第6話「考察」




 ――え、なに、テイム? テイムできるの? NPCを?


 人類種のNPCをテイムできるらしいというぶっ飛んだ事実ももちろんだが、それ以前にテイムというシステム自体初耳だった。クローズドテストには無かった。発見されていなかっただけかもしれないが、少なくともレアは知らない。


 どういうシステムになっているのか全くわからないが、システムメッセージからエラーが通知されたということは、何者かがテイムに関する行動を起こしたということだろう。

 普通に考えればさきほどのケリーの発言だ。

 「ボスになってほしい」とはつまり、システム的にはレアにテイムされたいという意思表示をしたということだと思われる。しかしレアの側にテイムに関するスキルが無かったため、受理されずにエラーメッセージが出た、という事だろう。


 クローズドテストでは、数多くのテスターがキャラクタークリエイトで様々なビルドを試し、スキルの組み合わせやスキルツリーの成長を見て、数々のスキルや条件付きスキルツリーの存在を明らかにした。

 いろいろなビルドを試すためには何度もキャラクタークリエイトを繰り返す必要があり、そのためにいわゆるリセットマラソンが横行していた。


 そのときですらテイム系のスキルは見つけられなかった。

 ということは、クローズドテストの時には存在しなかったか、あるいは存在はしていたが初期経験値の100ポイントではどう使っても取得できない条件だったかのどちらかであると思われる。


 仮にクローズドテストの時には無かったシステムだった場合、今回もリセットマラソンをするなどして、すでに取得しているプレイヤーがいる可能性はある。

 しかし、今回からはチュートリアルはスキップできない。

 リセットマラソンをするためには膨大な時間が必要になる。チュートリアルは1時間ほどかかるので、キャラクタークリエイトの時間を含めれば、仮に5パターンも試そうと思えばどれだけ急いでも今頃の時間になってしまうだろう。さらに5パターン程度で新しいスキルが見つかるかどうかもわからない。


 そして、もとより存在するシステムだったが100ポイント使う程度では満たせない取得条件だった場合。

 これも現段階でテイム系スキルを取得しているプレイヤーがいるとは考えにくい。チュートリアルを終え、経験値を稼いで、その上であるのかどうかもわからないテイム系のスキルを取得する条件を探すために、稼いだ経験値をつぎ込むような真似をするプレイヤーがそうそういるとは思えない。


 だとすれば、どちらにしてもテイム系のスキルが存在するという情報を持っているプレイヤーは居ないか、居ても極めて少数で、自分はその極少数のうちの1人ということになる。


 レアはなんだかワクワクしてくるのを感じた。


 別段、他のプレイヤーを出し抜いたり、情報戦で優位に立ったりとか、そういったプレイをするつもりはなかった。

 しかし自分だけが知っているのかもしれない情報というのは、ひどく魅力的に感じた。

 この件については誰にもどこにも相談などはせず、じっくりと自分だけで検証していこうと考えた。同様になんらかの理由で条件を満たし、エラーメッセージを食らうプレイヤーが居ないとは限らないが、今回のケースを考えれば可能性は非常に低いだろう。

 レアはNPCから高い信頼を寄せられることでエラーメッセージの条件を満たしたと思われるが、ゲーム開始からたった5時間でゼロからそこまでの信頼関係を築ける人間などそういまい。


「だめ……だろうか」


 ケリーが不安げにつぶやく。

 しまった。肝心のテイム対象をほったらかしにしていた。


「いや? もちろん君たちのボスになるのはかまわないとも。こちらこそぜひお願いしたいくらいだ。ただ少し、そう、考えなければならないことができたので、すまないがしばらく楽にしていてくれ。食事とかはいいのかい? そういえば食べかけのようだけれど」


 レアがそう言うと4人は安心したように肩の力を抜き、すっかり冷めてしまった食事を篝火で温め始めた。


 レアはテイムに関するスキル、システムメッセージが言うところの『使役』というスキルについて考える。

 最も可能性が高そうなのは『調教』のスキルツリーだ。『調教』したNPCを『使役』する、という具合だ。

 しかしクローズドテストの際には、『調教』のスキルツリーには『調教』しか無かった。そして『調教』はアクティブスキルで、その効果は「成功した場合、一定時間対象の行動を操作できる」というものだった。例えばモンスターとの戦闘中に、『調教』に成功したモンスターとそれ以外のモンスターとで仲間割れさせて消耗させる、というような使い方をするスキルだ。これではあまりテイムとは結びつかない。単にトリッキーな妨害スキルに過ぎない。


 それに同じようなことなら『精神魔法』の『混乱』でも可能だ。対象の行動を指定することはできないが、混乱状態になると単純に一番近くにいる存在を攻撃するようになるので、似たような結果を得られる。こちらのほうが発動コストも安い。

 同じく『精神魔法』で言うなら、『調教』より取得コストが重くなるが、『魅了』や『恐怖』の方が『調教』より成功率が高い。それらの取得前提スキルである『自失』を併用すれば、さらに成功率が高まる。加えて、魅了か恐怖状態の対象に上位スキルの『支配』をかければ――


 ――もしかして鍵は『精神魔法』か?


 可能性はなくはない。『支配』など、いかにもな響きだ。

 しかし『精神魔法』の『支配』まで取得するとしても、取得前提スキルまで含めて最低限必要な経験値は150ポイントだ。初期経験値だけでは到底取得できない。しかし取得リストに『支配』を出現させることは可能だ。


 クローズドテストは外部への情報の拡散は禁止されていたが、ガス抜きのためか、テスター専用のログイン制SNSが運営によって用意されていて、そこではゲームに関する発言に制限はなかった。他で話せないぶん、大いに盛り上がっていた。

 有志による検証班も検証結果を公開していて、その結果に触発されて新たに検証に参加するプレイヤーも出てきたりと、プラスのスパイラルが発生していた。

 限られたテスト期間を検証のみで終わらせる覚悟を決めた有志たちによって、普通はやらないであろう組み合わせによる新たなスキルの発見などもいくつもあった。

 『支配』は取得経験値の関係で取れないだろうが、『魅了』や『恐怖』まで取って、『調教』を取るくらいならば初期経験値でも出来たはずだ。『支配』の存在を考えるとそれでは片手落ちだが、試したテスターが居ないとは思えない。にもかかわらずレアの記憶には残っていない。


 であれば、方向性が間違っているか、『支配』がやはり必要かのどちらかだ。

 これで必要な条件がゲーム内での特定行動だとか、特定NPCとのコネクションだとかであるとすればもうお手上げだが、関係ありそうなスキルを取得してみて駄目だった場合はまた経験値を稼いでやり直せばいい。

 ケリーたちにも高度なAIが搭載されている以上、仮に今はテイムできなかったとしても、行動を共にするくらいはしてくれるだろう。なにしろレアは彼女ら盗賊団のボスになるらしいし。

 となれば今与えられている情報で出来得る限りの考察はしておくべきだろう。その中で可能性が最も高そうなプランは試しておきたい。


 ひとまず『精神魔法』については可能性その1としてリザーブしておいて、別のアプローチを考えることにした。


 「テイム」という言葉とは少し趣が違うが、似て非なるスキルとして『召喚』がある。

 『召喚』のスキルツリーは『調教』と同様『召喚』スキルしかない。この『召喚』は指定した種族のモンスターの、ランダムに選ばれた個体を自分のそばに召喚するスキルで、制限時間の10分が経過するか、召喚対象が死亡するか、発動した術者が死亡すると元いた場所に送還される。

 取得可能なスキルの詳細を調べることで閲覧することができるヘルプによれば、『召喚』を発動した際、召喚対象は召喚に応じるかどうかの選択を迫られる。そこで召喚対象が拒否すれば、召喚対象は『召喚』に対する抵抗判定に入り、抵抗に成功した場合は『召喚』は不発に終わる。

 召喚対象は術者が指定した種族の中からランダムに選ばれるため、能力値の個体差によって抵抗の成功率が大きく変わる。

 つまり『召喚』は構造上の問題として、成功率が常に不安定なスキルになっている。テスターたちからはいわゆるネタスキルとして認識されていた。

 

 ――そもそもなんでランダム召喚オンリーなんだろう。


 『調教』にも言えることだが、ひとつのスキルツリーにたったひとつのスキルしか存在しないというのは実に非効率で、何の意味もなくそういうデザインにするとは考えづらい。

 同じくひとつしかスキルがないツリーに『錬金』スキルがあるが、これは『調薬』ツリーの『調薬』を取得することで魔法薬の製作が可能な『錬成』が『錬金』ツリーの取得リストに現れる。そもそも『錬金』スキル自体、「錬金系統のスキルの発動に必要。錬金系統のスキルの判定にボーナス」という単体では全く無意味な効果であり、見るからにツリーの隠されたスキルの存在が前提だ。

 『調教』『召喚』も同様の条件があるとすれば、キーとなるのはなんなのか。


 とりあえず『調教』『召喚』ツリーに先があると仮定して、それを可能性その2としてリザーブしておくことにする。

 

 今度はテイムというイメージからではなく、使役というイメージからアプローチしてみる。

 使役と言えば、初期取得リストにある中では『死霊』がもっともイメージに近い。一般的に死霊術と聞くと、哀れな死者の魂を使役しているという印象を受ける。

 しかし『死霊』も先のふたつと同じく、『死霊』しか存在しないスキルツリーだ。効果は「自身から中距離以内にある死体をアンデッド化し、5分間その行動を任意に操作できる。5分経過すると土に還り、死体は残らない」というものだ。一見有用に見えるが、死体に魂が残っていれば『召喚』と同様抵抗され、魂が残っていなければ攻撃を一撃受ければ崩れ去る程度の弱いアンデッドにしかならない微妙なスキルだ。


 ここに来て初めて感じたが、関係のありそうなスキルツリーが揃って微妙系単発スキルというのは、いかにも恣意的に思える。希望的観測かもしれないが。


 洞窟広間では、そろそろケリーたちの食事も終わりそうだ。

 ときおりこちらに食事を差し出そうとしていたが、空腹感はない……というかそれどころではない気分だったのでやんわり断っておいた。


 時間切れだ。そろそろ考察に結論を出して、行動に移らなければならない。




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