーのログアウトは眠っている状態になるという仕様のため、快適にログアウトするためには寝床が必要だ。

 ベッドとまでは言わないが、せめて地面の硬さと冷たさをやわらげられるものが欲しい。最悪は地面に直接でも仕方ないが、文明的であろうとする努力は怠るべきではない。

 それが用意できたら、実際にログアウトをしてみて、ログアウト中に眷属がどうなるのかを検証する必要がある。


 ログインしてからそろそろ8時間といったところだが、現実社会でとくにする予定があるわけでもなし、別に徹夜でもかまわない。どうせ体は寝ている。ログアウトの検証をするとしても、またすぐにログインするつもりだ。


 寝床については単純に野生動物か魔物の毛皮でいいだろう。洞窟の外にどんな環境が広がっていて、どんな生物がいるのかわからないが、毛皮をまとった何かしらの動物くらいいるだろう。ケリーたちの話によればどうやら森の中らしいし。





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