第5話「エラーメッセージ」

 

 

 


 ライリーはこれまで他人と殺し合いをして、ここまで一方的に負けたことはなかった。

 れそうになければすぐに逃げ出したし、魔物や野生の獣に襲われた時も返り討ちにしてきた。メンバーが致命的なケガを負ったこともない。


 目の前にいるやたら白い女は、異常に強かった。

 身長はそれほど高くない。と言って低すぎるほどでもない。おそらくライリーと同じくらいだろう。

 耳が顔の真横についているのが気になるが、エルフとかいった連中が確かこういう耳をしていたはずだ。

 背中まである白い髪を、ほとんど揺らすこともなくこちらの攻撃を躱している。

 力が強いとか、動きが素早いとか、そういうことは全くないのだが、攻撃しようとしてもうまくいかない。それはこの白い女が何かしているせいだとすぐにわかった。自分とレミーの二人掛かりでも何もできなかった。何をしようとしても絶対に失敗するような予感しかなかった。そしてその通りになった。


 いつの間にか気を失っていて、眼が覚めたら4人仲良く縛られて転がされていた。

 自分たちのリーダーであるケリーが騒いで暴れてなんとかしようとしていたが、白い女がちょっと触ったり掴んだりしただけで、ケリーは聞いたこともないような叫び声を上げて泣いた。白い女はその声に顔を顰めて黙るように告げ、ケリーをぶった。ケリーは口を切ったみたいで血が出ていた。

 それを目の当たりにするまではライリーもレミーもマリオンも喚き散らしていたが、すぐに黙った。これまでの人生でいちばん行儀よくした。あの我慢強いケリーが泣いたのを見たのは初めてだったからだ。自分たちに耐えられるとはとても思えなかった。


 そのあとケリーは何度か暴れたが、そのつど同じ光景が繰り広げられた。

 しばらくしてケリーも黙って行儀良くなった。


 白い女が名乗り、ケリーも名乗った。ケリーの言葉づかいに白い女の機嫌が少しだけ悪くなり、それ以外の全員の顔色がだいぶ悪くなった。

 白い女が妙な小瓶をケリーに飲ませた。するとたちまち、目に見えて腫れあがっていたケリーの頬がしぼんで、いつも通りの顔に戻った。ケリーは目を丸くして白い女を見ていた。他の3人もそうした。

 女はケリーに魔法薬とかいうものを飲ませたらしい。これがその魔法薬の効果なのか。


 すっかり観念したケリーは、これまでの身の上を話し始めた。足りないところは他の3人も補足した。勝手に話して怒られるかと思ったが、白い女は微笑んで聞いていた。

 

 白い女は、もしかしたら優しい人なのかもしれない。

 こっちは手酷くやられたのに殺そうとしないし、どこかに売り飛ばそうという感じでもない。売るつもりならケリーの話を聞く必要はないし、ケリーにすごい魔法薬を使う必要もないはずだ。

 今までに会ったことのない種類の人間だった。獣人ではない、という意味ではなく。

 自分たちの母親がこの女みたいに強くて優しかったら、4人とも今も集落で暮らしていたかもしれない。

 他の3人も同じことを思っているんじゃないかと思った。

 ケリーは話しながら泣いていた。ケリーは我慢強いから今まで泣かなかったと思っていたが、違った。一番年上だから泣けなかったんだと思った。強くないといけないから。

 今はケリーより強い白い女がいるから、我慢できないんだと思った。





***





 盗賊たちの身の上話を一通り聞いて、レアはため息をついた。

 思っていたより重い身の上だったということもあるが、話しぶりからみるに彼女たちの記憶は実際の体験をもとにしたもののようで、それはつまりどういうことかと考えた。


 ワールドシミュレーターと噂されるだけあり、ゲーム内世界は非常に広い。非常にというか、もう異常に広いと言っていい。

 公表されているデータが事実なら、陸地面積は地球のそれの倍ほどある。

 ランダムマップ生成のアルゴリズムを利用して、数年間自動で計算させ続けてマップとオブジェクトのデータを完成させたらしいが、地球の倍広いフィールドを果たしてプレイヤーが遊びつくすことができるのか。

 そして、それだけの広さの土地に、ひとつひとつの種が問題なく生存競争ができるほどの規模で存在しているのなら、それはいったいどれだけの数のAIが必要になるのか。


 知的生命体レベルのAIを搭載した生物の生存密度が地球の人類ほどでないにしても、それに加えてより強大な生物と生息域を賭けて争い続けているとしても、土地に倍もの広さがあるのであれば、少なくとも数十億の高度AIは必要だろう。人類種も魔物もそれ以外も合わせれば。

 それだけの数のAI分の記憶設定を、一体誰が作るというのか。

 それを地球の倍の広さに散らばるすべてのAIに、一切の記憶の齟齬なく紐付けする作業を、どうやって行ったのか。


 そんなことをするよりも、サービス開始よりほんの数年前から、噂のワールドシミュレーターを数千倍の加速時間で稼働させておいたほうが、はるかに現実的ではなかろうか。

 だとしたらやはり、噂通りこのゲームは異世界をシミュレートしているのか。

 

 とはいっても、そういう技術的な考察はレアの得意とするところではない。

 所詮は噂に踊らされる素人の浅知恵に過ぎない。

 レアが知らないだけで、そういった作業が秒単位で可能なAIを、専用のAIに開発させ、その専用AIをまた別のAIに開発させ…といった具合に、超効率化によって意外とかんたんに可能になっている技術なのかもしれない。


 つい息をついてしまったが、そのことについてはもう考えるのをやめて、目の前の盗賊たち──少女たちのことを考えることにした。


 その格好はずいぶんとみすぼらしい。髪も伸ばし放題で、耳や尻尾の毛並みも毛羽立っており、手触りなどもよくなさそうだ。

 4人とも似たような毛の色をしているが、本当は何色なのかもわからないほど汚れている。


 女ばかりであることや、若いこと、人数が少ないことなどから考えて、空き巣やコソドロ程度のエンジョイ盗賊団かと思いきや、実は殺しも辞さないガチ勢だった。

 ケリーとライリーという年長の二人はレアと同程度の身長──およそ160cm弱──はありそうだが、年少のふたりは同年代と比べても明らかに小さそうだ。幼少期の栄養が十分でなかったのだろう。

 その生い立ちや境遇には同情するし、かわいそうだと思わないでもないが、それ以上に、自分たちが搾取されるくらいなら躊躇なく相手の命を奪いにかかる、というその思い切りの良さはレアには好ましく思えた。


 現実社会でそんな生き方をすれば重犯罪になるし、この世界でもそれは変わらないだろうが、話を聞く限りでは賞金首のようなものにはなっていないようだ。立ち回り方がうまいというか、引き際をわきまえているというか、そういう才能があったのだろう。


 盗賊と確定した今でも、その生命を経験値に変えてしまうのはもったいない気がする。

 NPCを恒久的に連れ歩けるようなシステムはあっただろうか。


「なるほど……。君たちの生い立ちはよくわかった。今まで頑張ってきたんだね。けれど、今日わたしの前に屈したように、そのような生活を続けていれば、いつか誰かにすべてを奪われることになる。それはわかっているかな?」


 レアの言葉に、4人はショックを受けたようだった。そんなこと考えたこともないといった表情だ。無理もないだろうが。


「君たちが生きていくために多少の悪事が必要なのだとしても、それはもっと目立たないようにやるべきだよ。目立たないっていうのは、人と関わらないようにするということではなくて、人の中にあっても特別じゃない存在になるってことだ。

 服や食べ物を買うときだけ街におりても、街の人からしてみれば、あの人はじゃあ普段どうやって生活をしていて、あのお金はどこから手に入れたんだろうって不思議に思うだろう。そのお金は同業者やそこいらの行商人を殺して手に入れたものなんだろうけど、それを突き止められたら一発で賞金首だよ。まぁ同業者を殺す分には問題はあまりないだろうけど」


「だけど、あなた。街に行ったって寝床だってないし、街中にはあたしらみたいな奴らはいないから、金を奪うにしたってさ」


「ああ、そこからか」


 レアはまず、金銭を入手する正規の手段から教えることにした。

 そのためには貨幣経済の仕組みと、経済活動とはどういうものなのか、社会構造の説明や、代表的な6国家の成り立ち──これは公式サイトに概要が載っていたのでそれをそのまま話した──などを説明しなければならなかった。さすがに見るに見かねたので拘束は説明の途中で解いて服を着せた。


 自由に質問することを許したために、講義が終わったのはたっぷり5時間ほども経った頃だった。

 もともとスタートダッシュのためにキャラクタークリエイトで無茶をしたのに、まったく無駄になってしまった。

 しかし代わりにNPCのコネクションが作れたと思えば、悪くはないかもしれない。この少女たちがNPCとしてどの程度有用なのかは全くわからないが。


 そう考えながらちらりと少女たちを眺めてみれば、きらきらとした目でこちらを見つめている。尊敬とか敬愛とか、そういうくすぐったい視線だ。


「エルフのレアさまは、物知りだ。こんな人、初めて会った。あと、優しい」


「それにすごく強い。あと優しい」


 ケリーとライリーがきらきらした目で褒め倒してくる。

 年少のふたりはこくこくとうなずいている。


「いや、別に優しいということはないだろう。わたしは人に説明とかするのが好きだから、まぁやりたくてやっただけだ」


「でも今まであたしらに、こんなに丁寧にものを教えてくれた人は居なかったよ」


「村にいたころでも、わかんないことを聞きに行くと、つまんねーこと気にしてんじゃないって殴られた」


「それは……辛かったね」


 とはいえ人口イコール労働力の村社会では、それも仕方ないのかもしれない。一生村から出ないのなら、貨幣経済や国家の成り立ちなんて知ろうが知るまいが大差ない。質問されたその村人も、実は答えられなかったからそうしたのかもしれない。自分もかつてそんな目にあったからとか。


「やっぱり優しいよ、あなた」


 ケリーがまっすぐレアを見つめて言った。

 きらきらした目は鳴りを潜めて、今は少し不安げに揺れている。


「エルフのレアさま。お願いだ。あたしらのボスになってほしい」


《該当のスキルを取得していません。【ケリー】をテイムするには『使役』が必要です》


 妙なエラーメッセージが出た。




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